2024年2月 5日 (月)

ノスタルジックな写真、フジフイルム X-100V

富士フイルムのカメラが好きだ。

コンデジやミラーレスなどいろいろ試したけれど、今はもう富士フイルムのX-100V一本に落ち着いている。

X-Pro3も持っているんだけど、やっぱりボディにレンズを装着すると、いちばん小さいレンズにしてもかなりがさばる。

旅行や出張の時、さっとリュックサックや手持ちバッグに入れて持ち出せて、なおかつ写りがいいカメラとなると、X-100Vが今のところマイベスト。

何というか、ノスタルジックな写りがとてもいい。

写真は某新潟県内の田舎の蕎麦屋。

いろり席での一枚。

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こちらは天ぷら。ってそのまんまですね。

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小さいモニターだとただのボンヤリした写真なんだけど、少し拡大するとフィルムカメラの粒子感やきれいなボケ感が分かるかと思う。

なんてことない壁の突き当たりも、光が壁に散乱するグラデーションが何とも言えず、イイ。

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こちらはその辺の雪景色。

暗くてピントが甘い写真のように見えるかもしれないんだけど、これが良いんです。

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ちょっと暗い感じ、色があまりビビッドじゃない感じ、ピントがやや甘めで線が太い感じ。

どこか記憶の中の写真、ノスタルジーの中の写真のような雰囲気。

コンタックスT3に似ている。

 

コンタックスT3はお気に入りで、いまも2台持っているんだけどもうムリ。

何がムリって、フィルムも現像料も値段が爆上がりして、ちょっと日常使いはもうムリです。

カメラのキタムラのサイトで見たら、最安でフィルム1本が2,300円。探せばもっと安いところもあるんだろうけど、フィルムを2,3本撮って現像に出すだけで2万円弱くらいになりそうな勢いだ。

もうフィルムカメラはプロか好事家の領域に入ってしまったのだろうか。

昔話をしてもしょうがないんだけど、ちょっと前まで1本数百円だったものがここまで高騰するとは。

 

まあいずれまたコンタックスT3には活躍してもらう機会もあるだろう。

いまはX-100Vを相棒にして、あちこちで撮りまくるんだ。

いまは

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2024年1月27日 (土)

やっぱり床屋さんはニガテ

むかし、村上春樹のコラムで「歳を取ると床屋が好きなる」と書いてあった。

ちなみに村上春樹は床屋を取り上げたコラムを何本か書いている。どれもクスッとする、市民の日常を切り取った秀逸な作品である。

ぼくは子どものころから床屋が苦手だった。

じっと椅子にすわっているのも苦痛だし、耳もとでハサミがたてる金属音も苦手だし、お金はかかるし、いいことは何もない。

でも髪がサッパリする感覚はキライではなかったので、自分の中では「好ましい」と「好ましくない」が入り交じった、何とも言えない両価的な感覚だった。

ただそれでも歳を取るごとに床屋への苦手意識は減っていった。

たしかこのブログでも以前、その辺のことを書いたことがある。ような気がする。

苦手意識が減ったのにはいくつか理由がある。

ひとつは村上春樹的にオトナになったこと。しかしそれ以上に、なじみの床屋を見つけることで苦手意識が減ったこともある。

むかし郡山に暮らしていたころはとても良いなじみの床屋があって、ずっとそこに通っていた。

が、神奈川に暮らしを移し、アメリカに渡り、そしていまの日本海側の住まいに移るにつれ、郡山の床屋に定期的に行くことは困難、というかほぼ不可能になった。

で、いま住んでいる街の床屋さんである。

床屋というか、美容室ですね。

 

もうこの街に住んでまる6年近くなるし、そのお店にも4年ほど通っている。

でも、慣れないのである。いまだに落ち着かないのである。

うーん、何が悪いのだろう。

お店の人は腕も良いし、よけいなおしゃべりもしない。店もしんとしているわけでもなくにぎやかすぎるわけでもない。

好ましくない要素は、何ひとつない。

でもぼくは散髪椅子にすわってからシャンプー、仕上がりまで、ほとんど緊張して過ごしてるか、現実逃避的に寝ているかのどちらかである。

そうなるとやっぱりアレですね、結局のところ、ぼくは歳を取っても床屋になれることはできなかった、と言うことですね。

今も床屋から帰ってきて、グッタリして寝ているところである。

村上春樹的に床屋に適応できるオトナになることは、とうとうできなかったっつーことですね。

まあでも。

床屋に慣れるだけが人生ではない(当たり前だ)。

自分の限界が一つ分かっただけでも見っけもんってことですね。

やれやれ。

 

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2024年1月26日 (金)

ナゴヤ再訪 2024〜臥薪寮の消失〜

年月を経るとさまざまなことが変わっていく。

環境も変われば、自分も変わる。

自分が変わることのひとつに、過去の記憶が薄れていくことがある。

もちろん忘れられないこともたくさんある。

たとえばぼくが浪人時代、名古屋で過ごした一年間。

時計じかけの闇にひそんで何度も聞いた爆音のケイト・ブッシュ、ジョイ・ディビジョン、エリオット・マーフィー。

その一方で、細かいディテールはどんどん失われていく。

思い出そうとその場所を訪れようとしても、すでにその場所は失われてしまっている。

失われた時間と同様に。

 

久しぶりに名古屋を訪れた。

5日間の出張で、仕事先は東山線の終点からバスで30分ほどのところだった。

帰り際、東山線で名古屋駅に向かう道すがら、ふと思い立って上社駅で降りた。

1986年、昭和61年。

ぼくが浪人時代に住んでいた予備校の寮、河合塾臥薪寮はちょうど一社と上社の中間にある。

東山線が地下から地上に出ると、まっさきに左側にあらわれてくるのが臥薪寮だった。

 

上社駅で降り、スーツケースを引っぱって高架線沿いを歩く。

途中、陸橋で高速道路を横切る。Img_4476

高速道路、当時はあったのだろうか。憶えていない。

10分ほど歩くと、やがて見知った坂道の一帯にたどり着いた。

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臥薪寮は、もうどこにも見あたらなかった。

寮のあった場所はマンションが建ち、敷地の一部は分割されたのだろうか、個人住宅になっていた。

ぼくは裏手の道路に面した部屋に入居してて、そこから道路をはさんで迎え側にはラブホテルが建っていた。

そのラブホテルもなくなっていて、代わりに瀟洒なマンションが建っていた。

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有刺鉄線で入寮者の脱走を阻んでいた高い塀も、もちろんなくなっていた。Img_4488

寮の向かい側の公園には、近所のマンションの住人だろう、若い母親と子どもたちの声があふれていた。

すさんだ雰囲気の予備校の寮とラブホテルが並ぶ場末の空気は、どこにもなくなっていた。

 

ぼくはしばらく行ったり来たりして写真を撮り、少しでも当時の面影を思い出そうとした。けどまったく雰囲気の変わったその一帯から、当時の空気を思い出すのは困難だった。

うろうろしているとマンションの住人らしき母親にうさんくさそうな目で見られ始め、ぼくはいごこちが悪くなってその場を立ち去った。

当時と同じ空、昭和61年と同じ強烈な太陽。

でもそこには高層マンションが、はじめからそこにあったかのように立っているだけだった。Img_4499

巨大な西日が、冬だというのに真夏のような日射しを投げかけていた。

Img_4497

 

自分のブログの過去記事を引っ張り出してみる。

ナゴヤ再訪: カオルとぼくと仲間たち

ちょうど20年前。2004年の記事だ。

そのころにはまだ臥薪寮の建物は残っていた。

過去記事には、寮の面会室の公衆電話、疑いに満ちた目をした初老の寮長、狭い寮の部屋のことが書いてある。

でも、過去記事を読み返してもそういった風景はもうよみがえらない。

記憶をたどっても、そこはがらんとして何もない。

 

でも、当時の感情はまだ残っている。

孤独と空腹、自由と不安。

なけなしの小銭でロック喫茶「時計じかけ」にこもっていた日々。

高校の教師を見返すために机にかじりついて解いていた問題集。

蹉跌と涙。

日々は戻らないが、夢と感情はまだここにある。

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2023年12月21日 (木)

さよなら名古屋シネマテーク

名古屋シネマテークが閉館した。

http://cineaste.jp/

上記リンクはいずれ死んでしまうと思われるため、スクリーンショットを撮っておく。

 

Photo_20231221164901 

スクショの掲載が著作権のたぐいに触れるようであればコメントにて指摘していただきたい。

 

記事に寄れば、閉館は2023年(今年だ)の7月23日。

閉館の理由は、赤字の拡大。

徐々に赤字が増し、2020年3月時点で危険水域に。

政府や行政の支援があって何とか継続していたが、2022年に政府・行政の支援がなくなったのが契機となり、閉館に至ったとのこと。

最後の上映は、原一男監督作品集だったようだ。

「ゆきゆきて、神軍」など、世相をえぐるドキュメンタリーを撮り続けた監督だ。

シネマテークらしい最後だった。

 

ぼくが名古屋で浪人していた1986年(昭和61年)、今池には今池文化と呼べる何かがあったように思う。

シネマテークでは実験的な映画が来る日も来る日も上映されていた。

成瀬巳喜男も小津安二郎もゴダールもルイス・ブニュエルも「愛の嵐」も、みんなシネマテークで初めて観た。

近くにはウニタ書房があって、アンダーグラウンドな香りの書籍がたくさん並んでいた。

バタイユの本をドキドキしながら買ったのを憶えている。

ロック喫茶「時計じかけ」、ライブハウス「ハックフィン」。

今池地下のピンク映画館。

当時、あの界隈には革ジャンに鋲を打った金髪モヒカンのパンクスもふつうに歩いていたし、路地裏には職業のよく分からない人たちがたむろしていた。

田舎から出てきたの浪人生の思い込みかも知れないが、街全体に猥雑なエネルギーがあったように思う。

 

シネマテークがなくなってしまうのは、とてもさびしい。

名古屋を離れてもう数十年が経つけれど、出張で名古屋を訪れる際には時間を取ってシネマテークに行くようにしていた。

あのちいさな映画館がもうないのは、あのころの今池がもうなくなってしまったようで、とても寂しい。

 

今池の街を歩く。今池交差点のあたりの風景も、すっかり変わってしまった。路地裏を歩いても、時計じかけへの道順ですらもうよく憶えていない。

それでも自分の原点の一つが、自分の中のたいせつな何かの残滓がまだあそこに落ちているような気がする。

やり場のない思いを抱え、予備校の寮を抜け出して深夜徘徊していたあのころの残滓が。

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2023年12月17日 (日)

冬か真冬か〜バーンアウトまであと何マイル

どうも天気がはっきりしない。
12月中旬だというのに、きのうは20度まで気温が上がり、まるで9月のような爽やかな一日だった。
かと思うときょうは一転して雪模様。
ううむ、地球温暖化。

Dscf2944 ぼくははあいかわらずボチボチやっています。
仕事はガチで余裕なし。出勤7時、退勤20時。休日は月に3日あればよし。
それでも仕事が終わらない。
いちおう管理職っぽいポジションなので残業代なし。
やってもやっても仕事が終わらない。
もうちょっと余裕がなくなるとバーンアウトするんじゃないかっていうボーダーラインが、視界に入ってきています。

きょうは久しぶりの休日。
仕事を断ったりあちこち調整して、何とかこの土日は休みを確保することができた。
休みは空から降りてくるものではなく、自分で勝ち取るもの。
ほかのだれかに仕事を振ってイヤな顔をされたり、よそからの仕事を断ったりもしているけれど、自分が潰れるよりはマシ。
そう割り切ってはいるけれど、でもやっぱり頼まれたことを断るのって勇気が要りますね。

自分を活かして他人を活かせ。
AAで良く聞くフレーズだけど、実践するのはほんとうにたいへんです。

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2023年12月 5日 (火)

祝!ココログ20周年!

2023年12月3日でココログが20周年を迎えたそうです。

 

おかげさまで「ココログ」は20周年を迎えました- お知らせココログ-@nifty

 

パチパチパチパチ!

このブログが始まったのが、2004年5月23日。

ニフティがココログのサービスを始めて半年弱経ってから立ち上げたことになりますね。

やー、当ブログももうすぐ20年。いろいろありました。

住むところも変われば業務も変わったし、ほんといろいろ。歳もしっかり取りました。ブログの更新頻度もめっきり減りました。

でも、変わるものもあれば変わらないものもある。

あいかわらずAAと12ステップはぼくの心の柱だし、ロックもジョグもギターも、下手なりに続けている。

何よりも、なんとか生き延びているだけでもありがたいことです。

これからも皆さま、よろしくお願いいたします。
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写真は長野県某所の日の出です。


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2023年11月29日 (水)

出張続きよ、おっかさん

またしてもごぶさたしてしまいました。

気がつけば2023年ももうおしまい。

あと1ヶ月足らずです。

体感的にはまだ2月か3月くらい。年頭にやりたかったこと、計画したことがゼンゼンできてないまま今年が終わろうとしています。

ひーん。

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9月からは怒濤の出張ラッシュ。出張、出張、また出張。

この記事も出張途中の東海道新幹線の車中で書いています。

最初は新幹線に乗るのもホテルに泊まるのも楽しかったんですが、こうも続くとずっしりと疲労がたまるばかりです。

出張先で会議のプレゼンをするため、その資料作成労力も膨大。

どの町に行ってどのホテルに泊まってどんなプレゼンをしたのかも、ただ通り過ぎるだけ。

ひーん。

 

まあ、出張ラッシュも1月で一段落するので、そこからまた通常ペースに戻しましょう。

しかし休日がほとんどないのはつらいですね。

放っておくと予定がどんどん埋まって休日がゼロになるので、不退転の決意で月に1,2日は休日を確保するようにしています。

会議だか懇親会なんだか分かんないようなイベントが多すぎなんだよね。

○○懇話会とか。なんだよ懇話会って。意味分からんぞ。ブツブツ。

働き過ぎとかカローシとかの単語はまったく縁がなかったけど、最近は「メンタルがヤバいな」というラインを行ったり来たりしている気がします。

仕事の量を自分でコントロールするのは難しいけれど、自分を守れるのは自分だけ。

仕事を断って評価が下がっても、メンタルやられるよりはずっとマシです。

 

変えられるものを変える勇気を。

変えられないものを受け入れる落ち着きを。

そして二つのものを見分ける賢さを。

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2023年9月24日 (日)

夏の終わり、秋のはじまり

暑い夏もいよいよ終わり。

それにしても今年の夏は暑かった。8月はじめから9月中旬まで30度超えの日々が続いた。

地球温暖化はものすごいスピードで進んでいるけれど、それはともかく。

ここ2日ほどは一気に肌寒くなり、あわてて上着を引っ張り出すはめに。

上着を出してくると、なんだか今年ももう後残り少ないような気持ちになってくる。

それは真実で、ことしも残すところあと3ヶ月。

日々の些事に翻弄されているうちに、あっという間に一年が終わる。

 

実はこの1週間ばかり、手術で入院していた。

経過は問題なく、予定より1日早く退院。

退院したとたんに、夏の風景は一気に秋に変わっていた。

気持ちのいい秋の雲。Dscf6084

 

酒が止まってもうすぐ22年。

何も変わっていない気もするし、すべてが大きく変わった気もする。

でもいまのところぼくは生きている。

生きて、非依存症者と同じように仕事をし、病気になったり治ったりしている。

これもまた恵みですね。

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2023年8月 2日 (水)

朝活デビュー

それにしても暑い。暑すぎる。
温暖化対策推進法とかどーなっているのか。
サッパリ効果が現れておらんではないか。え。

と問い詰めてみてもしかたがないので、近況報告をします。
最近の自分的な流行りは、朝活です。
就寝21時。起床4時。
少し筋トレや家事なんかをして、小一時間ジョギング。
シャワーを浴びコーヒーを淹れて妻と朝食を食べて、7時半には出勤。
早めに業務に取りかかり、8時半には一段落。

これがなかなか良いペースなんです。
朝の4時半くらいだと道路も空いててジョギングもしやすいし、何よりもゆっくり朝焼けが始まる中を走るのは気持ちがいい。
ジョギング後に時間が余るようなら少しギターを弾いたり、本を読んだり。
朝活、なかなか良いです。

難点は、夜眠くなるのが早いこと。
イベントや会合が遅くなるともう眠くてしかたがない。
そういう時は翌日の朝活を止めるんだけど、これがちょっと悔しい感じです。
それ以外はとくに不都合なし。

早寝早起き、いい感じです。
しかし暑いね。。。。

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2023年7月29日 (土)

2023年7月のお久しぶり

時が経つのは早いもので、あっという間に時間が過ぎ去ってしまいました。
皆さま、お元気でお過ごしでしょうか。
ぼくは…何とか元気です。

ブログを更新していなかった間に起こったできごと。
・家を建てました。
・去年はフジロックとサマソニに参加しました。
・今年はロックフェスには行けないです。グスン。
・仕事は山あり谷ありです。というか谷ばかりでしょっちゅう行き詰まります。でもそれもまた恵みですね。
・体調を崩して入院しました。もう若くないのでホメオスタシスは少しずつ崩れています。仕方がありません。その時々にできることをやるだけです。
・去年はハーフマラソンに1回だけ参加しました。タイムは散々ですが完走できただけでも御の字です。
・AAは、古巣のホームグループに舞い戻りました。ぼくがアルコホリズムに飲み込まれずに済んだのは、このグループにいたおかげです。いまは月に1回くらいの参加が精いっぱい。でも仲間って、AAミーティングて良いなっていまでも参加するたびに思います。
ギターは相変わらず上達しません。30年以上弾いててもこの程度です。でも良いんです。生きて音楽を奏でて、仲間と居場所があれば、そして五体満足なら、それ以上の何を望むというのでしょう。

こんな感じです。
ほかにも細かいことはいろいろあります。鉄瓶で沸かした湯冷ましを朝飲むと美味しいとか、フィルムカメラはもう現像にお金がかかりすぎて無理だなとか、いまの業務はしんどすぎて笑っちゃうくらいだとか、いろいろなことがさまざまに。
その辺のことは、ま、これからボチボチ。
よろしくお願いします。

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