カート・ヴォネガットが好きだ。
ナンセンスな、およそSF的プロットとは百万光年も無縁なSF小説の数々。
通俗SFの形を借りながら、したたかなウィットを備えたクールな文体。
その下に見える、人間に対するあたたかいまなざし。
ときにはあまりにウィットが利き過ぎていて理解しづらい小説もあるが、それも含めて大好きな小説家だ。
以前作ったバンドには「キルゴア・トラウト」と命名した。氏の小説に出てくる架空の小説家の名だ。そのくらいヴォネガットが好きだ。
氏が亡くなってから、1年が経とうとしている。早いものだ。
今月のPLAYBOY誌(2008年7月号、No.402)に、カート・ヴォネガットの未発表作品が掲載されている。タイトルは「阿鼻叫喚の街」。ヴォネガット氏が体験した、第二次世界大戦中のドレスデンでの大爆撃のドキュメントだ。
ヴォネガット氏は第二次世界大戦に参加。バルジ作戦に参加するが捕虜となり、爆撃当時、捕虜としてドレスデンに滞在していた。米兵でありながらドレスデンの爆撃地点にいて、なおかつ生き延びたという希有な体験の持ち主である。
この体験は氏の出世作「スローターハウス5」で書かれているが、このドキュメントではフィクションの体裁を採らず、よりコンパクトに、よりリアルにドレスデンの爆撃体験を描写している。
ドレスデンの大爆撃は、多くの戦争がそうであるように、欺瞞に満ちた残虐行為だった。
ドレスデンは非武装都市であり、爆撃当時、負傷兵や女性、子ども、捕虜などの非戦闘員ばかりだった。また解説によれば、かつてザクセン王国の首都だったドレスデンは、バロック様式の教会や宮殿が立ち並ぶ商業都市として栄えていた。
非戦闘的で、伝統ある、美しい歴史的建築が立ち並ぶ街。
米英軍がドレスデンを爆撃しなければならない理由は、何ひとつなかった。
米英軍があとで爆撃の理由付けにした鉄道施設は、爆撃地点から5キロも離れていた。
ドレスデンの大爆撃は大戦中未曾有の大爆撃で、市街地の大半が焼け落ち、何万人もの人が亡くなった。その多くが女性、子ども、非戦闘員だった。
スローターハウス5でもヴォネガットは戦争の欺瞞と残酷さを、独特の筆致で描写している。
が、このドキュメントはより簡潔に、直截に彼の心情が書かれている。
正義は連合軍にあり、ドイツ軍と日本軍はその敵だったのかもしれない。第二次世界大戦は、「ほぼ聖戦」の名の下に戦われた。しかしわたしは確信を持って次のように言える。正義を標榜しながら、非戦闘員の命を奪う無差別爆撃は神を冒涜するものだ。どちらが先にやったと言うことは、倫理的問題と何の関係もない。
その通りだ。
これを読んでいると、アメリカのやっていることは60年以上経っても変わらないんだな、と思う。イヤ、アメリカが変わらないんじゃない。これが戦争の本質なんだろう。戦争の持つ、普遍的な側面なんだろう。
正義を謳いながら、非戦闘員を虐殺。
大義の名の下に、残虐行為を正当化。
イラクの現状となんら変わらないじゃないか。
報復、破壊と殺人の肯定、これらのせいで、われわれはおぞましい野獣の国として有名になってしまった。
舌鋒の鋭さに驚く。ヴォネガットの悲しみと怒りが伝わってくる。
この遺稿、時を超えて現在のアメリカ評としてもとても優秀だ。現役の書き手でも、ここまで痛烈に現代アメリカを批評できる作家はいないだろう。
そしてこの文章は、ふだん世界情勢に無関心なぼく自身の胸にも突き刺さってくる。
追悼、カート・ヴォネガット。そして戦争反対。
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