2017年3月26日 (日)

回復は素晴らしい — 元Keaneのボーカリスト、トム・チャプリンの圧巻ライブ

キーン(Keane)と言うバンドをご存じだろうか。2000年代の初めごろにイギリスからデビューし、ボーカルの美しい歌声とキャッチーでセンチメンタルなサウンドで一世を風靡したバンドである。
方向性はちがうものの、美しいファルセットボイスとポジティブでやさしい曲世界は、コールドプレイとよく比較されていた。日本のバンドで例えるならば、スピッツあたりだろうか。

が、コールドプレイがヒット曲をかっ飛ばしてスタジアムクラスのバンドに成長したのに比べ、キーンはいつのころからか活動を聞かなくなった。
散発的に入ってくるネット情報によれば、ボーカルのトム・チャプリン(Tom Chaplin)が深刻な薬物依存に陥り、バンドは無期限停止に突入したという。
ぼくは彼らの(というか、トム・チャプリンの)音楽が大好きだったので、その後も彼らの曲はプレイリストに常に入っていた。ただ、彼らの新曲が聞けないのは残念でならなかった。

唐突に、そのトム・チャプリンがぼくの住んでいるあたりでソロコンサートを開くという情報が入ってきた。急いでチケットを手配した。なにせ、キーンのトム・チャプリンである。活動停止中とは言え、一時期はコールドプレイと肩を並べたバンドである。チケットはすぐに売りきれるに決まっている。
が。
案に相違して、チケットは売りきれなかった。それどころか、ふだんは全席指定のそのコンサートホールは、完全自由席だった。ぼくが到着したときは客は5分の入りで、最前席付近も空席があった。そして、二階席はクローズドだった。
恐ろしきは時の流れである。かつての超人気バンドも、いまや閑古鳥か。
きっとクスリの問題もちゃんと解決していないんだろうな。昔の原田真二(古っ!)を彷彿とさせる愛らしいルックスも、きっと衰えちゃっているんだろうな。声も出なくて、ファルセットを駆使した昔の曲もやらないんだろうな。

そんな暗い想像をして、ちょっと帰りたい気分になりながらぼくは彼が現れるのを待った。
ちなみに周囲は7割方が女性である。ぼくの隣は、30代の中国人女性3人組だった。楽しそうにキーンの話をしている。きっと青春時代にキーンの音楽にひたっていたんだろう。ああ、もうすぐ出てくるのはヨロヨロの元トム・チャプリンに決まっているのに。

客電が落ち、バンドが現れた。ステージにはエレクトリックピアノが置いてある。てっきりキーンと同じようにトム・チャプリンはピアノを弾き語りすると思っていたのだが、そこにはバンドメンバーが座った。
曲が始まり、ボーカリストが現れた。
あれ?誰だこの元気のいい色男は?
ぼくが知っているトム・チャプリンは、線が細く、前髪を垂らし、うつむき加減でピアノを弾く男であった。が、いま目の前にいるのは胸を張ってハンドマイクで歌い、ステージ狭しと動き回るエネルギッシュな男である。髪は短く、スキニーなジーンズとTシャツ、筋肉質で引き締まり、そして体中からエネルギーがあふれている。
キーンのボーカリストの繊細なイメージはなく、引き締まった身体からあふれ出てくる声量いっぱいの歌声。
隣に座っていた妻から、この人がボーカルなの?と聞かれるが、確信を持って答えられない。誰なんだこの男は?
だが、曲が2曲目に進んだあたりで、ようやく確信した。この男は、まちがいなくトム・チャプリンだ。こんなに歌がうまい男はほかにいない。こんなに高音域とファルセットをやすやすと操れる男はトム・チャプリン以外にはいない。何よりも、このポジティブでやさしい音楽は、まちがいなくキーンの楽曲を作ってきた男のものである。

こいつ、回復しやがった…。

バンドの演奏もとてもいい。タイトだけどタイトすぎず、ドライブしすぎない。メンバーのアイコンタクトやちょっとした仕草から、仲が良さそうなのが見て取れる。
だが何よりも、トム・チャプリンが圧巻だった。ひとつ。キーン時代よりさらに歌がうまくなっている。ふたつ。体中にエネルギーが満ちている。みっつ。客のヤジに笑って応えたり、ライブをとても楽しんでいる。

ライブ中盤で、少し長いMCが入った。
バンドのメンバーはいったん袖にはけ、トム・チャプリン一人が中央のピアノの前に座った。
そこで彼は、自分のアディクションについて語った。
自分がクスリに溺れていたこと。オーバードーズで死にかけ、妻が取りすがって涙を流したこと。クスリをやめる決心をし、リハビリ施設に入ったこと。そしていまはクスリをやめて1年になること。今回のソロアルバムが、自分のアディクションと回復についての個人的な体験をもとにしていること。
そしてピアノの前で彼はこう言った。
「回復は素晴らしい。ほんとうに、素晴らしい」

割れんばかりの拍手。

ソロコーナーを経て、またバンドが入り後半が始まる。
大半がソロの曲だが、ところどころでキーンの曲が混じる。本編最後の曲はキーンの名曲「クリスタル・ボール」。まわりはみんなサビを歌っている。隣の中国人女性たちも歌っている。自分も歌いたいがなにせキーが高くて声が出ない。
そしてアンコールは、これまたキーンの名曲、Everybody's Changing。
最初から最後までトム・チャプリンは歌い続け、動き続け、ライブは終わった。

以前にナイン・インチ・ネイルズのトレント・レズナーのところでも書いたが、アディクションから回復したアーティストには独特の何かがある。単に明るくなったとか体力がついたとか、そう言うことではない。
精神的なタフさ、強靱さを感じるのだ。
こう言っちゃあ何だが、アディクションとはぶっちゃけ「負け」である。
そりゃそうだ、大成功を約束されたバンドをつぶし、死にかけて奥さんに本気で愛想を尽かされかけ、いまだに中規模のコンサートホールすら満員にできない。経済的にも人気的にも、勝ち組コールドプレイに遠くおよばない。
だが、それがどうした。それが何だというのだ。
彼の体中から、回復のよろこびがあふれてくる。音楽を奏で、歌を歌うよろこびがあふれてくる。
そこにはアディクションで自分の人生をいちど失いかけ、それをまた取り戻した男ならではの強靱さ、タフネスがみなぎっている。
たぶん、キーンがあのまま成功路線をひた走っていたら、こういう風にはならなかっただろう。トム・チャプリンはいまだにピアノの後ろで繊細な歌と演奏を続けていただろう。
回復は素晴らしい。そう、力強く彼が言うとおり。回復は素晴らしい。いっかい負けてそこから這い上がってきたものは、それをやったものだけが持つ輝きがある。

家に帰ってからキーンの曲をもう一度聴き直した。デビュー当時からエンジェルボイスと表現された歌声。
が、明らかに、誰の耳にも明白に、きょうのライブの方が歌がうまくなっていた。歌唱力もさることながら、エモーションを表現する力がすごいのだ。圧巻としか言いようがない。
そして、ほんの少しだけ、回復は素晴らしいと公言できるミュージシャンが日本にいないことをさびしく思う。
彼が12ステップグループに入っているかどうかは知らない。回復したミュージシャンのインタビューを読むと、リハビリ施設に入所したあとは通院や定期的なメディカルチェックアップだけで何とかしているという話も良く聞く。それはそれでかまわない。
でも、依存症からの回復というすばらしい体験を、トム・チャプリンにはぜひ伝え続けてほしいと思うのだ。それは伝えるに値するし、彼の回復の姿は、大勢のファンと回復途上のアディクトに勇気を当たるのだから。
2017年の上半期は、イギリスを中心にツアーをするようだ。いくつかの会場はソールドアウトが出ている。よろこばしいことである。
願わくば彼の音楽が世に伝わり、多くの人の耳に触れて欲しいと思う。

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2016年5月13日 (金)

チケットマスター、アメリカの音楽興行システム

アメリカで楽しみにしていたことのひとつが、音楽ライブである。
安い、日本では滅多に見れないアーティストが見れる、ライブハウスがたくさんあって有名ミュージシャンも小さな箱でやってくれる。などの日本にはないメリットがある。
事前情報を得てワクワクしていた。
じっさい、こちらにきて何度かライブハウスに足を運び、アメリカのライブの良さを堪能している。さすがロックの本場だ。

きょうは音楽とは少しちがうこと、アメリカの音楽興行業界のことを書きたい。
アメリカの二大音楽興行業者と言えば、TicketmasterとLive Nationだ。
ほとんどのライブが、この二つのどちらかを通じてチケットを売っている。オンラインを通じて購入を行う。
アマチュアバンドのライブでもほぼ同じ。この二社のどちらかを通じてチケットを発売し、完売しなければ当日窓口で発売する。この二社、日本で言えばチケットぴあとローソンチケット、あるいはイープラスと言ったところか。
が、この両社、どうもダフ屋とつるんでいるようなのである。

先日、ブルース・スプリングスティーンのツアーが発表になった。うちの近くにもツアーが来る。
チケット発売日、開始時間と同時にパソコン2台態勢でチケットマスターのHPにアクセスした。
2時間近くリロードを繰り返すも、結局ゲットできず。完売。まあ、人気のライブだから仕方がない。
と思ったら、ソールドアウトする前から、続々とダフ屋(Scalper)のサイトにチケットが出品されているではないか。
それも、あきらかに個人のレベルではない。100枚単位、それも一列丸ごととか、1ブロック丸ごととかの単位で転売されている。
あり得ない。あきらかに、発売元とダフ屋とがぐるになっているとしか考えられない。
最終的には、たとえば転売サイトStubhubでは、スプリングスティーンのチケットがニューヨークでは軒並み5,000ドル(55万円)、最高7,100ドル(77万円)まで上がった。元値はせいぜい150ドルと言ったところである。

New York targets ticketers after Springsteen prices soar

瞬間ソールドアウト。同時にダフ屋サイトで数百枚、数千枚の転売。同じ現象は、有名シンガーのAdelでも起きた。こちらは2,000ドル(22万円)。
Ticketmaster cracks down on scalpers for Adele, Springsteen concerts | Toronto Star

チケットマスターは以前にもダフ屋とぐるになっている疑いでFBIの捜査を受けているが、状況は改善していない。

さらに先日。
また別のライブのチケットを取るため、チケットマスターに発売と同時にアクセスしたら、Tickets Nowという転売サイトに飛ばされた。
また瞬間ソールドアウトだから、自動的に転売サイトにリダイレクトされたんだろう。転売価格がそう高くなかった(元値が70ドルくらい、転売99ドル)ので、そのまま購入。
転売屋から買うのは気が進まないが、ぐずぐずしていると、転売サイトの価格もどんどんはね上がる。
が、数日後に別のサイトに行ったら、なんとチケットはまだ余っていた。それもかなりの数である。つまり、チケットマスターはまだ席が残っているにもかかわらず、転売サイトにリダイレクトを飛ばしたのである。
(チケットマスターが興行を仕切る場合、そのライブは全席がチケットマスターの管轄だ。あるいは複数の興行会社が仕切っている場合でも、お互いのシートを融通しあっているようである。日本のように複数の興行会社がそれぞれにちがうブロックの席を握っていると言うことはない)
買い直そうかと思ったが、転売サイトは返品が効かない。TIckets nowで自分が転売するという手もあるが、ダフ屋に手を貸すなんてまっぴらである。

ちなみにチケットマスターは、自分でもリセール代行をやっている。ライブに行けなくなったファンのチケットを代行販売していると言うのが名目のようだ。
それにしたってずいぶん高い。ライブに行けなくなったファンのシートを買い上げて二次販売するのなら、元値プラスいくばくかの手数料、くらいが妥当だと思うのだが。

ダフ屋問題にはさすがにアメリカ人も黙っていないようで、「チケットマスターとライブネイションはダフ屋行為をやめろ!」というfacebookのサイトもできている。まあ、誰だってそう思うだろう。

Ticketmaster and Live Nation need to END scalping NOW!

まあしかし、FBIの捜査を受けても改善しなかったんだから、苦情程度で治るわけがない。ほんとうに行きたいライブは我慢してダフ屋から高額で買うか、さもなくばあきらめる、というのがアメリカの実状である。
こういう状況を体験すると、日本はまだ健全だと痛感する。チケットぴあが転売業者とぐるになって人気ライブのチケットを数百枚単位で横流ししたりしたら、きっと会社がつぶれるくらいの大問題になるだろう。

何でもお金次第のアメリカ。有名アーティストでも40ドルくらいで見れるのに、スプリングスティーンのライブはダフ屋で買わないと見れないアメリカ。

ちなみにアーティスト側にも動きがあるようだ。Adelはチケット購入時のクレジットカードと写真付きID(運転免許証やパスポート)を持参、照合するシステムを導入した。たいへんな手間である。お金も人手もかかるだろう。それでも断行するところに、彼女の強い意志が見える。
しかしほかのアーティストの動きは鈍い。きのうきょうの問題ではないはずなのだが、おおっぴらに声を上げる人は少ない。音楽業界全体の、何か表に出しづらい事情などもからんでいるのだろうか。アーティスト側も相応のキックバックをもらっているとか。勘ぐりすぎかな。
日本では優先チケットの横流しがばれたらファンクラブ会員権剥奪など、相応に厳しい処分が取られているようだ。
カオル個人の意見としては、程度にもよるだろうけど、個人間の売買は多少目をつぶってもいいと思う。
けど、瞬間ソールドアウト→同時にダフ屋サイトで数千枚発売、これはダメでしょう。
しかしどうも音楽興行業界の考えはちがうらしい。「自由市場」(アメリカの大好きな「自由」「民主主義」)の原則が左右するのだから、アーティストが価格をコントロールしようとするのはおかしい、と言う理屈だ。
自由市場って、アメリカ人はみんな株やトレーディングのように、最初から転売利益を得ることが目的でチケットをゲットしているのだろうか?音楽興行業界のCSRはどうなっているのか?

アデルは1週間に300万枚以上のアルバムを売り上げることができる、世界で最もビッグなポップスターの一人であるにも関わらず、このようなチケットの販売方法についてコントロールできる部分はほんの少しに限られている。「画期的な解決策はないんだ」と、See Ticketsのウィルムシャーストは語る。「会場には様々な契約上の関係があり複雑だ。厄介な世界なんだよ」。
中略)
再販業者らは、アデルの戦略について、チケットセールスにおける自由市場を操作しようとしていることが問題だと指摘する。需要が多ければ供給は減り、価格は高騰する。アデルのチームが、どんなに50ドル~150ドルという定価のままの価格範囲を順守しようともだ。「そのような目標が市場のなかで達成されることはないだろう」と、StubHub社長のスコット・カトラーは語る。

アデルとダフ屋の総力戦、その内幕 | Rolling Stone(ローリングストーン) 日本版

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2015年8月13日 (木)

フー・ファイターズ、デイヴ・グロールの精神性

フジロック2015、楽しかった。
色んなバンドを見た。山の緑と開放的なフジロックの空気を味わった。
が、中でも感銘を受けたのはフー・ファイターズとギター・パンダだ。
今回はフー・ファイターズについて書いておきたい。

フー・ファイターズは、言わずと知れたアメリカを代表するロックバンドのひとつである。
フロントマンであるデイヴ・グロールは6月12日、スウェーデンのステージで演奏中に転落。右足を骨折する大けがを負った。
その際もライブを中断せず、ギブスを装着してライブを完了したことが話題になっている。

フー・ファイターズのデイブ・グロールがライブ中に骨折!→ライブ強行してロックすぎる - ハードワーカーズ

それから一月半。フジロック前のライブでは特製の車いす(というか専用フロート、山車)に乗って座ったままライブをしていたという。

7月24日(金)、グリーンステージ。ぼくはモッシュピットにいた。フーファイのセッティングの様子がよく見えた。例の専用フロートも見えた。やはりケガは完治していなかったか。
まあ、仕方がない。車いすに乗った状態では、激しいライブを期待する方がムチャというものだ。ミドルテンポやスローナンバー中心の落ち着いたライブになるだろう。
そう思いながら、ぼくはグリーンのモッシュピットでデイヴ・グロールに思いをはせていた。元ニルヴァーナのドラマー。現フーファイのギター兼ボーカル、フロントマン。
世界一有名で短命な伝説バンドの生き残り。暗いイメージを払拭してのフーファイでの再起。

そんな思いは、不意に鳴り響いた甲高い絶叫でさえぎられた。
フーファイのロゴが記された巨大垂れ幕。その向こう側でデイヴ・グロールが絶叫しているのだ。次の瞬間、垂れ幕が落ち、1曲目が始まった。Everlong。

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特製フロートに乗ったデイヴ・グロールがシャウトする。バンドの演奏もいきなりのハイテンションだ。
モッシュピットは熱く盛り上がる。トシのせいで最前列付近がきつくなってきたためやや後方に下がるが、それでもステージとファンのやけどしそうな熱さが伝わってくる。
で、2曲目。モンキー・レンチ。
もう会場は大沸騰ですよ大沸騰。骨折?車いす?関係ない。フー・ファイターズのステージはこんなにも熱いものかという、最高のテンション。
その後もたたみかけるようにヒットナンバーを繰り広げる。途中でデイヴ・グロールのフロートが、モッシュピットまで延びた特設の花道に進むとファンは大きな歓声で応える。

このバンド、なんかとっても仲がよさそう。
ドラムの人はなぜか「ソニーは、ハイビジョン」と書いた青いはっぴを着てうれしそうにドラムを叩いている。電器店の人ですかあんたわ。
眉の太いギターの人も、終始にこにこにこにこしている。ちなみにメンバー紹介の時にみんな好きな曲をちょっとずつ弾いたんだけど、この人だけにこにこしながら自分のほっぺたをひっぱたいて終わり。いや、いい人だわ。
て言うか、デイヴ・グロールは照明を背負ったフロートに乗って演奏しているんで、バンドメンバーとの演奏中のアイコンタクトはいっさいできない。にもかかわらず、どの曲もタイミングはばっちりである。完璧に息の合った演奏である。どんだけ練習しているんだこのバンド。

演奏もさることながら、デイヴ・グロールのMCには参った。
途中「ある男の話をしよう」と言って、弾き語りで自分の骨折物語を歌い出した。
ステージから転落する映像。真っ二つに折れた足の骨のレントゲン写真。受傷直後は足の骨が飛び出していたと語る。うげげ。
それでもステージを中断せず、ドクターに足の骨をおさえてもらいながら演奏を続けたそうだ。その写真もスライドショーで流れる。
こういった一連の流れをおもしろおかしく話すデイヴ。フロアも大爆笑。

でもね。ぼくは思うんですよ。
たとえばぼくは去年、腰痛がひどくて2,3日仕事を休んだのね。腰が痛いだけでトイレにも行けない、仕事にも行けない、ベッドの上でうんうん言っている以外のことはいっさいできなかった。
何より、予定していた仕事をすべてドタキャンせざるを得ず、すごく落ち込んだ。メンタルがだだ下がりだった。
たかがサラリーマンのワタクシでさえこの有様なんだから、数百人のスタッフを抱え、数億円規模のビジネスをしているロックスターがどれだけ混乱したことか。
少なくとも、ノーテンキな気分ではいられなかったはずだ。足が治らなかったらどうしよう。立てなくなったらどうしよう。そんな不安もあったはずだ。でもデイヴ・グロールはそんな様子はみじんも見せずに、自分のケガをひょうひょうとユーモラスに語る。
そして子どもみたいなへたくそな絵を見せながら、病床で特製フロートの構想を練ったことを語る。

アニメのセリフじゃないけど、かっこいいとは、こういうことさ。

自分が歌うのは自分のため、ファンのため、そして何より、自分についてきてくれているスタッフのため。
そうまとめて、彼は次の曲に移っていった。いや、かっこいい。ほんとかっこいい。

ライブは最高。そして、デイヴ・グロールといういかしたアニキと語り合ったような、そんな気分でステージを見終わった。
彼の陽気でひょうきんな態度は、一見軽々しく見える。でもその下には焼けるような真剣さがある。
(どっかで聞いたセリフだな)
痛いこと、つらいことをユーモアに変えて話す彼。その裏側に、肉体のダメージなんかにオレの精神性は左右されないんだ。足が折れようと車いすに乗ろうとオレはオレのロックンロールを生きるんだ。
そういう、確かな意志を見た。

腰が痛いくらいでびいびい言っていた自分が恥ずかしくなりましたよ。

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2014年4月22日 (火)

Waterboysを聞きながら

仕事が煮詰まっております。さっぱり進まない。
ここ数日で仕上げないとまずい。非常にまずい。完璧にまずい。
しかし。しかし進まないのである。
コマッタ。

煮詰まりながらウォーターボーイズのレコードを聴く。
1984年のセカンドアルバム、約束の大地。
マイク・スコットの声は昔もいまも変わらない。みずみずしい感性が30年の時を超えて胸を打つ。
若い理想主義、青臭い楽観性。傷つきやすく繊細な魂。
さて、仕事をやっつけたらB面を聞こう。1984年の若者の声に耳を傾けよう。

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2014年4月21日 (月)

なぜガイジンのオタクはNine Inch NeilsのTシャツを着るのか?

なぜガイジンのオタクはNine Inch NeilsのTシャツを着るのか?
洋画を見ていると、コンピュータオタクやネットオタク、ハッカーやクラッカーがときどき出てくる。
高い確率で、彼らはNine Inch NeilsのTシャツを着ている。
NINの3文字で最後のNは鏡映文字になっている、例のロゴTシャツだ。
しばらく前に見た「ドラゴンタトゥーの女」にも、当然のようにこのTシャツを着たガジェットオタクが出てきた。ヒロインに監視カメラを売りつけた男だ(たぶん)。

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きょう、ゲーム依存関係の調べ物をしていたら、こちらでも発見。

‘EPIC FAIL’ : HOW VIDEO GAMES AND INTERNET OVERUSE CREATE PROBLEMS WITH COLLEGE STUDENTS

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う、うーむ。これは…
いかにもオタクな猫好き青年がコントローラを握って画面に没頭している。完璧な引きニー、ネトゲ依存の図である。
そして胸に燦然と輝く

NINのロゴ。

うーむうーむ。ネコ男よ。トレント・レズナーは泣いているぞきっと。

なぜガイジンのオタクはNINに惹かれるのか?NINは、日本なら初音ミクに相当するポジションと思われる。それなりにオタクがオタク的心性を仮託できる存在と考えて良いだろう。
考えてみた。

1.トレント・レズナーへの共感。トレント自身、生きるのが不器用なシンセサイザーオタク、コンピュータオタクである。
2.NINの音楽性への支持。方向性はまったく違うが、初音ミクとも共通する高レベルのコンピュータ・ベースの音楽。これがオタクの熱い支持を受ける要因なのかも知れない。
3.現実世界への不適応を表現した世界観。
4.単純にかっこいい音楽。バットマンやマトリックスに通じる、ダークでハイテク、未来的な音楽性。

この辺かしらね。
オタク層の支持も受けつつコアなロックファンからも絶大な支持を受けているNINはすごいのだ。
日本のオタクもぜひNIN萌えとか…無理か。

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2013年11月30日 (土)

ラモーンズ?

ええっと、ぼくの職場に、ジョーイ・ラモーンにそっくりのスタッフがいる。
年のころは40手前というところだろうか。
手足の長い細身の長身、やや内また気味、猫背。
何よりも髪型と丸めがね、とがったあごの具合がジョーイ・ラモーンにクリソツである。
「あなた、ジョーイ・ラモーンに似てるって言われませんか?」「ラモーンズって知っています?」
つい話しかけたくなるが、一度も話をしたことのない、よその部署のスタッフである。あまりにも失礼であろう。

ジョーイ・ラモーンさま↓
Joeyramoneneejeffhyman


話は変わるが、また別の部署にジョニー・ラモーンに似ているスタッフがいる。
もちろん女性である。年のころは40代半ばというところだろうか。
ややずんぐりした体型。がっちりとした筋肉質な感じ。目にかかる前髪。三白眼。すべてがジョニー・ラモーンにクリソツである。
「電撃バップって知ってます?」「ラモーンズって最高のパンクバンドですよね」
そう話しかけたい。話しかけたくてたまらない。
しかしこちらは連携のある部署ではあるものの、やっぱりそんなことは話しかけられない。
ぼくにだって一応の常識というものがある。

ジョニー・ラモーンさま↓
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同じ職場にジョーイ・ラモーンとジョニー・ラモーンがいる。
神さまが、ラモーンズのコピーバンドを作れとおっしゃっているとしか思えない。
しかしそうなるとぼくは何をしたらいいのか。ドラムはたたけない。
となるとベースであるが、オリジナルのベースはディー・ディー・ラモーンだ。

ディー・ディーさん↓
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うーん。ちょっとぼくとはタイプが異なるな。
となると2台目ベーシスト、C.J.ラモーンか。

C.J. ラモーンさん↓
Cjramone3

うーんうーん。さらにハードルが高いな。
毎日ピザを3枚ずつ食べてガツガツ筋トレしないと、この体型にはなれない。
せっかく職場にジョーイとジョニーがいるのだから、なんとしてもディー・ディーかC.J.を目指さなければ。
こまった。こまる必要は毛ほどもないが、こまった。

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2013年10月28日 (月)

ルー・リード逝去

2013年10月27日、ルー・リードが亡くなった。71歳。
死因は肝障害と発表されている。
多くのヘロインユーザー同様、彼もC型肝炎にかかっていた。
今年の6月には肝移植も受けていたそうだ。
針の使い回しによるC型肝炎ウイルス感染。肝炎が発症して肝硬変に進行。肝移植を受けるも感染症その他の合併症で死亡。
おおよそそんな経過だろう。

彼はもう30年もクリーンだそうだ。

http://www.drugrehabfl.net/2012/08/24/five-famous-rock-stars-in-recovery/

30年前と言えば1983年。レジェンダリー・ハーツをリリースしたころだ。
このアルバム、持っているけど印象に残っていない。なんだかごちゃごちゃしているなあとしか感じなかった。

ルーの表現スタイルが変化したのは1989年の「ニューヨーク」からだ。
静謐で、知的で、優しい音楽だ。ニューヨークに住むたくさんの生き様を、ルーは優しく語りかけるように歌う。
演奏も抑制的であると同時に親しみ深く、暖かみがある。
歌われている世界は相変わらず暴力やドラッグの渦巻くアンダーグラウンドなんだけど、今までとはちがう感じ。
想像なんだけど、ドラッグをやめたルーが、かつて自分が所属していた世界を慈しみを持って外側から眺めている感じ。そんな気がする。
ぼくがいちばん好きなアルバムだ。

実際のルーリードは厭世家で皮肉屋で、インタビュアー泣かせだったそうだ。
でも彼は自分を表現し続け、表現を通じて世界と対峙し続けた。
この世でやっていくためにはバス一杯分の信念が必要と歌った彼は、いったいどんな信念を持っていたんだろう。
きっとドラッグをやめて表現者として生き続けることも、彼の信念の一つだったんだろうな。

多くのメディアが彼の死を取り上げるだろう。
過去のドラッグ歴にも触れるだろう。
でもどうか、ルー・リードを薬物依存者ではなく、依存症からの回復者として記憶していてほしい。
ドラッグをやめても、過去の古傷で倒れることもある。
皮肉なことだけど、皮肉屋のルーの残した貴重な教訓とも言える。
買い残していたメタリカとのコラボアルバム、聞かなくっちゃね。

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2013年9月16日 (月)

M83、America訳詞

久しぶりに音楽の話でも。
エレクトロ・シューゲイザーの雄、M83。
夢幻的なサウンドが特徴的な、ぼくの大好きなバンドのひとつである。
バンドと言うより、フランス生まれのアンソニー・ゴンザレス氏のソロプロジェクトに近いようだ。

http://www.hostess.co.jp/m83/

このバンド、一貫して夢の世界や、現実と非現実の境界をテーマにしている。
怖くて悲しくてミステリアスな、不思議な世界観。
たとえば、こんな詞。詞というか、映画の音声のサンプリングなんだけど。すごく良いです。


M83 – America

(子供たちがイタリア語で叫んでいる)

ジョン、クリスティーンは私たちと一緒にいるわ。
クリスティーンは死んだんだよ、ローラ。

もちろん、もちろんよ。分かっているわ。でも、レストランにいた二人の女の人たちを見たでしょう?私たちが食べてる間、ずっとこっちを見ていたわ。私たちをじっと見てたわ。あの人たちには何かが見えたのよ。クリスティーンが私たちの間に座っているのが見えていたのよ。

そう、私たちがまだ知らないあの二人には。

聞いて、お願い。そのうちの一人は目が見えなかったわ。彼女には見えていたのよ、私たちには見えない世界が。そして彼女は、ああ、彼女はクリスティーンの着ていた赤いレインコートを私に描いてよこしたのよ。

ローラ

ジョン

ローラ

聞いて。私はだいじょうぶ。ここ数ヶ月でいちばん元気だと思う。ほんとうにだいじょうぶ。クスリなんて要らない。おかしくなってなんかいない。本当にだいじょうぶ。

医者はいつ、きみがもう来なくていいって言ったの?
いつだってよ。私はちょっと気が滅入っていただけ。ジョン、クリスティーンは私たちといっしょにいるわ。

クリスティーンは死んだんだよ、ローラ。

これはDon't look now(邦題:赤い影)という映画のサンプリングだそうです。
幼い娘クリスティーンを亡くした夫婦、ローラとジョンがイタリアはベニスに旅をし、そこで死んだものが見えるという不思議な女性に出会い、妻ローラは徐々に現実の境界を見失っていく、という話だそう。
古い映画らしいんだけど、まさにM83の世界観にぴったり。

(情報源:http://songmeanings.com/songs/view/3530822107858801159/)

いいね。M83。ライブを見たいなーと思っていたら、なんと2009年にはフジロックで来日していたそう。がーん。2009年たら、オレ行っていたわ・・・ショック。そのころはM83知らなかった。あああ。

てなことで、シリアスでミステリアスで美しいロックを奏でるM83の紹介でした。

M83 - AMERICA from aaronbuttigfilms on Vimeo.

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2013年5月24日 (金)

桜木町駅前のバンド

そう言えば、グリールームフェスの帰りに桜木町駅前で路上ライブをやっているバンドがいたんですよ。
30人くらいの通行人が足を止めていて、中にはスマホで撮影している人もいた。ちょっとした人気バンドなのかも知れません。
われわれ夫婦も足を止めて見ていたんですけどね。ボーカル、ギター、ドラム、ベースの4人組。
曲は、まぁ今どきの若者の好きそうな感じでした。細い声のギター・ボーカルが高音で歌う系。
で、ギター。
路上ライブだってえのに、でかいエフェクターボードを二つも並べているんですよ。
一コにはLine6系と思われるマルチとコンパクトがいくつか。もう一つはコンパクト、ボリュームペダル、ワウペダルなどがこれでもかと詰まっている。
で、アンプはVOXのちいさいトランジスタアンプ。15Wもないくらい。音量も極少。
わたくしは、ついセッキョーしたくなりましたですよ。
キミのその巨大なシステムは、ほんとうに路上ライブに必要なのかね。ボリュームペダルなんて、ギターのツマミでじゅうぶんじゃないのかね。歪み+ディレイペダルで済むんじゃないのかね。マルチいっこでさえ路上ライブにはオーバースペックではないのかね。
ほかのメンバーは怒っているんじゃないかしら。ドラムやちいさなPA一式、ギターアンプ、ベースアンプ。おそらくメンバーの誰かのクルマに積んできているんだろうけど、あまりに巨大なエフェクター一式。
うーむ。
ま、まぁきっと、若いってことは、ロックであるということは、こういうところに(無駄な)キアイをいれることなんでしょうね。ううむ。

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2013年2月18日 (月)

マイ・ブラディ・バレンタイン来日レポ、ゆらゆらサウンドの秘訣をみた!

マイブラことマイ・ブラディ・バレンタインのライブに行ってきた。
前にも書いたが、けっして一般受けするバンドではないにも関わらずチケットは軒並みソールドアウト。ぼくは抽選に2回落ち、主催smashの有料会員になってはじめて追加公演チケットを入手できた。
どう考えてもマイブラのファンが世の中に大量に存在するわけがなく、数々の伝説、逸話、滅多にアルバムを出さない・ライブをやらないレア度などがチケット争奪戦の原因である。
ぼくが行ってきたのは2月10日の新木場コースト。追加公演。ツアー最終日である。
開場時間ちょうどに新木場コーストに到着したんだけど、まだ客入れが始まっていない。アナウンスによれば、サウンドチェックが延びているとのこと。待っている間に、一枚の立て看板に気がつく。

なんと、バンドの意向で、大音量対策のため耳栓を配るという。きっと例の、途中で行われる大ノイズ大会対策だろう。親切である。気配りである。いや、ほんとに親切なら耳がこわれるような大音量を垂れ流さないような気もするけど。
定刻より10分ほど遅れて客入れが始まる。ぼくと妻は早めの整理番号だったおかげで、前方5列目付近を確保できた。ふつうならありがたいのだけど、例の大音量ノイズ大会を思うと複雑な気分だ。そう言えば早めに入って後ろのひな壇席を確保してた人も多かったな。
開演を10分すぎて、ライブスタート。
曲名は…すみません、分かりません。ラブレスからの曲は分かったけど、それ以外はまったく分からない。つか、どの曲もだいたいいっしょである。ディレイ、リバーブ、トレモロを駆使したゆらゆらギターから始まり、ゆらゆら、もわーんとしたつかみ所のない曲が続く。
ドラムはパカスカと景気よく太鼓を叩き、ベースものりのり。しかしギターとボーカル、それに全体的なミックスがもわーっと抽象的なため、ビート感は薄い。つか、ない。オールスタンディングライブの常で、演奏が始まると前方に客が詰めかける。詰めかけたは良いけど、みなそのままボーゼンと立ち尽くしている。ノリようがないもんなー。

Mybloody01

ステージ上手側、フロントマンのケヴィン・シールズ氏がギター・ボーカルで、もうひとり下手側のベリンダさんもギター・ボーカル。しかし、お二人とも何を歌っているかさっぱり聞こえない。もともとボーカルを聞かせるバンドではなく、「もわーんとしたノイズサウンドの海に、ときどき美しい歌メロやギターの音色が聞こえる」というのがバンドの(たぶん)コンセプトだろうから、まぁバンドの意図どおりなのだろう。
ぼくはケヴィン・シールズの前方にいたんだけど、途中で気がついた。ケヴィン氏、演奏中ずーっと右手でトレモロアームを握っている。ギターはもちろん、fenderのジャズマスター。つねにトレモロアームを握った状態でピッキングをしている。こ、これがマイブラのゆらゆらサウンドの秘訣か!
どうりで変な手つきでピッキングしていると思った。手をすぼめてピックを持っているから弾きにくくないのかと思ったら、ずっとトレモロ握りっ放しとは。そりゃ音程が揺れまくってゆらゆらするわけだ。
そんなケヴィン氏であるが、たまにはゆらゆら弾きしたくないときもあるのだろう。そう言うときは、ピックを持った親指と人さし指の輪の中にトレモロアームを通して単音弾きをしていた。そうかそうか、トレモロアームは何が何でも離さないのかー。
トレモロアームを一曲通して揺らしていればピッチが狂うのだろう。一曲ごとにギターを交換するケヴィン氏。交換しても交換しても、どれもジャズマスターである。ロックナットのギターにすればいいのに…。チューニングなんて関係ないような曲ばっかりなのに…。
ほとんどトークもないままライブは進んでいく。ベリンダ嬢がかわいらしい。客席から「ベリンダー!」と声がかかると、はにかんだように笑って軽く手を振る。いい人そうだ。ケヴィン氏も、ときたま観客に応えてニヤッと笑う。
それにしても曲の区別がつかない。テンポが速いか遅いか、トレモロのゆらゆらかディレイのゆらゆらか。そのくらいしか曲の区別がつかない。ちゃんと予習しておけばよかった。
そうこうしているうちに、ある曲の途中でとつぜんノイズ大会が始まった。ドラム、ベース、ギター2台、すべてエンディングの時のようにじゃらじゃらとフリーテンポで楽器をかき鳴らしはじめる。ドラムとベースの音は、まるで落雷のようだ。ケヴィン氏はギターをかき鳴らしながら、ときどき足もとのエフェクターを操作し、ノイズの色付けを変えている。
例えて言えば、ずっと電車の高架橋の下に立っているようなもんだ。ノイズの色付けが変わるといっても、京急線と京浜東北線の高架橋の下のちがいぐらいだ。
これが20分ちょっと続いた。始まってすぐ、妻は耳栓を装着。迷ったけど、これ以上うるさくならなそうな雰囲気だったのでぼくはそのまま聞いていた。
ノイズに身をまかせていると妙に心地よくなってくる。同時に、だんだん退屈になってくる。みんなどういう反応で聞いているんだろう?周囲を見ると、腕組みをして目を閉じ、眉間にしわを寄せてしきりにうなずいている人多数。そうか、これが正しいノイズの聞き方かー。ぼくもすかさずマネして通ぶってみる。
ちなみに、あとで聞いたら妻は、途中から立ったまま寝ていたらしい。むー。
やがてノイズ大会も終わり、追加で1、2曲を披露してライブはおしまい。アンコールなし。時間にして90分というところか。
おもしろかったです。しかし、アルバムを聞いてもよく分からないけど、ライブを見てもさらによく分からなかった。よく分からないけど、ゆらゆら轟音の壁と、その合間にちらっと聞こえるベリンダ嬢の美メロボーカル、ギターラインがこのバンドの身上なんだろう。しかし系統的にはアバンギャルド、ノイズ系。通には好まれるものの、こんなに人が殺到するバンドじゃないですよ。マイブラがソールドアウトなら、山海塾だって東京ドーム満杯だって。

ちなみに帰りの新木場駅。ひとりのワカモノがふざけて、股間を揺らしながら傍らの友人にこう言った。
「マイ、ブラブラ」。
まぁ、こんなもんです。

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