2009年12月24日 (木)

クリスマスだよ

クリスマス・プレゼントは要らない。
御馳走もケーキも七面鳥も要らない。
クリスマス・ツリーとクリスマス・ソングは欲しいかな。
ツリーはクルマから見るだけで十分。
歌はiTunesにたっぷり入っている。
ディアナ・クラール、ビング・クロスビー、ナットキング・コール。
妻とふたりで過ごすクリスマス。
パートナーがいて、暖かい家があって(アパートだけど)、五体満足で、こうして生きていけるのはしあわせだ。

8年前のぼくは、いつ死んでもおかしくなかった。急性膵炎で死の淵を歩いて、助かったあともアルコールの破滅の中で死ぬことばかり願っていた。生には何の価値も感じられなかった。病んだ頭で病んだ考えにとらわれていた。日々は死と絶望の影に覆われていた。

いまの暮らしが、ぼくにはとてもいとおしい。たった二人の家庭は、何ものにも替えがたい大切なものだ。
壊れる時にはそれがどんなにたやすく壊れるか、ぼくは知っている。
どんなにもろく、一瞬で失われてしまうか。
アルコール依存症と言う病気は、自分と周囲のしあわせを根こそぎ焼き尽くしてしまう。
冬の燎原に火を放つように、振り返る間もなく、すべてを飲み込んでしまう。
飲まない生き方とその破滅との間には、わずか一杯の酒の隔たりしかない。
ぼくはいまも、病の黒い影を見る。
後ろを振り返った時に、ちょうど誰かが角を曲がっていった残像を見るかのように。
どんなに最後の酒から時間が経っても、その影はつきまとう。
傲慢、恨み、怒り、恐れ、不正直、正当化、色んな感情に姿を変えてやってくる。
われわれアルコホーリクの破滅は、神の力で一時的に執行猶予されているに過ぎない。

ケーキと少しばかりの花を用意して、今夜はささやかなクリスマスのお祝い。
妻に感謝。仲間と神と飲まない生き方と自分自身に感謝。
メリー・クリスマス。

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2009年12月22日 (火)

マイ・スポンサーとの対話

先日、マイスポンサーと会った。
久しぶりに会った彼は、最後に会った時と何も変わっていなかった。
穏やかさとエネルギッシュさが同居した、ひとなつっこい笑顔。
今回、相談したい事があって時間を取ってもらったのだが、約束の日までに問題の方は、自分なりに整理がついてしまっていた。
でも彼の意見が聞きたかった。彼の話が聞きたかった。彼からみて、今のぼくは、今のぼくの問題は、どんな風に見えるのだろう。

待ち合わせのファミレスに現れた彼は、いつものように直接は何も言わなかった。
ただ自分の話をし、ぼくが問題に対して取り組んだ事は穏やかに支持してくれた。

彼の話の中で、居場所、と言う言葉が何度も出た。
自分自身がいるべき場所。
周囲との調和。他人と自分とが穏やかに共存できる場所。
彼は今の職場を、自分の居場所だという。周囲に感謝し、周囲から感謝され、自分の能力を発揮できる場所。
共存、調和、謙虚さ、感謝。
ぼくが彼の立場だったら、そんな風に思えるだろうか?
自我を突っ張らせて、不平不満を募らせた揚げ句に飛び出してしまうんじゃないだろうか?
今の自分に満足し、謙虚に周囲に感謝できるってのは、なまじできる事ではない。

彼の話とその穏やかな口ぶりから、ああ、この人はやっぱりAAメンバーなんだな、と思った。
たとえミーティングに出てこなくても。

私生活の方もますます充実しているとのこと。
相変わらずだった。ぼくが彼と出会ってもう8年以上経つのに、ちっとも彼は変わらない。むしろますます若返っていくような気がする。
スポンサーとして、年上の友人として、尊敬できる先輩として、これからも会い続けたい、と思った。
人との出会いっていいよな。ほんと。
ありがとう、マイスポンサー。

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2009年12月21日 (月)

ステップワーク

きのうはほぼ一日、ステップワークだった。
GAの仲間へのステップの手渡し。きのうはその2回目だった。

いつも思うんだけど、読み合わせの作業が同じように進んだ事はない。
ある仲間はすんなり飲み込めるところが、別の仲間はまったく受け入れられなかったりする。
特に第4章「私たち不可知論者は」のところは、人によって反応がかなり違う。
独自解釈な人、否定的な人、理解をあきらめる人、すんなり入る人。
今回も紆余曲折を覚悟していたんだけど、きのう会ったGAの仲間はまったくひっかかることはなかった。

ステップに必要な条件は、正直さとやる気だけ。
でも逆に言えば、正直さとやる気が備わっている時点で、ステップ3までのかなりのところができているんじゃないだろうか。
正直さとは、自分の欠点を認めていく姿勢だ。
やる気とは、欠点に目を背けない勇気だ。古いものを捨て、新しい概念を取り入れていこうと言う意欲だ。
自分も含め、ほとんどのメンバーには最初はそんなものは備わっていなかった。
仲間の支えとAAプログラムの中で、ステップとともに少しずつ、やる気と正直さが育っていったように思う。
だからステップを踏みはじめた新しい仲間が恐れと不安と不正直さでいっぱいだったとしても、それはもうやむを得ない、当然の事なんだと思う。
だってそれがアディクション・マインドそのものなんだから。

でもきのうのGAの仲間は、とても前向きだった。
穏やかさの中に、自分の欠点を正直に見つめる強さがあった。
予想していた以上に。

ステップを手渡すと、こちらが力をもらえる。
仲間のために行動することで、自分のソブラエティを伸ばしてもらえる。
相手を助けることで自分も助かる。まさに自助グループ。
その力を感じることのできたひとときだった。
いい時間でした。
また次回が楽しみだ。さてさて、自分のステップも進めていかなくっちゃ。

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2009年12月 9日 (水)

ステップ・ワーク

きょうもBBの読み合わせ。
きのうは仲間と遅くまで話し込み、きょうも長時間の読み合わせ。
さすがに疲れたナリ。
ねむ・・・

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2009年11月30日 (月)

崖っぷちの日々

きのうのOSMの話、続き。
関係者のスピーチのコーナーがあった。
お世話になったクリニックのスタッフの方が話をした。
最後に彼女はこう言った。
「みなさん、ぎりぎりの、崖っぷちの日々を過ごしていらっしゃると思いますが・・・」
細かい文脈は忘れたが、その言葉が印象に残った。

聞いた瞬間は、軽い反発を覚えた。
いや、別にオレいまそんな崖っぷちじゃないし。飲まないで安定して暮らしてるし。
崖っぷちの日々と言う言葉を、何だか他人事のように関係者に言われた気がした。

が、しばらくしてハッとした。
オレはいまだって崖っぷちじゃないか、と。

飲まないで生きていられるのは、僥倖に過ぎない。
BBにも書いてあるとおり、アルコホリズムという病を執行猶予されているに過ぎない。
飲まないで生きていられたのは、いられるのは、道を照らしてもらっていたからだ。
ぼくはただ、照らしてもらった道を歩いてきただけだ。
崖っぷちを歩いていることには何の変わりもない。
そんなことも忘れていたなんて。
彼女の言葉に反発を覚えたのは、ぼくの危機意識がいつの間にか薄れてきていることにほかならない。

Living on the edge.
その通りだ。
断崖の下はアルコールの海。落ちればおぼれて死ぬしかない。
ぼくはいまも崖っぷちを歩いている。
神が照らしてくれている道を、仲間の足跡をたどって歩いていく。
近道なんてない。
愚直に歩いていく。

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2009年11月29日 (日)

福島のOSM

きょうはAA福島GのOSMに参加してきた。
福島G、いつもお世話になっているがOSMは初参加。
ふだん少人数のまったりミーティングだから、OSMもその延長だろうと予想していたらビックリ。
会場から溢れんばかりの大人数。仙台や新潟の仲間も来ていた。
AAメンバーのみならず、家族の方もいらっしゃっていた。おおお。

お昼は福島Gの仲間が作ってくれた豚汁や仲間の持参したおにぎりのおすそ分けなど、みなでテーブルを囲んでわいわいと楽しくいただく。
家族の方が作ってきてくれたお赤飯のおにぎりも、勧められるままにいただく。さらに、特に勧められなかったにも関わらずお代わりもいただく。
美味しゅうございました。ありがとうございました。

午後は4つの班に分かれてミーティング。
初めて会う仲間、ふだん会えない仲間の話など、大いに触発された。
福島Gのあたたかい雰囲気そのままに、大人数だけれどもアットホームな、いい集まりでした。
ちょっとはしゃぎすぎたかな。
宿直明けだったんで、よけいハイになっていたかも。
回復はある。確かにある。あらためてそう感じた一日でした。

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2009年11月24日 (火)

スポンシーとの対話

ここんところ、スポンシーと過ごしている時間が長い。
色んなことに気付かされる。
自分が飲んでいたころ。酒がなかなか止まらなかったころ。止まってからしばらくの間のころ。
スポンシーの話を聞いていると、やっぱり自分はろくでもないアル中だったことにあらためて気が付かされる。
相談を受けて「なんでそんなことに囚われるんだ」と頭を抱えることもしばしば。
でも考えてみたら、自分はもっとしょうもないことで頭を悩ませていた。
スポンシーとの対話から、自分が何もので、過去どうであったかを否が応でも気付かされる。
これもまた恵みナリ。

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2009年11月16日 (月)

ステップ9雑感

仲間と一緒にBBの読み合わせをやっている。
ステップ・ワークと言うんだろうか、最近では。
やるたびに思う。つくづく思う。自分が持っていないものは人に手渡せない、と。
自分が理解していないことは、当然ながら伝えようがない。
背伸びして知ったかぶりしても相手に伝わらない。言葉が空っぽなんだから当たり前だ。
理解していないことは、自分もよく分からない、と言うしかない。
それがイヤなら、何度もBBや12&12、ジョー・マキュー氏の赤本、緑本を徹底的に読み込むしかない。

本で勉強、と言うとまゆをひそめるひともいるかも知れない。
たしかにAAが目指すのは生きた信仰、生きた回復だ。
でも、過去の仲間の取り組み、AAのオリジナルの意図は、今となっては文章でしか知りようがない。
人伝え、口伝えはかならずノイズが入る。情報が劣化し、オリジナリティが少しずつ失われていく。
翻訳の問題を別にすれば、BBと12&12はオリジナルのままだ。
このテキストをもとに、世界中で多くの仲間が回復している。迷ったら原著に回帰するのは当然のことだとぼくは思う。

ステップ・ワークに取り組んでいると、色んなことに気が付く。
ステップ4は、ステップ3にすぐ続いて行わねばならない。

その決心にすぐ続いて、自分のなかにある、生きていくうえでの障害となってきたものに直面し、それを捨てるための絶え間ない努力をし、続けていかなければならない(アルコホーリクス・アノニマス p.92)

そう、「すぐ」続かないといけない。
決心をしたらすぐ行動に移さないと、決心の質が変わってしまう。
でもこんなこともぼくは分からなかった。行動のプログラムと言いながら、なぜ行動するのか、どんな行動をするのかも分かっていなかった。

そう考えてからは、ステップ3とステップ4は同じセッションでやるようにしてみた。
ステップ3を踏んだらすぐ、ステップ4の提案をする。
決心が鈍らないうちに。恐れが決心を後退させないうちに。
それでいいのかな。間違ってるかも知れない。その時はまた考えよう。

さてさて。
自分のステップもどんどん進めていこう。
仮スポンサーと打ち合わせした埋め合わせのリスト、方法を読み直して。
ステップ9の問題は恐れだと思う。ここでも恐れが壁になる。
でも恐れは亡霊だと先行く仲間たちは言っている。

何よりも必要なのは、勇気のなさから引き延ばしを摺ると言う態度は決して取らないと言う断固たる決意である。過去の自分の行ないの結果をすべて受け入れ、同時にほかの人たちが幸福になることにも責任を持つ心構えこそ、まさにステップ9の精神なのだ

イヤさらっと書いてあるけど、スゴいこと言ってくれてるわ。

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2009年11月14日 (土)

8年のバースデイ

きょうは自分のバースデイミーティングでした。
8年。
なんか照れ臭い感じ。仲間のバースデイはうれしいけど、自分のバースデイは妙にくすぐったい。
でも正直うれしい。仲間の手づくりケーキもうれしかった。
初めてAAにつながってから8年も経ったのが信じられない気持ち。
なんにも変わっていないようで、色んなことが変わった。
結婚したし、スノーボードやジョギングを始めたし、仕事もずいぶん広がった。
でもAAにつながり続けていることだけは、変わらない。
これからもミーティングに出続け、ステップを踏み続けるんだ。
仲間に感謝。AAとハイヤーパワーに感謝。

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2009年11月11日 (水)

ステップ9、埋め合わせに取り組む

埋め合わせに取り組んでいる。
恥ずかしい話だが、きちんと「埋め合わせに取り組む」と意識してやったことがなかった。
日々コミュニケーションを避けず、関係を良好に保ち続けるよう努力してれば、それでステップ9を踏んだと思っていた。
日々の安定した暮らし、落ち着いた関係こそが埋め合わせだ、と。
でも、やっぱりそれだけでは不十分だ。
自分の中の大掃除をやらなければ。
そうでなければ、いつまでも心の中にがらくたを抱えたままだ。

まず、同僚に対して行うことにした。
ときどきこのブログでも書いている、男性同僚A。
彼は飲んでいたころに傷つけた人ではない。
自分のこころの中には、彼に対する蔑みがあった。いまもある。そして実際に彼をないがしろにしたり、彼に相談すべきことを相談しなかったり、無視したりした。
忙しくてできなかったこともある。が、彼に対する怒りや蔑みから、意識的にそう振舞ったこともあった。
彼に対するネガティブな感情、囚われがいま現在、ぼく自身にあるのだ。

月曜の夕方、彼と二人きりになる機会があった。
いいチャンスだ。
率直に、彼に対して無礼な振舞いがあったことを詫びた。
配慮が至らず、非礼があったことを謝った。
自分の言葉遣いや態度が不快を与えているのではないか、申し訳ない、と。

彼は笑って、謝るにはおよばない。そう言った。
ぼくの方が忙しいんだろうから、余計な気遣いをさせてかえって済まなかった。そう言った。
その言葉を聞いた時、何とも形容のしようのない変化が起きた。

彼はもう、蔑みの対象ではなかった。
使えないやっかいものではなく、敬意を払うべき、愛すべき人物だった。
他人と自分のおろかさを許せる度量の深さを持つ、ひとりの人間だった。

そしてぼくの中から囚われが消えた。
彼に対する怒りや蔑みが消えた。
もう表面的に調子を合わせる必要はない。
彼とぼくは、より近しい関係になったと感じた。

これはすごいことだ。すばらしことだ。
彼との関係が改善しただけじゃない。囚われが消えたのだから。

うれしくて、涙が出そうなくらいだった。
彼に対するグチを、何時間妻に聞かせたことか。彼さえいなければいかにマシな職場になるかとどれだけ空想したことか。彼の病気が再発することさえひそかに願ったことか。そんなことを考える自分にどれだけ幻滅したことか。でもまた同じことをグルグルと考えずにはいられなかったことか。
そんな囚われが、わずか30分ほどの埋め合わせ、謝罪で解決したのだ。
すごい!

これは自己満足か?
そうかも知れない。
でも、この一歩がなければ彼との関係の本質的な改善はあり得ないだろう。
日々彼と仲良くしていても、ぼくの心の中の囚われは区切りがつかないままだったろう。
ステップ9のこの一歩が、新しい関係の礎となるんだ。

ぼくは愚かだ。
きっとまた同じ過ちを繰り返すだろう。
日々の暮らしの中で、彼に対する感謝と尊敬の念を忘れて、また蔑みはじめるだろう。
だから日々の棚卸しを続けよう。
日々の自分を振り返り、自我の暴走を見張るんだ。

まだまだ埋め合わせは始まったばかりだ。
「この行程を労を惜しまず念入りにやっていると、半分も終わらないうちにあなたはビックリするようになる」
その通りだった。
半分どころか、第一歩にして驚いた。
このまま勢いに乗っていこう。ステップ9をやり続けるんだ。恐れずに、徹底して。

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