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2026年2月13日 (金)

職場の酒瓶

飲んでいた頃のことをふと思い出したので書いてみる。

 

当時ぼくはとある大きな会社に出向していた。

そこでは数日に一度、夜間の待機番が回ってきた。

待機番と言うのは、夜8時まで職場で急なトラブルに備えて待機、その後はいったん帰宅するけれど、朝8時半まではトラブルが起きればすぐ職場に出動する当番だ。

アクティブな会社で、待機番はけっこうな頻度で呼び出された。だいたい4回に1回くらいは、何らかの問合せが来た。

職場から持たされたポケベルが真夜中に鳴ると、とても気が重たくなったのを覚えている。

 

問題は、待機番中に酒が飲めないことだ。

当時のぼくはウオッカの720㎖瓶を、だいたい半分から3/4くらい飲んでいた。週末はもっとだ。

もちろん勤務中は飲めないので、自宅に帰ってから飲むことになる。

当然、飲みはじめが遅くなればなるほど翌日はつらく、かつ酒臭を周囲に気取られることになる。

そのころのぼくは、大量飲酒生活と昼間の社会人生活と、両方を続けるのがもう難しくなっていた。

午前中は職場のトイレに何度も駆け込み、ひんぱんに嘔吐を繰り返していた。

夕方になると離脱症状が出てきて、動悸と冷や汗が止まらず、一刻も早く自宅に帰って酒を入れる必要があった。

待機番の時は20時まで酒が飲めない上、帰ってからも飲めない。

 

でも当然、待機番中も家で酒に手をつけるようになった。

職場からのポケベルには気がつかないか、気がついても無視するようになった。あるいはコールバックで職場に電話しても、電話指示だけですませるようになった。新人がそんな態度は当然上司の耳にも入り、しばしば叱責を受けるようになった。

新人がいちばんやらなくてはいけない業務だったが、ぼくがあてにならないので、いちばん年長の部長がぼくのカバーをしていた。

 

ある日、考えた。

職場に酒を置いておいたらいいんじゃないか。20時を過ぎれば人の出入りはなくなり、飲んでいてもバレないだろう。

コールが入っても、飲みはじめの早い時間帯だったら対応できるだろう。

それにあのきつい離脱症状を(ほんとうにきついんだ、これが)、職場でやり過ごすことができる。

 

めちゃくちゃな考えだ。

でもぼくはそのアイディアを気に入り、ある日ついに職場のデスクに酒瓶を持ち込んだ。

 

ある待機番の夜。19時過ぎ。部署には誰もいない。

離脱症状がきつい。頭の中は煮えたぎった油みたいになっていて、とにかく酒を身体に入れたくてたまらない。

引き出しを開けて酒瓶を見る。

これを飲めば、離脱症状は止まる。でもコールがかかって飲酒がバレたら、職場に酒を持ち込んでいることがバレたら、叱責では済まないだろう。

その酒に口をつけることは、ぼくにとって越えてはいけない一線を越えることだった。

社会人として、職場としてと言うより、人として何かが終わるような気がした。

 

結局、職場で酒に口をつけることはなかった。

でも、あの夜のことはいまでも思い出す。

何度も引き出しを開け、一口飲めば楽になる、瓶の中のとろっとした液体を何度も見つめたこと。

もう少し、あとほんの少しでそれに手をつけることだったこと。

ただ、ほんの少し勇気がなかっただけだったこと。

理性の分水嶺を越えずに済んだのは、ぼくの倫理観が高かったからでもなんでもない。

口をつけたとたんに誰かが部署に入ってくるのが怖かっただけのことだ。

眠れない夜、昔のことを思い出す夜には、いまも引き出しを開けて酒瓶をじっと見つめていたことを思い出す。

もう30年近く前のことなのに、つい昨日のように。

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