老いるショックに出会う
ぼくが敬愛して止まないみうらじゅん師匠。
近年の名言に「老いるショック」「老けづくり」がある。
老いるショックとは、日々の老化現象を笑い飛ばしてしまうためのキーワード。
老けづくりは、歳を取ったら若作りではなく、むしろ年齢相応かそれ以上の「老け」感を積極的に打ち出していこうというコンセプトである。
いいなー。
老いるショック、もう毎日ですよ。
先日も、社内報に載せる短いエッセイを提出しようとしたら、直前になって数ヶ月前にまったく同じテーマのエッセイを書いていたことに気がついた。
書いている途中はまったく気がつかず。提出まぎわに「待てよ」と思って以前の原稿を確認したら重複に気がついた。
昨日は、とある業界紙から見本誌が届いた。謹呈と書いてある。
包装を開けたら、自分が書いた原稿が載っていた。もちろん書いた記憶はいっさいない。ないというか、出てこない。
どうもぼくの記憶は引っ込み思案が強まっているようである。出てくるように問いかけても反応なし。ハッハッハ。
きょうはきょうとて、あまりにも職場の内線一覧表が見えづらく、ふと百均で購入した老眼鏡をかけてみた。
劇的にハッキリ見えたので「見える!私にも見えるぞ!」と声に出してしまった。
こういうときに「老いるショック!」と叫んで(こころの中でだけど)こころのネタ帳に書き込んで終わる。そしてそのネタ帳もやがて忘れる。
やー、いいですね。老いるショック。
何ごともそうなんだけど、後退局面をどうするかはとても難しい。
自分の老いや能力の低下を受け入れるのは誰にとってもヤなものです。
でもいつまでも若さにしがみついているのも見苦しいよね。ていうか、疲れるし。
若さの価値観て、どこか競争原理的な気がする。若くて元気でパキパキ動けてエネルギッシュで、て、そんなの20代を過ぎたらみんな低下してくるに決まっている。日々どんどん低下しているんだから、無理したってギャップは開くばかり。
もちろん健康に暮らすために身体を動かしたり食べ物や生活に気をつけるのはたいせつ。
でも、遠ざかる価値基準をいつまでも追い求めるよりも、自分が楽しく暮らせる気楽さがあった方がいいよね。
先日も2年ぶりにスノーボードに出かけたら、たった4本しか滑っていないのに翌日は重度の筋肉痛で一日布団から出られませんでした。
老いるショック!
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