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2026年1月28日 (水)

ブログ文化の消滅

久しぶりにブラウザのブックマークの整理をした。

おもしろそうなサイト、あとで役に立ちそうなサイトは片っ端からブックマークに突っ込んで来たので、整理をしないとあっという間にブックマーク一覧がカオスになってしまう。

で、ふといままで手をつけていなかったブックマークフォルダ「ブログ」に手が伸びた。

いままで仲よくしてくれていたブログ、AAメンバーのブログ、趣味や地域が同じブログなどが20ほど入っている。

それをすべてブラウザのタブで展開する。もう10年以上訪れていないブログもたくさんある。さてさて、いま彼らは何をしているのだろうか。

驚いたことに、一年以内に更新された「生きている」ブログはたった二つだけだった。

あとはURL自体存在しないか、最終更新から10年以上放置されたままだ。

当時、日々の思いを書き綴ったブログは、9割が消滅していた。

 

考えてみたらこのブログが始まったのももう20年以上前。2004年の5月23日だ。

職場での休日当番があまりにヒマなので、ふと当時流行りはじめたブログを書いてみようかと思い立ったのを覚えている。

そう、そのころはブログブームの始まりで、ブログを書いて日々の思いをネットに公表するのがちょっとかっこいい空気があった。ような気がする。

あれから22年。

ネットに自分の言葉を公表するのは特別なことでもなんでもなくなった。かっこいいも悪いもなく、仕事でも日々の暮らしでも当然のことになった。

そして、より短いフレーズが当たり前になり、言葉も映像も断片的になっていった。

エッセイのような、まとまった長さのブログは当然はやらなくなった。

 

あの当時のブロガーたちは、いまみんなどうしているんだろう。

ジョギングをして日々の記録を書き綴っている人もいれば、日記を淡々と公開しているブログもあった。

念力でキーボードを叩く実験をつづったブログもあったなー。

 

この20年、さまざまな表現物がどんどん短く簡素になった気がする。

YouTubeやTikTokの映像は数十秒のものが好まれ、カメラの前でダンスや突飛な行動を取るものばかりだ。

物語性は好まれず、瞬間的な視覚の快楽がもてはやされる。文章も同様だ。

時間を取って考えたり余韻を楽しむような表現物は、もう時代遅れなんだろうか。

 

そんな思考の流れをダラダラと書けるのも、ブログの良いところですね。

またユルく更新していきますので、皆さまよろしくお願いします。

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2026年1月15日 (木)

2026年(令和8年)年頭のあいさつ

そう言えば今年はまだ年頭のあいさつを書いていませんでした。

昨日は老いるショックの話を書いたけど、さっそくこれも老いるショックですね。

 

さてさて皆さま、明けましておめでとうございます。

令和も8年目になりました。まさに光陰矢のごとし。自分の感覚では、つい2年ほど前に令和になったばかりのような気がするんだけど。おっかしいなー。

生活は、とくに変わったことはありません。相変わらず仕事はつらいけどまあボチボチ。

昨年は入院して胆のうを取るというイベントがあったけど、今年は何もなく健康に過ごせることを祈ってます。

昨年はあまりに個人ベースの仕事を受けすぎてバーンアウトしかけたので、今年は「断る勇気」、これを大事にしようと思います。

安請け合いしたあげく、結局依頼元の期待に応えられずギクシャクすることもありました。

こちらも「忙しい中を無理して引き受けたのに文句を言われるなんて」と、陰性感情がわき上がったりします。

自分の能力を超えて要求に応需しようとすれば、お互いそうなるのは当然だもんね。

初手に「今回のオファーは辞退させていただきます。ご期待に添えず申し訳ありません」が言えるかどうか。これが大事ッス。

それで依頼が絶えるようなら仕方なし。

ほかの人が代わりに脚光を浴びるの当然のことだし、良いこと。

 

定年までの年を数えてみる。今年を含めてあと7年。

定年が楽しみで仕方がない。

もちろん食っていかなくてはいけないので仕事はするけど、いまの役職は早く降りたいのです。

もー時間外の会議は多いし休日はなくなるし、一面識もない人のトラブルシューティングをしなくちゃいけないし、色んな人から無理な課題を出されて逃げられないし、課題に取り組んだら別な部署からヤな顔されるし、しんどいことこの上なし。

あとオンライン会議さー、みんな時間外にやるの止めようよ。

「調整さんの結果、参加者が全員揃う木曜日の21時から会議を開きます」って正気ですかー。寝る時間ですよー。

おっと愚痴になっちゃった。

AAは、今年はもう少しミーティングに参加したいですね。ホームグループもちょくちょく行きたい。片道300キロの運転はなかなかたいへんだけど、それだけの価値はある。

やっぱりミーティングを離れていると、どこか自分の考えが歪んでくるのが分かります。視野が狭くなるというか、自分一人の考えになりがちっていうか。

仲間の話を聞いて我が身を振り返る時間はたいせつ。

人生の先行きが見えてくるほど、その貴重さが身にしみます。

 

あとはとにかく健康、家庭ですね。ギター弾いたりブログ書いたり本読んだりジョギングしたり奥さんと出かけたりする時間をちゃんと取りたいと思います。

てなことで、今年も無理せず元気に行きましょう。

ブログを読んでくださっている皆さま、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

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2026年1月14日 (水)

老いるショックに出会う

ぼくが敬愛して止まないみうらじゅん師匠。

近年の名言に「老いるショック」「老けづくり」がある。

老いるショックとは、日々の老化現象を笑い飛ばしてしまうためのキーワード。

老けづくりは、歳を取ったら若作りではなく、むしろ年齢相応かそれ以上の「老け」感を積極的に打ち出していこうというコンセプトである。

いいなー。

老いるショック、もう毎日ですよ。

先日も、社内報に載せる短いエッセイを提出しようとしたら、直前になって数ヶ月前にまったく同じテーマのエッセイを書いていたことに気がついた。

書いている途中はまったく気がつかず。提出まぎわに「待てよ」と思って以前の原稿を確認したら重複に気がついた。

昨日は、とある業界紙から見本誌が届いた。謹呈と書いてある。

包装を開けたら、自分が書いた原稿が載っていた。もちろん書いた記憶はいっさいない。ないというか、出てこない。

どうもぼくの記憶は引っ込み思案が強まっているようである。出てくるように問いかけても反応なし。ハッハッハ。

きょうはきょうとて、あまりにも職場の内線一覧表が見えづらく、ふと百均で購入した老眼鏡をかけてみた。

劇的にハッキリ見えたので「見える!私にも見えるぞ!」と声に出してしまった。

こういうときに「老いるショック!」と叫んで(こころの中でだけど)こころのネタ帳に書き込んで終わる。そしてそのネタ帳もやがて忘れる。

やー、いいですね。老いるショック。

 

何ごともそうなんだけど、後退局面をどうするかはとても難しい。

自分の老いや能力の低下を受け入れるのは誰にとってもヤなものです。

でもいつまでも若さにしがみついているのも見苦しいよね。ていうか、疲れるし。

若さの価値観て、どこか競争原理的な気がする。若くて元気でパキパキ動けてエネルギッシュで、て、そんなの20代を過ぎたらみんな低下してくるに決まっている。日々どんどん低下しているんだから、無理したってギャップは開くばかり。

もちろん健康に暮らすために身体を動かしたり食べ物や生活に気をつけるのはたいせつ。

でも、遠ざかる価値基準をいつまでも追い求めるよりも、自分が楽しく暮らせる気楽さがあった方がいいよね。

 

先日も2年ぶりにスノーボードに出かけたら、たった4本しか滑っていないのに翌日は重度の筋肉痛で一日布団から出られませんでした。

老いるショック!

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