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2025年11月23日 (日)

AAは衰退するのか?

AA随一の論客であるひいらぎさんが、非常に興味深い記事をブログにあげてくれた。

メンバー数減少に直面する日本のAA (4) メンバー数減少の外部要因 | https://ieji.org/2025/20039

 

国税局や厚生労働省のデータを元に、多量飲酒者の動向、アルコール依存症者数の動向、そしてAAの人口動態的変化を論じている。

とても精緻な分析であり、他の追従を許さない力作である。ここまで緻密な自助グループの現状と未来像を分析した文章は他にないように思う。

ひいらぎさん、お疲れさまでした。

 

ひいらぎさんの分析は正鵠を射ており、現状をよくあらわしている。

AAのニューカマーが減った。AAメンバーが増えてない・あるいは減りつつある。

これは日ごろのミーティングでも感じることであり、AAメンバーだけでなく医療福祉関係者も同様の印象を語っている。

よく言われるのは「医療機関が自助グループを紹介しなくなった」「自助グループの役割を奪った」など、医療機関側の変化に原因を求める説である。

たしかに「自助グループに行かないんだったら診療お断り」みたいな、医療機関の強腰な姿勢は弱まったと思う。

ぼくがクリニックにつながったとき、ドクターはぼくに自助グループを強く勧めた。

ぼくは消極的だったが、それを口にすると強い口調で叱責を受けた。

もちろんいまではドクターには感謝している。あのとき顔を真っ赤にして叱ってもらえなかったら自分はAAに行かなかったろうし、おそらくいまごろ土の下にいただろう。

が、それは25年前の話で、令和のいまでは通用しない。

令和は「他者に何かを厳しく要求する」行為を許さない。叱責や強要は非常識どころか、いまやハラスメントである。

相手の話をていねいに聞き、否定せず共感的に接するのは、医療だけでなく世の中全体の流れなのである。

だから医療機関がやわらかい対応をするようになったからAAメンバーが減った、と言う説はちょっと飛躍が大きい気がする。

ひいらぎさんの分析はそういう印象論ではなく、世の中全体の飲酒行動・飲酒人口の変化をデータで示している。

その変化の背景に時代の流れがあるのだと思う。

 

時代は変わった。

ひいらぎさんの分析によれば世の中全体に飲酒行動は穏やかになった。

街角を見る。居酒屋の前で気を失っている大学生。電柱に持たれて嘔吐している若者。酩酊して奇声を上げ放歌するサラリーマン。列車の中で酒瓶を並べて飲んでいる旅行者。

いまもいないわけではないが、25年前に比べたらずっと少なくなった。

人々はより適切に酒を飲み、アルコール依存症になる人は減り、いても軽症者の割合が増えた。

結果的にAAメンバーは減っている。

 

ぼくは、世の中は進歩しているんだと思う。

医療機関はさまざまな治療ノウハウを開発している。

厚生労働省や自治体は依存症対策を進め、予防や普及啓発活動をずっと行っている。

何十年もそれをやっていたら、変化しないわけがない。

だからひいらぎさんが提示した現状は、自助グループや自治体や医療福祉機関が行ってきた取り組みが世の変化に加わり、目で見える形で結実してきたんだと思う。

それがAAニューカマー減少という皮肉な形であったとしても。

 

それではAAは衰退するのだろうか。いつか役割を終えてそっと舞台袖に消えていくんだろうか。

ぼくはそうは思わない。

形は変わっていくだろう。メンバーの数が減り、サービスやミーティングのあり方も縮小的な方向に変わっていくだろう。

一方で、25年前のぼくのような人閒はいつの世にも一定数存在する。

自分が嫌い、世の中が嫌い。

孤独と感傷を抱えてさまよう、何かが欠落したひと。欠落した何かを探し求めるひと。

いつまで経っても自分と折り合いがうまくつけられないひと。

そういった人たちは何かに依存するし、その「何か」のバラエティが増えても、アルコールはかならず一定の割合を占めると思う。

ニーズがある限り、そうそうAAは簡単にはなくならない。

 

減少や衰退の時期は、円熟の時期でもある。

もはや拡大主義的なあり方は通用しない。

いかにコンパクトに、合理的に、現存メンバーがやりがいを持って無理なくAAの維持に貢献できるかがカギだと思う。

もっとサービスを、もっと委員会を、もっとイベントを。そういう足し算の発想から、引き算の発想への変革の時なんだと思う。

そしてニューカマー減少の状況だからこそ、ニューカマーはたいせつにされるだろう。

少子高齢化社会の中で、稀少な子どもがたいせつにされるように。

 

そこに共感と思いやりがありますように。

江戸アケミも言ってたな。時代はいい方向に動いているぜ。

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2025年11月17日 (月)

とことこジョギング12キロ

止めたり続けたりのジョギングですが、さいきんまた熱が戻ってきました。

今月は久しぶりに月間走行距離100キロを越えそう。

ここんとこ暑かったり仕事で時間が取れなかったりメンタルが下がってたりで、ちっとも走れてなかったもんね。

写真は先週、出張で新潟市に行ったときの朝ランの写真。

いやー、冬の日本海すげー。マジすげー。

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もう波がざぶんざぶんとうねり、河口堰って言うんですか、川を逆流しないように止めてある鉄の大きな門にどぉんどぉんと打ち寄せる。

風はそんなにないのに、波が異様に高い。

日本海最強。こんなところ落ちたらひとたまりもありません。

 

てなことで冬の海を見たりしながらとことこと12キロばかりジョギング。

10年前に比べたらペースはだだ下がり。以前はキロ5分半くらいでジョギングできていたけど、いまはペースを上げてもキロ6分くらい。ジョグペースだと6分半とか、下手したら7分。

もう歳だからね。とも思うし、いやいやちゃんと走ればもっと楽に、かつ速く走れるはず、とも思う。

まあ、楽に行きましょう。

すぐにペースを上げようとかレベルアップしなくちゃとか思うのはアル中の悪い癖。や、昭和世代のマインドと言うべきか。

レースの予定もないし、本格的に雪が降るまで、とことこペースでジョグを楽しんでいくんだ。

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2025年11月16日 (日)

オープンカフェでコーヒーを

ここんとこ暑さ寒さが極端で、アウトドアが心地よい季節は短い。

今年も10月中旬まではずっと暑く、その後は急に雨模様の天気になって気温が下がり、一気に冬っぽくなった。

秋がない。あってもそれを楽しむ時間もない。とほほ。

 

で、いま出張で福岡に来ているんだけど、奇跡的に気持ちの良いお天気。

舗道には銀杏が色づいて黄色い葉を落とし、少しばかりの風が肌に心地よい。

オープンカフェでコーヒーを飲みながら、この記事を書いています。

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半袖の人。ダウンジャケットを着てる人。

ベンチに座って話をする人。軽快に走るジョガー。キャリーバッグを転がして推し活に向かうティーネイジャーのさざめき。

リュックサックを背負った小さい子どもと、その手を引く母親。

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行き交う人たちを眺めていると、 何とも言えない穏やかな気持ちになれます。

まいにちこんなゆっくりした時間が取れるといいんだけどね。

さてさて、福岡に来たのは出張。

仕事に向かいますか。

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2025年11月15日 (土)

24年目のバースデイ

この11月、24年目のバースデイを迎えた。

ホームグループがバースデイミーティングを開いてくれた。

もうひとり、ぼくより2年ソーバーが長い仲間は残念ながら欠席。でも元気に過ごしていると聞き、安心した。

ホームグループはぼくの生まれた地元のグループだ。このブログでも何度も書いてきた。

ぼくがいま住んでいる場所からは300キロちかく離れている。年に数回しかホームグループには行けていない。

それでも仲間としてバースデイミーティングを開いてくれるのは、うれしい限りだ。

 

仲間からメダルと色紙を受け取る。握手をする。ハグする。

みんなでハッピーバースデーを歌う。

何十回、いや何百回も経験してきたミーティングの風景。

でもなんだろう、いつも泣きそうなくらい感動するし、生きて仲間に会えることの喜びを感じる。

自分のバースデイミーティングでも、ほかの仲間のバースデイでも。

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自分の話もしたけれど、正直よく覚えていない。

仲間の話は良く覚えている。みなアルコホリズムを抱え、しんどい思いをし、それでも泣いたり笑ったりしながら日々を生きている。

生き延びている。

 

もうそれだけで、感動する。

12ステップ、サービス、ミーティング、どれもたいせつ。

でもまず生き延びないと。生き延びて仲間に会えること。喜べること。

 

メダルにはこう書いてある。

To thine own self be true.

何よりもまず、自分に誠実であれ。自分に正直であれ。

何度も読み、意味をかみしめています。

ぼくはいま、自分に誠実だろうか?誠実であろうとしているだろうか?

ハイヤーパワーに祈っているだろうか?

 

まずはもう少しホームグループに足を運ぶことにします。

来年の目標だね。

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