ザリガニの鳴くところ—沼地と海岸に生きる少女
コロナ感染、というかひどい風邪症状で数日寝たきりだったんだけど、その間に読了したのがこの小説。
ディーリア・オーエンズ著「ザリガニの鳴くところ」。
ノースカロライナ州の湿地帯・沼地を舞台に、貧困と暴力、孤立などさまざまな困難に耐えて生きた少女の物語だ。
いちおう殺人事件がからむミステリー仕立てで後半はその謎解きに多くの枚数が割かれるんだけど、この小説の白眉はヒロイン少女が生きる大自然の圧倒的な描写と、そこにたった一人で生きる少女の思考や葛藤。
まず自然の美しさと、それを描写する作者の筆力に驚かされる。作者はじっさいに自然学者だそうだ。
たしかに学術的な記述もあるが、それでもこの描写力には驚かされる。自分がノースカロライナ州の沼沢地や海岸を、主人公と一緒にボートで旅している気分になれる。
たくさんの鳥たち、湿地帯のツタ、泥の中の虫たちの息づかいが見え、聞こえてくるようだ。
そしてヒロインが7歳からその大自然の中で困難に立ち向かって生き延びていく物語。
父親の暴力アルコール問題と貧困に耐えかねて母、兄弟姉妹がすべて逃げだし、ヒロインは父の暴力に脅かされながら日々を過ごす。
やがて父もいつの間にか蒸発し、ヒロインは貝を売って何とか糊口をしのぐ。
近くには町もあるが、沼地に住む「トラッシュ」(低層階級白人)を露骨に差別する町の住人たちはヒロインを受け入れず、さげすみの対象とするばかり。福祉は機能しない。
そんな中でヒロインに読み書きを教えてくれる少年が出現し関係が近くなっていくが、ヒロインは根強い対人不信があるため(そりゃそうだ)、接近回避葛藤が生じる。
最終的に少女の終生が描かれることになるが、ヒロインの対人関係はどこまでも緊張とアンビバレントがつきまとう。
人間社会は彼女にとって理解不能で脅威的な存在。唯一安心できるのは湿地の大自然。鳥や動物たち。
今流行りの言葉で言えば小児期逆境体験だしヤングケアラーだしトラウマだし対人境界だしなんだけど、何かそういうラベリング的な理解を越えて主人公の生き様に尊敬を覚える。
よく生き延びてきたなって思える。
ラストは賛否両論。これでいいのかって気もする。
でも最初から作者はこのオチを考えていたんでしょう。取って付けた感じはしない。
やっぱりこれしかなかったんだと思う。
ちなみにぼくがアメリカにいたときは、メリーランド州に住んでいた。
ノースカロライナ州はそこから南に350キロくらい。アメリカの感覚だと割と近い方。
いちど行っておけばよかったなと、読了して思いました。そのくらいこの小説の自然描写は美しいです。
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