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2025年3月30日 (日)

無名にとどまる

無名であることは、私たち全体の霊的な基礎である

—伝統12

今回のAA日本50周年記念集会、色んな意味で伝統を考えさせられた。

伝統は、AA全体の指針であると同時に、ぼくたちひとりひとりがAAメンバーとしてどう振る舞い、どうあるべきかを教えてくれる。

ぼくたちAAメンバーは誰しも、ときに「有名な」AAメンバーになるリスクを抱えている。

無名を脱ぎ捨て、実名で「有名な」AAメンバーになれば、当然そのアノニミティ(匿名性)は失われる。

そしてその有名になったAAメンバーの発言や振る舞いは、ときにAA全体のモデルとして、いつの間にか代表性を身にまとう。

そうなれば、高慢のワナにおちいるのは時間の問題だ。

ぼくは、ぼくたちは酔っ払うだろう。

酒に酔うくらいだったらまだいい。

高慢、うぬぼれ、肥大したエゴ。名声欲。

そんなものに酔っ払ったら、きっとあとでおそろしく後悔する。我が身を振り返って恥じるだろうし、何よりもハイヤーパワーの意志ではなく自分のエゴを優先させたことを恥じる。

そして同時に、AA全体を危険にさらす。

 

ぼくは「有名な」AAメンバーになりたくない。

ひとりの無名のAAメンバーとしてまだ苦しんでいるアルコホーリクにメッセージを伝え、回復の役に立ちたい。

12番目の伝統は謙虚さ、謙遜の実践だ。

「12のステップと12の伝統」の伝統12の冒頭は、こんな文章で始まる。

無名であることの本質は犠牲である

と。

共通の善のためには個人の欲望を手放すよう繰り返し求めている、とも。

 

有名になりたい。

賞賛を浴びたい。

そう思う気持ちはぼくも、あなたも、誰しも、人間としてあると思う。

でも謙虚に、ときに慎重に、無名性をたいせつにすること。無名性が失われそうな場面では立ち止まり、退くこと。

二つの帽子がかぶり分けること。

自分のことよりも全体の福利を考えること。

賞賛に背を向けること。

無名であることはぼくにとっても、霊的な生き方の基礎であると言うこと。

 

ときどきもう、面倒な設定は止めたくなるときもあります。何でオレばっかり、とも。

でもねえ。

やっぱりこれは、高慢のワナにおちいるな、犠牲と謙虚さを身につけて生きろと、ハイヤーパワーが伝えているような気がするんですよ。

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