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2023年12月 6日 (水)

12ステップ—生きづらさを越えて行け—

AAをはじめとした依存症界隈ではここ最近、生きづらさと言う言葉をよく見聞きする。

アディクションは生きづらさのあらわれ。

生きづらさの自己治療としての依存症。

そのとおりなんだけど、カオル的にはこの「生きづらさ」という言葉に、なんだかいごこちの悪さを感じる。

そうだね、たしかにぼくも生きづらかったです。

飲んでいたころは自殺も考えたし、日々が苦しくて苦しくてたまらなかった。

その苦しさの原因が自分だとこころの底では分かっているからこそ、とても苦しかった。

でもその苦しさはぼくにとって、とてもリアルだった。

形も見えず名前も付けられず、でもぼくの胸の中に24時間居すわり、うずき続けていた苦しさ。

それは、生き「づらい」というより、生きていけなかった、生きることも死ぬこともできない苦しさだった。

目の前の圧倒的な現実、自分を押しつぶそうとする世界から逃れるために酒を飲み、ブラックアウトした。

車がぶつかる瞬間、ギュッと目をつぶる人のように。

そしてそれが、何日も何日も、何年も何年も続いた。

ぼくは病み続けた。

 

専門家は「生きづらさ」という表現を使う。

それはそれでかまわない。

でもぼくは、AAでいう「霊的に病んでいる」という表現がピッタリくる。

ぼくは魂が病んでいた。魂が病み疲れ、死んでいた。

それを助けてくれたのが、助かる道を照らしてくれたのがAAと12ステップだった。

 

12ステップは希望のプログラムだ。

死の谷に滑り落ちるアルコホリクを助け、進む道を照らしてくれる。

生きづらかったかといえばそのとおり、ぼくは生きづらかったし、同時に死にづらかった。

前に進むこともうしろに引き返すこともできなかった。

その泥沼を生きて越えて行くことができたのは、AAのおかげだ。

生きづらさという言葉は、どこか自己正当化の匂いがする。ような気がする。

生きづらかろうが死にづらかろうが、ぼくたちはその谷を越えていくんだ。

 

 

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コメント

生きづらさ…
この言葉をミーティングで聞くと腹の中で
(じゃあ生きずさをなくしてお酒を必要としない生き方になったら、アル中治ったの?)とブツブツ言ってます。

お酒を止めえるためにジタバタしたらなんとか上手く世の中を泳げるようになり、そしたら他の人からそれなりに相手して貰え、こちらも笑顔で返せるようになっただけ。

生きずらさねえ…
これってA.A.の最初の集合場所じゃないよ。
医学側の嗜癖を中心にしたいろんなのをまとめて集合させる場所じゃないのかな?

私はやっぱり「酒を止めた願い」から始まったらなんか他もかわっちゃた。テヘ!
てな感じですな。

投稿: k | 2023年12月12日 (火) 20:44

kさん

ぼくも同じです。
「飲酒を止めたいという願い」「アルコールに対して無力であり、思い通りに生きていけなくなっていたことを認めた」「降伏」あたりがキーワードで、そこからステップを深めていくと自分の病みっぷりと過ちがだんだん分かってきた、て感じです。
医療側が生きづらさをキーワードに変わってくるのは「そう言うモンかいな」と思って見ていますが、私は仲間に助けられ、AAプログラムに道を示され、なんとか生き延びることができました。
そこは軸をぶらしたくないとと考えています。

投稿: カオル | 2023年12月17日 (日) 10:06

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