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2023年12月21日 (木)

さよなら名古屋シネマテーク

名古屋シネマテークが閉館した。

http://cineaste.jp/

上記リンクはいずれ死んでしまうと思われるため、スクリーンショットを撮っておく。

 

Photo_20231221164901 

スクショの掲載が著作権のたぐいに触れるようであればコメントにて指摘していただきたい。

 

記事に寄れば、閉館は2023年(今年だ)の7月23日。

閉館の理由は、赤字の拡大。

徐々に赤字が増し、2020年3月時点で危険水域に。

政府や行政の支援があって何とか継続していたが、2022年に政府・行政の支援がなくなったのが契機となり、閉館に至ったとのこと。

最後の上映は、原一男監督作品集だったようだ。

「ゆきゆきて、神軍」など、世相をえぐるドキュメンタリーを撮り続けた監督だ。

シネマテークらしい最後だった。

 

ぼくが名古屋で浪人していた1986年(昭和61年)、今池には今池文化と呼べる何かがあったように思う。

シネマテークでは実験的な映画が来る日も来る日も上映されていた。

成瀬巳喜男も小津安二郎もゴダールもルイス・ブニュエルも「愛の嵐」も、みんなシネマテークで初めて観た。

近くにはウニタ書房があって、アンダーグラウンドな香りの書籍がたくさん並んでいた。

バタイユの本をドキドキしながら買ったのを憶えている。

ロック喫茶「時計じかけ」、ライブハウス「ハックフィン」。

今池地下のピンク映画館。

当時、あの界隈には革ジャンに鋲を打った金髪モヒカンのパンクスもふつうに歩いていたし、路地裏には職業のよく分からない人たちがたむろしていた。

田舎から出てきたの浪人生の思い込みかも知れないが、街全体に猥雑なエネルギーがあったように思う。

 

シネマテークがなくなってしまうのは、とてもさびしい。

名古屋を離れてもう数十年が経つけれど、出張で名古屋を訪れる際には時間を取ってシネマテークに行くようにしていた。

あのちいさな映画館がもうないのは、あのころの今池がもうなくなってしまったようで、とても寂しい。

 

今池の街を歩く。今池交差点のあたりの風景も、すっかり変わってしまった。路地裏を歩いても、時計じかけへの道順ですらもうよく憶えていない。

それでも自分の原点の一つが、自分の中のたいせつな何かの残滓がまだあそこに落ちているような気がする。

やり場のない思いを抱え、予備校の寮を抜け出して深夜徘徊していたあのころの残滓が。

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2023年12月18日 (月)

T字路sを聞きながら

T字路s、いいですね。

最近はまっています。

ドスのきいたしゃがれ声の女性ボーカルはとても元気が良くて、聞いてて気持ちがいい。

フルアコのギターをかき鳴らし、声を張り上げて歌を歌う。

ウッドベースは転がるように弾むように、ゴキゲンなビートをかき鳴らす。

Dscf2949

もともとこのT字路s、ぼくはストリート・スライダーズの「野良犬にさえなれない」のカバーをYouTubeで聞いて知った。もう大分前になる。

おもしろいディオがあらわれたな、と思っていたらあっという間にぐんぐん伸びて、NHKのみんなのうたに出たり映画のサウンドトラックを担当したり、八面六臂の大活躍。

フェスでもあちこちで見られるようになった。

服装もセッティングもサウンドも1930年代っぽいスタイル、でもあざとい感じはまったくなくて、自然で彼らのサウンドにとても似合っている。

なんかね、元気が出るんだよ。

コーヒーを淹れながら「泪橋」とか聞いていると、なんかこう、あしたもがんばろうって気持ちになるんだよね。

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2023年12月17日 (日)

冬か真冬か〜バーンアウトまであと何マイル

どうも天気がはっきりしない。
12月中旬だというのに、きのうは20度まで気温が上がり、まるで9月のような爽やかな一日だった。
かと思うときょうは一転して雪模様。
ううむ、地球温暖化。

Dscf2944 ぼくははあいかわらずボチボチやっています。
仕事はガチで余裕なし。出勤7時、退勤20時。休日は月に3日あればよし。
それでも仕事が終わらない。
いちおう管理職っぽいポジションなので残業代なし。
やってもやっても仕事が終わらない。
もうちょっと余裕がなくなるとバーンアウトするんじゃないかっていうボーダーラインが、視界に入ってきています。

きょうは久しぶりの休日。
仕事を断ったりあちこち調整して、何とかこの土日は休みを確保することができた。
休みは空から降りてくるものではなく、自分で勝ち取るもの。
ほかのだれかに仕事を振ってイヤな顔をされたり、よそからの仕事を断ったりもしているけれど、自分が潰れるよりはマシ。
そう割り切ってはいるけれど、でもやっぱり頼まれたことを断るのって勇気が要りますね。

自分を活かして他人を活かせ。
AAで良く聞くフレーズだけど、実践するのはほんとうにたいへんです。

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2023年12月 6日 (水)

12ステップ—生きづらさを越えて行け—

AAをはじめとした依存症界隈ではここ最近、生きづらさと言う言葉をよく見聞きする。

アディクションは生きづらさのあらわれ。

生きづらさの自己治療としての依存症。

そのとおりなんだけど、カオル的にはこの「生きづらさ」という言葉に、なんだかいごこちの悪さを感じる。

そうだね、たしかにぼくも生きづらかったです。

飲んでいたころは自殺も考えたし、日々が苦しくて苦しくてたまらなかった。

その苦しさの原因が自分だとこころの底では分かっているからこそ、とても苦しかった。

でもその苦しさはぼくにとって、とてもリアルだった。

形も見えず名前も付けられず、でもぼくの胸の中に24時間居すわり、うずき続けていた苦しさ。

それは、生き「づらい」というより、生きていけなかった、生きることも死ぬこともできない苦しさだった。

目の前の圧倒的な現実、自分を押しつぶそうとする世界から逃れるために酒を飲み、ブラックアウトした。

車がぶつかる瞬間、ギュッと目をつぶる人のように。

そしてそれが、何日も何日も、何年も何年も続いた。

ぼくは病み続けた。

 

専門家は「生きづらさ」という表現を使う。

それはそれでかまわない。

でもぼくは、AAでいう「霊的に病んでいる」という表現がピッタリくる。

ぼくは魂が病んでいた。魂が病み疲れ、死んでいた。

それを助けてくれたのが、助かる道を照らしてくれたのがAAと12ステップだった。

 

12ステップは希望のプログラムだ。

死の谷に滑り落ちるアルコホリクを助け、進む道を照らしてくれる。

生きづらかったかといえばそのとおり、ぼくは生きづらかったし、同時に死にづらかった。

前に進むこともうしろに引き返すこともできなかった。

その泥沼を生きて越えて行くことができたのは、AAのおかげだ。

生きづらさという言葉は、どこか自己正当化の匂いがする。ような気がする。

生きづらかろうが死にづらかろうが、ぼくたちはその谷を越えていくんだ。

 

 

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2023年12月 5日 (火)

祝!ココログ20周年!

2023年12月3日でココログが20周年を迎えたそうです。

 

おかげさまで「ココログ」は20周年を迎えました- お知らせココログ-@nifty

 

パチパチパチパチ!

このブログが始まったのが、2004年5月23日。

ニフティがココログのサービスを始めて半年弱経ってから立ち上げたことになりますね。

やー、当ブログももうすぐ20年。いろいろありました。

住むところも変われば業務も変わったし、ほんといろいろ。歳もしっかり取りました。ブログの更新頻度もめっきり減りました。

でも、変わるものもあれば変わらないものもある。

あいかわらずAAと12ステップはぼくの心の柱だし、ロックもジョグもギターも、下手なりに続けている。

何よりも、なんとか生き延びているだけでもありがたいことです。

これからも皆さま、よろしくお願いいたします。
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写真は長野県某所の日の出です。


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