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2021年12月 1日 (水)

走ることと歳をとることと受け入れること

日本海側に引っ越してきて何が不便かというと、冬場はほとんどランニングができないことだ。

日の出が遅いのは別にかまわないんだけど、とにかく天気が悪い。

だいたいが雨か雪かあられか、あるいは強風だ。ほぼ太陽が見えない真っ暗な空から常に何かが降っているもんだから、ランニングのしようがない。たまに(週に1回くらい)何も降らない日もあるんだけど、そういう日に限って仕事で走れなかったりして、やたらフラストレーションがたまる。

去年の冬は大雪も手伝って、12月中旬から3か月間、ほぼ走れなかった。で、ようやく天気が回復して走り始めたら、いきなり転倒。

これはめげる。

怪我が治って本格復帰と思ったら、今度は膝が痛い。そりゃそうだ、4ヶ月もランニングのブランクが開けば、ほぼ非ランナーと同じである。

ペースも遅い。今までは調子が良ければキロ520秒ペースで15キロくらいは走れたが、今年の夏・秋はついにそのペースまで回復しなかった。今はキロ6分で13キロを走るのがせいぜいだ。

歳をとるということは、こういうことなんだろう。

今までできていたことが、だんだんできなくなってくる。去年できたことが今年はできない。そして次の年は、さらにできなくなる。

気持ちが萎縮する。新しいことにチャレンジしづらくなる。できない自分を見たくない。ぶつかりたくない。

コンフォート・ゾーンにとどまるのは心地よい。

歳をとることやできないことに直面するのは誰でも嫌だから、できることだけをやり、一緒にいて心地よい人たちだけと過ごす。そうすれば困惑することもないし、できない自分に直面して落胆することもない。

だいたい50を過ぎれば、それなりに職場でも長老あつかいされる。30代の頃のように、頭ごなしに説教されたり否定されたりすることはほとんどない。居心地の良い人たちだけに囲まれた、心地よい世界。

でも、それでは良くない。それはますます老いを加速し、自分のできることを狭めるだけだ。

頭の硬いジジイになんてなりたくない。

世の中はますます知らないことだらけだし、初めてぶつかることだらけだ。自分のちっぽけな経験なんて対して当てにならない。

新しいことを知っている人、新しい何かを持っている人には積極的に教えを乞うこと。年下だろうがキャリアが若かろうが関係ない。

無知な自分をさらけ出して、新しいことを学ぶこと。

ランニングだって、パフォーマンスが下がった自分を見なくて済むようにするのはとても簡単だ。明日から走るのをやめればいい。誰も止めない。ただ自分があきらめればいいだけ。でも、それじゃあおもしろくない。

 

AAで学んだことの一つは、常に勝ち続けたり、成功し続けることはできないということだ。人はいつか負け、ニューカマーの後塵を拝する。

大切なのは勝ち負けの土俵から降りて、自分が何を学び、人に何を手渡せるかを考えることだ。そして負け続けたとしても、成長し続けること。

ランニングのパフォーマンスが下がり、仕事で新しい人に追い抜かれ、ひと月前に出会った人の名前を思い出せない。ギターは下手くそのまんまだ。

それでもいいんだと思う。あきらめずに踊り続けること。

踊り明かそう、日の出を見るまで。

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