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2020年4月24日 (金)

ハームリダクションの昨今 2020年

ハームリダクションについてもう一度考えたい。

2013年、カナダでの薬物依存症者への自己注射施設の記事を紹介した。

当時、ハームリダクションという概念は日本ではまだ登場したばかりで、それほど浸透していなかったと思う。

あれから7年。ハームリダクションの概念は広く浸透したと思う。

2018年に更新されたわが国のアルコール依存症治療ガイドライン、「新アルコール・薬物使用障害の診断治療ガイドラインに基づいたアルコール依存症の診断治療の手引き」 でも飲酒量低減と言う言葉が持ち込まれ、ハームリダクションはいまや依存症治療の主要概念のひとつになった。

2013年当時ぼくは、ハームリダクションの流れは自助グループにも大きな影響をおよぼすのではないかと考えた。

AAは節酒希望のものもメンバーとして受け入れるのか?

既存メンバーも、医者が節酒もアリと言いはじめたらそちらに流れるのではないか?

あるいは医療界へ反発するか?

少なくとも、なにがしかの論争を生むのではないかと、そしてそれがAAや自助グループが自分たちのアイデンティティを確認するための、いわば試金石になるのではないかと予想した。

もちろんAAが外部の問題に意見を表明することはない。が、日々のミーティングの中でのトピックくらいにはなるのではないかと。

けど、今のところAAや自助グループからの反応は薄い。

 

ぼくは思うんだけど、節酒の選択肢が与えられて、その上で自分がどちらを選択するのかはとても大事な問題じゃないだろうか。

ぼく自身は、自分が大嫌いで、自分にも他人にも何の希望も持てずに、アルコールだけが唯一の慰めだった。生き延びるためのツールだった。

その自己嫌悪と絶望を変えてくれたのが、AAだった。

単に酒が止まっただけだったら、いまごろ自分に絶望しきって死んでいるか、さもなくばめちゃくちゃな生き方をしていただろう。

仲間とAAプログラムには、人を変える力がある。ぼくはそれを信じている。

世の中の大半の依存症者に節酒の選択肢が与えられ、ぼく自身にも同じ選択肢が与えられたとしても、ぼくは酒をやめてAAプログラムをやる方に留まる。

同時に、節酒を選ぶ依存症者に対しても、自分と同じようにアルコールに苦しめられた仲間として、経験と希望を分かち合いたいと思う。

節酒か断酒かなんて問題じゃない。

依存症と言う病気を生き延びるには、仲間と支えが必要だ。依存症者が節酒派と断酒派に別れていがみ合っていたら、どちらも病気に飲み込まれてしまう。

もちろんAAは酒をやめて生きる立場だ。節酒の側に立つ人はメンバーにはなれない。でも、節酒を選択した人たちにもぼくは共感し、できるだけのことをしていきたいと思うのです。

「共感がなければ何をしても無駄なのである」アルコホーリクス・アノニマス第2章

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コメント

「節酒」なんかとんでもないと思ったときもありましたが、一通りの本を読んでみて思ったのは、「節酒」も「断酒」も選択肢なんだよなということでした。そして、AAや断酒会は、「断酒」を選びたいときや選ばざるをえない際にその力を発揮すれば良い。

「断酒」したいその人に断酒という手段を提供できることがAAや断酒会の役割なんでしょうね。吉野家行けば牛丼が出てきて、幸楽苑行けばラーメン出てくるみたいな。

 自分が飲んでた時を思い返せば、節酒の失敗を重ねていたに過ぎない気がします。

投稿: とおる | 2020年4月25日 (土) 22:21

とおるさん
ありがとうございます。
おっしゃるとおりです。節酒を選択した方も、アルコールに痛めつけられて自分を損ねた人びとです。わたしたちAAメンバーと同じです。同じ体験をした人同士で線引きしてもしかたがないと思うのです。節酒派の人たちもどんどんAAミーティングに来て、そこから何かを感じてもらえればいいと思うのです。

投稿: カオル | 2020年4月26日 (日) 09:45

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