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2016年9月13日 (火)

またまた久しぶりに

またまた久しぶりの更新になってしまいました。
なんとか元気でやっています。みなさんは、元気ですか?

早いもので、いつの間にか夏が終わりかけている。
先々週まではひどい暑さだったんだけど、先週くらいから朝晩が涼しくなり、駅のプラットフォームにセミの遺骸が目立つようになってきた。今週からはぐっと気温が下がり、通勤する人々も長袖がちらほら。
秋なのである。

AAの方は、あいかわらず週1ペース。3人ほどのメンバーが、いまは5人前後まで増えた。ミーティング会場も、地下室→野外(公園のベンチ)→会議室、と、転々とした。ちなみに今日のミーティングはまたまた野外だった。まあ、野外もいいんだけどね。そばを通行人がよくとおる以外は。
ミーティングのテーマは、ほとんどフリートークだ。今週は自己憐憫と神の意志に沿うこと、についての話が多かった。
先日、誰かがこんなことを言った。「孤独はわたしたちのまわりに透明な壁を作り、ほかの人たちから孤立させてしまう」と。
誰かが自分を孤独にさせるのではない、自分が自分で孤独を作り、他の人との間に壁を作り、孤独に追い込んでしまう。
考えてみたら、自分もそうだった。壁があると感じたときは、往々にしてその壁は自分が作っていた。
いまもそうだ。
あいかわらず英語に関しては劣等感が強くて(というよりは恐怖感、おそれかな)、なかなか他の人に話しかけられない。アメリカは自分が困ったときに「まわりが察してくれる」ということは100%ないので、何かがあったときは自分からまわりに働きかけていかないといけない。英語で。これがつらい。
で、「なにか困ったこと」は、しょっちゅう起こるんである。
クレジットカードによく分からない引き落としが発生する。スマホがある日突然つながらなくなる。同僚にプロジェクトの進捗状況をメールで問いあわせたけどまったく返事をよこさないので、直談判に行く。
身振り手振りを交えてつたない英語で用件を話すが、たいがい「ふん?」みたいな対応をされる。ガックリ落ち込んで、我が身の英語力のつたなさを呪う。
しかし考えてみたら、萎縮する必要はないのである。萎縮してビビればビビるほどに話は伝わらなくなり、コミュニケーションは行き詰まり、劣等感はさらに深まっていく。

ここでひとつ、思い切って断言しよう。
アメリカ人は、テンションが高い人が好きである。
とくに何もなくても、2割増しくらいのテンションで「ハーイ!」と会話を切り出すと、とりあえず何とかなる。ような気がする。
わざとらしいくらいの笑顔で、相手の目をしっかり見て、はきはきと切り出すといい。
疲れるんだけどね。

Img_2871_1


と言うことで、日々を仕事の壁、習慣の壁、言葉の壁に苦しみながら過ごしている。
アメリカ人はおしゃべりが大好きで、放っておくとずーっとおしゃべりをしている。そういう国で言葉が不自由だというのは、なかなか忸怩たるものがある。

けど、壁なんてしょせん、自分が作っているのである。ミーティングで仲間が言ったとおりだ。
壁なんてあると思えばあるし、ないと思えばない。「ぼくの言っていることが分からない?じゃああとでメールしてね」くらいの勢いでいいのである。
少なくとも、自己憐憫におちいって立ちすくんでいたら、一歩も進まない。
アメリカは助けを求める人には誰かしら助け船を出す。だったらどんどんコミュニケーションを求めれば良いのである。

そんな感じで、ミーティングで気づきをもらい、日常生活で疲れ果て、また気づきをもらい、のくり返し。
考えてみたら、日本でやっていたのと同じだね。
そんな感じで、なんとかしぶとく生きのびています。

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