待てないアル中さん
アルコール依存症者は「待てない」「すぐ結論に飛びつく」というのは、昔からよく知られている。
白黒思考という言葉は最近あまり聞かなくなったが、依存症者の特徴をよく現していると思う。
結論を急ぐのは、結局のところ、待つことが苦手なんだと思う。少し待って状況が改善してからあらためて判断したり、じっと自分の判断を抑えるのがむずかしいのだ。
こんな論文を見つけた。
「ヤングアダルトの異時点間選択傾向:年齢、アルコール、家族歴との関連」
(Intertemporal Choice Behavior in Emerging Adults and Adults: Effects of Age Interact with Alcohol Use and Family History Status)
アルコール依存症は今すぐの報酬を選択する傾向(Now)が知られている。断酒が続いてもこの傾向は残るため、慢性アルコール依存症の後遺症か、そもそも依存症になる人に特徴的な傾向なのかも知れない。Now傾向は18歳から25歳のヤングアダルト(emerging adults)にも見られるため、年齢による可能性もある。
本研究は1)Now傾向が成人全般に較べてヤングアダルトに高いかどうか 2)Now傾向はアルコール多飲とどう関係するか 3)Now傾向は一親等の飲酒問題と関連するかどうか を調べた。
237人の対象者(18歳から40歳、半分は女性)に対して異時点間選択課題を使ってNow傾向を調べ、飲酒問題はAUDITを使って程度を調べた。
Now傾向は年齢に反比例した。が、大量飲酒者では年齢と無関係だった。AUDITとNow傾向は関連がなかったが、AUDITとNow傾向は26歳から40歳では比例した。さらに、一親等に飲酒問題がある人はそうでない人に較べ、よりNow傾向が高かった。Now傾向はアルコール依存症の遺伝に特徴的なのかも知れない。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26635580
まとめると
・アルコール依存症は少し先の大きなごほうびより、目先の小さなごほうびに飛びつく(Now傾向、Nowバイアス)。
・これは18-25歳の若者でも見られる。若者は歳を取るとこの傾向が小さくなる。
・が、アルコール依存症は年齢が増してもこの傾向が小さくならず、それどころか飲酒問題がひどくなるとどんどん大きくなっていく。
・アルコール依存症は断酒しても、この傾向はあんまり変わらない。
はい。
アルコール依存症の人は「心理学的に子ども」「目の前のちっちゃなごほうびにすぐ飛びつく」
というデータがまた出てしまいました。
さらに、断酒してもこの傾向が残る、とも書いてある。まあ、分かる。お酒が止まると、だいたいわれわれはすぐに焦って仕事を探したり、あたふたし始めるもんね。
回復の道のりは、だいたいこの逆だ。
いまはじっと依存症の回復に専念すること。第一のものは第一に。
自分を越えた大きな力が、いずれ健康な心に戻してくれると信じること。そのためにミーティングに参加したり12ステップを踏んだり、やるべきことをやること。
一足飛びの回復はなく、少しずつ回復の歩みを着実に進めていく必要があること。
まあ、こういうことをニューカマーに言うとそっぽを向かれちゃったりするんですが。でも真実だよね。
すぐに結果を出したがる。未来の結果、未来の回復が信じられずに目の前のちっちゃなごほうびに飛びつく。そしてそれは、ただ断酒歴を重ねたからといって変わらない。
それは病気がもたらした心理傾向、一種の「症状」なのかも知れない。あるいは上の論文にあるように、もとから依存症になりやすい人に共通した傾向なのかも知れない。
いずれにせよわれわれは、その傾向に気づき、それを手放すようにしていかなければ。
え?AAに来ればそれは直るのかって?
それは、周りにいる回復した先輩を見れば分かると思う。いい感じのソブラエティを得ている仲間は、みんな元気で感情的に安定していて、目先のことに一喜一憂しない。少なくとも、そうなろうとしているように見える人が多い。
専門書を読むと、AAプログラムは認知行動療法やサイコセラピーなど、ほかの治療法と同等の効果を持つと書いてある。同じ効果を持つのなら、くり返したくさんやれば効果が上がるのは目に見えている。
認知行動療法と同じ効果のものを何年もずーっとやっていれば、そりゃ効果はあるよね。
たしかに、待つのは苦しい。忍耐が要る。
たとえ小さいごほうびだと分かっていても、目の前の結論に飛びつきたくなる。白黒はっきりさせて、イヤな気持ちを逃れたい。
ぼくも目先の苦しさに負けて、異国の職場なんてどうせなじめなっこない、上司を説得して日本に帰っちゃおうと思うことがよくある。毎日のようにある。
でも、やっぱりそれは目先の考えだ。目の前のちっちゃなごほうびにすぎない。AA流に言えば「病んだ頭が考えた、病気の考え」だ。
こういうときに「今日一日」という考え方は良く効く。上の研究の言う「Now傾向」を先人はよく知っていて、それを乗り越えるために作ったマインドセットが「今日一日」という概念じゃないかと思う。
明日が今日よりましかどうかなんて分からない。半年先、一年後も分からない。
だけどぼくたちは、地道な努力を続けていけば成果につながることを知っている。少なくとも知識としては知っている。
感情に振り回されて目先の結論に飛びつかないこと。今日一日の先にあるものを信じること。自分を越えた大きな力が、私たちに健康な心を取り戻してくれると信じること。
だいじょうぶ。ぼくたちには最強のプログラムがあり、世界中に最高の仲間がいるんだから。
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