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2015年3月17日 (火)

回復の定義とは

回復って何だろう。
アルコール依存症からの回復とは、どんなことなんだろう。
最近また分からなくなってきた。以前はもう少しはっきり分かっていたような気がするけど。ミーティングが足りないせいかもしれない。

誰もが「回復」という言葉を口にするけれど、その定義はすごくあいまいだ。
ある人にとっては酒を口にしない状態を言うし、ある人にとってはよりよい生き方を指す。
われわれみんなが使う言葉だけど、ひょっとしたら同じ言葉を口にしながらみんなゼンゼン違うイメージを抱いているのかも知れない。

さて、こういうときこそウェブサイトである。インターネッツである。
回復の定義、調べてみました。
NCADD(National Council on Alcoholism and Drud Dependence, Inc.)という組織が、HPにこんな記事を載せていた。Definition of Recovery。回復の定義。

https://ncadd.org/recovery-support/definition

冒頭で色んな経緯を述べたあと、最終的にはSubstance Abuse and Mental Health Services Administration (SAMHSA) という機関の文言を引用している。

SAMHSAの回復の原則
・自発的であること。
・多様な道のりでかまわない。
・(部分的ではなく)全体的であること。
・仲間によってサポートされていること。
・対人関係に支えられていること。
・文化に根ざし、影響されうる。
・トラウマへの対処がなされていること。
・個人、家族、コミュニティに関わり、責任を持つこと。
・他者への尊重を持つこと。
・希望に基づくこと。

うーん。なんだかよく分からない。さらに以下の4つの領域が回復を支える、としている。
1.健康。疾病を克服・管理し、同時に身体的にも感情的にも健康な生き方をすること。
2.家。回復を支えるための安定して安全な生活の場を持つこと。
3.目的。仕事、学業、ボランティア、家族のケア、創造的な取り組みなど、意味のある日常の活動をすること。
4.支え、友情、愛、希望をもたらす人間関係や社会ネットワークを持つこと。

こっちの方がまだ分かりやすい。
要するに社会に参加し、有意義な人間関係を持つこと、社会の一員として支え合いをすること、ということか。
ほかにもいろんな組織の回復の定義を引用しているけど、割愛。
ざっと見たところ、対人関係、社会性を重要視しているのが分かる。
いくら酒やクスリが止まっていても、人を恨んで安定した対人関係が築けなかったり、社会から退却していたのでは回復とは言えない、ってことだ。
もちろん依存物質が止まっていなければ話にならないんだけど、回復の定義を見ていると、そこんところは手段あるいは経路であって、回復の目標ではないようだ。

まあ、考えてみたらわれわれアルコホーリクが困るのは健康面もあるけれど、多くは社会的なトラブルだ。
家族を不幸に叩き込み、職場の人間関係を枯らし、援助的な立場の人たちにまで毒を浴びせ、ひんしゅくを買った。ぼく自身、あえて苦言を呈する親切な人たちに反発し、怒りの感情をぶちまけた。
結果、ぼくは社会から孤立した。誰もぼくを構わなくなった。そうなったらそうなったで、自分から離れていった人たちを恨んだ。自分に同情し、飲むのは奴らのせいだと信じた。

依存症は社会性の病気だって言うけれど、ほんとうにそのとおりだ。
回復というのは、失った家族や社会との絆を取り戻すことなんだと思う。
そのためにはもちろん酒が止まっていないといけないし、感情的な安定性も必要だ。まわりの人たちにいちいちムカついてぶち切れていたら、誰とも何の関係も築けない。

社会性の面から考えると、回復はすごく動的なものに思える。
人間関係、社会性なんて水もの。いちど良くなっても、絶えず維持し続けなければこわれてしまう。
かといって他人に振り回されて生きるのもおかしな話だ。
安定した人間関係、社会性を維持しつつ、自分の軸は見失わないこと。

しかしそう考えると、回復ってなかなか哲学的なテーマだね。
いかによりよく生きるか、という人間の本質的な問題そのものだもんね。

ARG(Alcohol Research Group)という組織がまた別の回復の定義を考えている。
こちらはなんと39項目。長い!時間のある人は読んでみてください。

http://www.whatisrecovery.org

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コメント

こんばんは。
お元気ですか?

私にとっての回復は、ビルが言った
『かって自分が見捨て、自分が見捨てられた社会に帰ってゆく事』
(少し言葉は違うかも…)
で、社会とは『それが編み物のサークルでも』です。
どうもお金を貰う仕事だけが「社会」と思う人もいますからね。

あとね、良く「原点」だと、飲んでいた時の、酷い状態や最後の
酒の頃を言う人が多いけど、私にとっては「生まれた頃」「赤ち
ゃんの頃」が原点だと思ってます。

4ステップを書いて(ライフヒストリータイプです)こんな自分
でも生まれた頃は誰もが可愛いと言ってくれ、父も母も誰もが
無条件で愛してくれた頃。
亡くなった母が酔っ払ってる私に「お前も赤ちゃんの時はアメリカ人
の夫婦が抱っこしてプリティーベイビーと言ってくれたんや…」と
言ってました。
それが私のソーバーの原点で、無理と言われてもそこを目指しますですよ。
c(>ω<)ゞ


悲惨な頃を原点にして「臥薪嘗胆」で生きたくないなぁ。
楽しくなければソーバーじゃないヨ…。

投稿: k | 2015年3月18日 (水) 19:28

回復の定義かどうか不明ですが、某精神科医が
「回復はすごくハッピーなことでも、快感にあふれている状態ではない」ってことを言っていて、なるほどなと思いました。

カオルさんがおっしゃっているように、回復って哲学的だと思いますし、変化していって良いものなんでしょうね。(人間はほっといても変化しますが。良くも悪くも)ただ、根っこに帰れるものとして、ステップがあるのかななんて思う今日この頃です。

よりよい生き方を目指すけれど、結果は神様次第だし、回復を思い通りにできないってところがミソというか、3のステップだなと思いますし、「きびしい生き方だな」と昨日、友人宅の薪ストーブ用の薪を作りながら考えていました。

投稿: とおる | 2015年3月19日 (木) 11:41

kさん

どうもお久しぶりです!
回復のイメージは人それぞれですが、あたたかくてポジティブだという点では共通していますよね。
人を愛し、人から愛される状態をみな望むんでしょうね。回復とは金!他人を支配し頂点に立つこと!みたいな話は聞かないですもん。
社会の中で人にもまれつつ、「お互いさま」みたいな暮らしができればいいですねー。もちろん酒抜きで。

投稿: カオル | 2015年3月21日 (土) 20:57

とおるさん

回復は動的な状態と考えれば、絶えず積み上げ続ける作業自体が回復なんでしょうね。われわれはすべての欠点を認めることも、全部の欠点を取り去ることも不可能です。でも少しでも前に進み、自分のできることをやり、他人と関わっていくことが必要なんでしょうね。
それにしても薪割りとはシブいッスね!

投稿: カオル | 2015年3月21日 (土) 21:26

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