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2014年4月28日 (月)

大事なものは

連休であるが、暦通りの勤務である。
先週は大きなトラブルもなく一週間が過ぎた。東北への出張があり、通常の業務もあり、忙しく過ごしている。
週末は、妻の兄の子どもたちが遊びに来ていた。
われわれ夫婦でみなとみらいに連れて行ったり海遊びをして過ごした。
小学生はむずかしい。はしゃぎ回っているようでも、あっという間に「疲れた」「動きたくない」とエネルギーが切れる。
その辺の加減というか、先読みが本人たちにもできない。動き回っていたかと思うといきなり活動限界が訪れる。
結果、子どもたちがはしゃいで動き回るのを大人がブレーキをかける、という図式になる。
世の親御さんたちがやっているのはこういうことなのか、と、少しだけ子育ての気持ちが分かったような気がした。
彼らが生まれたのはつい数年前だったはずなのに、いまでは立派な小学生である。

最近、世の中がたいへんな速さで過ぎていくように感じる。
季節は変わり、子どもはあっという間に成長し、時代はどんどん移っていく。
ぼうっとしていると、地球の回転から振り落とされてしまいそうなくらいだ。
大事なことは、自分が何をしていくかだ。
まわりの出来事にいちいち反応していたら、きりがない。
限られた時間、限られたリソースの中で、自分にできることを考えること。
できないこと、無理なことははっきりと断ること。あきらめること。
守備範囲外には謙抑的であること。

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2014年4月22日 (火)

Waterboysを聞きながら

仕事が煮詰まっております。さっぱり進まない。
ここ数日で仕上げないとまずい。非常にまずい。完璧にまずい。
しかし。しかし進まないのである。
コマッタ。

煮詰まりながらウォーターボーイズのレコードを聴く。
1984年のセカンドアルバム、約束の大地。
マイク・スコットの声は昔もいまも変わらない。みずみずしい感性が30年の時を超えて胸を打つ。
若い理想主義、青臭い楽観性。傷つきやすく繊細な魂。
さて、仕事をやっつけたらB面を聞こう。1984年の若者の声に耳を傾けよう。

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2014年4月21日 (月)

なぜガイジンのオタクはNine Inch NeilsのTシャツを着るのか?

なぜガイジンのオタクはNine Inch NeilsのTシャツを着るのか?
洋画を見ていると、コンピュータオタクやネットオタク、ハッカーやクラッカーがときどき出てくる。
高い確率で、彼らはNine Inch NeilsのTシャツを着ている。
NINの3文字で最後のNは鏡映文字になっている、例のロゴTシャツだ。
しばらく前に見た「ドラゴンタトゥーの女」にも、当然のようにこのTシャツを着たガジェットオタクが出てきた。ヒロインに監視カメラを売りつけた男だ(たぶん)。

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きょう、ゲーム依存関係の調べ物をしていたら、こちらでも発見。

‘EPIC FAIL’ : HOW VIDEO GAMES AND INTERNET OVERUSE CREATE PROBLEMS WITH COLLEGE STUDENTS

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う、うーむ。これは…
いかにもオタクな猫好き青年がコントローラを握って画面に没頭している。完璧な引きニー、ネトゲ依存の図である。
そして胸に燦然と輝く

NINのロゴ。

うーむうーむ。ネコ男よ。トレント・レズナーは泣いているぞきっと。

なぜガイジンのオタクはNINに惹かれるのか?NINは、日本なら初音ミクに相当するポジションと思われる。それなりにオタクがオタク的心性を仮託できる存在と考えて良いだろう。
考えてみた。

1.トレント・レズナーへの共感。トレント自身、生きるのが不器用なシンセサイザーオタク、コンピュータオタクである。
2.NINの音楽性への支持。方向性はまったく違うが、初音ミクとも共通する高レベルのコンピュータ・ベースの音楽。これがオタクの熱い支持を受ける要因なのかも知れない。
3.現実世界への不適応を表現した世界観。
4.単純にかっこいい音楽。バットマンやマトリックスに通じる、ダークでハイテク、未来的な音楽性。

この辺かしらね。
オタク層の支持も受けつつコアなロックファンからも絶大な支持を受けているNINはすごいのだ。
日本のオタクもぜひNIN萌えとか…無理か。

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2014年4月20日 (日)

煮詰まり9キロジョグ

仕事が完全に煮詰まっております。
持ち帰った仕事がまったく進まない。つい家の掃除をしたり、鉢植えの雑草をむしったり。ええ、逃避です。完璧に逃避であります。
どうせ逃避するならと、気分転換を兼ねて9キロほどジョグ。
キロ5分20秒から30秒と、わりと速めのペースで海辺を走る。仕上げに急坂のアップダウンを入れて終了。

お天気はくもり。鉛色の空と鉛色の海。桜の季節を過ぎたのに肌寒い。仕事が進まない罪悪感にはうってつけの日だ。

ジョグから帰ってきて簡単な食事を作って妻と食べ(逃避です)、後片付けをし(逃避です)、つい映画「スターリングラード」を見て(以下略)、英語の練習をし(とほほ)。

さて、逃げ回っていてもしょうがない。
仕事するぞー仕事するぞー。

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2014年4月19日 (土)

休日仕事

職場が変わって以来、ものを書く仕事が急に増えている。
職場内での業務文書ではなく、対外的な原稿だ。自分の書いた文章が不特定多数の目に触れる。誰に見られるか分からない。自分だけならいざ知らず、下手を打てば職場の直結する。気が抜けない。
ぼくはこの手の原稿を、職場では書けない。なぜだか分からないけど、職場のデスクでは考えがさっぱりまとまらないのだ。
必然的に、自宅に持ち帰って文章をこしらえることになる。うんうんうなりながら文章をひねり出していく。
ブログのたぐいだったらいくらでも文章が出てくるんだけど、業務関連はそうも行かない。ブログではデタラメを書こうが(書いてないけど)同じ写真を2回載せようが誰にも怒られないけど、業務関連ではそうはいかない。
センテンスを一つ考えるごとに文献をあたり、グーグルで調べ、まちがいがないかどうかチェックする。
そうしてできあがった原稿を、最終的に何度も見直す。見直す段階で大幅手直しが必要になることもある。
半べそをかき、集中力が何度もとぎれそうになり、最後は「この辺で良いだろう」というところで脱稿する。
疲れるんだ。

きょうもきょうとて朝から文章書きである。煮詰まってくるのが自分でも分かる。
煮詰まれば煮詰まるほど文章は出てこなくなる。
あああ、物書きの天賦の才が備わっていればこんなに苦しまなくて良いのに。。。

愚痴を言っても始まらない。
真っ正面から取り組むしかない。近道はない。汗を流し、一語一語、虫が這うようにでも書き進めるしかない。
つらいのであります。

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2014年4月18日 (金)

職場の歓迎会

先日、職場の歓迎会があった。
わが職場にも数名、新人がやってきた。ぼくが新人だったのはわずか2年前だが、すっかり古参の顔をして締めのあいさつなんかを担当している。面の皮が厚くなったモンである。
つつがなく、なごやかに歓迎会は進んでいった。
新人や左右のスタッフに酒をつぎつつ、ぼくはコーラを飲む。

ちなみにウーロン茶は夜中にトイレに頻回に立つようになるため、ここ最近は酒席ではコーラで通している。
オレンジジュースはおなかが冷える気がしてそんなに飲めないため、コーラかジンジャーエールがいちばんいい。
例によって、新人や左右の同僚から飲まない理由を聞かれる。

「酒をやめているんです」「断酒中です」最近はそう答えている。

このブログでも何度も書いたけど、「もともと飲めないんです」と断ると、あとが面倒くさい。
少しくらいなら飲めるんでしょうとか、じゃあやっぱり顔が真っ赤になる体質なんですかとか、煩わしい会話にもつれ込む可能性が高い。
あのね、顔も真っ赤にならないし、少しどころか大量に飲める体質です。でも飲酒欲求に火がついて病気が再発しちゃうんです。歓迎会でいまの暮らしをふいにしたくありません。殺生はやめてくださいな…とも言えないしね。

「酒をやめているんです」「断酒しています」「昔ひどい飲み方をして病気になって、それ以来やめているんです」
いまはそう答えている。

この答えの良いところはですね。
まわりがあわてて話題を変えてくれるんですね。一瞬気まずい空気が流れるもんね。やっぱり。
さすがに突っ込んで「アルコール依存症ですか?」「自助グループに行っていますか?」「棚卸し表は書きましたか?」「ちゃんとサービスの役割を担っていますか?」と聞いてくる人はいない(当たり前だ)。
でもなんかこう、半分がたアルコール依存症カミングアウトになって来ちゃっている気がする。ま、それはそれで良いのかしらん。

職場の新人はとても優秀で、いっしょに仕事をするのが楽しみだ。
考えてみたら、飲んでいたころは新人の様子にかまっている余裕はまったくなかった。自分の飲酒問題を隠すのと、目の前の業務をこなすのでいっぱいいっぱいだった。
いつもイライラピリピリしていたもんなー。
飲まない暮らしって、やっぱりラクです。

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2014年4月17日 (木)

変化への準備

依存症者は変わらない、と言われる。
家族や関係者が飲酒をやめろ、言うことを聞けと耳にたこができるほど言い聞かせても、彼らは変わらない。
依存症からの回復には、自分自身が「変化」を起こしていく、あるいは「変化」を受け入れることが必要だ。
そしてそのためには、変化への準備が必要だ。
変わる準備ができていない人に変わるためのノウハウを伝えても、トゥーマッチに思われるだけである。
では変わる準備をするにはどうしたらいいのか?準備のできていない人に準備を起こさせるためには?
さらに強く、変わる必要性を言い聞かせる?理詰めで本人のへりくつを論破する?

問題点と解決の提示、そして支えが必要だとぼくは思う。
問題点を提示すること。
解決があることを提示すること。まずその二つが必要だ。
問題点ばかり提示して解決が示されないと、依存症者は問題認識をあきらめてしまう。そりゃそうだ、きみの未来は真っ暗だ、このままだと破滅だと言うことを、どんなにオブラートに包んだとしても伝えるのだから。
解決があることを示されてはじめて、問題を認める余地が出てくる。
逆に解決だけが示されても、依存症者は興味を示さない。ぼくもAAに来た当初、12ステップはつまらない道徳的な訓示にしか思えなかった。自分の問題を解決するための道具だとは思えなかった。
実際にそれを使って共通する問題を解決している人を見て、はじめて気がついた。

そして変化を受け入れるには、支えが必要だ。
支えがなければ、共感がなければ、人は変わらない。AAにつながる前のわれわれは、冷たい正論をうんざりするほど聞かされた。
家族に対する責任を説かれ、仕事を休んで飲酒するのは無責任だと言われ、飲酒に関するさまざまな嘘や言い訳を非難された。その大半がなんに役にも立たなかったばかりか、かえって飲酒問題を悪化させた。
へりくつの裏側にある孤独や寂しさ、絶望に共感してもらえてはじめて、問題を受け入れることができた。支えられたと実感できた。

変わる準備のできていない人は、まだ準備ができていない人なのである。
いまはまだ準備ができていないが、時が満ち、準備ができれば、いずれ変わるかも知れない。
われわれがニューカマーに「この人はどうせ変わる気のない人なんだ」とレッテルを貼ってしまえば、かつてわれわれを非難した人たちと同じになってしまう。
自分を越えた大きな力が、私たちみんなを健康な心に戻してくれると信じたい。
そして願わくば、共通の問題があること、解決があること、そして支えがあることを新しい仲間に伝えたいものです。

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2014年4月16日 (水)

MacOS10.9.2、Unapproved caller、解決編

Mac Proの起動画面で「Unapproved caller」という表示が出て、そこからすすめなくなったお話。
前回の記事を参照ください)
解決しました。
以下に自分の環境と解決の手順を書きます。

使用環境
Mac Pro Mid 2010 MC561J/A、メモリ28GB、MacOS 10.9.2
起動ディスク(512GB SSD)とは別のドライブ(2TB HDD)にホームフォルダを置いていた。
iZotope BreakTweakerというソフトウェアをインストール後、不具合が出現。

やってみたこと(失敗編)
・別ボリュームから起動してディスクユーティリティをかけた(アクセス権の修復など)。
・PRAMリセット。
・以下のフォルダを捨てて再起動。/System/Library/CoreServices/RemoteManagement

いずれも効果なし。
クリーンインストールしかないか、と思われた矢先、解決策を見つけました。これを実行して、今のところうまく行っています。

1. ⌘Rで起動、ディスクユーティリティでアクセス権の修復を実行。
2.もう一度⌘Rで再起動。「OS再インストール」を実行。

OSの再インストールをしても新規インストールにはならず、いままでの環境が復活しました。
たしかこれまでのOSは、再インストールをすると、いままでの環境をシステムごと消去するか、別フォルダに退避するかだったはず。10.9はいままでのシステム環境を維持しつつOSを再インストールしてくれる、まさにかゆいところに手が届く仕様のようです。

インストールしていたソフトウェアの中には、ライセンスが本体に記録されていて、マシンを乗り換える際には開発元にいちどライセンスを「返納」しなくっちゃいけないものもあります。
いままではハードディスク全消去、クリーンインストールするしかなかったけど、これでライセンスをロストしてデベロッパとメールでやり取りすることもない。便利です。

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2014年4月15日 (火)

四十の手習い、英会話

ええっと、実は英会話レッスンに通っております。
恥ずかしいね、こういうことを書くのは。
職場が変わってから、仕事で英語を使うことが増えた。日常会話はまだどうにかなるんだけど、問題はプレゼン。
プレゼン自体はいい。質疑応答がアカン。
会議のまっただ中、早口の英語でガイジンにグァーっと質問される。ちんぷんかんぷん、一つも理解できない。
かろうじてこう答える。
「えくすきゅーずみ、すろーだうんあんどすぴーくあげん、ぷりーず」
ペラペラペラペラ。ひとっつもslow downしていない。このガイジンめ、裏に呼んでしばいてやろうかと思うが引きつった笑顔しか出てこない。
さすがにもう一度「すろーだうん」とも言えない。衆人環視の壇上で頭が真っ白になる。悪夢である。

経験上、東アジアの人の英語は聞き取りやすい。アカンのは非英語圏のヨーロッパ、それと西アジアである。ヨーロッパのお方は「person」を「ぺるそん」と発音したりする。意味を考えている内にどんどん話が先に行ってしまう。アカン。や、アカンのは彼らではなく、ぼくの英語力の方なんですけどね。

今年も最低あと2回、英語のプレゼン予定が組まれている。
プレゼン中にフリーズするのはもうこりごりである。がんばるしかない。

てなことで英会話学習中。
月に2,3回のレッスンではたいして語学力が上がるわけではない。が、取りあえず「ガイジンが英語で話しかけてきてもビビらない」という点では効果が上がっている。
あと、レッスンの時間が決まっているので、その時間は否が応でも英語を聞き、話さなくっちゃいけない。これがいい。自宅学習もしているんだけど、気がつくとあっという間に2週間くらいサボっちゃってたりするんだよね。
がんばってプレゼンで恥をかかないレベルを目指すのだー。

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2014年4月14日 (月)

Mac Pro、起動せず。Unapproved caller.

Mac Proが起動しなくなった。
ひと月ほど前からあやしい症状が出現していた。ファインダーの動作がやたら重たく、新規ファインダーウィンドウすら開かない。ファインダーが応答しなくなり、再度開くしかなくなる。
それでもだましだまし使っていたが、ついにとうとう、こんな画面が出たきり起動しなくなってしまった。

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Unapproved caller.
SecurityAgent may only be invoked by Apple software.

何のことだかさっぱり分からない。
わがマシンは、Mac Pro Mid 2010 MC561J/A メモリ28GB、MacOS 10.9である。
起動ディスクはSSD 512GB、ホームフォルダは別の2TB HDDに置いていた。
これにiZotope BreakTweakerというソフトウェアをインストールしたところ、上記症状が出現。

おそらくインストーラがホームフォルダにファイルを作成しようとして、その際に起動ディスクとホームフォルダが別ドライブだったため整合性がとれなくなったのだと思う。
Time Machineバックアップを取っていれば復元するだけで良いのだけれど、このMac Proはドライブ容量がでかいためバックアップを取っていない。さてコマッタ。

取りあえず…。
取りあえず放置だな。
ネットで解決策を調べたけどうまいやり方が見つからない。クリーンインストールしかないか。ううむ。またあの作業をやるかと思うとものすごく気が引けるのだけど。

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2014年4月13日 (日)

節酒薬、ナルメフェン登場前夜- AA存亡の危機?

やや遅れた話であるが、昨年2013年の10月末に、大塚製薬が節酒薬「ナルメフェン」の発売をアナウンスした。

大塚製薬とルンドベック社 減酒薬「nalmefene」(ナルメフェン)の日本における共同開発・商業化を合意 ~『お酒と上手に付き合う』新しい治療コンセプトの提案~|大塚製薬

上のサイトに書いてあるとおり、この薬は【「減酒」という新しいコンセプト】に基づいている。減酒というとよく分からないが、要は節酒だ。
AAメンバーならご存じのとおり、AAにおいてアルコール依存症とは「身体のアレルギー」であり、いちどアルコールを体内に取り入れると渇望が生じ、もっと飲みたいという衝動を抑制できなくなるとされている。
これは酒をやめて何年経っても変わることなく、しばらく酒をやめていたから大丈夫、と言う考えは「いつか元のように飲めるようになれるかも知れないという大きな妄想」なのだ。
われわれAAメンバーはこの考えを信じてきたし、現在も信じている。多くのメンバーが医師から同じ説明を聞かされてきた。この「渇望」「コントロール不能」「再発準備性(何年経ってもまた飲めば元のひどいアル中になる)」の概念は医療と自助グループで共有され、齟齬はなかった。「5年経ったからそろそろ飲んで良い」と依存症者に言うアルコール専門医は、少なくともいままでは存在しなかった。たぶん。
しかし世の中は変わり、医学は進む。
欧米の話だと思っていた節酒薬は、ついにわが国ニッポンにまでやってきてしまった。

ちなみにこの薬はヨーロッパで製造され、現在は欧州を中心に処方されている。発売元のLundbeck社のサイトを見てみる。

Alcohol dependence

リンク先の動画を見て欲しい。
驚いたことに、ルンドベックではアルコール依存症を完全に「脳の病気」と位置づけている。
依存症者が渇望を感じるのもいらいらするのも家族と不和を起こすのも、脳の疾患が原因と説明している。否認も「また飲めるようになるという大きな妄想」も、医者や家族とけんかしてしょっちゅう「人格障害」の診断をつけられそうになる話も、ここには出てこない。すべては脳の報酬系の不具合として説明されている。

これは、社会における依存症の位置づけを大きく変える戦略だ。
実は同じ経験をわれわれはしている。うつ病である。
以前、うつ病は暗いイメージしかなかった。「あのひと、ウツビョーだって」と職場の中でささやかれるとき、それはとても深刻でスティグマティックな状況だった。
製薬会社が新しい抗うつ薬フルオキセチン(プロザック)を売り出した時、彼らは「うつ病は脳の病気」キャンペーンを大々的に張った。フルオキセチンのみならず、それに続くさまざまなSSRI、SNRIが発売されるたびに同様のキャンペーンが繰り広げられた。結果、うつ病は社会的なイメージが大きく変わった。ある種、「まじめでがんばり屋さんの勲章」みたいな印象がついてしまったため、うつ病の診断をつけてもらいたい「自称」うつ病まで増えてしまった。
それほどポジティブなイメージにうつ病は変わった。

ルンドベックはアルコール依存症を、うつ病キャンペーンと同じ戦略で売り出そうとしているように思える。
たしかに、依存症は脳の病気だ。報酬系が壊れ、いらだちやフラストレーションを鎮めるため、酒にささやかな慰めを求める。酒が切れたときのわれわれは「落ちつきがなく、 いらいらが強く、不機嫌な人々」そのものである。
それはわれわれが好んでそのような特性を身につけたわけではなく、アルコールという薬物を長期的に大量摂取し続けた結果、そのような脳になってしまった。それはルンドベックの筋書きと同じだ。
が、ルンドベックはそこから先、依存症の心理的、および社会的な側面を見落としているように思う。いや、あえて触れないようにしているのか。

依存症は、社会性の病気だ。
われわれは酒を飲みたいがため、さまざまな嘘をついてきた。一杯の酒と引き替えに、大事な仕事を放り出し、家族との大事な約束を破り、仕事や家庭を失っても目の前の酒を優先した。
初めはそれは、脳の報酬系の異常だったのかも知れない。
けど、嘘をつき、まわりとの傷つけ合いを数限りなく繰り返した結果、われわれは他人を信じず、自己憐憫に浸りやすく、自分のことは棚に上げて他人や社会の瑕疵をことさらに糾弾するような、イヤーな人間になってしまった。
とくに自分のことを棚に上げて人の問題を追及する点において、自分の問題を人のせいにすり替える点において、われわれは天才的とも言える才能を発揮した。(や、ぼくだけか?)
自分がレッテルを貼られるのが嫌いなくせに他人にはすぐにレッテルを貼り、他人をすぐに裁いた。
不快な感情に耐える力が弱く、目の前の快・不快で直情的に物事を判断した。臆病さと傲慢さの入り交じった、何とも言えない独特な反応をするようになった。
初めは脳の異常だったかも知れないけど、同じ反応を何度も何度も繰り返し使っていくうちに、われわれはそういった特性を習得してしまった。そしてイヤな特性はわれわれ自身の性格の一部として残ってしまった。まるで古い洋服の染みのように。
だからわれわれは酒をやめるのみならず、酒が残した性格上の欠点を変えていく必要があった。そうしない限りわれわれは酒をやめてもやっかいな「しらふの酔っ払い」でしかなかったし、そもそもそんな生きづらさを抱えたまま酒をやめ続けることはできなかった。

ルンドベックの示す節酒は、そういった問題を解決してくれるんだろうか?
ぼくにはそうは思えない。
ルンドベックは適度に酒を飲めるような魔法を提供してくれるかも知れない。が、そこから先は、ない。道はそこで終わっている。
「われわれはみなさんに節酒という夢を差し上げました。そこから先はどうぞご自由に」
まるで意地悪な魔法使いみたいだ。

その一方、AAの回復の道はずっと先まで延びている。性格上の欠点を取りのぞいてもらい、自我を手放そうとし、よりよい生き方、社会との調和を目指し続ける。アルコール依存症が残したさまざまな心理社会的な問題に対する解決を、AAは提示することができる。
自分と自分を取り巻く世界との調和を見いだそうとする。自己変革を続ける。
薬とどちらがいいのか、言うまでもないだろう。

ナルメフェンが発売されたら、AAメンバーは減るか?
減るでしょう。少なくともニューカマーは一時、ガクッと減ると思う。節酒できる方法がありますよ、知らないおじさんたちの集まりなんか行かずに、うちで薬と酒を飲んでれば良いんですよと言われれば、そりゃ行かないわな。
が、長期的は、AAが本来のプログラムをきちんと提供し、たしかな回復を手渡せるのなら、どんな薬にも負けない。
なぜなら、生き方を薬で変えることはできないからである。
逆に言えば、AAに通っていても、相変わらずみじめで独りよがりな生き方しかできていない、そんな姿しかニューカマーに見せられないとしたら、AAはつぶれる。
われわれAAメンバーが「節酒よりも良い生き方」を提供できるかどうか。AAの存亡は(おおげさだけど)そこにかかっている。
ナルメフェンとAA。質の良いアウトカムを提供できる方が生き残る。極端に言えばそういうことだ。
昔のみじめな思い出話を繰り返しているだけのやり方なら、いずれ結果は見えている。

てなことで、解決はやっぱりステップであり、回復のクオリティだと思うのです。
古い染みはきちんと落としましょうよ。

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2014年4月12日 (土)

フジロック2014、出演アーティスト第3弾発表!

今年の荒吐はあきらめた。どうしてもスケジュールの都合がつかない。荒吐の前後に出張が入っている。出張準備、出張前後の業務をすべて完了して荒吐に行くのはどう考えても無理ゲー。
ああ、憂歌団見たかったのになぁ…。
と。思っていたら。

フジロックに出るじゃないですか憂歌団!!

FUJI ROCK FESTIVAL '14|フジロックフェスティバル '14 【ラインナップ】

ウォーターボーイズ、憂歌団、ジャック・ジョンソン、トラヴィス、ルースターズ(!)、ビッフィ・クライロ、ケミスツ。
あ、もうこれだけで十分です。ワタクシ的には。十分にチケ代の元が取れます。

注目は、NORMAN WATT- ROY。イアン・デューリー&ザ・ブロックヘッズの名ベーシストであり、ウィルコ・ジョンソンの盟友。
先日のウィルコのライブでも、いぶし銀のような(といったら失礼か)名プレイを披露してくれた。
前に出るプレイヤーと言うよりは、主役を立てて脇を完璧に支える、そんな印象のアーティストである。
彼のソロステージはどんなものなのか。非常にレアなステージであることはまちがいない。
しかしこの辺のパブロック系良質ロッカーたちは、どんどん世間から存在を忘れられていくような気がしてならない。
ニック・ロウとかイアン・デューリーとかグレアム・パーカーとか、ね。
ほんと、良い音楽を作る人たちだと思うんだけどなあ。

てなわけで、ことし2014年のフジロックはまったりと過ごせそうです。ケミスツは外人客がめっちゃ暴れそうだけど。

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2014年4月 5日 (土)

たった二人のミーティング

一昨日は大雨の中、ホームグループのミーティングに参加した。
悪天候のためか、メンバーが集まらない。ぼくともう一人の仲間とでミーティングを開始した。
たった二人のミーティング。
見方によっては、差し向かいで対話しているのと変わらない。
それでもミーティングで語る時間はとても大切だ。語り、仲間の話に耳を傾ける。
内省、と言うとおおげさかも知れない。けれど、自分の過去を振り返り、仲間の話に黙って耳を傾ける時間は貴重だ。
ミーティング以外に、日常生活でそんな時間が取れる機会がどれだけあるだろう。
雨の音、わずかなエアコンの響き、そして仲間の声。
最初にAAに足を運んだときと同じ、霊的な雰囲気をいまも感じる。

やがてもう一人の仲間が現れ、ミーティングは三人になった。
ささくれていた神経が、雨の少人数ミーティングでやわらいだ。

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2014年4月 2日 (水)

職場の送別会

先日、職場の送別会に参加した。
フロアのスタッフリーダーが、系列の別施設に異動になるのだ。内示がおりたのが3月の下旬。急な異動である。
花束を買い、送別会場に向かう。正直、微妙な気分だ。
そのスタッフリーダーとは、ぼくが勤務を始めてからさまざまな細かいトラブルがあった。
叱責を頂戴することもしばしばだったし、無理筋のご要望もあった。
割に合わないと感じることも多かった。
それでも彼の期待に添えるべく、がんばってきた。要求が無理筋とか叱責とか、そんなことはどうでもいい。たいせつなのは顧客に最良のアウトカムを提供することである。
たとえ自分の側から見て理不尽なリクエストでも、クライアントに良いサービスを提供するための取り組みなら、それは良いことなのである。
そう思ってやってきた。

送別会では何か言われるだろうか。
ぼくのことを、期待外れだったとか、がんばりが足りなかったとか、そんな風に言われるんじゃないだろうか。まあ、仕方がないか。
ぼくはやるだけのことはやった。彼女の要求水準に達したかどうかは神のみぞ知る、だ。おそれても仕方ない。
そう思いつつ送別会に参加した。

意外や意外。
彼の口からは、感謝の言葉しか出てこなかった。
ぼくの支えをとても感謝していた、と、みなの前で彼は話した。
涙ぐみながらスピーチを終える。参加したスタッフたちも感情がこみ上げてきたようだった。

キレそうになったときも何度かあったけど、キレずに良かった。
怒りにまかせてフロアリーダーに対決的な姿勢を取っていたら、きっと職場の雰囲気は壊れ、サービスの質は低下していただろう。
考えてみれば、じっさいに顧客サービスの前線に立っているのは彼とそのスタッフなのである。彼が無理筋を要求したとしても、彼には彼なりの見方があり、仕事の質を上げようとしてのことなのである。

寛容さ。
自分とちがう意見を許せること。
そう口にしてしまうと、なんだか道徳の教科書みたいだ。
でも、他人を許す力、自分とのちがいを認める力って、とっても強い力だと思うんだよね。

ひとの短所やちがう意見を心から許せること、ひとの意見を尊重できること、そうした態度があってこそはじめて、ひとの役に立つことができるのだと私たちは思っている
- Alcoholics Anonymous 第二章 解決はある-

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