やや遅れた話であるが、昨年2013年の10月末に、大塚製薬が節酒薬「ナルメフェン」の発売をアナウンスした。
大塚製薬とルンドベック社 減酒薬「nalmefene」(ナルメフェン)の日本における共同開発・商業化を合意 ~『お酒と上手に付き合う』新しい治療コンセプトの提案~|大塚製薬
上のサイトに書いてあるとおり、この薬は【「減酒」という新しいコンセプト】に基づいている。減酒というとよく分からないが、要は節酒だ。
AAメンバーならご存じのとおり、AAにおいてアルコール依存症とは「身体のアレルギー」であり、いちどアルコールを体内に取り入れると渇望が生じ、もっと飲みたいという衝動を抑制できなくなるとされている。
これは酒をやめて何年経っても変わることなく、しばらく酒をやめていたから大丈夫、と言う考えは「いつか元のように飲めるようになれるかも知れないという大きな妄想」なのだ。
われわれAAメンバーはこの考えを信じてきたし、現在も信じている。多くのメンバーが医師から同じ説明を聞かされてきた。この「渇望」「コントロール不能」「再発準備性(何年経ってもまた飲めば元のひどいアル中になる)」の概念は医療と自助グループで共有され、齟齬はなかった。「5年経ったからそろそろ飲んで良い」と依存症者に言うアルコール専門医は、少なくともいままでは存在しなかった。たぶん。
しかし世の中は変わり、医学は進む。
欧米の話だと思っていた節酒薬は、ついにわが国ニッポンにまでやってきてしまった。
ちなみにこの薬はヨーロッパで製造され、現在は欧州を中心に処方されている。発売元のLundbeck社のサイトを見てみる。
Alcohol dependence
リンク先の動画を見て欲しい。
驚いたことに、ルンドベックではアルコール依存症を完全に「脳の病気」と位置づけている。
依存症者が渇望を感じるのもいらいらするのも家族と不和を起こすのも、脳の疾患が原因と説明している。否認も「また飲めるようになるという大きな妄想」も、医者や家族とけんかしてしょっちゅう「人格障害」の診断をつけられそうになる話も、ここには出てこない。すべては脳の報酬系の不具合として説明されている。
これは、社会における依存症の位置づけを大きく変える戦略だ。
実は同じ経験をわれわれはしている。うつ病である。
以前、うつ病は暗いイメージしかなかった。「あのひと、ウツビョーだって」と職場の中でささやかれるとき、それはとても深刻でスティグマティックな状況だった。
製薬会社が新しい抗うつ薬フルオキセチン(プロザック)を売り出した時、彼らは「うつ病は脳の病気」キャンペーンを大々的に張った。フルオキセチンのみならず、それに続くさまざまなSSRI、SNRIが発売されるたびに同様のキャンペーンが繰り広げられた。結果、うつ病は社会的なイメージが大きく変わった。ある種、「まじめでがんばり屋さんの勲章」みたいな印象がついてしまったため、うつ病の診断をつけてもらいたい「自称」うつ病まで増えてしまった。
それほどポジティブなイメージにうつ病は変わった。
ルンドベックはアルコール依存症を、うつ病キャンペーンと同じ戦略で売り出そうとしているように思える。
たしかに、依存症は脳の病気だ。報酬系が壊れ、いらだちやフラストレーションを鎮めるため、酒にささやかな慰めを求める。酒が切れたときのわれわれは「落ちつきがなく、 いらいらが強く、不機嫌な人々」そのものである。
それはわれわれが好んでそのような特性を身につけたわけではなく、アルコールという薬物を長期的に大量摂取し続けた結果、そのような脳になってしまった。それはルンドベックの筋書きと同じだ。
が、ルンドベックはそこから先、依存症の心理的、および社会的な側面を見落としているように思う。いや、あえて触れないようにしているのか。
依存症は、社会性の病気だ。
われわれは酒を飲みたいがため、さまざまな嘘をついてきた。一杯の酒と引き替えに、大事な仕事を放り出し、家族との大事な約束を破り、仕事や家庭を失っても目の前の酒を優先した。
初めはそれは、脳の報酬系の異常だったのかも知れない。
けど、嘘をつき、まわりとの傷つけ合いを数限りなく繰り返した結果、われわれは他人を信じず、自己憐憫に浸りやすく、自分のことは棚に上げて他人や社会の瑕疵をことさらに糾弾するような、イヤーな人間になってしまった。
とくに自分のことを棚に上げて人の問題を追及する点において、自分の問題を人のせいにすり替える点において、われわれは天才的とも言える才能を発揮した。(や、ぼくだけか?)
自分がレッテルを貼られるのが嫌いなくせに他人にはすぐにレッテルを貼り、他人をすぐに裁いた。
不快な感情に耐える力が弱く、目の前の快・不快で直情的に物事を判断した。臆病さと傲慢さの入り交じった、何とも言えない独特な反応をするようになった。
初めは脳の異常だったかも知れないけど、同じ反応を何度も何度も繰り返し使っていくうちに、われわれはそういった特性を習得してしまった。そしてイヤな特性はわれわれ自身の性格の一部として残ってしまった。まるで古い洋服の染みのように。
だからわれわれは酒をやめるのみならず、酒が残した性格上の欠点を変えていく必要があった。そうしない限りわれわれは酒をやめてもやっかいな「しらふの酔っ払い」でしかなかったし、そもそもそんな生きづらさを抱えたまま酒をやめ続けることはできなかった。
ルンドベックの示す節酒は、そういった問題を解決してくれるんだろうか?
ぼくにはそうは思えない。
ルンドベックは適度に酒を飲めるような魔法を提供してくれるかも知れない。が、そこから先は、ない。道はそこで終わっている。
「われわれはみなさんに節酒という夢を差し上げました。そこから先はどうぞご自由に」
まるで意地悪な魔法使いみたいだ。
その一方、AAの回復の道はずっと先まで延びている。性格上の欠点を取りのぞいてもらい、自我を手放そうとし、よりよい生き方、社会との調和を目指し続ける。アルコール依存症が残したさまざまな心理社会的な問題に対する解決を、AAは提示することができる。
自分と自分を取り巻く世界との調和を見いだそうとする。自己変革を続ける。
薬とどちらがいいのか、言うまでもないだろう。
ナルメフェンが発売されたら、AAメンバーは減るか?
減るでしょう。少なくともニューカマーは一時、ガクッと減ると思う。節酒できる方法がありますよ、知らないおじさんたちの集まりなんか行かずに、うちで薬と酒を飲んでれば良いんですよと言われれば、そりゃ行かないわな。
が、長期的は、AAが本来のプログラムをきちんと提供し、たしかな回復を手渡せるのなら、どんな薬にも負けない。
なぜなら、生き方を薬で変えることはできないからである。
逆に言えば、AAに通っていても、相変わらずみじめで独りよがりな生き方しかできていない、そんな姿しかニューカマーに見せられないとしたら、AAはつぶれる。
われわれAAメンバーが「節酒よりも良い生き方」を提供できるかどうか。AAの存亡は(おおげさだけど)そこにかかっている。
ナルメフェンとAA。質の良いアウトカムを提供できる方が生き残る。極端に言えばそういうことだ。
昔のみじめな思い出話を繰り返しているだけのやり方なら、いずれ結果は見えている。
てなことで、解決はやっぱりステップであり、回復のクオリティだと思うのです。
古い染みはきちんと落としましょうよ。
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