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2013年11月27日 (水)

名古屋のロック喫茶「時計じかけ」再訪失敗

何度か本ブログで取り上げている名古屋のロック喫茶「時計じかけ」。
実は今年の7月に仕事で名古屋を訪れた際に、現地に足を運んでみた。

遠い遠い1986年の記憶を掘り起こしてみる。
地下鉄東山線の今池駅を降り、あやしげな店の建ち並ぶ地下道を通ってウニタ書房のあたりから今池交差点に出る。
交差点の対角に渡ってパチンコ屋の裏の道を歩き、いくつか角を曲がる。すると古びたビルの左から地下に降りる階段が見えてくる。そこが時計じかけだ。

今回名古屋を訪れ、今池の様変わりの激しさにまず驚いた。
今池の地下街がない。たしか一杯飲み屋やピンク映画館などもあったはずだ。が、何もない。
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地上に出る。ウニタ書房はかろうじて健在だったが、こんなきれいなビルだったっけ?
周囲を見渡してみガスビル、郵便局以外はさっぱり見覚えがない。
時計じかけへの道をたどりはじめるが、途中で道を見失う。なにせビルも店舗もまったく変わっているのだ。広い駐車場になっているエリアもある。27年前の記憶では限界がある。

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たしかここらあたりだったような。。。


Cimg0777
な、ないー!

Cimg0779
やっぱりないー!

結局、完全にロスト。自分の記憶にもだんだん自信がなくなり、やみくもに当たりをうろついて帰ってきた。
時計じかけの跡地でも残っていれば、しばし足をとどめて追憶に浸りたかったのだが。残念。

名古屋は都市部の高速道路もでき、地下鉄の路線も増えた。
ものすごい勢いで都市が成長している。それはきっと、良いことなんだろう。
でもぼくは、1986年の時点ですでに化石のような存在だった「時計じかけ」が大好きだった。時代の流れから取り残され、60年代、70年代のロックをかけ続けるだけのあの真っ暗闇が大好きだった。
そしてそこに集う、成長やら発展やら最先端やらネアカとは無縁の、ロックに自分を仮託するしかない不器用な若者たちが好きだった。
あの暗闇と大音量のあいだに、たしかに「時計じかけ」な人々の無言の共感が詰まっていた。
あの闇には、あの闇でしか心安らげないひとたちの思いが満ちていた。

コージー・パウエルみたいな髪型の兄ちゃんも、痩せた狼みたいな店長も、ぼくが淡い恋心を抱いていたおねいさんも、よく憶えている。
現実社会と折り合いが下手そうな、生き方が不器用そうな人たちだった。店員さんだけじゃなく、客たちも。
まあリア充だったら、ロック喫茶で半日タバコをふかしてロックに浸っていたりはしないよね。
あの頃の彼らは、みなどこに行ってしまったんだろう?

ロックへの郷愁が詰まった映画「あの頃、ペニーレインと」を見ていたら、ふとそんなことを考えてしまいましたよ。

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コメント

時計じかけ無くなっていたのですね、残念です。

実家が名古屋で30年ぶり位に時計じかけへ行ってみようと
思ったのですが。さすがに無理な話ですよね^^;

投稿: れいこ | 2014年10月 9日 (木) 17:57

れいこさん

コメントありがとうございます。
時計じかけの記事にいまだにコメントをいただけるのはうれしい限りです。きっと少なくない人たちにとって、あの空間はたいせつな場所だったのだと思います。
もし可能であれば、ぜひ名古屋を再訪して時計じかけのあった正確な場所を教えてください。ぼくの記憶は褪せてしまって、すっかり分からなくなってしまいました。
もしタイムマシンがあったら、もう一度あの心安らぐ暗闇を訪れたいものです。

投稿: カオル | 2014年10月 9日 (木) 18:09

はじめまして。
1983年から87、8年頃まで時計じかけでバイトしてた者です。
偶然このブログを拝見し、懐かしい気持ちになったのでコメントを書かせていただきました。
ちなみに僕は未だに名古屋在住で、当時の時計じかけのマスターやバイト連中、何人かのお客さんと今でも交流がありますよ。

時計じかけは1987、8年頃に残念ながら閉店してしまいましたが、しかし建物は今も健在です。当時から時計じかけの隣にあったハックフィンというライブハウスが現在も営業しています。住所はこちらです。

〒464-0850
愛知県名古屋市千種区今池5-19-7 石井ビル


時計じかけは僕にとっても大切な場所でした。
同じように時計じかけを思ってらっしゃること、とても嬉しく思いました。

投稿: オチアイ マサオミ | 2014年11月26日 (水) 17:19

オチアイさま

おお、ついに時計じかけの中の人登場!
ありがとうございます。
マスターはいまも名古屋におられるのでしょうか。
いまも交流があるのは、すばらしいです。
ぼくのように未だに時計じかけを思い続けている人たちも少なくありません。
いちどオフ会などぜひ!
住所もあらためて教えていただき、ありがとうございました。先日、無事に再訪することに成功しました。
(シャッターが閉まっていてなんの痕跡も発見できませんでしたが)
時計じかけの閉店は、1987年頃なんですね。自分が通っていたころからわずか1年後くらいです。
いまだにあの暗がりに集まっていた人たちのことを考えるときがあります。
誰にとってもたいせつな場所だったんだなと思います。

投稿: カオル | 2014年11月26日 (水) 18:32

あの店の中二階で居座ってました。厨房と店の境の椅子に座っていたアンニュイなウェイトレスさんどうしているのかな?決して美人ではなかったが(ブスという訳ではありません)存在感のある女性でした。柴田チコが来たことがありました。その時キーボーディスとのキタローの知り合いという怪しげな男も来てました。懐かしいです。

投稿: レッド | 2015年6月 2日 (火) 19:00

ひょっとしてキングクリムゾンの初来日の名古屋公会堂に行かれませんでしたか?

投稿: レッド | 2015年6月 2日 (火) 19:04

レッドさん

そう、そのアンニュイなウェイトレスさんがぼくが何度か書いている方です。当時のぼくにとってはあこがれのひとでした。
柴田チコさんというのは、FM愛知の女性DJですね。じかけには色んな方が来ていたんですね。おそらくぼくもなにがしかの有名人と居合わせていた可能性がありますが、いかんせん当時のぼくは自分の悩みで頭がいっぱいで、まったく分かりませんでした。トホホ。
ちなみにクリムゾンの初来日は、残念ながら行っておりません。しかしクリムゾンとか時計じかけとかのことを思い出すと、すぐに当時の空気感がよみがえってきます。ふしぎですねー。

投稿: カオル | 2015年6月13日 (土) 08:43

レスありがとうございます。今あの人多分50半ばですよね。マスターの彼女か奥さんだと思ってました。あの頃どっぷりプログレにはまっていました。
ロック喫茶はいくつかありましたが、プログレのレコード置いてあるような店はあそこだけでしたね。柴田チコさんは常連ではなく何かのイベントで呼ばれたみたいです。バイト帰りに熱燗たしなみながら音楽聞くのが好きでした。

投稿: レッド | 2015年6月14日 (日) 19:27

レッドさん

彼女の年齢を確かめたことがありました。ぼくとあまり変わらなかった記憶があるので、ぎりぎりまだ50前だと思います。
じかけはプログレも充実していましたねー。思うんですが、ある種の音楽は大音量で聴かないとその楽曲の持つ本来のパワーが表現しきれないんじゃないでしょうか。じかけの暗闇と大音量は、小音量なら聞き逃してしまうようなシールドのノイズやミュージシャンの息づかいまで聞こえてきて、ロックを感じるにはうってつけでした。あのひんやりとした暗闇がなつかしいです。

投稿: カオル | 2015年6月15日 (月) 15:12

かおるさん
でしたね。中二階はスピーカーに対してテーブルが側面配置だったので定位的には今ひとつでしたが、その下の席はなんか嫌だったんですよね。最近新栄のロックバーにも行きましたが、マスターが訳の分からんうんちく好きで二度足を運ぶ気にはなれません。良い意味で客をほったらかしのあの雰囲気が良かったです。ただ、火事が起きたら一巻の終わりの場所でもありました。ターンテーブルが厨房側にあってスピーカーからの音の干渉を受けにくいのも良かったのかも知れません。彼女は私よりかなり年下だったんですね。決行落ち着いた感じの人だったからそう見えたのかも知れません。

投稿: | 2015年6月15日 (月) 15:47

私は石井ビルの地下奥のイーストグッドマンで数年いました。時計じかけか、ヤゴかロック喫茶がありそこで即興のライブをした覚えがあります。イーストはジャズニュージャズと共にアンダーグランドのロックも多く特にルーリード関連が記憶にあります。悲しことで一緒に働いていた一人が自殺し、伏見のグッドマンの人も自殺し、数年のあいだに二人がいなくなるそのような時代でもあったと思います

投稿: | 2016年7月 1日 (金) 08:47

古いエントリーにも関わらず、こうしてコメントをいただけることを非常にうれしく思います。
石井ビル、地下奥のイーストグッドマン…すみません、記憶が定かでありません。「じかけ」とハックフィンはよく憶えているのですが。
亡くなった関係者の方が二人もいるんですね。おっしゃるとおり、そのような時代、そのような閉塞感を、当時のロック喫茶に集う人々はみな感じていたのでしょう。
当時、自分だけではなく、生きづらさを抱えてロック喫茶の闇に逃げ込んできた人はたくさんいたと思います。帰る場所もなく、行く場所もない人間にとって、あの闇は紛れもなく嵐からの避難所でした。あの生きづらさを抱えた人たちは、みなどこへ行き、いまどうしているのでしょうか。
あの当時、暗闇から爆音で流れていたロックは、いまわたしたちが聞くのとはちがった意味、ちがった親密さがありました。ピンク・フロイド、コックニーレーベル、エリオット・マーフィ、ボブ・ディラン、どの曲もテーブルの向かい側に曲そのものが座って、わたしたちに語りかけ、アジテートする、そんな距離感がありました。同じ曲をiTunesでダウンロードし、パソコンで聴いても、わたしたちが感じる楽曲との距離は、いまとまったく違っていました。
こうしてこのエントリーを読んでくださっている方々も、似たような思いをいまだに胸に抱えているのだと思います。

投稿: カオル | 2016年7月 5日 (火) 22:46

未だ書いてもいいのかな?
つい懐かしくて書いちゃいます。僕は1979年から数年通っていました(お客として)。当時、本山に住んでおり、500円持って、300円のコーヒーと地下鉄代往復200円で半日過ごせました。中二階の席に電球ひとつぶら下がっていた店内。電話かけるときは黒電話のコードを思いっきり伸ばしてドアの外に出ていました。スピーカーは確かJBLの4310だったっけ?リトルフィートもキングクリムゾンもPILもすべてじかけで教えてもらいました。リクエストも応じてくれましたよね。「じかけのおと」というノートのマル鉄さん元気かな? どうもお邪魔しました!

投稿: やま | 2017年2月20日 (月) 15:50

やまさん

返信が遅れました。はい、「じかけ」関連の話題、絶賛募集中です(笑)。
1979年から通っていたというと、相当の古参ですね。いったいあのお店はいつから存在していたのか?ナゾです。
誰か年表とかにまとめてくれないかしら。
それにしても、1979年当時のご様子、自分が通っていた1986年ごろとほとんど変わっていませんね。電話は、そうそう、スタッフがかけるときは外にコードを伸ばしていた記憶がうっすらあります。暗闇に近い店内、爆音、いま考えればよく経営できていたものです。21世紀の現代の常識では考えにくいですよね。
期間限定とか、週末だけでもいいから再開してくれないかしら。いや、あの時代だったから良かったのかも。
楽しい思い出、また聞かせてください。

投稿: カオル | 2017年3月 2日 (木) 00:01

地方出身で名古屋で浪人しているころ頃、1983年頃に通っていました。お店に入って扉を閉めて、10秒くらいしないと何も見えないあのくらい空間が好きでした。クリムゾンをがっつり聴いていました。青春そのものでした。

投稿: 50代 | 2017年4月25日 (火) 19:42

50代さん、はじめまして!
1983年というと、自分がじかけに通っていたときの3年前ですね。そうそう、入ったときに真っ暗で、しばらく目がなじまないとあたりが見えないんですよね。
こうして50代さんの文章を読んでいるだけで、あのドアを開けたときのドキドキがよみがえってきます。
当時はクリムゾンでしたか。色んなジャンルがかかっていましたものね。自分はあそこでコックニーレーベルとエリオット・マーフィを知りました。
ぼくもいまだに、今もあの暗闇が懐かしくなるときがあります。
多くの方にとって、青春の場所だったんですね。

投稿: カオル | 2017年4月26日 (水) 02:26

>カオルさん、無礼な突然の書き込みにも関わらず、早々のご返事ありがとうございます。夏に行った時の事を良く思い出します。まだクーラーを持っている学生など稀な時代でした。クーラーが効いて涼しく心地よいのと、大音量の音楽を聴きながら、これからに対する不安の入り混じった不思議な感覚でいたことを覚えています。どこかにお店のマッチがあったかもしれません。今度探してみます。

投稿: 50代 | 2017年4月26日 (水) 14:45

50代さん

そう言えば当時はクーラーなんてありませんでしたよね。自分がいた予備校の寮にも、もちろんありませんでした。
かげろうがゆらめくくらい暑い中をてくてく歩いてじかけにたどり着き、あのひんやりした暗闇に身を置いていると、何とも言えない安らぎを感じたものです。

投稿: カオル | 2017年4月26日 (水) 23:44

私は大学生のころ、よく通ってました。懐かしい日々が走馬灯のように浮かびます。1981年~1985年ごろくらいでしたかな。いろんなメンバーが来てました。甲斐君、フー子さん、フーテンの虎さん(だったかな?すいません無かSぢのことなので名前が…)等々思い起こされます。クリスマスパーティーをやったことも覚えています。今はもうないんですね。復活…は無理でしょうね。でもOFF会はやりたいね。私も今月で55歳。もうおっさんです。ああもう一度あの頃に、無鉄砲だったけど、エネルギーに満ちたあの頃に戻りたい。

投稿: アブドラ | 2017年11月 2日 (木) 21:29

アブドラさん
リプライが遅くなりました。コメントをくださり、ありがとうございます。
81年から85年というと、自分が通っていた1年間の前ですね。その当時、クリスマスパーティがあったり、交流が深かったことがうかがえます。熱い時代でしたね!
OFF会、いいですね。一夜だけの「じかけ」復活とかね。いいですねえ。

投稿: カオル | 2017年11月 6日 (月) 21:48

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