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2013年6月29日 (土)

奪われるだけ

きのう、某勉強会でこんな言葉を聞いた。
「奪われるだけでは人は酒を手放さない。なにか手に入るものがないと酒をやめない」
ほかにも色んな話題が出る中、この言葉がすっと胸に入った。

そうなんだよね。

まわりから見れば、飲んでいるアルコホーリクはわがままな暴君そのものだ。けど、本人には本人の飲む理由がある。さびしいからかも知れないし、酔うと気持ちがいいからかも知れない。人生のむなしさから逃避するためだったり、単に離脱の苦しさから逃れたいからかも知れない。でもかならず、酒飲みがボトルにしがみつくには何らかの理由がある。
そこに触れずにまわりが「酒をやめろ」と言っても、聞くはずがない。どんなに狂った酒でも、本人にはそれが生きていくための杖なのである。ただ奪われるだけなら、必死になって抵抗するだろう。
酒を手放すためには、それに代わるなにかが必要だ。それが見えないうちは、決してボトルを手放さない。

ステップ1は、アルコールに対して無力であることを認め、思い通りに生きていけなくなったことを認めるステップだ。でも、ステップ2と3で、自分なりに信じた神が健康な心にもどしてくれることを信じ、自分の意志と命の方向を神にゆだねる決心をする。そこがまさに「酒に代わるなにか」なのだと思う。
けど、「神さまがアル中を治してくれるから信じろ」と言われても信じるわけがない。だから最初は、AAという共同体を信じる。そんなにむずかしいことじゃない。この人たちは酒をやめているようだし、いつか自分もそうなれそうな気がする。そう思うだけでいい。

アルコホリクの酒をやめさせるのに、説教や理屈は無効だ。説教の内容は最初っから自分で分かっている。身を滅ぼす飲み方が理屈に合わないことも承知している。それでも、自分を殺す酒であっても、なんの希望も見えなければ、ひとはそれにしがみつくだろう。酒をやめる不幸よりもいまの不幸の方がマシ。知らない不幸より知ってる不幸の方がマシなのである。

新しいAA候補生がミーティングにやって来る。ふてくされた態度で会場の片隅に腰かけ、全身から「オレに話しかけるな」オーラを放出する。そんなニューカマーに、われわれは「酒に代わるなにか」を見いだしてもらえているだろうか。ほんの少しでも「酒をやめてみるのも悪くないな」「この集まりにまた来て見ようか」と思えるようななにかを提供できているだろうか。

おおくのアルコホリクが周囲から酒を奪われ、自尊心を傷つけられたすえにAAのドアを開ける。酒と自尊心を取り上げるようなやり方ではなく、われわれは酒に代わるなにかをそのひとに提供したい。そう思うのです。

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2013年6月26日 (水)

福島地区なみきグループ15周年伝統セミナー

AA福島地区なみきグループの15周年イベント、伝統セミナーに参加してきた。
同グループの発足15周年を記念した、宿泊イベントである。元JSO所長のN氏や元ワールドサービス担当のI氏をゲスト(身内をゲストというのもヘンだけど)に招いて12の伝統や12の概念を学ぶ、ユニークなイベントだ。
ぼくは神奈川の仲間4人といっしょにクルマで行った。スムーズに首都高を越え、現地に到着。
I氏の話もN氏の話もよかった。AAの12の伝統や12の概念が、より身近に感じられた。

ときどきAA内で「伝統違反」という言葉を聞く。特定のメンバーやグループを指して問題視するときに使われる言葉だ。N氏に聞いてみた。伝統違反とはなんぞや?と。
彼によれば、もともと「違反」に該当する文言はないらしい、という。ただ伝統のmissingと言う表記はあるそうだ。伝統の欠如、ということだろうか。それがひょっとしたら「伝統違反」という表現のルーツなのかも知れない。
「伝統違反」という言葉は言い切りがよく、使いやすい。AAには特定のルールはないが、誰かを非難したいとき、伝統違反という言葉はもっともらしく、重みをそなえている。この言葉が広まったゆえんだろう。

伝統4には「各グループの主体性は、他のグループまたはAA全体に影響を及ぼす事柄を除いて、尊重されるべきである」とされている。グループのことはグループが決める権利がある。もちろんグループが決めたことに対してはグループが責任を負う。
あるグループがAAの出版物以外のテキストをミーティングで使ったとき。あるいは風変わりなイベントを企画したとき。そう言ったとき、しばしば伝統違反という批判が起こる。でも、グループのことはグループが決める権利がある。もちろん批判を受けるべき内容のものであれば、批判すればいい。ただそれは「オレはこう思う」というアイメッセージの視点で行われるべきだ。

ぼくは伝統違反という言葉を好まない。なぜならその言葉を使うとき、伝統という誰も反論のできない権威にすがって、権威の観点から自分の意見を正当化しようという意図が透けて見えるからだ。
相手が気に入らなければ気に入らない、まちがっていると思ったらまちがっているといえばいい。ただ、正当化の理由づけに伝統を持ちだすのは、なんていうんだろう、ちょっとちがう気がする。伝統の方だっていい迷惑だろう。

2日目はN氏がシナリオを描いた寸劇が披露された。
あるグループのビジネスミーティングの場面である。劇の中ではグループの長老格のA氏がビジネスを取りしきり、事前に次の役割交替やバースデイミーティングの段取りなどを主要メンバーと決めてしまっている。ビジネスミーティングはその追認の手続きに成り下がっている。そういう場面だ。
寸劇のあと、小グループに分かれた参加者が問題点を話しあった。
参加者の多くがいろんなことを考えさせられたと思う。ぼくもおおいに考えた。誰もが、あのシナリオのようなグループにはなりたくない、あんな支配的なリーダーにはなりたくない、と考えたにちがいない。ぼくの小グループでもリーダーA氏への非難が相次いだ。
だけどぼくらの誰もが、少しずつA氏の要素を持ち合わせているんじゃないだろうか。A氏は決してまちがったリーダーじゃない。グループのことを熱心に考え、グループの運営を真剣に考えている生真面目なAAメンバーだ。だけど目の前のグループ運営に集中するあまり、ほんの少し新しい仲間のことが目に入らなくなっていた。古株の意見がどれほど影響力が大きく、支配の土壌になりやすいかが分からなかった。何よりも、伝統の精神を忘れていた。あるいは知識としての伝統をじっさいの運営に反映できなかった。
今回のN氏の寸劇は、単なるN氏のグループ運営に関する意見ではない。と思う。伝統を尊重し、周囲の意見に耳をかたむけ、グループがよりいっそうの高みを目指してほしいというメッセージなのだと思う。
伝統を生かせれば、活力を損なうことなくグループは成長していける。

アルコホーリクス・アノニマス青年に達するを読むと、ビル・Wが色んな企画やアイディアを打ち立ててはメンバーに反対されていくさまが描かれている。でもビルは次々と新機軸を打ち出し、前に進んだ。同時に、メンバーの反対を受けると、最終的には周囲の意見に耳を貸した。萎縮することなく前進しつづけ、なおかつ周囲の声に耳を傾けつづけた。

それって最高だよね。
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主催のなみきグループのみなさん、おつかれさまでした。
寸劇メンバーの方々にも感謝です。まさかこんなところで舞台役者をやるとは夢にも思わなかったでしょう。

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2013年6月18日 (火)

久しぶりに風邪

安曇野から帰ってきたら風邪を引いていた。
風邪の原因になるようなことは何もしなかったはずなのに。おかしいな。ううむ。
微熱で頭がぼうっとしている。頭のねじが飛んでいるのが自分でもわかる。鼻水が止まらない。職場のゴミ箱がどんどんティッシュで埋まっていくのを見ているとなぜか愉快になってくる。ウハハハハ。
ひとに伝染すと迷惑なので、フロアに出られない。いちにちデスクワーク。デスクワークったって頭がまともに働かないのでどうしようもない。本や未決の資料を読んで過ごす。
ま。年にいっぺんくらい風邪を引くのも悪くない。こういう日もある。
それにしても、こういう日に限って職場のエアコンがまともに動いている。寒気がするがエアコンを止めるわけにも行かない。寒気がひどいと鳥肌がおもしろいように立つな。うひゃひゃひゃ。

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2013年6月13日 (木)

ナビ子ちゃん、逝く


カーナビが壊れた。
きのう帰宅する途中でクルマのスピーカーから「ボッ」という音が聞こえて、それきり音が鳴らなくなった。
音楽がきこえないだけかと思ったら、ナビ自体が何度も再起動をはじめた。まともに操作できない。壊れてしまった。

購入して早13年。同乗したAAメンバーから擬人化キャラを「ナビ子ちゃん」と命名されて親しまれてきたカーナビである。不調のサインは前からあった。数年前からはタッチパネルが操作不能になり、半年前からはハードディスクに取り込んだ音楽の消去ができなくなっていた。ここ数ヶ月は音声入力もままならず、本体が異常に過熱しはじめるなど、挙動がおかしかった。
しかしナビ子ちゃんはハンディキャップなど気にする様子もなく、にこやかな笑顔で対応してくれていた。耳が遠くなって聞き取りができなくなっても、オーディオおよびナビ機能の大半を喪失しても、ナビ子ちゃんはイヤな顔ひとつせずに残存機能を発揮してくれていた。
(ぼく)「自宅に行く」
(ナビ子)「江古田に行く」
(ぼく)「ちがう」
(ナビ子)「もう一度お話しください」
(ぼく)「自宅に行く」
(ナビ子)「JR海浜幕張駅に行く」
(ぼく)「ゼンゼンちがうじゃん。もういいよ。。。」
(ナビ子)「操作または場所ボタンを押すと再開できます」
ここ数年はこんな会話のくり返しだった。けど憎めない明るい子だったんだよなあ。ナビ子ちゃんは。
そう言えば、山形のOSMに行ったときには見知らぬ民家の裏庭に案内してくれたっけ。物干し台をなぎ倒して突っ切れとか、ムチャ言ってくれたよな。あのころはお互い若かったな、ナビ子よ。
先日戸塚に行った時はキミの案内で左折して警察に捕まったけど、オレは別にどうとも思っちゃいないぜ。標識をよく確認しなかった自分が悪いんだ。体調が悪いのに、ややこしい道案内をキミに頼んで済まなかったな。

目を閉じればよみがる、ナビ子との日々。でも、ついに別れるときがきた。生あるもの、いつかは別れの時が来る。
さよなら、ナビ子ちゃん。
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2013年6月12日 (水)

フジロック2013は見どころいっぱい

フジロックまであと一月ちょっとになった。
追加アーティストが続々と発表になってて、徐々に盛り上がってきている。
見どころはいっぱいある。
初日はナインインチネイルズ、スクリレックス、それにマイ・ブラディ・バレンタイン。フライング・ロータスあたりが見どころ。ラモーンズのベーシスト、CJラモーンも必見。それにくわえ、ルート・セブンティーン・ロックン・ロール・オーケストラ という聞きなれないバンドが出演予定だ。
このバンド、池端潤二、花田裕之、梅津和時らのハウスバンドに加え、ゲストが仲井戸"CHABO"麗市(Vo,Gt)、大江 慎也(Vo,Gt)、甲本 ヒロト(Vo)、トータス 松本(Vo,Gt)という豪華さ。これは見ないわけにはいかない。
初日、ホワイトのトリがスクリレックスでグリーントリがナインインチネイルズ。どっちを取るか。スクリレックスの方が演奏開始時刻が早いから途中までスクリレックスを見て、適当なところでグリーンに移動するか。でも途中まで作戦は失敗する可能性が高い。時間を気にしながら最初のバンドを見ていても気持ちが急いて集中できないし、二つ目のバンドも結局はうしろの方でしか見れないし。
スクリレックスをあきらめ、ナインインチネイルズを最前列で見ますか。でも荒っぽいモッシュ部隊に巻き込まれるのもこわいし。考えどころです。

二日目グリーントリはビョークで、トリ前がカール・ハイド。3日目トリがキュアーでトリ前がバンパイア・ウィークエンド。三日間とも、日没以降はグリーンで過ごすことになりそう。
ヘブン、オレンジあたりの奥地でまったりと夕暮れを迎えて夜の演奏を聴きたかったんだけど、ことしはそうもいかなそうだ。
2日目の昼間はヘブンに常駐しそう。
スザンヌ・ヴェガ、元ザ・バンドのガース・ハドソン、パンクフォークバンドのスキニー・リスター。前野健太とソープランダーズ(すごい名前だ)。夏木マリ(ゆばあば!)。まったりと楽しめそうだ。
ヘブンに常駐しつつオレンジ、アヴァロン、ストーンド・サークルあたりまで足を伸ばす。天気が良ければところ天国で川に足をひたすのもいい。

フジロックはむずかしい。体力、天候、出演アーティストなどさまざまな要素を勘案して行動予定を立てなくてはいけない。なにも考えずに見たいアーティストを場当たり的にめぐっていたらすぐにへばってしまう。晴天時と荒天時でも体力の消耗度、移動時間がまったく変わってくる。楽しむためには、それなりの下準備と入念な計画が要るのだ。
わくわくしながら出演アーティストの試聴サイトをめぐっていると、やっぱりテンションが上がるね。

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2013年6月11日 (火)

あふれる恥辱と自己嫌悪

以前の記事で、アルコホーリクの場合、二歳児なみの傷ついた自己が人生のバスを運転し破滅に向かっていく、という話を紹介した。
このときにヘンマンさんの意見として「回復においてもっとも困難な問題のひとつは、飲んでいたころの破壊的な行為にともなう恥と自己嫌悪の感情である」という一文があった。きょうはここを考えてみたい。

アルコホリクの性格傾向のひとつに「打たれ弱い」という点がある。批判を受けたりちがう意見に接したときに、人格を丸ごと否定されたかのごとくに傷つく。叱責を受けたり自分の意見が受入れられなかったときも同様だ。ぼくも当てはまる。

ささいなことで傷つくのは自尊感情が低いからだ。やっかいなのは、それに加えて自動思考が作用する点だ。
酒飲みは二重生活を送っている。もともとアルコホリクは飲酒にのめり込んでいく過程で、飲酒以外にもいろんな恥辱と自己嫌悪を抱えている。さらに酒の問題が加わると、ちょっとでも酒のことをいわれると感情的になる。そういう反応パターンが自動思考として染みついちゃっているんである。過去に同じような反応のパターンを繰り返していたために、つい同じような反応をしてしまうのである。

だから、そこんところをトレーニングで変えていかなくっちゃいけない。ささいなことでいちいち怒ったり自己嫌悪に浸っていたらまともに生きていけないからである。会議で自分の意見が批判されただけで怒り狂い、出勤できなくなるくらい自己嫌悪に落ち込んでいたらやっていけない。自分の自動思考のパターンを知り、感情的に困難な事態にぶつかったときは意識的に自動思考を避ける必要がある。

このときに問題になるのが、先に挙げた「恥と自己嫌悪の感情」だ。あまりにも恥と自己嫌悪が強過ぎると自動思考を見直すどころじゃない。自分を見直すにはある程度の冷静さとタフネスが必要なんだけど、あまりに恥と自己嫌悪が強いとそれができなくなってしまう。無理に見直そうとすると過去の恥辱の感情がよみがえり、またひとつ自尊感情を低める自動思考が強化されてしまう。

恥と自己嫌悪を取り除くためには、まず恥と自己嫌悪を取り除かないといけないという矛盾。じゃあどうしたらいいのか。

ひとつは、安心感だと思う。
われわれがミーティングで安心できるのは、みなが同じ経験をしてきたんだ、自分だけじゃなかったんだと気がつけるからだ。恥も自己嫌悪も、ミーティングでは口に出していい、共感できる話題だ。率直に自分の体験を話し、安心できる。一言で言えば分かち合いだ。免責、免罪を与えられると言ってもいいだろう。
自分だけじゃなかった、思い出したくもない過去のできごとは病気の側面だったんだと思うことで、われわれは押しつぶされそうな自己嫌悪から解放される。

もうひとつは、「自分の考えを使わない」ということだ。
自分の考えを使わないというのは、よくできた言葉だ。恥と自己嫌悪による思考を「自分の考え」「過去の考え」という言葉で対象化し、意図的にいまの自分の思考から切り離していく。で、ハイヤー・パワーという客観的、大所高所からの俯瞰的な視点に切りかえる。これによって過去の感情や思考をいまの自分から切り離していく。

でも、安心しているだけじゃダメだよね。ひと息ついたら、しっかり過去をふり返って自動思考におさらばしないとね。
落ち着いてきたら棚卸しを行って、恥と恥辱の感情をもたらした原因を探しだす。どこで反応のパターンを間違えて使うようになったのかを見つける。自分で気がつけない部分はスポンサーに見つけてもらう。見つかったら、われわれはそれを変えようとせずにはいられない。じっさい、大勢の仲間がステップに取り組んで元気になっている。
せっかくAAにきたのにAAプログラムをやらないのはもったいない。
「自分がこんなみじめな状態になったのは、やつらが傷つけたからだ」「変わるべきはやつらで、自分は何ひとつ変わる必要がない」と言う話はよく聞く。でもそれってすごく二歳児的な考え方だと思う。交通事故に遭った人は、どれだけ相手に非があろうと自分のリハビリは自分でする。依存症者も自分で自分のリハビリをしなければ、結局は自分の足で立てなくなっちゃうと思うのです。

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2013年6月10日 (月)

賛美歌口ずさんでバー破壊。キャリー・ネイション

アルコール依存症界隈のひとっておもしろい。本人、家族、関係者、この業界に身を置くひとは何とも言えない個性を持っている。
きょうはそのひとり、キャリー・ネイションさんを紹介したい。

http://ja.wikipedia.org/wiki/キャリー・ネイション

キャリー・A・ネイション(Carrie A. Nation、1846年11月25日 - 1911年6月9日)は、前禁酒法時代アメリカの禁酒主義活動家の一人。特に、ヴァンダリズム(破壊行為)を以って自らの見解を広めたことで記憶されている。ネイションは幾度となく、アルコール飲料を販売している施設に侵入してはその内部をまさかりで叩き壊したのである。

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キャリーは1846年、ケンタッキー州で生まれた。家庭は貧しかった上、家族にはこころの病を持つものが多かったという。母親は妄想があった。キャリー自身も身体が弱かった。その割には長じて巨躯の持ち主となりますが。
21歳で戦争帰りの医師と結婚する。が、運が悪かった。この夫は重度のアルコール依存症。結婚してわずか10ヶ月ほどで、依存症が原因で離婚する。離婚から1年も経たないうちに夫はアルコールが原因で死亡。これがキャリーが禁酒運動に身を投じていく原体験になったようだ。
この辺、母を巨人に喰われた「進撃の巨人」主人公みたいですね。

二度目の結婚後、生活が安定してくるとキャリーは禁酒活動を積極的に行うようになる。
彼女のやり方は、初めは単なる抗議だったがエスカレートしてゆき、バーテンダーに「お早うさん、魂の壊し屋さん」のような当てつけがましい挨拶をしたり、酒場の常連客に向かって手回しオルガンで賛美歌を奏でるようになった。

というからすごい。
1900年、53歳の彼女は神からの啓示を得る。天国の幻像という形で神からの答えを受信したそうだ。啓示に従い、彼女はカイオワに出かけてバーを破壊する。

天啓に従い、ネイションは幾つか石塊を集めて(彼女はそれらを「粉砕用具」と呼んだ)ドブソンの酒場へ赴いた。彼女は「飲んだくれの末路から皆さんを救うために参りました」と宣言し、石塊を取り出すと酒場の在庫の破壊を開始した。彼女が同様の方法でカイオワ郡の酒場を更に二つ破壊した後、竜巻がカンザス州東部を襲った。彼女はこれを、自分の行動に対する神の是認の印だと見なした。

酒場を2軒破壊しただけでもすごいが、そのあと竜巻が街を襲う。ハリウッド映画も真っ青のスペクタクルシーンである。こりゃ神さまの啓示だと思うわな、たしかに。
天啓を得たキャリーは、さらに再婚した夫のアイディアで「まさかり」を装備し(アイディア出すなってw)、片手にまさかり、もう片方の手に聖書といういでたちでバーの破壊活動を続けていく。

一人で(もしくは賛美歌を歌う女性たちを伴って)彼女はバーに向かって行進してゆき、まさかりで備品や在庫を粉砕しながら歌と祈りを捧げた。1900年から1910年の間で、彼女は破壊行為(彼女はそれを"hatchetations"と呼ぶようになっていた。)により30回ほど逮捕されている。ネイションは巡業講演で得た報酬や土産用まさかりの売り上げ金で罰金を支払った。

hatchetationsは、日本語にすると「まさかりズム」ってところでしょうか。
しかし土産用まさかりってなんだよw
よく考えると巡業講演が組めたりみやげ物が売れたりするんだから、それなりに厚い支持層が存在したことがうかがえる。
しかし、1900年から1910年の間って、キャリーさん54歳から60歳過ぎまでだよ。すごいね。この歳にしてこの過激な活動。60歳でまさかり振りまわすおばさん。

さらにこちらのブログに書いてあるとおり、キャリーはこの過激な活動によってアメリカ中の人気者になる。
キャリーが破壊したバーが「キャリー、ここで暴れる」と宣伝したり、「キャリー・ネイション・ウイスキー」と名付けたウイスキーが発売されたり。
キャリーが街にやって来るとなるとビール会社が楽隊を雇ってキャリーのテーマを演奏してパレードしたって言うんだから、もうなにがなんだか分からない。まさにトリックスター。ハリウッド映画に代表されるように、アメリカという国は爆発とか大破壊に賛辞を贈るのが国是のようである。
キャリーは61歳で講演中に倒れて亡くなった。ほぼ最晩年まで破壊活動はつづいたようである。

身長180センチ、体重80キロ。
片手にまさかり、片手に聖書。賛美歌を歌う聖歌隊を従え次々と酒場を破壊する巨体おばさん。
聖書の言葉を口にするたびにまさかりが振り下ろされ、次々と粉砕される酒瓶。賛美歌をバックに粉塵に沈む酒場。夕日を浴びながらそれを見下ろすキャリーと聖歌隊。
アメリカってスケールがでかいね。
こういうトリックスターが日本にも一人くらいいたらおもしろそうだけど、身近にいたらメーワクかも。

そういえばアニメで似たようなキャラがいましたね。
エイメン!

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2013年6月 9日 (日)

と、日記には書いておこう。

先日の通行区分違反の件で、戸塚警察署から電話が来た。
警察からの電話は心臓に悪い。「警察です」のひとことで心臓が凍りつく。
うわずった声で返事をすると、取り締まりを受けた婦警さんからだった。
思い出した。
新米さんらしく、たどたどしく時間がかかったのを憶えている。ええっと、そうそう、美人さんでした。20代半ばくらい、ショートカットできりっとした整った顔立ちで、そうね、上戸彩に似ていた。
すごく緊張してて、違反切符の記載をまちがえないよう真剣な表情で記入していた。生硬なさまがういういしかった。
その違反切符の記載がまちがっていたという。期日までに支払わなかった場合の出頭日時がちがっていたそうだ。もう罰金は振り込んじゃったから関係ないんだけどね。
まちがった日付を記入したことを、何度も謝っておられました。

ま。いいんです。まちがいは誰にでもあることですから。ははは。や。や。いいんですいいんです。

最初の緊張はどこへやら、事情がわかると手のひらを返すがごとく尊大な口調になるワタクシ。
・・・でもよう。そんなに低姿勢に謝るくらいなら、最初(ハナ)っからつかまえないでくれよう。うっうっう。

「きょうは上戸彩似の女の子から急に電話がかかってきた。何度も謝られてこまっちゃったなぁ」
・・・と、日記には書いておこう。
まあ、いいさ。
龍角散トローチ。

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2013年6月 8日 (土)

運転免許更新に出かけたらキップを切られてガックリ

運転免許の更新に出かけた。自慢じゃないけどこの10年間、無事故無違反。念願のゴールド免許証だ。
妻をとなりに乗せて運転免許試験場に向かう道すがら。ランチに立ち寄ったのがいけなかった。
信号を左折したら、警官に止められた。
ここは進入禁止ですって。時間によって通行区分が変わるため、進入禁止のマークは描いていない。いまの時間は進入禁止時間だそう。
ガックリ・・・あああ。こんなことならランチに立ち寄らなければ良かった。
罰金7,000円は痛くない。痛いけど痛くない。痛いのは違反2点。
これで次回更新から青免許に逆戻り。今回はゴールドだけど次回、次々回と青免許で、ふたたびゴールド免許を手にするのは15年後。
じゅうごねん・・・気が遠くなるぜ。。。。

立ち寄ったのは戸塚の街中。トツカーナ近辺。
どうも警察の重点取り締まり区域のようだ。ふつうの細い路地に警官が5、6名ぶらぶらしている。違反をした身で言うのもおこがましいけど、ここ、ぜったい進入禁止時間なんて分からないって。捕まえ放題だよ。

泣きながら目的のお店でランチを食べ(美味しかった)、異常なほど安全運転で運転免許試験場で更新手続きをしてきた。
ゴールド免許対象者は30分のスピード講習。ぼくを含めて4人しかいないゴールド者は、草食系でおとなしそうな人たちばかりだった。
このゴールド免許、5年後にはおさらばか。。。_| ̄|○。


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酒楽千両という居酒屋さんのランチ、650円の鳥唐揚げ定食がおいしかったです。巨大鳥唐が5つ。お腹いっぱいになりました。涙の味がしました。

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2013年6月 4日 (火)

MacBook Pro2013年モデルの予感

MacBook Proの2013年モデルがもうすぐ発表になるらしい。今期はおおいに注目している。買う可能性が高いからである。
わがMacBook Pro17インチちゃんは、ほぼ寿命を終えつつある。Macの世界では3年前のモデルは快適に動作しない。延命に追加コストを払いつづけるより、リプレースした方が快適に動作する。不具合もない。わずかな延命措置に時間と労力と精神的疲労を費やすのはもったいないのである。

てなわけで新型MacBook Pro。 6月10日のWorldwide Developers Conference (WWDC) で発表になる。日本時間だと時差が16時間あるから、6月11日の早朝あたりに発表になると思う。
現時点では以下のことが分かっている。

・新しいインテルのプロセッサ、Haswellが使われる。
・faceTimeの解像度がHDからフルHDに改善。
・より薄く、より軽くなる。
・Haswellプロセッサ採用によりバッテリ駆動時間が延びる。

以前から継続されるフィーチャーは以下の通り。
・光学ドライブなし。
・Retina化の加速。
・SSD化の加速。
・SSD、メモリは基盤直付けのためパーツ変更不能。いったん購入したら最後まで購入時の性能のまま。

これを踏まえた上で、ぼくの予想。
・6月11日以降、HDDモデルはポータブルのラインナップからは消滅。あるいは今期のアップデートが最後。
・HDDなし、光学ドライブなし、SSDのみのRetinaモデルが今後のボータブルのスタンダードになる。
・円安の流れを受けて価格改定。おそらく現行の2割り増し。

困った事態だ。パーツアップができないのはつらい。良く知られているとおり、アップルのBTOは高い。メモリやSSD用量をちょっと盛るとあっという間に数万円も追加が発生する。
HDD搭載の非Retinaモデルだったら自分でパーツ交換してメモリ16GB、ハイブリッドHDDの1TBを2万円程度で実現できる。同じことをRetinaモデルでBTOすると追加10万円くらいかかっちゃう。かといってアップデート前の現行モデルを購入するかというと、それは選択肢外だ。Macの現行モデルとしての寿命はおよそ3年。すでに発売から1年が経過している現行モデルは、あと2年の寿命しかないことになるからだ。
さて、ぼくにとっていちばんありがたいのは、アップルがHaswell搭載、Retinaディスプレイ搭載のHDDモデルをだしてくれることだ。HDDもメモリも自分で交換できるタイプ。今回だけでもこのモデルが出てくれるとうれしい。3年後の買い替え時は、SSDも1TBモデルが安価に出回っているだろう。それまでのつなぎでいい。
でも、無理だろうなあ。現実的にはメモリだけ16GB化して、SSDは256GBで我慢するしかないだろう。256GBだとiTunesとiPhotoのライブラリを入れて、DAWをいくつか入れるとほぼ終わりなんだよね。せっかく薄型軽量のMacBook Proを買っても、ストレージにファイルが入りきらなければ外付けの重たいHDDを持ち歩かざるを得ない。何だか矛盾した話だ。
低価格化の波に逆行するように高機能・低容量・高価格化するMac。こまったこまった。

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2013年6月 3日 (月)

流れがよどむとき

この土日はなにも予定なし。完全休養日だった。床屋さんに行って髪を切り、ギターを弾き、ビデオを見てごろごろと過ごした。ジョギングも1日だけ。久しぶりに家でゆっくりして、英気をやしなう予定だった。
でも、なにかがおかしい。なにか調子が悪い。ストレスなどないはずなのに、どうでもいいことで妻に当たってしまう。いらいらする必要はどこにももないはずなのに。

理由は分かっている。ここんところ自分の中で12ステップが止まっている。手渡しもやってないし、BBや12ステップ関連の本も読んでいない。日々の棚卸しも祈りと黙想もやっていない。イカンイカン。
ステップも技術のひとつだ。使わなければ忘れる。ステップがよどんでくると、妻と摩擦が増えてくる。妻と何となくぶつかることが多いなと思ったときは、たいがいステップが流れていないときだ。

もういちどきちんとステップを学ばないとね。もうすぐ待望のBBスタディセミナーin安曇野の日がやってくる。ブースターセッションとしても、新しい見識を学ぶ意味でも、楽しみにしています。

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