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2013年4月27日 (土)

ZERO-GのボーカロイドAvannaさんが微妙な件

たまにはDTMの話題でも。

老舗音源デベロッパー、ZERO-Gから新しいボーカロイドが登場。
その名もAvanna。アヴァンナさん。

http://avanna-vocaloid.com

日本代理店のsonicwireさんによれば、「ポップスとケルトを得意とした、女性英語バーチャル・シンガー」だそう。
ソフトウェア音源 「AVANNA / DL」 | SONICWIRE - Virtual Instruments
紹介記事1行。やる気ないだろソニックワイア。
でも音源を聞くと、優しい女性ボーカルだ。発音も自然だし、音程変化もなめらかで、良い意味でボーカロイドらしくない。
ケルト系のみならず、オールジャンルにデモ曲とか作るのに使えそう。
しかし。しかしである。

キャラが微妙…。

130427avanna01

ZERO-Gでは以前にもボーカロイドを出している。
たとえばソニカちゃん。


Sonika

残念だ。
実に残念だ。
日本市場を捨ててるとしか思えない。なんだこのFF10みたいなキャラは。
アヴァンナさんもソニカちゃんも、ハンパにオタクにすり寄っている感が否めない。
初音ミクの大成功は、あのキャラ絵があったからこそである。ミクがソニカちゃんみたいなビジュアルだったら、こんな大ヒットにはならなかっただろう。マーケティングだいじょうぶかゼロGよ。

まぁ、ビジュアルはともかく、さすが最新世代だけあって発音は自然だよな、アヴァンナさん。
動作条件はRAM1GB、HDD2GBとマシンにもやさしい。
4月30日までなら30%オフキャンペーンで¥7,276だ。ご祝儀だと思ってポチッと・・・

なにィ?Windows専用ッッ?!Mac版なしッッィィッッ?!!!ブチッッッ!!


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2013年4月25日 (木)

トリ、多数のトリと反逆する1羽か2羽のトリ

けさのジョギング。
たくさんの白い鳥が波打ち際に並んでいた。

Img_1348_5


なぜ鳥たちは一方向をむいているんだろう?ふしぎ。
集団の心理なのか、それとも北の方角に何か予兆を感じているんだろうか。
よくみるとひねくれ者もいて、1羽か2羽、逆を向いている。
いるんだよね、ああいうヤツ。大衆に反抗しているって言うか、画一化を嫌悪してわざと反対側に立ち位置を構えてるって言うか。
ぼくもそのひとりでした。
ノーフューチャーとか唾棄すべき平穏とか、なんかそんなことを言っていたっけ。
主義主張があるっていうよりは、単に集団に埋没すると自分の存在感が危うくなる気がしていただけなんだけどね。自我が脆弱だったの。ワタクシ。
がんばれ、反抗する1羽か2羽の白い鳥よ。新しい世界は常に若者が切り開く。反逆の末に新世界を築くんだ。まぁ、アル中にならん程度にな。

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2013年4月24日 (水)

職場の歓迎会2013春編

きのうは職場の新人歓迎会だった。昨年の自分の歓迎会から一年。時間が経つのは早いものである。
前回は酒を断ったらトップから「きみはアルコール依存症で断酒中なのかッッ?!」と満座の中で問われて返答に窮した。が、今回は末席である。トップも所用で不参加。同僚と適当な話をして料理を食べていればいい。気楽なものだ。
さて、ふと周囲を見渡してみる。なんと、20人ほどの参加者の中、7人くらいは酒を飲んでいない。さらに、酒を飲んでいても途中からウーロン茶に切り替えたひと、適当なところで切り上げて飲み物に手をつけない人もたくさんいる。
飲み続けている人でも、最初とおなじピッチで飲み続けている人はいない。ろれつの回らない人も千鳥足の人も泥酔して倒れる人もいない。

今さらながら知った。これが正常な飲酒パターンなのである。
ある程度満たされれば自然に飲酒量が減っていき、それ以上は手をつけないのである。
ガマンやがんばりで途中でやめているわけではないのである。努力とか意識とかではく、ごく自然に、満腹になればそれ以上食べたくないのとおなじように、酒に手をつけないのである。

いやー。知識としては知っていたけど、10人以上の人数が適正な飲酒行動を行っているのを見ると、あらためて感慨深い。おのれの飲酒パターンがいかに病的であったかを思い知った。

ふと、思い返してみる。
オレ、適正飲酒だった時期ってあったっけ?
おそるおそる、記憶の小箱を開いてみる。初飲は中学生のときだ。クラスメイトの家で飲み会を行い、翌日は二日酔いで学校をやすんだ。土曜の夜は、ベストヒットUSAを見ながら隠れ酒を飲むのが楽しみだった。高校受験の前日は緊張をほぐすため、焼酎を1/2本飲んだ。長じてのちは、つらいことを忘れるため、ブラックアウト狙いで飲んだ。

最初からおかしかったわ。オレ。ううむ。

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2013年4月23日 (火)

12キロジョグ

ここ最近、順調に走っている。相変わらず走ったりサボったりのくり返しだけど、まあしかたない。
きょうは12キロジョグ。
朝早くから日が昇り、寒すぎず暑すぎない天候。風もなく、空は晴れている。いまがジョギングには最良のシーズンである。
海岸沿いを折れ、三浦半島内陸への斜面をのぼる。かなりの高低差だけど、気温が適度に低いせいかそれほど息は上がらない。
高台から見下ろす春の海は、きらきら光ってとてもきれいだ。
折り返して、また海沿いへ。見下ろす海と間近で見る海は、また表情がちがっている。


130423morning01


いつまでもここにいられるわけじゃない。
走れるうちに走り、この風景を目に焼き付けておくんだ。

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2013年4月22日 (月)

映画「フライト」主人公はクズ野郎か?(映画フライトAA的感想3、ネタバレあり)

デンゼル・ワシントン主演「フライト」感想、3回め。しつこくてすみません。これで最後です。
今回は映画のクライマックスについても触れますので、未見の方はご注意を。

ネットで感想を拾っていると、主人公のクズ野郎っぷりに共感できず、またそのクズ野郎がなぜクライマックス以降に激変したかが理解できない、という意見が散見された。
周囲のAAメンバーに感想を聞くと、とくに主人公が並みはずれたクズだという意見はない。またクライマックスとその後の変化も、AA的にはすんなり理解できるという意見が多かった。

では、主人公の言動のどの辺がクズの評価を生むのか。

・フライト前に飲酒。フライト中も飲酒。水平飛行中にお昼寝。
・事故を生き延びたスチュワーデスや副操縦士に「酒の問題を言わないでくれ」と頼んでまわる。
・依存症の回復を手助けしようとする新しい恋人に罵声を浴びせ、暴力的な言動をふるう。
・弁護士など、手助けしようとする関係者にも対決的で暴力的な言動を繰り返す。
・いちばん酔っぱらってはいけないときに最悪の泥酔状態になる。
・飲まない約束を守れない。自分でもいったん酒を捨てるのに、直後に浴びるほど飲む。
・飲酒運転を繰り返す。
・離婚した妻子のところに泥酔して押しかけて嫌がらせをする。

…。すみません。やっぱりクズ野郎のような気がしてきました(笑)。
とくに、離婚した妻子を訪れる場面。酔っているのを元妻に指摘されると
「17秒でーす!みなさん、元妻が英雄のぼくの飲酒を非難するのに、たった17秒しかかかりませんでしたー!」と叫ぶ場面。リアルすぎ。中学生かオマエはっていう。ぼくも飲んでいたころ、おなじような言動をとった記憶がある。ああ恥ずかしい。思い出しても顔から火が出る。

このへんの言動を「依存症のエピソード」と取るか「クズ(人格の問題)」と取るかで、主人公に対する評価が180度変わる。
アルコホリクとして言わせていただければ、主人公は自分の飲酒問題をじゅうぶんに認識している。認識しているから、否認の心理機制がはたらく。事故の直後、まだ誰にも飲酒問題を指摘されないうちに主人公は自宅の酒をすべて捨てて飲酒をやめようと決意する。彼は飲酒問題を自覚していたのだ。
自覚していたからこそ、他人にそれを指摘されるとひどく傷つき、怒る。AAに行っても自分のことを非難されているように感じ、いたたまれず席を立つ。恋人を傷つける言動も、いちばん触れてほしくない飲酒問題を指摘されたからだ。自覚していたから、その問題の発覚を誰よりもおそれ、隠ぺいを懇願した。
なんとか自力でやめよう、コントロールしようとし、それができないとなると自棄的になり、飲酒運転も酔っての訪問もしでかす。酒が入っているので感情の振れ幅が大きくなり、怒りっぽくなり、他人をひどく傷つけてしまう。前にも書いたけど、この辺の描写は非常にリアルである。アル中本人が言っているんだからまちがいない。脚本家本人あるいは制作サイドにアルコホーリク本人がいたのではないだろうか。

AAでも断酒会でも、この手のエピソードはいくらでも聞ける。つか、そんなのばっかりである。逆に言えば、アルコホーリクの言動、周囲との関係破綻の物語はワンパターンだ。とくに「お酒を止めて」という言葉に、飲んでるアルコホーリクは敏感に反応する。激高する。洋の東西、HFA典型アル中問わず、飲酒に関する罪悪感でこころがいっぱいだから、それを言われるとひどく怒るのである。
まさに、否認は自覚の裏返し。
そしてわれわれは、それら一連の言動がアルコホリズムという病気がもたらしたものだということをよく知っている。

どこまでがもともとの人格の問題で、どこからがアルコホリズムがもたらしたものか、明確な区別はできない。ただ、妻や家族との罵りあい、いちばん身近で親身になってくれる人を傷つけてしまうこと、飲酒に関するウソ、隠ぺい。AAや断酒会で、みな判で押したようにおなじあらすじを語るのは、これらの悲しいできごとが、アルコール依存症という病気に起因するものだからなのだ。

クライマックスで主人公は神に祈り、とらわれからの解放を願う。
そして機内で飲酒し、酔っていたことを認め、アルコール依存症であることを認める。AA的に言えば、認める勇気を神が与えてくれたのだ。
その結果、刑務所に入る。刑務所内のミーティング(刑務所内AA?)で自分の話を率直に語り、順調に回復中であることが示される。
クズ野郎がこんなに変わるわけがない。ご都合主義のハッピーエンドだ。そう思うひともいるだろう。でも、いちどアルコホリズムからの回復がはじまれば、劇的な変化が起こるのは珍しいことではない。アルコホリズムがもたらしたものは、アルコホリズムからの回復の過程を通じて取り除いてもらうことが可能だからだ。

一方、依存症から回復していくには、ただ飲まなければいいというだけでは足りない。
飲酒を通じて曲がってしまった人格は、回復の作業を通じて修復していく必要がある。酒がもたらしたものとは言え、自己中心的で批判的な人格、自己正当化の傾向はかんたんには消え去らない。変えていく必要がある。そのためにミーティングで自分の過去を話し、問題を認め、他人を傷つけてきたことを話すのは必要なことだ。
そしてまた何よりも、飲酒の悲劇の中で傷つけてしまった大勢の人たちに対して、きちんと埋め合わせをしていかなければならない。
もしフライトの主人公がエピローグで「オレ悪くねーし。元妻だってオレを傷つけたし」などとほざいていたら、コイツゼンゼン回復してねーなと誰もが思うだろう。元妻にもいたらない点があったか知れんが、それはまずオマエが額をこすりつけてドゲザしてからの話だろうが、と。
注:AAで言う埋め合わせとは、土下座を指すわけではありません。人によっては土下座を含むこともあるかも知れませんが
依存症であることを認め、強迫的な飲酒欲求がおさまったあとは、酒をやめ「続ける」ことが必要だ。そのためにステップを踏み、短所、性格上の欠点を取り除いてもらい、埋め合わせをしつづける必要があるのだ。

散漫になってしまった。まとめ。
1.フライトの主人公はクズ野郎かも知れませんが、一連のクズ行動はアルコール依存症という病気のもたらしたものです。
2.酒をやめ続けるには、ミーティングやステップといった回復の作業を通じて、曲がった性格傾向を立て直し、傷つけた人びとへの埋め合わせをすることが大事です。

今回、論旨の展開にムリがないなオレ。うんうん(震え声)。

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2013年4月21日 (日)

High functioning alcoholicとは?(映画「フライト」感想2)

映画「フライト」感想の続き。
アディクションの視点からの映画評をググっていたら、こんなサイトを見つけた。

Denzel Washington as High-Functioning Alcoholic in "Flight" | Psychology Today

主人公を「High functioning alcoholic」として考察している。
High functioning alcoholic。高機能アルコール依存症。はじめてきく言葉だ。Functional alcoholicとも言うらしい。調べたら、ウィキペディアにも載っていた。

High-functioning alcoholic - Wikipedia, the free encyclopedia
以下、大意。

高機能アルコール依存症(HFA: High Functioning Alcoholic)とは、飲んでいるにもかかわらず職業、学業、人間関係などを維持できているアルコール依存症者のこと。
ハーバード公衆衛生大学院によれば、大学生の31%がアルコール乱用、6%が依存症の兆候を示している。DSMのあたらしい診断基準では37%が依存症に該当する。医師らによれば新しい診断基準によって依存症を早期に発見できるという。
おおくのHFAは依存症の典型例にはみえないため、周囲からも依存症とは見なされない。彼らは成功者であり、優秀な業績を達成しているため、本人、同僚、家族友人にも否認をもたらす。高機能アルコール依存症者は米国のアルコール依存症の19.5%にのぼり、うち55%は喫煙者で33%は依存症の家族歴を持つ。
1.飲酒パターン
・一杯飲めば渇望を生じる。飲酒がもたらす結果を予測しない。
・次の飲酒のチャンスを待ち望んでいる。
・飲酒するとふだんとはちがう振舞いをし、飲酒を繰り返すたび再現される。
・周囲もヘビードリンカーである。
・約束の前に飲んでしまう。
・飲酒の限度を決める(3杯しか飲まない、週に3日しか飲まないなど)が、守れない。
・飲酒運転をするが逮捕、事故に巻き込まれたことはない。
・ごほうびとして飲む。
・ブラックアウトを経験している。
・休息時に飲酒し、ひと区切りのあとはさらに量が増える。
・酒のない生活が想像できない。
2.否認
・アルコール依存症の典型像には合致せず、人生もきちんとこなせていると思うため、自分をアルコール依存症とは見なしがたい。
・回復の援助を断る。
3.専門性と私生活
仕事や学業で良好な業績を達成している。
社会生活および人間関係を維持できている。
4.二重生活
・はた目には生活が成り立っているようにみえる。
・専門分野ないし個人的生活と飲酒生活とを分け、二重生活を送る技術がある。
5.底つき
・飲酒によっていくつかの決定的な損失、悪い結果を経験している。
・底をついていても気がつかない。

要するに、仕事や生活もきちんとこなせている。むしろほかの人より優秀な能力、業績を持っている。そのため自分も周りもアルコール依存症とは思わない。そういうタイプを言うらしい。
たしかに、フライトの主人公はHFAだ。ジェット旅客機のパイロットというだけでも優秀なのに、絶体絶命のアクシデントを抜群の技術で乗り越えている。劇中では、事故を再現したシミュレーションで10人中10人のパイロットが着陸に失敗している。
だからといって主人公が依存症であることには変わりない。でも、「オレは優秀」「自分の飲酒と事故はなにも関係ない」と言い、かたくなに拒む。

上に紹介した記事に、おもしろいことが書いてあった。
あたらしい恋人のニコールは薬物依存(+アルコール依存?)である。彼女は生活に困窮し、アパートを追われ、社会の底辺層として描かれている。「典型的なジャンキースタイル」の彼女は底をついて順調に回復する。一方、HFAである主人公は底をつかず、問題が深刻化していく。つまり、ふつうの依存症者とHFAの対比だと言うのだ。
なるほど、言われてみればそのとおり。ニコールは生活が行き詰まり、オーバードーズでぶっ倒れ、自助グループで回復せざるを得なかった。その一方、主人公が否認する理由、「アル中だったら神業みたいな緊急回避ができるか」は、本人も周囲も納得せざるを得ない。でもそこにこだわり続けているあいだは、主人公の飲酒はどんどんひどくなっていった。

HFAについて。
HFAという見方は、依存症の初期、早期という概念とも重なっているように思う。アルコール依存症が悲惨な、すべてを失う病気だということに変わりはない。HFAか典型的アルコール依存症かというのは、まだ多くのものを失う前なのか、失ったあとなのか、というちがいのようにも思う。
ドクターボブは職業を失う前に、酒を止めて回復することができた。ビル・Wはかつて株の中買い人として成功を収めたが、酒で仕事も信用も失い、妻の実家で窮乏生活を送った。
ふたりはどちらもHFAなのか。それともドクターボブはHFAで、ビル・Wは典型的依存症者か。
その差はほんのわずかだ。どっちがHFAかといえば、「ふたりともひどいアル中」が正解だろう。
ただ、HFAの概念が浸透すれば、より多くのアルコール依存症者が悲劇的な状況になる前に回復の入り口にたどり着ける可能性がある。
たとえ神業みたいな操縦技術を持っていようと、どれだけ高いステイタスを持っていようと、アルコホリズムはアルコホリズムなのである。

ちなみに、こんな掲示板も見つけた。

結婚生活なんでも掲示板

国際結婚した奥さまが、HFAの夫について相談している。
HFAって、欧米ではわりにポピュラーな概念なのかもね。

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2013年4月20日 (土)

型破りアニメ、惡の華

2013年春アニメがはじまった。
ジョジョの奇妙な冒険第2部、サイコパスの終了でひと区切りついた感がある。
代わってサンライズのシリアスロボットアニメ「革命機ヴァルヴレイヴ」、大ヒット原作「進撃の巨人」、宇宙戦艦ヤマト2199など、話題作がいっぱいだ。とても全部は見切れないので、2、3話見てピンと来ないものは切ろうと思っている。

その中で、おもしろいんだかおもしろくないんだか、さっぱり分からない作品がある。
惡の華である。

アニメ「惡の華」公式サイト

実写をトレースした奇妙なテイストの作画。繰り返される灰色の日常。歩道や手すりの鉄錆びの執拗なシーケンス。彩度の低い、暗い画面。さっぱり進まないドラマ。不安定なボーカルのオープニング曲と、不気味なエンディング曲。
なんだこれは?

第一話、第二話まで見たけど、さっぱり物語が進まない。
主人公はふつうの高校生(中学生?)。文学に耽溺している。クラスのあこがれの女子に思いを寄せているが言いだせない。ある日、意中のひとの体育着の入ったポーチを偶然みつける。ここまでが第一話。
第二話。体育着をできごころで盗んでしまう。うしろの席の女子、ナカムラに見つかっていた。罪悪感にさいなまれ体育着を換えそうとするが勇気が出ない。ナカムラに呼び出されて放課後の図書室でくだんの女子と対面する。以上。
いやー。ふつうだったらせいぜい一話Aパートで終わる内容だわ。
ふんいきとしては、アニメ版「銀河鉄道の夜」に似ている。幻想的というか、現実離れしている感じ。小津安二郎的と言えないこともない。
一言で言えば、前衛的なアニメだ。通常のアニメの文脈から意図的に逸脱しようとしている。
中でも、小悪魔キャラのナカムラをあえて不細工に描いているのがすごい。原作を調べたけど、ふつうにアニメ・マンガ的にかわいいキャラだ。ナカムラを不細工にしてしまった時点で、このアニメは原作の意図とはかけ離れた作品になった。どう収拾するんだろう。
「かわいい小悪魔ちゃんに翻弄される主人公」は、アニメ的に分かりやすく、アニメ的に共感しやすい。しかし「不細工な痛キャラに翻弄される主人公」は、共感できない。「オレもあんな風に知らない女子からいじられたい」と思えない。それだけに、「なんでこんなおかしな女にいたぶられるのか」というもどかしさ、痛々しさが強調される。
きっとそれが、製作者の意図なんだろう。

惡の華は、通常のアニメのおもしろさ、カタルシスをすべて葬っている。美少女もテンポの良いドラマ運びも恋愛ドキドキも、いっさいない。ただひたすら、主人公の絶望感、焦燥感、羞恥心を強調し、視聴者に突きつけてくる。
その不快さを、ASA-CHANG&巡礼のエンディング曲が端的に表現している。

おもしろいのか?おもしろくないのか?見ていてさっぱり分からない。快か不快かと言えば、まちがいなく不快だ。痛々しすぎる。不安定な作画の線がいら立たしい。でも目が離せない。型破りな作品であることは間違いない。
今期、要注目作品です。

しかし、こんな前衛的な曲がアニメのエンディングとは。「少女革命ウテナ」がJAシーザーを起用したとき以来の衝撃。そのうちアインシュテュルツェンデ・ノイバウテンやスロッビング・グリッセルがアニメに使われる日が来るかも知れないね。

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2013年4月19日 (金)

映画「フライト」 AA(アルコホリクス・アノニマス)的感想(ネタバレなし)

デンゼル・ワシントン主演、ロバート・ゼメキス監督の映画「フライト」を見てきた。
アルコール依存症からの回復をあつかった映画だった。AA(アルコホーリクス・アノニマス)による依存症からの回復映画、といってもいい。アルコール問題は味つけ程度のサスペンス映画だと思っていったら、良い意味で期待を裏切られた。

中途半端ではどこにも行き着けなかった。私たちは転機に立たされていた。私たちは思いきって神に保護と配慮を願った。
アルコホーリクス・アノニマス 第5章 どうやればうまくいくのか

これをハリウッドが映画にするとこうなる。そういう映画だった。

あらすじ。
主人公はアルコール問題を抱えた旅客機パイロット。きょうも酔っぱらって旅客機を操縦する。機体トラブルが発生し、主人公は抜群の技術で背面飛行、胴体着陸を敢行。最小限の犠牲で乗客を救う。しかし血液からアルコールが検出、飲酒操縦の疑惑をかけられる。飲酒がばれたら本人は懲役刑、会社も大ダメージだ。本人も会社も必死で飲酒問題を隠そうとするが、飲酒はどんどん悪化していく。そしてついに事故調査の公聴会の日がやってくるが…。

この映画に、AAの直接的な描写はそれほど多く出てこない。にも関わらず、これはAAを主題にあつかった映画であるとぼくは断言する。それは「信仰」「自分なりに理解した神の発見」が、この映画の重要なキーになっているからだ。
12ステップの最初の3つ、といってもいい。最低の生き方をしていた主人公が、神を見つけだす。
それは、主人公が最初から持ち合わせていたものではなかった。ビッグブックに書いてあるとおり「自分では出来なかったことを神がやってくださっていることに突如として気づいた」のだ。

アルコール依存症もAAも知らないひとだと、この映画のクライマックスはうまく理解できないかも知れない。ご都合主義で、唐突な印象を受けるかも知れない。でも、われわれAAメンバーは知っている。
こんなドラマチックな奇跡がじっさいに存在することを。アルコール依存症からの回復の場面では、この手の奇跡がしばしば訪れることを。

書きたいことは山ほどあるけど、ネタバレになっちゃうのでやめておきます。

小ネタをいくつか。
その一。
AAをアルコール自主治療協会と訳すのはしかたがない。断酒会も許容範囲だ。しかしスポンサーを保証人と翻訳するのはどうなのか。一般人には意味が通じないぞ。せめて「AAの先輩」くらいにできなかったものか。AAネタはアメリカ映画には多いんだから、もう少し勉強してほしかった。

その二。
訳といえば、邦題なんとかならなかったか。オリジナルタイトル「フライト」ではシンプルすぎる。この映画の魅力が伝わらない。ここはひとつ、配給会社お得意の珍タイトルを付けてほしかった。「酔いどれ機長、底抜け脱線フライト〜人生も背面飛行〜」とか「空飛ぶ千鳥足!きりもみ飛行大作戦」とか。「英雄とアル中のはざまで—フルスロットル・ウォッカ」とか。
ふざけすぎてる?いいいや、映画配給会社は「霧の中のゴリラ」を「愛は霧の中に」に変えるくらいの実力があるんだから、その気になれば可能なはず。

その三。
AAアイテムが随所に出てくる。AAメンバーは探してみよう!

その四。
弁護士さん役が名演。困り顔がぴったりくる。ほんとうに困って気持ちがよく伝わってきた。
主人公の友人の売人。場を和ませるファンキーなおっさん。登場のときに流れる曲はストーンズの悪魔を哀れむ歌。ギミー・シェルター。意味深。

その五。
胴体着陸のとき、飛行機は教会の屋根を破壊する。信徒たちは懸命に乗客たちを助ける。これも意味深。

その六。
再飲酒時の描写も秀逸。再飲酒心理を見事に表していた。これを見ると、やっぱり依存症は病気なんだな、と思う。本人が飲んでしまうのは自覚が足りないから、家族のことを考えてくれないから、という嘆きをご家族から聞く。でもこの主人公だって、まわりのことを考えていないわけじゃない。いま飲んでしまえば刑務所行きと言う状況だから、もちろん自覚が足りないわけでもない。飲酒欲求という病気の症状の前には、自覚も周囲への思いも吹っ飛んでしまう。そこんところ、よく描けてた。

てなことで、おおいに感動して帰ってきた。
Blu-rayが出たらぜったい買おうっと。

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2013年4月18日 (木)

ゲーハー!

ここ数日。おなじ夢を見る。
昨夜も、一昨夜も、その前も。
おなじ悪夢を見る。
目が覚める。時計に目をやる。あたまに手をやる。夢だったと理解し、安堵する。

ズバリ。

ハゲる夢である。

…。
……。

つるっつるならいい。
中途半端にハゲて、落ち武者スタイルになっている。頭頂部、野火のあとのように、災害から逃れた髪の束があちこちに残っている。そのさまがまた無念である。
鏡を見てガクゼンとする。声も出ない。
ひげのそりあとと頭頂部がおなじ濃度である。なぜこうなるまで気がつかなかったのか。
鏡に映る頭頂部を凝視してわなないていると、夢から覚める。安堵する。
このくり返しだ。

この夢がなにを暗示するか。
それは考えない。
考えません。考えないようにしている。
考えたくないんですったら。ヽ(`Д´)ノ

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2013年4月16日 (火)

ハーム・リダクション、カナダの“安全な”薬物自己注射施設、インサイト

数日前、CNNニュースを見ていたらカナダの「安全な」薬物自己注射施設のニュースを流していた。
以下のリンクから映像と記事を閲覧できる。いつ消えるか分からないので、興味のある方はお早めに。

Addicts shoot up in safe haven in Canada - CNN.com

カナダのバンクーバー市にある、InSite(インサイト)と言う施設だ。公営の施設である。
この施設では清潔な針、シリンジ、酒精綿などを提供される。薬物使用者はそれを使って、医療者の見守りを受けながら、安全に薬物を使用できる。薬物というのは、もちろん違法薬物だ。

たぶんなんの情報もなくこの話だけを聞いたら、多くのひとはおどろき、あきれ、怒るだろう。
依存症者に安全な薬物使用環境を与える、それも国民の税金を投入してだなんて。依存症の助長行為じゃないか、と。

この施設の意義は、ハーム・リダクションの概念を知らないと読みちがえてしまう。
ハーム・リダクションというのは、要するに「有害使用の低減」だ。
依存症者が、急に薬物使用をやめることはできない。強制的にやめさせることも、おそらくできない。法で使用を禁止しただけでは依存症はなくならない。だったらせめて、安全性を向上させ、死亡やHIV感染などの有害事象を少しでも低めたい。薬物使用を止めることはできなくても、不潔な針の使用やオーバードーズなどの悲劇を少しでも減らしたい。
それが「有害使用の低減」であり、インサイトの理念だ。
じっさい、1997年のバンクーバー市は世界でもっとも高いHIV感染上昇率だったと言う。
HIVやC型肝炎などの感染を防ぎ、オーバードーズによる死亡を減らす。そのために安全な薬物使用環境を提供するのは理にかなった行為だと思う。

インサイトは理にかなっている、とリアンネは言う。不潔な環境での注射、汚水の使用、針の共有などを減らせるからだ。「この問題をモラルで語るのをやめなくっちゃ。これは医療的な問題なんです。われわれアディクトは、統計上の数字じゃない。だれかの母であり、姉であり、娘なの。他人事じゃないのよ」

Sis_home

もちろん、依存症の治療目標は、有害使用の中止だ。ソブラエティ。クリーン。アブスティナンス。呼び方は何でもいい。要するに、病的な自己破壊的行動をきっぱりとやめて、回復に向かうことだ。
でも、回復には時間がかかる。回復の入り口に達するまでに、自己破壊的行動をくり返しながら、ときには何年も時間をかけて回り道することがある。でも、死ななければチャンスはある。死んでしまったら、次はない。たとえ死ななくとも、重い健康障害が残ったら残念だ。
インサイトの、あるいはハーム・リダクションの考え方は、決して反治療的なものではない。有害使用をすぐにやめられないのなら、せめて被害を軽くしようという考え方だ。

おそらく、それに対する最大の壁は常識だ。
CNNの記事の中にもこう書かれている。訳がつたないのは許してね。

作家、俳優、アディクションカウンセラーのデビッド・バーナーは1967年にカナダ初の依存症入所施設を立ち上げた。最良のハーム・リダクションはアブスティナンスだという彼の固い信念は変わらない。
「インサイトにはひとつ問題がある。依存症のメカニズムを完全に無視しているということだ。依存症のメカニズム?それは、もっともっと欲しいってことさ」「わたしはこう語りかける。ベティ、ジャック、クリーンになりたくないかい?いっしょにやろう。クリーンになろうじゃないか。取り組めば必ずできるんだ、と。理解できないね。『あそこには針があるんだ、いっしょに打ちに行こうぜ』なんて」

コストの問題、政治的な問題も大きいようだ。
インサイトは年間300万カナダドルの運営資金が税金からまかなわれている。未来の医療費節減効果があるという。が、インサイトへの出資を政府当局自身が渋っている。

インサイトはかならずしもカナダ州政府の支持を得ていない。2005年にスティーブン・ハーパー首相は「政府はドラッグ使用に資金を提供しない」と明言している。
前健康相トニー・クレメントは2008年に「「インサイトを例えるならこうだ。医者が喫煙者に、やけどをしないようにタバコをくわえさせる。あるいは心臓病の女性に、フレンチフライがのどに詰まらないよう見守る」と新聞に投稿している。
インサイトは特別な認可を受けて営業している。存続に関するカナダ政府との争いは、最高裁まで持ち込まれた。2011年9月、ハーパー首相の意に反し、カナダ最高裁はインサイトの存続を認めた。最高裁は、インサイトは薬物依存症者もほかのカナダ市民と同様、ヘルスケアへのアクセスを認めるものだ、としている。

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最高裁の判断を、トロントやモントリオールはじめとする他の自治体も注目している。
トロント薬物戦略会議顧問、ゴールド・パークスは言う。「最高裁の判断は流れを変えた。薬物依存症を持つ人にも、平等な医療を提供しなくてはいけない。われわれは変わったのだ」
自己注射施設の実現を目的とした4年間の研究により、トロントに3施設、首都オタワに2施設の設立が提案された。しかし、2012年のトロント・オタワ管理消費研究(TOSCA)のこの結論は、トロント市当局に速やかに拒絶された。
トロントの薬物問題はバンクーバーとはちがい、目に見えにくい。しかし現実に市内で9,000人が薬物注射を日常的に行っている。TOSCAは、市民の50%がオンタリオでの自己注射施設の開業を支持しているとしている。
パークスは時間の問題だと言う。「じきにわれわれは厳しい現実に直面する。もしこの医療サービスを提供しなかったら、それは人を殺すのとおなじだということだ。トロントに自己注射施設が作られるのは数年以内だろう」
「注射室」(インジェクション・ルーム)はおおくの国々に存在する。1986年にスイスで初めて作られ、オーストラリア、ノルウェイ、スペイン、ドイツ、その他多くの国々が続いている。

薬物使用障害戦略の一環として、合法的な注射室を作ることは、バーナーには受入れがたい。「愚かなまま、薬の奴隷のままでいるのが慈悲深いというのか?人びとを健康に導くのに、ヘロインも針もクラック・パイプも必要ない。『傷口を見せてくれ。わたしは看護師だ。クリーンになろう』と言うだけなのに」
しかしリアンネのような人びとにとっては、けっして薬をやめられないという現実がある。彼女は20年薬物を使いつづけ、いまやインサイトだけが唯一の医療福祉とのつながりなのだ。
「わたしにはヘルスケアを受ける権利、人間として扱われ、ほかのひとと違う目で見られず、話したくないひとと話さない権利がある」「インサイトはいちどはわたしの、三度わたしの夫の命を助けてくれた」
ほかの市の注射室設立についてたずねると、彼女は即答した。「薬物使用者がいるんでしょう?だったら受入れるべきよ」

この記事では、当事者であるリアンネ、回復施設スタッフのバーナー、推進派のパークスの意見が披露されている。彼らの意見はすれ違っているようにみえるが、根っこはおなじだとぼくは思う。
それは、ヘルスケアを提供し、提供され、その人本来の生き方ができるようになりたい、ということだ。
リアンネはインサイトを使って、まずは生き延びたいと思っている。バーナーはアブスティナンスを提供したいと思っている。パークスはハーム・リダクションの立場から、まずは感染やオーバードーズを防ぎたいと思っている。
三者の思いがすれちがうのは、アディクション、ハーム・リダクションに関する固定観念が原因だろう。時代は変わり、アディクションの概念も、治療に関する常識も変わっていく。依存症が道徳論で語られていた昔、疾病モデルを提案した人たちは多くの非難を浴びたろう。時代は変わり、人も考え方も変わる。ハーム・リダクションが反治療的、反モラル的だと言う考え方は、常識、固定観念に縛られている要素が大きいのではないだろうか。
薬物依存症を急にアブスティナンスに導くのはむずかしい。治療や説得に100%はありえない。どれだけ医療や自助グループが発達しても、回復しない依存症者は一定数存在する。インサイトはモラルに反する、と言うのなら、路地裏で死んでいく彼ら無数の薬物依存症者たちを見て見ぬふりをするのも、またモラルに反するのではないか。

偏見などないのだ。古くなって、あらためねばならぬ常識が、偏見と呼ばれるだけなのだ。
—なだいなだ「アルコール依存症は治らない 《治らない》の意味」

Insite - Supervised Injection Site

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2013年4月15日 (月)

故郷は遠くにありて思ふもの

ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて 異土の乞食(かたゐ)となるとても
帰るところにあるまじ

室生犀星の有名な詩だ。ふるさとは、遠くからなつかしく思うもの。
たとえ異国の地の乞食になっても、けっして帰るところではない。
室生犀星はどんな気持ちでこの詩を書いたのだろう。じっさいに故郷に帰って、なにか失望するようなできごとでもあったんだろうか。

「異土の乞食(かたゐ)となるとても」のところに、強い決心を感じる。落ちぶれて乞食になってもけっして故郷には帰らない。帰らないけれど、悲しく歌い、思う。
ここんところがいいよね。
故郷を離れた者の意地、それと隣り合わせの郷愁がよく表現されている。

我が身をふり返る。
故郷から裏切りのそしりを受けたとしても、成すべきことを成すべし。
やるべきことをやるだけ。

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2013年4月14日 (日)

加齢ジョグ11キロ

ここんところ、ジョギングが続いている。走ったり走らなかったり断続的だけど、今のところまぁ何とか続いている。
ジョギングを始めたころにくらべて、からだが衰えているのを実感する。筋肉痛、関節のダメージが回復しない。以前は多少ムリしても翌日には回復していた。が、いまは中一日、あるいは二日を開けないと膝や筋肉の疲労が取れない。
毎日はムリ。

ああ悲しき哉、40代中盤。身体は正直である。週に3日、いっかい8キロ前後がいまの限界である。ダメージは回復しにくく、ちょっと走らないとすぐ衰える。
伸びづらく、衰えやすい。それがどんどん進んでいく。ギャップは加速し、時間の針をもどすことはできない。残念ながら、加齢というものはそう言うものなのである。

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けど、楽しいんだよね。
40代には40代の、8キロジョグには8キロジョグの楽しさがある。がつがつ距離やスピードを求めるのではなく、走ること自体を楽しむこと。
8キロ走れなくなったら、3キロでいい。走ること自体がムリになったら、散歩すればいい。
朝の空気を吸って日の光を浴び、生きている実感を楽しめれば、それでしあわせなのであります。

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2013年4月11日 (木)

ジョギングの怪

あったかくなってきた。ジョギングを復活している。

今朝、いつものように海辺を走っていた。
海辺を4キロほど南下し、整備道路の突き当たりを折り返す。
走り始めて1キロあたりで、ひとりの女性サンパー(散歩のひと)を追い抜いた。
ウェーブのかかった長い黒髪。50代とおぼしき女性だ。
スポーツジャージと不釣り合いな、つばの広い帽子をかぶっていた。黒いレースの、麦わら帽のようなおおきな帽子だ。
黒いジャージに黒い麦わら帽。ひとり。口元に笑みを浮かべながら歩いている。ふしぎだったのは、長い黒髪で目元が見えなかったことだ。元ガンズのスラッシュが笑いながら散歩している、と言えばイメージがわくだろうか。


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朝の海岸は、色んな人が歩いている。
ひとりでほほえみながら歩いている人も、ストレンジな服装の人も、ちっとも珍しくない。
気に留めずに追い抜き、海岸を南下した。
舗道の突き当たり、4キロ地点で折り返す。おどろいた。
さっきの女性が、100mと離れていないうしろを歩いていたのだ。
見まちがえるはずがない。黒いジャージ、黒い麦わら帽、ウェーブのかかった黒髪が目をおおい、口もとに笑み。
なにか直感的に距離を取った方がいい気がして、大回りして女性を避け、スピードを上げて引き返した。
道すがら、考えた。
1.ぼくが追い抜いたあと、女性は走ってきていた。
2.女性は途中で自転車に乗ってきた。
3.女性は途中から車に乗ってきた。

2と3はありえない。自転車や車を使ったようにはとても思えない。
考えられるとしたら1だけど、女性は息も切らしておらず、1キロ地点で抜いたときと同じように、笑みを浮かべながら歩いていた。ちなみに、ぼくはキロ5分30秒のイーブンペース。女性が走ってきたとすると、だいたいキロ5分40秒〜50秒くらいの速さじゃないとつじつまが合わない。
麦わら帽の50代の女性は、そういう速さで走ってきた様子はまったくなかった。

ふしぎだ。実にふしぎである。
黒いジャージ、黒い麦わら帽、長い黒髪が目を隠し、微笑みを浮かべた女性が追ってくる…。
うーむ。
あ。もうひとつ可能性があった。

4.カオルはとうとう幻覚妄想が始まった。

これがいちばんこわい選択肢だな。お化けの方がまだ良いです。

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2013年4月 9日 (火)

いこかもどろか

いこかもどろか

先日、本社トップが定年交替した。とくに波乱を呼ぶこともなく、本社ナンバーツーが新トップに就任。めでたいことである。先月にはぼくも新トップの就任式に参加し、つつがなくあいさつをすませた。
が。
先日、別件で新トップに会う機会があった。
一刻も早く、神奈川からもどってこいという。今年いっぱいはしかたないが、来年は戻ってきてほしい、と。
や。正確に言うと、かなり強めに念を押された。言外に、来年もどってこなければ承知せんぞという意図を感じた。いま福島にもどらないのは倫理的にどうなのだ、勉強は2年もあれば十分なのだから、みながいちばん困っているときに戻らないのはどうなんだ、というようなことも言われた。ソフトな言い回しではあったけれど。
うーむ。
たしかに、神奈川に来るときに、2年の見込みだとは話した。だが、こちらはこちらで新しい業務が走り出している。ぼくもその中に組み込まれている。去年、今年、再来年。どう考えても3年はかかる。
いちど故郷にもどってしまえば、神奈川に戻れる見込みはまずない。いましかできないこと、いまぼくがやりたいことは、確実にこっちにある。中途半端で福島にもどれば、あとあと後悔するのは目に見えている。
かといって新トップの意向に反するのもしんどい。福島にもどったときに摩擦が起きないとも限らない。
うーんうーん。
ほかにも何人か、仕事がらみの知人恩人から、早く戻ってこいと言われる。ここにきて、急に故郷の引力が増大している。

いこか。もどろか。どっちが正解なのかは分からない。
けど、志しを道なかばで捨てることだけはしたくない。
やるべきことをやるべし。中途半端な勉強は誰の役にも立てない。機会があれば、新トップにも自分の意図を率直に話し、伝えよう。理解されようと、されまいと。
来年福島にもどらないことで、結果的に新トップの不評を買ってしまうのかも知れない。でも、もしそれで外様のあつかいになったとしても、後悔はしないと思うんだよね。

かつてぼくはは他者評価にひどくとらわれていて、おそれやうらみが判断の基準だった。
いまは多少なりとも、客観的な視点が持てる。ような気がする。
ありがたいことです。

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2013年4月 8日 (月)

荒吐13の最終アーティスト、川崎中学校ブラスバンド部

ARABAKI ROCK FEST.13の最終アーティストが発表になった。

ARABAKI ROCK FEST.13

岡村靖幸、envy、子供ばんど、SIONなど、大量に発表。例年、最終発表は数組のみだったような気がする。今回のような大量投入はめずらしい。
個人的には、川崎中学校ブラスバンド部の登場がうれしい。
荒吐といえば多賀城ブライトキッズあらため、川崎中学校ブラスバンド部。彼らがいないと荒吐は始まらない。ういういしくもまじめな演奏。ついほほ笑んでしまう。前回見たときはデイドリームビリーバーを演奏していたっけ。フェスオープンと同時に彼らの演奏がきこえてくると、テンションが上がる。さわやかなブラスバンドで始まるフェスってのは、いいものです。
ほかにも「ウツミ音楽教室~school of punk~ボーカルレッスン科 生徒:TOSHI-LOW」なんてステージもある。ウツミってのはうつみようこ姐さんだろう。寸劇仕立てだろうか。おもしろそうだ。

残念ながら、ぼくは今回の荒吐は不参加。前後に予定が立て込んでいて、GWの首都高を越えて山形まで行く気力なし。夏場にフジロックも控えているし、今回はパスすることにした。

ラインナップもはなやかだが、今回目を引いたのがレンタルテント、レンタルバーベキューのサービス。
ライブだけではなく、エコキャンプみちのくの自然を楽しんでほしい、と言う主催の思いが込められている気がする。
消えていくフェスもある中、荒吐は確実に進化している。
過去には運営の不手際を指摘されたこともあった。入場待ちが長くて最初のステージが見れないとか、鰰ステージの通路が細過ぎるとか。でも批判や苦言を受けても、ひとつひとつ実直に、泥臭く、小さな改善を積み重ねてきた。その結果がいまの華やかな荒吐ロックフェスの姿なのだろう。
この辺、主催の菅 真良氏の誠実な人がらを反映しているように思う。

来年は行けるかな。荒吐。

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2013年4月 7日 (日)

三浦海岸は強風波浪

きょうは日曜日。予定なし。
きのうの大雨は止んだけど、風が強い。せっかくなので、荒れた海を見に行くことにした。
波浪警報の出ている三浦海岸、予想通りの大荒れ。
波も高いが、風も強い。
岸にぶつかった波しぶきが風に乗り、顔にかかってくる。メガネ、塩でベタベタ。

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強風にあおられて小一時間ほど海辺を散歩していると、しだいに空が明るくなってきた。
手前は灰色の海なのに、向こう側は青く澄んでいる。何とも言えない風景。

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海辺を離れて山あいに入ると、散りかけの桜が残っていた。
海あり、山あり、桜あり。
東北とはぜんぜんちがう。最初は違和感を感じたけど、神奈川の風土にしだいに慣れてきた気がする。
まぁ、いまだに旅行に来ている気分なんだけどね。


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神奈川に来て一年。あっという間だった。
東北に帰る日までの日々、やり残しがないようにしなくっちゃね。

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2013年4月 3日 (水)

結婚式の二次会

でね、結婚式の二次会に行ってきたんですよ。
式では新郎とも新婦ともほとんど話ができなかったので、きちんとお祝いの言葉を伝えたいな、と思って。
新郎新婦が到着する前に、幹事さんが動き回り、会費の徴収や席の指示などを仕切っておりました。

「はい、知り合い同士で固まらないようにしましょう。新郎のご友人と新婦のご友人、交互に着席してくださーい」
素直に従うワタクシ。
「では自己紹介をお願いしまーす。好きな女性のタイプ、男性のタイプを話してくださーい」
んんんッッ?!こ、これはいったい…。
これではまるで合コンではないか。もう20年も前だぞ最後にその手の会に行ったのは。
席の両側を見る。華やかに着飾った新婦のご友人たちが、にっこりと微笑みになる。
場所は六本木の某高級ホテルの最上階である。合コン的には最高のセッティングであろう。む、むぅ…。これは、は、謀られたか…(誰にだ)。
「あああのあのの、ぼぼぼくの名前わ」
完全に舞い上がっているのが自分でもわかる。ひとこと、「既婚者です」と言えば済む話なのに、その一言が出てこない。出てこないったら出てこない。どうしたオレ。
気がつくとソファ席の中央に座っているワタクシ。脱出不能。新郎新婦が到着しているが、そこまでたどり着けない。自己紹介が終わりみな席に着く。両脇の女性が飲み物をひとくち飲み、グラスを置く。なにか。なにか話さなければ。両脇がひどく汗ばんでくる。
知ったかぶりはまずい。自分が良く知っている分野で、みなが知っていそうなこと。はやく。はやくしゃべらなければ。

アルコール依存症って知ってますか

バカーッッ!!

そのあと何をしゃべったか、まったく覚えていない。二つ隣の席には、前職場の事務方(男性、独身)が座っている。様子を察したのか、ぼくが結婚していることには触れず、あたかも独身者同士であるかのように話しかけてくる。や、あ、あの、そういう気づかいはいらないんですが。

恐ろしいもので、あうあう言っているうちに時間はどんどん流れていく。流れていくんだけれど、どうも周囲をだましているようで居心地が悪い。話をしないのも不自然だし、話が盛り上がっても困るという、恐るべき状況である。両隣の女性は、目にも鮮やかな結婚式の装いをまとい、にっこり笑っておられる。出会いパターンのうち「友人の結婚式の二次会」が多い理由が、はじめて分かったような気がする。ヤヤヤ、分かってどうする。この合コン的状況のど真ん中に自分がいることが困る。困るといったら困る。

最終的には、隙を見て新郎新婦にお祝いの言葉を述べに行き、お開きのあいさつと同時にさっと帰ってきました。
連絡先の交換?しませんよそんなもん。フン(不機嫌)。

ビッグブックには「厳しい正直さ」と書いてあります。正直さとは厳しいものですね。
妻帯者であることは、最終的にはちゃんと話しましたよ。フン。

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2013年4月 2日 (火)

かつての同僚の結婚式

前職場の同僚の結婚式に行ってきた。

同年代の友人知人の結婚式はほぼ終わっている。久しぶりの結婚式参加だ。
かつての同僚というのは、前に書いたこともある、埋め合わせの相手である。
ぼくは一時期、彼に対するとらわれに悩まされていた。
彼の仕事のフォロー役をぼくが引き受けていて、尻拭いばかりやらされているように感じ、強い怒りと恨みを抱いていた。
スポンサーと相談して埋め合わせを行い、彼に許しを求めた。
そして、彼に対するとらわれがきれいに消えた。
その後、状況が一変した。ぼくは彼のフォロー役を降りた。彼に業務のすべてをまかせるのは不安だったが、最初のごたごたを乗り越えたあとは、何もかもが自然な形でうまくいった。問題は彼にではなく、ぼくの側にあった。ぼくの怒りや恨みが、問題を作りだしていた。
彼とぼくの関係はずっと良くなり、いまでもメールのやり取りがつづいている。

そういういきさつのあった彼の結婚式。感慨深い。
前職場トップ、主要な事務方の面々とも再会できた。
もしぼくが彼に恨みを抱きつづけていたら、ここにいなかっただろう。ここにいるひとたちとも会えなかっただろう。
自分の側の掃除をすれば、調和が戻る。孤独を作りだしているのは自分自身の側である。ひな壇に並ぶ新郎と新婦の顔を見ながら、そんなことを考えていた。

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2013年4月 1日 (月)

TOKYO ROCKS 2013中止に

マイブラ、ブラーなどUKインディーズ系のフェス、TOKYO ROCKS。
なんと、中止になった。

TOKYO ROCKS 2013

東京の味の素スタジアムで2013年5月11、12日に予定されていたが、中止。
チケットが1000枚単位でしか売れていなかったとか、そもそも味の素スタジアムは大音量不可であり、会場との交渉がまとまっていなかったとか、ウワサは飛び交っている。
が、主催者から中止に至った理由は発表されておらず、すべて推測に過ぎない。
つか、主催者からは中止とも発表されていない。
オフィシャルHPには

「現事務局での開催が困難になりましたが、新しい体制でTOKYO ROCKSを開催させていただくこととなりました」
「現在、新たな開催日程の早急な発表を目指しております」

と書いてある。ここだけ読むと、事務局のゴタゴタはあったが日程を変えてフェスは開催、と読める。
が、facebookを見るとまたちがった表現だ。

皆様
現事務局での5月11日12日の開催は出来ませんでした。
大変申し訳ありません。
そして、全く新たな Tokyo Rocks として、
開催を目指しております。
近日中に、新たなアナウンスをさせていただきます。
期待してくれた皆様、応援してくれた皆様、叱咤激励いただきました皆様、協力してくれた皆様に、申し訳なく、責任を感じております。
またゼロから、新しいTokyo Rocksを立ち上げます。
賛同してくれるアーティストとスタッフと、オーディエンスと共に。
I will keep the dream alive
Takashi Yano

「ゼロから」という表現は、フェスの開催自体が白紙になったとも読める。HPにもfacebookにも、払い戻しの案内が書いてある。
まあ、開催中止だろう。
音楽系ニュースサイトにも「実質上の中止」と書いてあるし、共催であるディスクガレージのHPにも「主催者側の都合により中止」と書いてある。

謎が多い。
なぜ主催者ははっきりと「中止」と書かないのだろうか。そして、なぜ開催目前に中止せざるを得なかったのか。
音楽フェスは近年開催数が増大し、新規フェスの参入は厳しくなっていると思う。チケットが売れず、悪い意味で伝説となったウドーフェスの二の舞いになるくらいなら、中止の判断も妥当だろう。
だが、「新しい体制で開催」「新たな開催日程の早急な発表を目指している」と、客を困惑させるような表現しかオフィシャルサイトには書いていない。
開催の見通しが厳しいため中止、と書いた方が良いのではないだろうか。

当初からオフィシャルHPがなくてfacebookだけだったり、主催がまったく無名の組織だったり、いろいろ不安要素はあった。ブラー、マイブラ、プライマルスクリームといったビッグネームを仕切れるのか、心配ではあった。開催がオズフェスと同じ日程で、パイの小さい洋楽市場で競合するんじゃないかという懸念もあった。
オズフェスは東京のCDショップやライブハウスでもチラシを置いてあったし、メディアでも宣伝を見かけた。TOKYO ROCKSは宣伝打っているのを見たことがなかった。1,000枚しかチケットが売れてないと聞いてもおどろかない。
そもそもTOKYO ROCKSの先行チケット発売は2月26日。公演のわずか2ヶ月半前だ。ほかのフェスは年明けとともに出演アーティストの情報を小出しにして期待感をあおり、同時に、「抽選早割り」「第一次先行販売」「第二次先行販売」「一般販売」と、徐々に値段を上げていく。「早割り売り切れ!」「第一次先行販売残りわずか!」といった記事を流し、購入意欲をあおる。早割りの抽選に洩れたファンは購入意欲が増大し、第一次先行、第二次先行に殺到する。
逆に言えば、フジやサマソニといった最大手フェスでも、そういう手法でチケットを売らざるを得ない、ということなのだろう。
TOKYO ROCKS主催はこういった面も、不安要素が多かった。はっきり言えば、稚拙だった。

もし来年、ほんとうに開催するとしたら、ぜひほかのフェスとかぶらない日程で開催してほしい。UK勢をそろえた都市型のフェスを、という企画自体はそう悪くない。ただ、運営が破綻するとそれこそ数万人のファンに影響が及ぶんだよね。もし次回があるのなら、しっかり運営してほしいものです。

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