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2013年2月13日 (水)

109番目の煩悩

2月10日、川崎断酒新生会の主宰する家族セミナーに参加してきた。
成増厚生病院の後藤恵先生の話を聞くためである。
ちなみに川崎断酒新生会のHPは、Shall We Danshu?というカラフルなロゴが踊る、さわやかなサイトである。

http://kdansyu.idr-inc.jp/index.html

後藤先生の話は相変わらず興味深くて面白かった。講演会のあと、妻から後藤先生の別の講演会での話を聞いた。
依存症は109番目の煩悩だ、という話だ。
人間には仏教で言うところの百八つの煩悩がある。依存症者はその上にさらにもう一つ、依存症というやっかいな煩悩を抱えている。
回復すれば、109番目の煩悩は取れる。あるいは軽減する。だけど、それでやっとほかの人と同じ、108の煩悩の持ち主になれる。アルコホリズムが解決したからといって、108の煩悩がなくなるわけじゃない。

そうなんだよね。
アルコホリズムからの回復は、アルコホリズムからの回復に過ぎない。「過ぎない」と言っても、それはとてもすばらしいことだ。死の病からの回復だもんね。
けど、アルコホリズムからの回復が人生の煩悩をすべて取り除いてくれる特効薬かというと、そうじゃない。ガンからの回復、心臓発作からの回復が108の煩悩を解決しないのと同じように。

ときどき、酒が止まっても人生がなにも変わらない、という話を聞く。
酒が止まっても生きるつらさは変わらない。酒が使えない分、よけいに苦しい。飲んでいた方がまだマシだ、と。
もちろんそれはほんとうの気持ちだろうし、じっさいに苦しいんだろうと思う。問題解決的な方向で言えば、ステップを踏むこと、サービスやミーティングで積極的にAAにコミットしていくこと、あるいは社会生活を豊かにすることや単に時間をやり過ごしていくことで、そう言った苦しみを軽減していくことはできる。
でも、そもそも苦しみとは何かといえば、誰にとっても人生は苦しく、悩ましいものだ。仏教的な用語で生老病死と言うように、生きること、老いること、病、死、すべて避けようがなく、苦しい。
酒が止まれば人生がバラ色に変わるなんて、それこそボトルが生み出した妄想だ。酒が止まっても人生がつらい、だから飲んだ方がマシだというのは、依存症的なロジックだ。

ではわれわれは、毎晩毎晩ミーティングに出かけ、休日をAAのサービスやイベントに費やし、ステップを実践し、仲間の多くの時間を過ごし、それでただ単に109の煩悩が108に減っただけなのか?苦痛に満ちた人生が、それだけの労力を費やして、わずか1パーセント弱だけ軽くなるだけなのか?
イエス。
でもわれわれは、12ステップという道具を手に入れることができた。
AAと言う共同体が持つ力と分かち合いを通じて、ひとは変わりうるということを知った。
信仰を通じて、意志と命の方向性を神にゆだね、自分の思い通りに世界を動かそうとすることの愚かしさを知った。
そしてアルコホリズムからの回復に使った道具と経験が人生のさまざまな困難にも使えることを知り、じっさいに乗り越えることができた。多くの仲間たちもそれを経験として語っている。

われわれは問題を解決するやり方を教わった。
問題自体を解決してもらうより、その方がずっといい。
12ステップは魔法の秘薬ではない。うまく使えないひともいるだろう。12ステップでは解決できないことだって山ほどある。
それでも、われわれは109番目の煩悩に取り組むことで、問題との付きあい方を知った。問題に取り組み苦しむ過程で、人生の意味と価値を少しずつ知ることができた。問題は誰かに取り除いてもらうものではなく、自分自身で汗を流し、失敗しながら取り組むことで初めて価値があることを知った。

109番目の煩悩とその解決は、煩悩が人生に与える意味を教えてくれた。
それってすごいことじゃない?

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