飲みたいかと聞かれれば
先日、本社トップの退任記念パーティに参加してきた。
ぼくがアル中真っ盛りのころから世話になっているボスである。紆余曲折あって、怒られたこともあった。が、円満な関係のまま退任の式典を迎えられるのはうれしいことである。
退任記念パーティは市内ホテルの宴会場で、円卓に座席指定の本格的なものだった。立食を予想していたのでおどろいた。
うんざりするほど長い長い長い来賓祝辞のあと、ようやく乾杯。ふつうに卓上のビールやウーロン茶を隣同士で注ぎあっての乾杯だと思ったら。
全員のグラスにシャンパンが注がれたの。何だかピンク色のやつ。
げっ。
「参ったな」と思ったけど、どうしようもない。
シャンパングラスを片手に起立し、乾杯のあいさつが終わるのを待つ。具合の悪いことに、乾杯の人は話が長いことで有名なセンパイだ。
手に持ったシャンパングラスから甘い香りがただよってくる。
シャンパンなんて3回くらいしか飲んだことがないのに、しっかりと味ものどを通り過ぎる感覚もよみがえってくる。
昔は、酒をやめて10年も経ったら飲酒欲求なんてそうそう湧き上がらないと思っていた。
でもちがう。
シャンパンの香りが漂ってきたら、グラスに口を付けて飲み干したら美味いだろうな、と言う考えが不意に湧き上がってくる。
飲んで死にかけたこと、前の職場をクビ同然で追い出されたこと、両親、兄妹、元妻にさんざんな迷惑をかけたこと、自分でも地獄だとしか思えなかった日々、などのことは、その瞬間にアタマの片隅に追いやられてしまう。
その瞬間、飲みたいか?と聞かれれば、飲みたい、と答えるしかなかったろう。
ぼくは骨の髄までアルコホーリクだ。アルコールに関しては、正常な判断力がとことん失われている。
どれほどアルコールに痛めつけられた過去があっても、その瞬間には目の前の酒の誘惑に、すべてが吹っ飛んでしまいそうになる。
自分の力ではどうしようもない。完全な敗北である。
だからAAの力を頼り、AAのプログラムを頼り、仲間の手助けを頼るしかなかった。
何度も何度も自力でどうにかしようとし、すべて失敗した。
敗北を受入れることから、ぼくの人生は変わりはじめた。
未来永劫続くかと思った乾杯のあいさつも、ほどなく終わった。時間にして3、4分だったろうか。
乾杯の唱和のあと、掲げたグラスをテーブルに置くまで、色んなことを考えた。
ほんと、酒になんて勝てっこないです。
戦うのをやめること。
克服するのではなく、生き抜くことを考えること。
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