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2011年12月15日 (木)

アル中の本質とは

とある精神科病院の院長と話をする機会があった。
アディクションの専門家ではない。一般精神科のドクターである。
「きみね、アル中の本質ってなんだと思う?」
てきとうな答えが見つからず口ごもっていると、彼はにやりと笑いこう言った。
「あのね、アル中の本質はね、『自己中』ですよ」
そしてこう続けた。
「自己中が、2ヵ月や3ヵ月で変わるわけないじゃないの。何年とか何十年とか一生とか、そういう話ですよ」

なるほどねー。
一面の真実があるように思った。
以前の自分だったら反発しただろう。
そんな乱暴な話があるか、自己中の仲間もいればそうでない仲間もいる、十把一からげに決めつけるんじゃないやい、と。
でもいま現在、自分をふり返ってみて、多くの仲間との関わりを通じて、この先生の意見は当たってると思う。自己中には縁がない自信なさ気なアル中も、ひとの話を率直に受け取れなかったり、極端な自己れんびんの傾向があったり、ある種の自己中だ。

ミーティングでもときどき「自己中心」と言うテーマが出る。で、お約束のように「自分を中心に考えるのは当然だ、他人を中心に考えるなんて方がよっぽどおかしい」という話が出る。
そうじゃない。自己中とは、自分を中心にものを考える、そういう視点の話じゃない。

ぼくは極端な自我の暴走で、周囲のひとたちを傷つけてきた。自分自身を痛めつけてきた。助言を拒絶し、援助を受入れなかった。自分が飲み続けるのは周囲が悪いからで、自分はその犠牲者だ。悪いのはやつらだ、変わるべきはやつらでオレが変わる必要はない。
巧妙な理由付けをして飲み続け、自分と周囲を傷つけ続けてきた。何年も。
それはグロテスクなほど肥大した歪んだ自我だった。いまふり返ると。

ニューカマーと話す。
オレの問題はオレが直す。他人の手助けは必要ない。
そういう話を聞くたび、この自己中っぷりはまさにビョーキだよな、と思う。
自分の歪みを自分で直すことなんてできない。少なくともぼくはできなかった。たぶんこれからもできないだろう。自分以外の力が必要だ。

さて、ミーティングに出かけましょう。

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