今年度いっぱいで職場を変えることにした。
来年4月から、神奈川県の新しい職場に勤める。
いまの職場はまる11年も勤めた。
その前の職場は4年。どちらも本社からの出向だ。
大学を出て本社に入って以来、ずっと本社の指示で異動してきた。
今回、ぼくははじめて自分の意思で職場を変える。
なんだかふしぎな気分である。
きっかけは3月11日の震災だった。
あの日以来、なにかが変わった。震災前までは、ぼくはずっといまの支社にいるつもりだった。
支社トップとの関係も良好だし、本社からの人員提供としての役割もこなしている。
スタッフの気心も知れているし、楽に業務がこなせる。
支社の妙な慣習や非合理的なところ、田舎独特の面倒くさい人間関係なども許容範囲だった。
やりたい仕事も、いずれ時期がくればやらせてもらえるだろうと思っていた。
でも、震災で変わった。
建物2棟が全壊し、まともに業務がこなせなくなった。
新規業務の受入れができなくなり、最低限のルーチンワークしかできなくなった。
きのうまで当たり前だった日常が一瞬でひっくり返った。
先のことなんて分からない。あしたがきょうの続きである保証なんてどこにもない。
知識としては知っていた。でも実感としてそう感じたのは初めてだった。
自分は何がしたいのか、どう生きたいのか。この職場で何を達成し、何に貢献できるのか。
そう自問せざるを得なかった。
自分はなぜこの職場にいるのかと言う、いままで考えるのを避けてきた問いを考えないわけにはいかなかった。
上司への遠慮。スタッフへの配慮。
大事なことだけど、それは目的でも目標でもない。目的を達成するための方略だ。
目的と手段をまちがえると、ろくなことにならない。
ぼくは震災のあと、職場にいる意味を見失った。周囲への不満といらだちが手放せなかった。
価値観のシフトを体験したと言っていいだろう。
スポンサーとのやり取りの中で、問題に気がついた。業務が立ち行かないのは職場の問題だが、イラついているのは自分自身の問題だ。
ぼくは甘えている。職場に、上司に、スタッフに。不満を周囲のせいにしていた。
こんな欠点は持っていたくない。こんな感情にまみれていたくない。
取り除いてもらえるよう、祈った。
おのずと方向が決まった。
霧が晴れたような感覚だった。本社トップも支社トップも、何の反対もなく、逆に期待と応援の言葉をくれた。新しい職場もあっさり採用が決まった。
妻の実家もぼくの実家も、何の反対もなかった。
もがくのをやめたとたんに身体が水の上に浮いたような、道に迷っている途中で気がついたらなじみの大通りにいるのに気づいたような、そんな感覚。
道が示されたと思った。
これでぼくは、本社が敷いたレールから外れて生きていくことになる。
でも、何の心配もしていない。必要なことはそのつど与えられる。恨みや怒りを手放せるよう祈り、指し示された道を進めばいい。
これでいいのだと思う。
これでいいのだ。
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