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2011年12月30日 (金)

16.7キロジョグ

きのうは少し長めに走った。
16.7キロを1時間43分。キロ6分ペースを目指していたが、終盤はだいぶペースが落ちた。
東京マラソンまであと2ヵ月もない。こんなんで大丈夫だろうか。不安である。
そもそもいままでペース配分なんてほとんど気にしないでいたんで、ペースを意識して走るのは勝手が違う。でもきっちりフルを走り切るにはペース配分は必須。
まずはキロ6分から6分30秒で25キロ、30キロ走をめざそう。

今年もやり残したことがたくさんあった。
しかたない。課題の半分もできれば良し。
やりたいこととやれることの差は年々開くばかり。でもあきらめない。
神の意思を知ることと、それを実践する力だけを、自分が求めますように。

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2011年12月28日 (水)

ハイスクール・ララバイ

4月の転勤の関連で、卒業証明書を発行してもらいに高校に行ってきた。
校舎に入るのは、実に24年ぶりである。
が、まったく懐かしさも感じなければ思い出もよみがえってこない。
ふつうだったら、久しぶりに出身校に足を踏み入れたら、なにがしかの感慨が去来してもいいはずなのに。
校舎の中をのぞいてみる。
冬休みで人気のない教室に長く差し込んだ冬の陽射し。廊下の片隅に置いてある竹刀の束。陰鬱な事務室と校長室のドア。見知っているといえば見知っている。でもそこに伴うはずの感情が湧いてこない。見知らぬ工事現場に散乱した工具を眺めているのと変わらない。
見ているうちに、苦しい気持ちになってきた。

思い出した。
ぼくはこの学校が大嫌いだった。学校も、教師も、そこに集まっている生徒も、なにもかも嫌っていた。
ほとんど誰とも口をきかず、休み時間は机に突っ伏して周囲の声に耳をふさぎ、授業が終わると一目散に自宅に帰ってロックを聴いていた。
学校にいると自分がどんどんくだらない人間になっていきそうで、たまらなく息苦しかった。
2年の終わりごろから演劇部に関わり、少しずつ友人ができたけど、高校生活の大半を他人を遠ざけ、「オレはあいつらとはちがう」と言い聞かせることにエネルギーを費やしていた。

その結果、25年ぶりに母校を訪れても思い出すべき楽しい記憶がない。そういうさびしい人間になったのである。
怒り、孤独、さびしさ、自己憐憫。ぼくが本格的に酒を飲みだしたのは20歳ごろだけど、きっとアディクションの根っこはこのころからあったんだろうな。

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2011年12月27日 (火)

クリスマス・ダウン

25日は夫婦水入らずのささやかなクリスマス。
奮発した高級牛肉のすき焼きにケーキという、コレステロールなディナーである。
が。
牛肉、やたら脂身が多い。パックの表面からは見えなかったが、畳んで下になっている部分のほとんどが脂身である。
んんー。
捨ててしまうには惜しい値段である。ガンバって胃に納めることにした。
ひとくちめ。なんだー。こんなもんかー。脂身ったってどうってことねえやい。
ふたくちめ。ん・・・急に胃もたれと頭痛が。
みくちめ。突然ヒートアップする頭痛。美味しく感じられた牛肉がまったく食欲をそそらなくなる。

てなことでわが家のクリスマスディナーは、わずか3切れの牛肉で終了。ケーキも手付かずのまま。
あああ。ゴメン妻よ。せっかく準備してくれたのに。
久しぶりの休日なのにー。ああ無念・・・。

結局ケーキは翌日の朝食に。
しかし朝ごはんがクリスマスケーキってのはよろしくないね。ま、いいっか。

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2011年12月24日 (土)

クリスマスイブだがランニング6.4キロとミーティング

世間ではクリスマスイブだがそんなことは関係なくふつうに仕事。
ホームグループは朝からクリスマスイベントだ。みんな楽しんでるんだろうなと思いつつ黙々と仕事をこなす。
きょうは半ドン。帰宅後、6.4キロ走る。
3分疾走3分緩走のインターバルを4本。前後のジョグは短めに。
基本的な走力がついてないのにインターバルトレーニングをやってどれだけ意味があるのか、と疑問にも思うが、ジョグだけでは確実に飽きる。
スピード、距離、ペースを変えて色んなメニューをやった方がいい。とくにスピード走はフォームの改善効果もあるしね。

夜はホームグループのオープンミーティング。
今回のクリスマスイベントは約20人の参加だったという。それで鳥の唐揚げ6キロを消費したってんだからすごい。ひとり平均300gだ。どれだけ腹を減らしてきたんだ。ほかにもポテトサラダ、おにぎり、ケーキが山ほどあったらしい。
みんな楽しいひとときを過ごしたそうだ。うーんうらやましい・・・。

仲間の輪の中にいると気持ちが落ち着くね。

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2011年12月23日 (金)

アパート探し

きょうはアパート探しで神奈川に行ってきた。
往路が4時間。復路は道に迷って5時間。疲れた。
首都高速はなんだってあんなに分かりにくいんだろう?蛇のように曲がりくねってるし、次々と分岐路が出てきて気が抜けない。車線の変更も道順の確認も気をつかう。
ぼくのクルマのカーナビは10年以上も前の機種で、データ更新もしていない。とんでもない道を案内してくれたり、たいへんだった。
苦労した甲斐あって、よい物件が見つかった。
湾岸沿いの海の見える部屋が良いかと思っていたんだけど、海沿いのところは塩で金属部分が錆びていたりほこりがきつかったり、住むにはきびしそう。
すこし山あいの物件に決定。
これであとは契約と引っ越しのみ。

しかし日帰りで東京をまたぐ往復ドライブはしんどいね。
疲れましたよ。

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2011年12月22日 (木)

転居、職場を変える

今年度いっぱいで職場を変えることにした。
来年4月から、神奈川県の新しい職場に勤める。
いまの職場はまる11年も勤めた。
その前の職場は4年。どちらも本社からの出向だ。
大学を出て本社に入って以来、ずっと本社の指示で異動してきた。
今回、ぼくははじめて自分の意思で職場を変える。
なんだかふしぎな気分である。

きっかけは3月11日の震災だった。
あの日以来、なにかが変わった。震災前までは、ぼくはずっといまの支社にいるつもりだった。
支社トップとの関係も良好だし、本社からの人員提供としての役割もこなしている。
スタッフの気心も知れているし、楽に業務がこなせる。
支社の妙な慣習や非合理的なところ、田舎独特の面倒くさい人間関係なども許容範囲だった。
やりたい仕事も、いずれ時期がくればやらせてもらえるだろうと思っていた。

でも、震災で変わった。
建物2棟が全壊し、まともに業務がこなせなくなった。
新規業務の受入れができなくなり、最低限のルーチンワークしかできなくなった。
きのうまで当たり前だった日常が一瞬でひっくり返った。

先のことなんて分からない。あしたがきょうの続きである保証なんてどこにもない。
知識としては知っていた。でも実感としてそう感じたのは初めてだった。

自分は何がしたいのか、どう生きたいのか。この職場で何を達成し、何に貢献できるのか。
そう自問せざるを得なかった。
自分はなぜこの職場にいるのかと言う、いままで考えるのを避けてきた問いを考えないわけにはいかなかった。
上司への遠慮。スタッフへの配慮。
大事なことだけど、それは目的でも目標でもない。目的を達成するための方略だ。
目的と手段をまちがえると、ろくなことにならない。
ぼくは震災のあと、職場にいる意味を見失った。周囲への不満といらだちが手放せなかった。
価値観のシフトを体験したと言っていいだろう。

スポンサーとのやり取りの中で、問題に気がついた。業務が立ち行かないのは職場の問題だが、イラついているのは自分自身の問題だ。
ぼくは甘えている。職場に、上司に、スタッフに。不満を周囲のせいにしていた。
こんな欠点は持っていたくない。こんな感情にまみれていたくない。
取り除いてもらえるよう、祈った。

おのずと方向が決まった。
霧が晴れたような感覚だった。本社トップも支社トップも、何の反対もなく、逆に期待と応援の言葉をくれた。新しい職場もあっさり採用が決まった。
妻の実家もぼくの実家も、何の反対もなかった。
もがくのをやめたとたんに身体が水の上に浮いたような、道に迷っている途中で気がついたらなじみの大通りにいるのに気づいたような、そんな感覚。
道が示されたと思った。

これでぼくは、本社が敷いたレールから外れて生きていくことになる。
でも、何の心配もしていない。必要なことはそのつど与えられる。恨みや怒りを手放せるよう祈り、指し示された道を進めばいい。
これでいいのだと思う。

これでいいのだ。

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2011年12月21日 (水)

ミーティングに行けたッス

きょうはミーティングに行ってきた。
実に2週間ぶりだ。
やれやれ、月日が経つのは早いね。久しぶりのミーティングは、ここちよい温かさを感じました。
やっぱりミーティングは基本だよねー。
しかし、今年もあと10日。感覚的にはまだ9月下旬くらいなんだけど。
やり残したこと、やってないことがたくさんある。
目まぐるしく日々が過ぎていきます。

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2011年12月20日 (火)

ゆかいな「こりゃダメだ3人組」

先日、AAに同時期につながった仲間と久しぶりに会った。
ぼくはスリップを繰り返していたが彼はノースリップなので、彼の方が少しソーバーが長い。でも同期というのはうれしいものである。

ぼくと彼、そしてもうひとりの仲間は、当時「こりゃダメだ3人組」と言われていたらしい。
どうも先行く仲間たちから見ると、いかにも回復しなさそうに見えたようだ。
10年前の話である。
まともな回復をしているかどうかはともかく、いまのところぼくも彼も飲まずに生き長らえている。
あとひとりが誰だか分からないが、こりゃダメだ宣告を受けた3人の2人が飲まずにAAに10年通っているんだから、まぁ先行く仲間の見込みは豪快に外れたといってさしつかえないだろう。

AAに通っていて思うのは、誰が回復するかという予想はたいがいあてにならない、と言うことだ。
悲惨な飲酒体験をくぐり抜けてAAにたどりついても、すぐに来なくなってしまうひともいる。
仕事も家庭も失わず、深手を負わずにAAに来て、そのまま順調にすすむひともいる。
かと思うと、まったく逆の場合もある。
最初の印象なんて、あてにならないのだ。

以前、松本俊彦先生のお話で、自助グループ(だったかアディクションプログラムだったか)に参加した理由が自発的か非自発的かは、ドロップアウト率と関連しないと聞いた。
まわりに言われていやいや参加でも、自分から行く気持ちになっても、継続する率は変わらない。
ひとの「気持ち」はたいせつだけど、気持ちなんて変わる。初期動機なんてすぐに薄らいでいく。
アル中さんは別名「コロコロ病」と言われるだけあって、コロコロ気持ちが変わるもんね。

最初の見込みなんてあてにならない。
ただひとつ、続けていればどうにかなる。
ステップが受入れられない、神概念が気に入らない。こんなアル中の集まりなんて来たくない。ニューカマーがそういうことを言うのは、ある意味当たり前のことだ。
ただ、ミーティングにつながってさえいれば、そのうちチャンスはやってくる。
そう考えるとやっぱり、回復の手助けはまずミーティングにつながる手助け、なんだよねー。

しかし「こりゃダメだ3人組」かぁ。当時のこういう話を聞くのは楽しいねー。
10年前の自分は、ロケンローなかっこうでミーティングに行っていたもんな。ペイントジーンズに革ジャンとか。ははは。

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2011年12月19日 (月)

Google検索でlet it snow

グーグルがやってくれました。
Google検索で「let it snow」と入力すると画面が凍っちゃう。
で、画面にラクガキもできちゃう。

Let_it_snow01

検索の虫眼鏡ボタンがdefrostボタンに変わって、これを押すとふつうの検索画面に戻る。
いいわーこういうの。
何気ないように見えて、これはスゴいテクノロジー。のような気がする。
しばらくは飽きずにlet it snow検索で遊べそうな気がする。

さて今夜も宿直。あと2日経てば久しぶりに休日だ。
がんばりましょう。

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2011年12月18日 (日)

本社の忘年会、過去との再開

きのうは本社の忘年会。
忘年会といっても新規事業案の了承や今年の総括報告、プレゼンなど、ほぼ会議と勉強会である。
そのあと偉いさんたちの気の遠くなるようなスピーチが終わり、ようやく懇親会に入る。
年に2回開催される本社の集まりだが、ぼくはここ10数年で3回しか参加していない。勉強会はいいんだけど、会議やスピーチに高額の参加費を出すのは気が進まないのである。
今回は、自分の成果物発表があったので参加。
ようやくこれで一段落である。

久しぶりに会うひとたちがおおぜいいた。
飲んでいたころ、さんざん迷惑をかけた先輩にも会った。気鋭の新進だった彼も、いまや白髪交じりの重鎮である。時間の流れを感じる。
「あのころは叱ったりしてゴメンねー」と言われる。いや、連続飲酒して無断欠勤をくり返していたんだから叱られるのは当然である。
むしろ叱責程度ですんで、より重い処分を科せられなかったのは彼の温情というほかはない。
成果物がまとまってよかったね、とにこやかにほめられる。
深く感謝の言葉を述べる。彼の指導がなければ成果物もまとまらなかった。
先輩は自分が言いたいことだけ言い終わると、ぼくの話はろくに聞かないままグラス片手にふらふらと去ってしまったが。

別の先輩もいた。同じようにお世話になった先輩だ。
あいさつをしたけど、一通りのあいさつが終わると、彼はすぐに立ち去ってしまった。
自分がしてきたことを考えれば文句は言えない。ひとこと、当時の感謝とお詫びを伝えられただけでもよしとしなくては。

あらためて、過去が現在につながっていることを感じる。
こうして当時のひとたちと顔を合わせると、自分がやってきたことと向き合わざるを得ない。埋め合わせと言う言葉を意識しなくても、率直に、自然に、当時のことを詫び、感謝の言葉が出てきた。
孤独の中で飲んでいたと思っていたが、決してそうではなかった。
彼らはぼくを何とかしようと、助言や指導をくれた。
ぼくが自分で壁を作って、彼らの手助けを断っていたのである。
ぼくは長いこと、飲む理由は自分の側ではなく、外側に問題があると思っていた。
でもこうして過去と向き合えば、どれほど自分の側の問題ばかりだったか、思い知る。
過去は地面に穴を掘って埋めてしまうものではなく、これからの自分が生きていく上での、たいせつな資産だ。

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2011年12月16日 (金)

けっきょくきのうは

ミーティングに行こう、とか書いておきながら、けっきょくきのうはミーティングに行けず。
ここんとこ仕事が立て込みすぎだ。
いかん。このままだとまたつぶれてしまう。休みを入れないともたない。
もう入っちゃってる予定はキアイでこなすしかない。
このままじゃもたない。来年からは予定減らす。減らすったら減らす。マジ減らす。
まずは今回の山を乗り越えるのだ。
なんのこれしき。こんにゃろー。

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2011年12月15日 (木)

アル中の本質とは

とある精神科病院の院長と話をする機会があった。
アディクションの専門家ではない。一般精神科のドクターである。
「きみね、アル中の本質ってなんだと思う?」
てきとうな答えが見つからず口ごもっていると、彼はにやりと笑いこう言った。
「あのね、アル中の本質はね、『自己中』ですよ」
そしてこう続けた。
「自己中が、2ヵ月や3ヵ月で変わるわけないじゃないの。何年とか何十年とか一生とか、そういう話ですよ」

なるほどねー。
一面の真実があるように思った。
以前の自分だったら反発しただろう。
そんな乱暴な話があるか、自己中の仲間もいればそうでない仲間もいる、十把一からげに決めつけるんじゃないやい、と。
でもいま現在、自分をふり返ってみて、多くの仲間との関わりを通じて、この先生の意見は当たってると思う。自己中には縁がない自信なさ気なアル中も、ひとの話を率直に受け取れなかったり、極端な自己れんびんの傾向があったり、ある種の自己中だ。

ミーティングでもときどき「自己中心」と言うテーマが出る。で、お約束のように「自分を中心に考えるのは当然だ、他人を中心に考えるなんて方がよっぽどおかしい」という話が出る。
そうじゃない。自己中とは、自分を中心にものを考える、そういう視点の話じゃない。

ぼくは極端な自我の暴走で、周囲のひとたちを傷つけてきた。自分自身を痛めつけてきた。助言を拒絶し、援助を受入れなかった。自分が飲み続けるのは周囲が悪いからで、自分はその犠牲者だ。悪いのはやつらだ、変わるべきはやつらでオレが変わる必要はない。
巧妙な理由付けをして飲み続け、自分と周囲を傷つけ続けてきた。何年も。
それはグロテスクなほど肥大した歪んだ自我だった。いまふり返ると。

ニューカマーと話す。
オレの問題はオレが直す。他人の手助けは必要ない。
そういう話を聞くたび、この自己中っぷりはまさにビョーキだよな、と思う。
自分の歪みを自分で直すことなんてできない。少なくともぼくはできなかった。たぶんこれからもできないだろう。自分以外の力が必要だ。

さて、ミーティングに出かけましょう。

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2011年12月14日 (水)

10.6キロジョグ&インターバル

ブログもサボり癖がつくと再スタートが一苦労だ。
きょうは1週間ぶりのジョギング。10.6キロを1時間と1分で。
途中、3分疾走3分緩走のインターバルを4本。
インターバルをやる前に日々のジョグをしっかりやれよという気もするけど、ジョグばっかりだと小さいフォームになっちゃうんだよね。
足に刺激を入れる意味でも、週に一度はしっかり負荷をかけないと。
しかしきょうは寒かった。最低気温はマイナス3度だったそうだ。
まだ路面がドライだからいいけど、雪が降りはじめたら走り込みはそうとう厳しい。
走れるうちに走っておきましょう。
でも、布団を出て寒くて暗い表に飛び出すのはつらいなー。外に出ようかどうか迷っているうちに、あっという間に30分くらい経ってしまう。走り始めちゃえば楽しいんだけどね。
迷っていても仕方なし。まずは行動ですよ行動。

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2011年12月12日 (月)

ちょーしがわるいぜ

ブログの更新をサボっていた。
どうにも調子が悪い。twitterやfacebookにちょこちょこ書き込みはしていたけど、ブログにまとまった文章を書く気力がわかない。

原因は分かっている。仕事やらプライベートやらAA関連やら。予定を詰め込みすぎなんである。
スケジュール帳を開くのが苦痛でたまらない。

前回のウツやすみの時、自分の限界は思った以上に低いことが分かったはずだ。
それなのに、ちょっと調子が良くなるとすぐにこうなってしまう。
調子を崩す前もそうだった。仕事を断る気力もなく、オーバーワークが進行していった。
いま、またおなじ道のりを歩きつつあることに気がついて、自分のおろかさにガクゼンとする。

気づきを得ることはだいじだ。
でも、気づきで得たことを続けて実践していくのはむずかしい。
どんなに痛い経験をしても、単発のセミナーでどれだけ素晴らしい体験をしても、日々の暮らしの中でそれを実践していかなければ、あっという間に記憶のかなたに埋もれてしまう。

さいわいわれわれにはAAという自分をふり返り生きていくための指針、道しるべがある。
うまくいかないとき、しんどいときこそ、それを使っていくときである。

いっぱいいっぱいなときは、ミーティングに足を運ぶ時間と気力がない。
でも、だからこそ、こういうときこそミーティングに行かないとね。

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2011年12月 7日 (水)

20キロジョグ

きょうは早起きして20キロジョグ。
先週後半から仕事が詰まっててほとんど走れなかった。
1週間ぶりのロング走だ。

山の上の工業団地をめざして冬のまっ暗な道を走る。
6時を過ぎても明るくならない。いままでは暗い中を月明かりやほのかな街灯の光をたよりに走っていたけど、今シーズンはLEDライトを用意した。
ニット帽の上にライトを装着して走る。工事用の反射材ジャケットも用意した。
ウィンドブレーカーの上に羽織る。異様な姿のような気もするが、クルマにひかれたり枯れツタに足を取られて転ぶよりはずっといい。
キロ6分のペース走のつもりが、気持ちが乗ってきたので途中でスピードアップ。案の定、折り返しての下り坂でスピードを出しすぎ、足がヘロヘロに。

まだまだ20キロはLSDペースでしか走れないか。
東京マラソンまであと3ヵ月弱。がんばりましょう。

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2011年12月 3日 (土)

グループの棚卸しなど

先日はグループの棚卸しがあった。
わがホームグループは月に一度、グループの棚卸しをやっている。
グループの棚卸し表に従ったスピーチを2巡して、つぎに進む。
ほかのメンバーの話に対する意見が述べられることもあるし、自分の体験や考えだけを話すこともある。
メンバーの話を受けて、2巡めで自分の意見を訂正することもある。
ディスカッション形式と通常ミーティングの中間的な形だろうか。
ほかのグループはどうやっているんだろう?
ディスカッション形式で荒れた話はひと伝えに聞いたことがあるけれど、グループクローズドということもあって、よその話は聞く機会がない。

話の流れは、やっぱり12番めのステップが中心になる。
新しい仲間をグループが惹きつけられないとしたら、なにが原因なんだろうか。
やっぱり個々人が回復することであり、ステップを踏むことであり、新しい仲間に対してウェルカムな姿勢を持ち続けること、ということになる。
言うは易し、でも実践は難し。継続するのはさらにたいへんだ。
うちのグループの棚卸しでは、結論らしい結論は出ない。ただ、方向づけというか、われわれはAAに属して、ここでなにをやっていくか、つい日々のミーティングの中で忘れがちなことが刷新される。

ステップも伝統も、使わなければさびついていく。
月に一度、こういう集まりがあるのはいいね。

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