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2011年9月30日 (金)

アディクションと夫婦関係

先日のLIVE福島に行った時の話。

このイベント、ふだんロックなんて聞かない人たちが山ほど集まっていた。狭い地域のことである。知人に出会う出会う。
友人、知人、職場関係、親戚。さらには父の職場の人たちやらその家族やら、もう町のお祭りか町内会のイベントのようなローカルぶり。
そこに通常のロックフェスの客や永ちゃんファンが交じりあって、もう何が何だか分からないカオスなファミリーイベントと化しておりました。
おそるべし福山雅治の威力。

それはともかく、そんな中に、知人の断酒会のご夫婦がいた。
このご夫婦がね、いいのよ。

当日の会場はものすごい人混みで、ご夫婦も人波にもまれてしんどそうだった。ご主人の方がぼくに気がついて手を振ったんだけど、そうしている間にもどんどん人波に流されていく小柄な奥さん。
でも、散り散りになりそうになりながらも、しっかりと手を握りあって、ご夫婦は笑いあっていた。
ぼくよりも年配のご夫婦だったが、まるでティーンエイジャーのカップルのように初々しくて、若々しくて、はしゃいでて、しあわせそうだった。
ぼくはそのご夫婦がしんどかった時の話しをうかがっているけど、とても苦い体験をしてきたとは思えない、素敵な笑顔だった。文字通り、きらきらと輝いていた。

いいなー。回復しているなー。と思いました。

AAのイベントに出かけると、ご夫婦の参加が存外に少ないのに気がつく。
ご夫婦だと知っているカップルも、別々に座っていて、それぞれの知人だけと話していて、ぱっと見には仲が悪いんじゃないかと思ってしまう。
スピーチも、本人自身の回復が中心で、家族との絆が戻った話や、パートナーに感謝しているとかの話はあまり聞かない気がする。

もちろん家族は家族で共依存からの回復が必要だし、その過程で、一時期はパートナーとの関係が不安定になったり距離が遠ざかることもあるだろう。
でもさー。回復して家族としっかりと絆に結ばれて、奥さんとラブラブの熟年AAメンバー。そう言うのがもっとたくさんいてもいいよねー。
日本的な恥ずかしさはあるんだろうけど、家族との関係が回復している姿は、多くの苦しんでいるアル中さんとその家族に、希望を持ってもらえると思うんだけどな。
奥さんはAAのイベントに顔も出さないし、仲間は奥さんの顔を見たことがない。本人のスピーチでは仲間の話ばっかりで妻や子供のことはゼンゼン出てこない。そんなのっておかしいよ。

くだんの断酒会のご夫婦の素敵な笑顔は、ぼくの頭の中にしっかりと刻み込まれました。こんな風でありたいものです。
いちどぼくも、セミナーのスピーチで妻に向って愛を語りかけてみようかな。
あとでスゲー怒られそうだけど。

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2011年9月29日 (木)

その気になれば痛みなんて・・・完全に消しちゃえるんだ!

きのうのエントリーと関連しているような、していないような。

恐怖を完全に消去される病気、と言うのがあるそうです。

恐怖をまったく感じない女性、PTSD治療にヒントか  国際ニュース : AFPBB News

(引用開始)
【12月20日 AFP】恐怖をまったく感じないという珍しい脳疾患にかかった女性に関する研究が、米科学誌カレント・バイオロジー(Current Biology)に発表された。

 論文の主著者、ジャスティン・ファインスタイン(Justin Feinstein)医師は、「人間が感じる恐怖の本質とは、生存本能。恐怖を感じることができなければ、自分の命に危険をもたらす物や状況、人物を避けることができない。彼女がこれまで生きているということ自体が驚きだ」と述べている。

 S・Mというイニシャルだけで報告されたこの女性は、脳の中で恐怖感を生み出していると考えられている扁桃体(へんとうたい)が破壊された「ウルバッハ・ビーテ病(Urbach-Wiethe disease)」という珍しい疾患の患者で、他の人ならば恐怖を感じる場面で「非常に強い好奇心」を感じるのだという。

(中略)

女性は30歳のときに強盗に襲われたこともある。体をつかまれ、喉にナイフをつきつけられたが、女性がまったく動じない様子を見てとると、強盗のほうから手を放した。女性はその後、普通に歩いて帰ったという。

 さらにお化け屋敷やホラービデオを使った実験でも女性はまったく恐怖を示さないどころか、ホラー映画をいたく気に入り、帰りにレンタルビデオ店で借りるためにタイトルをたずねるほどだった。

 小さい頃は暗闇や犬が怖かったという記憶があることから、疾患は生まれつきではないと考えられる。医師らは、この女性が「犯罪を犯したことはないが、逆に、強盗や銃暴力やドメスティック・バイオレンスといったさまざまな犯罪の被害者となってきた」とみている。

引用ここまで。
何と言うか・・・たいへんですね。
われわれは痛みや恐怖を感じると、それを苦痛だと思い、逃れたいと思う。それは当然のことなんだけど、でもこんな風に恐怖を消去されてしまうのは、むしろそっちの方が怖い。
魔法少女まどか☆マギカの登場人物が魔法の力で痛みを消すけど、その方がこころの痛みはずっと大きい、てエピソードがあった。

痛みや恐怖を消去するのではなく、自分が痛みや恐怖を感じていることを知ること。
自分の感情の反応パターンに注意を向けること。

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2011年9月28日 (水)

ステップ4、5から6、7にかけての雑感

kさん

コメントありがとうございます。お返事を書いていたら長くなりましたので、ブログ記事にて。

ご指摘の通り、棚卸しをやっても、自分の過ちの本質に到達しない場合があります。
自分自身でまったく気がついていない場合もありますし、過ちだと認めたくない場合もあります。
ステップ4は「恐れずに、徹底して」棚卸しを行うとありますが、どうしても恐れはありますし、徹底できないこともあります。
ぼく自身の乏しい経験では、1回の棚卸しで、欠点の何もかもが洗いざらい吐き出されることは少ないように思います。
人間、どんなに意欲を奮い立たせても、自分の欠点と直面するのはイヤなものです。「ステップ3の決心を思い出せ!」と言われても、怖いものは怖いです。特にわれわれは、ビビりで臆病で傷つきやすい人間の集まりですから。
では、1回の棚卸しでうまくいかないとすればどうしたらいいか。

1.長期的な視野に立った、スポンサーの手助け。
2.時間を置いた複数回の棚卸し。
3.ミーティングへの継続的な参加。およびサービスの関わり。

この辺が解決のカギだと思います。

1、について。
ぼくは1回の棚卸しで、スポンシーの問題のすべてが卸せるとは考えていません。否認が強い時は無理に進めず、いちど棚上げにします。
ひとによっては、問題と直面することが自我の危機に直結する場合もあり得ます。大げさな話ではなく、棚卸しをすると具合が悪くなるとか、過去の自分を見つめ返してうんざりして飲んでしまったとか、よく聞く話です。否認というとネガティブなイメージの言葉ですが、自我の安全を保つための、当然の心理的防衛機制です。
棚卸しで不安定になった自我がどこに向うかというと、当然棚卸しに付き合っているスポンサーに向きます。ステップ5をやっていると、スポンサー・スポンシー間に、不穏な空気が流れる場合があります。それは、棚卸しをやっているスポンシーの自我の不安定さの、ダイナミックな反映だと思います。
ぼくは1回のセッション、1回の対話で問題が解決するとは思いません。相手を今すぐ修正したい気持ちを抑え、長期的な関係性を優先します。対立を避けるというより、その方が問題解決の近道だと思うからです。スポンシーの手助けになれると思うからです。

2.その前提で、定期的な棚卸しを提案していきます。1回の棚卸しでは直面する勇気がなかったことも、複数回の棚卸しでうまく卸せる場合があります。何よりも、時間を経てソブラエティに自信がつけば、過去を見つめ返しても自我が危機に陥る可能性はぐっと減ると思います。

3.自分で気がつかない欠点は、何よりもミーティングで気がつくチャンスがあると思います。日々のミーティング、仲間とのフェローシップは、ステップで行き詰まった時でも、われわれを支え、先に進む力を与えてくれます。また仲間の話を他人事ではなく、自分の問題として聞いていれば、高慢や独善のワナに気がつくチャンスはあると思います。
(・・・って、ミーティングに慣れちゃうと、我が事として聞くのが難しくなるんですが・・・)
そしてサービス。グループやAA全体と言う視点が得られるのはもちろん、サービスに関わると、高慢や独善、他人をおとしめる態度がどれほど迷惑か、人を傷つけるか、否が応でも気がつきます。
これも慣れちゃうと、我が身を振り返る材料にはならなくなりがちなんですが。。。

いずれにせよ、カギとなるのは「自分に正直になる能力」「意欲」「開かれた心」です。
頑固な否認の態度をやめ、kさんがおっしゃるように「自分では欠点だと思わない、思えない部分に問題がある、有るかもしれない」と思い続けることはたいせつですね。

謙虚さ、謙遜。
忘れずにいたいものです。

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2011年9月27日 (火)

出版バイアス、振り返り

出版バイアス(Publication bias)と言う言葉がある。

世に発表されている論文は、効果があった成功例ばかり報告されている。失敗例の報告はあまりない。そのため、メタ解析(複数の論文を調査して傾向や再解釈などの分析を行うこと)を行うと、ポジティブな方向にバイアスがかかってしまう。
このバイアスを避ける方法はない。他のバイアスを排除しようとしてたくさんの論文や報告を取り入れれば入れるほど、埋もれているたくさんの失敗例を排除している可能性が高まる。
「報告されていない失敗例がたくさんあるかも知れない」可能性を確かめることは、非常に難しい。だって、報告されていないんだから知りようがない。
メタ解析を行う場合は、出版バイアスの可能性を常に考慮し、控えめな結論付けをしていくのが常道である。

出版バイアス - Wikipedia

以前、自助グループとよく似たある集まりに参加していたことがある。
その集まりも、新しい人がなかなか来ない、定着しないと言う問題に悩まされていた。それでも十数人の固定メンバーはいたのだが。
スタッフミーティングで一度、ぼくは「会のあり方、運営システムに問題があるのではないだろうか」と問題提起した。
リーダーの答えはこうだった。
「現状で、十人以上のメンバーがいる。彼らは現状に満足している。と言うことは、現状には問題がないということだ」
ぼくは納得が行かなかった。ちがうと思った。けど、相手は年齢も上で、地位も格段に高い人だ。それ以上の反論はできなかった。

「いまのやり方に問題がない。なぜなら現状はうまくいっているからだ」と言う理屈は、自己撞着だ。
なぜなら、「やり方が間違っているから伸びない」と言う反証も可能だからだ。方法を間違えているから、もっと人が増えても良いはずなのに、ちっとも増えない。新しい人がつながらない。
「方法に問題がないから現状を維持できている」と言う論法は、見方を変えれば「方法に問題があるから現状程度でしかない」と同義である。

それを確かめるには、出版バイアスの考えと同様、われわれが目にしているのは成功例ばかりだということを認識する必要がある。
AAに来てうまくいった人、AAにつながった人は、誰の目にも分かる。ミーティングに行けばいつでもそこにいる。
でも、AAにつながり切れなかった人、つながったけど去って行った人、何度か来たけれど魅力を感じなかった人。
そう言う人たちは、目に触れない。彼らは口をつぐみ、黙って立ち去るだけだからだ。
うまくいっている人だけで話し合っていると「われわれは問題がない、なぜならわれわれは問題がないからだ」と言う、自己撞着のワナに陥りやすい。
われわれは去って行った人たちに思いを巡らせ、もし機会があればじっさいにたずね、絶えず振り返りを続けて行く必要がある。
もちろん、それでも限界はある。だって、離れていった人の本当の理由は、上手くいった人の側からはまったく想像もつかない場合もあるからだ。

限界があるにせよ、少なくとも自らの限界には自覚的でありたいと思う。自分は、自分たちは間違えているかも知れないという可能性を点検していきたいと思う。
アルコール依存症、82万人。一方、AAと断酒会を合わせても2万人にも満たない。病気の困難さはあるにせよ、伸びしろは山ほどある。
「ぜったい間違ってない」なんてこたぁ、ぜったいないのである。

さて、あすはグループの棚卸しだ。

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2011年9月26日 (月)

伝統ミーティング

きょうはホームグループの伝統ミーティング。
伝統9がテーマだった。
久しぶりに司会を任される。
しばらくやっていなかったけど、司会もよいものだね。
最近、AAミーティングと波長が合っている感覚を感じる。
良い調子です。

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2011年9月25日 (日)

本社トップと打合せ、進路

きのうは本社トップと打合せ。
打合せと同時に、ぼくには大事な話があった。

来年度の進路についてである。
根回しは済んでいたが、最終的に本社トップのOKをもらう必要がある。
が、ぼくの知る限り、自分から進路希望、特に県外移転を望んだケースは100%こじれる。
対決、物別れ、訣別で終わる。
今回も、どう穏やかに話を切り出しても、ある程度感情が表出したやり取りになるだろうな、と思った。

いまの時期、福島県から離れる人材はいても、福島県に入ってくる人材はまずいない。ただでさえ厳しい人材資源のやりくりが、来期は余計に厳しい。本社トップが怒るとしても、ムリはない。
そう言う時期の移転希望である。

それでもぼくはぼくの意見を、率直に表明する。誠実に話し、理解を求める。同時に、相手の話に耳を傾け、立場を尊重する。気持ちを理解しようと務める。かといってそれに侵食される必要はない。
相手が怒っても、それは相手の感情の問題であり、ぼくの問題ではない。反応しないこと。
そう思って話し合いに臨んだ。

打合せのあと、話を切り出した。
拍子抜けするくらいスムーズに、円満に話は終わった。
出された条件は二つだけ。2年で戻ってくること。そして戻ってくる時は、自分に相談してほしい、と言うこと。
感情的な対立はなく、むしろ将来的な合意形成が出来た満足感が残った。

かつては夢だったことが、一つずつ形になって行く。
あきらめていたことが、実現して行く。
道が、目の前に次々と開かれて行く感覚。ここんところ、ふとそう感じることが多い。
酒をやめることは、始まりに過ぎなかった。ほんと、その通りだね。

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2011年9月24日 (土)

HUGHES&KETTNER STATESMAN QUAD EL84再修理

修理から戻ってきたHUGHES&KETTNER STATESMAN QUAD EL84が、やっぱり調子が良くない。
クリーンチャンネルでリバーブをかけると、ポップコーンを焼いているかのようなボボボボ・・・と言う音がする。いちど始まると、ボリュームを絞ってもゼロにしても鳴り止まない。
それからやっぱり、BASS EQの効きが悪い。ツマミを全開にしてもゼロにしても音が変わらない。
出音がきれいだから特に困らないんだけど、でも正常動作でないのは気になる。

購入店に連絡して、パール楽器本社で再修理してもらうことに決まった。
全開の保証内修理から3ヶ月以内なので、引き続き無料保証が効くようだ。

クリーン良し、ドライブ良し。
トラブルさえなければ、最高のギターアンプなんだけどねー。
とりあえず箱詰めして、着払いでパール楽器に送りました。しばしのお別れ。

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今度こそ元気になって帰ってきておくれ、最愛のギターアンプよ。

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2011年9月23日 (金)

ミーティングはいいねー

きのう・きょうと二日続けてミーティングに参加した。
二日連続は久しぶり。
頭がAAモードに切り替わって行く感覚は、何とも言えず良い感じだ。
きのうときょうは仕事はいっさいせずに、ただただ遊んだ。
ジムとスタジオプログラムでたっぷり汗を流し、ドライブに出かけ、妻と二人でジョギングをし、そば屋でカレー南蛮を食べて、美味しいケーキ屋を探し歩いた。
リフレッシュしまくり。
心も身体もすっかり軽くなった。遊んで身体を動かして、そして一日の締めくくりにAAミーティングがあるのは、とてもいいね。
さて。
あすの夜は本社トップとサシで面談。大事な話があるんだ。
吉と出るか凶と出るか。
頑固な自我のとらわれから解放されますように。

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2011年9月21日 (水)

ミック・ジャガーの新バンドとロックの衰退

ミック・ジャガーが新バンドを結成したそうだ。

SuperHeavy | ミック・ジャガーがボブ・マーリーの息子と新バンドを結成! | News | Web Magazine “Qetic

新バンドの名前はスーパーヘヴィ。メンバーはミック・ジャガー、元ユーリズミックスのデイヴ・スチュワート、マーリー家の7男ダミアン・マーリー、ソウル・シンガーのジョス・ストーン、そしてインド映画音楽界の巨匠A.R.ラフマーンの5人編成。

SuperHeavy: Official Site

うーん。すごい。
何がスゴイって、御年68歳になって新バンドを結成するってのがスゴイ。
ミックよりも若いデビッド・ボウイなどは、ここ数年は人前に出ることもなく、完全に引退状態だ。
寂しい限りである。

最近思うんだけど、ロックってジャンルは衰退しているんじゃないのか?
ドラム、ベース、エレキギター、ボーカル。
派手な衣装でギターをかきむしり、ボーカルがステージ狭しと駆けずり回り、シャウトする。
そう言う音楽ジャンルは、実は中高年が若い時の続きで聞いているだけなんじゃないのか?

かつてロックは、若者が自分の思いを託せる代弁者であった。ストーンズにせよディランにせよザ・フーにせよ、大勢の若者が気持ちを仮託できる、自分たちの象徴、まさにアイコンだった。
だがこの21世紀、若者の象徴たるバンドがあるだろうか?
そもそも、若者たちはバンドに自分たちの気持ちを託すなんてことは、もうやっていないんじゃないだろうか?

むしろDJであったりUNDERWORLDやケミカル・ブラザーズなどのテクノユニットが生み出すダンス・ミュージックが、現代の若者の音楽ではないだろうか?
ロックはいわば「終わったジャンル」、フォークやジャズやファンクやブルースのように、サブカルチャーの第一線からは引退したジャンルになっているんじゃないか?

そう思う反面、やはり昔ながらのロックバンドがどんどん減って行くのは悲しい。
かつて世界中を席捲したロックのアイコンたちが活動をやめて行くのは、ロックそのものの衰退を見るようだ。
そう言う気持ちもあって、どんな形であれ、活動をしているロッカーにはつい感情移入してしまうのである。

がんばれミック。がんばれロック!

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2011年9月20日 (火)

棚卸しは延期に

一昨日に棚卸しを行う予定だったが、体調不良のためやむなく延期に。
うーむ。残念だ。
LIVE福島の翌日というのがいけなかった。予想外にハードだったためか、翌日は熱が出てほとんど動けなかった。
つくづく、体力不足を感じる。つか、自分の考えている体力と実際の体力のギャップが、どんどん開いてきている。ような気がする。
うーん。無念だ。

棚卸し表を書き出してみたが、前回の棚卸しよりも項目はぐっと減っていた。
忘れているものはないか何度も見直して、さらに前回の棚卸し表を引っ張り出して、突き合わせてみた。
2年前の棚卸し表にはたくさんの恨み、恐れが並んでいた。
今回、あんなにとらわれていた人や物事に、いまはあまり心をわずらわせなくなっていることに気がつく。

歳を取って図太くなったせいか、はたまた記憶が悪くなったせいか。
埋め合わせが出来た相手もいれば、まだ済んでいない件もある。
でも、自分の中のとらわれは着実に減っている。ような気がする。
感情の反応パターンが、過剰な反応が変わってきている。

こんな風に、棚卸し表の変化を見て行くのも興味深いね。
また次に棚卸し表を書く時は、どんな内容になっているんだろう。
逆に山ほど増えていたりしてね。

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2011年9月17日 (土)

LIVE福島、ファミリーイベントフェス

LIVE福島、行ってきました。

LIVE福島 風とロックSUPER野馬追

いやー楽しかった。
福山雅治、イイ男じゃないの。ステージを見ている分にはふつうなんだけど、スクリーンで見ると、表情や身振りがいちいち決まっているのね。こりゃーみなキャーキャー言うの分かるわー。

今回のメインは何と言ってもサンボマスターと猪苗代湖ズ。
盛り上がる盛り上がる。
例の「I love you & I need you ふくしま」はなんとサンボ、猪苗代湖ズ、アンコールと、合計3回も演奏。でもだれるどころか、客席はドンドンヒートアップ。
今回は2万人近く人が入ったそう。2万人のアイラブユー福島の大合唱は、目頭が熱くなりました。

矢沢永吉が来るのでは?とウワサされていた、シークレットゲスト。
シークレット枠の直前、白スーツに赤いタオルの矢沢ファンが大量にステージ前方に押し寄せる。
思わせぶりにじらすアナウンス画面。
シークレットゲストはっ?!

「内田裕也」。

ずこーっとこける会場。眉間に縦じわを寄せながら一斉に交替する矢沢ファンの皆さん。いやーおもしろかった。良い意味でさわやかに期待を裏切ってくれました。
内田裕也さん、しかし「オレの周りはピエロばかり」の繰り返し、なんかご本人の状況を考えると複雑なような・・・。

その他、気がついたこと。

1.福山雅治のギター、ポールリードスミス。おお、テクニカル系ご用達の高級ギター。
失礼ながら、アイドルには無用のスペックでは?と思ったのもつかの間。
福山氏、ギター上手いの何の。ライトハンド奏法まで飛び出す。ポールリードスミスに恥じない演奏でした。

2.ユニコーンの生中継、映像が細切れ。画面中央でぐるぐる回るウェイト表示、何となくMacぽかったような?

3.大量の友人、知人、親戚などと会いまくり。
今回のイベントは、フェスというよりファミリーイベントってところでしょうか。ふだんはフェスで知人に会ったことなんて一度もないけど、今回はあらゆる知人に会いまくり。いとこのTくんは、チビちゃん3人と奥さま連れで来ていました。福山の出番まで、子供が飽きちゃってたいへんだと嘆いていました。うむー。。。。

4.人の間を縫って前方に行こうとしたらおじさんに腕をつかまれて怒られた。
スミマセン。でもフェスでは前方に行きたい人はどんどん行って良しってのがふつうかと・・・。

5.会場の仕切りが悪いのは仕方なし。荒吐の最初のころと同じ。運営と客と、いっしょに成長して行けば良し。

6.それにしても人多過ぎ。あの会場によく2万人も入ったな。事故が起きなくて良かった。

レジャーシート&椅子関連のトラブルはいろいろあったけど、そんなの全部チャラ、すばらしいフェスでした。楽しかったです。

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2011年9月16日 (金)

棚卸しちう

棚卸しなう。
進まん。。。
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2011年9月15日 (木)

LIVE福島 風とロックSUPER野馬追、郡山会場に行きます

話題の風とロック、行くことになりました。

LIVE福島 風とロックSUPER野馬追

一週間かけて福島県を横断する異例のロックフェス。
17日の郡山会場に行くことにしました。
怒髪天、エゴラッピン、サンボマスター、福山雅治が見れればいいかな。

普通のロックフェスとちがい、ぼくの周囲でも、ふだんロックなんて聞かないふつうの人たちがたくさん行く様子。
やっぱり「西田敏行」と「福山雅治」のネームバリューはすごいね。
福島県には色んな人たちが来ているけれど、福島県発信のイベントはイマイチ出てきていないのが現状。
ビッグネームに魅かれてでも何でも構わない。
多くの人たちが集まって、元気なイベントになるといいな。

しかし、会場までの交通はどうしよう。
いちばん近い駐車場は早々に完売しちゃったし。あとは猪苗代スキー場の駐車場しかない。郡山から猪苗代にクルマを置きに行くのもヘンだしなー。
電車は1時間に1本、7両編成のが来るだけ。とても1万人の輸送力はなく、乗れなそう。
あとはバスの増便に期待かー。うーん。
職場にクルマを置いてタクシーで行っちゃおうかなー。

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指ドラム達人、ドヤ顔

Native Instruments社のMaschineが1.7にアップデートした。
1.7でまたまたあちこち機能が増えたらしい。1.5以降はまったく使いこなせてないので、どこがどう変わったのかよく分からないが。
今回のアップデートに併せて、Maschine Mikroと言う新型コントローラも発売。

MASCHINE MIKRO | NATIVE INSTRUMENTS : PRODUCER

コントローラ、Maschineコントローラより奥行きが約10センチ少なくなって、重量が1.8キロから1.2キロにスリム化したそう。
うーん。正直ビミョー。KORGのnanoPadくらいスリムになったんなら「おおースゲー!」って思うけど、この中途半端なスリムさと引き換えに、ノブやボタンが減って操作性が悪くなり、液晶2画面が1画面になっている。
新規ユーザにアピールってことでしょうかね。

それはともかく、このマシーン・マイクロを使ったジェレミー・エリスさんのパフォーマンスがスゴイ。

最後のドヤ顔、まさに会心の笑み。ドヤ顔中のドヤ顔。
許す。この人のこのパフォーマンスだったら、ドヤ顔許す。参りました。
しかしこう言う才能って、どうやって育つんだろうね。ひたすら家でドラムパッド叩いているのかな。
そのうち日本でも、ピアノ教室じゃなくてMIDIコン教室が開かれたりしてね。
ヤマハやカワイで、小学生向けのMIDIコン教室が出来て、発表会ではジェレミーさんみたいな指ドラムのパフォーマンスをやるの。
こんなのとか。


いやー。ムネアツだねー。

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2011年9月14日 (水)

三度目の棚卸し

楽しかった山形ラウンドアップも終わり、いよいよマイ棚卸しに取り掛かっている。
棚卸し表を書くのは、今回で3度目だ。
一度目は最初のスポンサーといっしょに、全生活史書き出し式でやった。ひいらぎさん言うところのライフストーリー式ってヤツだ。これが1年のバースデイを迎える直前。
2度目の棚卸し表作成は、いまのスポンサーとビッグブックのスポンサーシップ形式でやった。JMQの本に書いてあるやり方だ。たしか2008年の横浜での回復集会でいまのスポンサーにお願いして、棚卸しをしたのは2009年に入ってからだったと思う。
今回、3年ぶりの棚卸しだ。

まだ手放せていない恨みがあるかも知れない。
新しい恨みや怒りが湧き出しているかも知れない。
「日々の棚卸しをやっているから大丈夫」と思っていても、紙に書き出してみると案外、色んな感情のしこりが残っていることに気がつく。

魔法少女まどかマギカは、魔法の源であるソウルジェムが濁るとグリーフシードに変わり、やがて魔法少女は魔女になってしまう、と言う設定だった。魔女になりたくなければ、魔女を退治し続けてソウルジェムが濁らないようにメンテナンスし続ける必要がある。
ぼくも感情の澱をため込んだままでいると、いつかまた怒りや恨みにとらわれて、飲んでいるアル中に変身してしまう。

何より、スポンサーの立場でだけソブラエティを続けていると、だんだん傲慢になって行く気がしてならない。
スポンサーから、新しい仲間から、ミーティングから、書籍から、イベントから。日々の暮らしから。色んなところから日々の気づき、日々の回復をバランスよく受けとる。それを新しい仲間やスポンシーにアウトプットして行く。この流れが滞ると、自分の成長は止まるんだと思う。

日々成長し続けるか、停滞してソブラエティの質を失って行くか、どちらかだ。
進み続けなければ、沈むしかない。
魔女になりたくなければ、魔女を退治し続けるしかないのだ。

スポンサーに会うのも久しぶりだ。
震災後に気持ちが落ち着かない時期、大きな支えになってくれた。再会が楽しみである。
さてさて、張り切って棚卸し表を書いて行きましょう。

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2011年9月13日 (火)

東北ラウンドアップin山形は楽しかった&美味しかった

あらためて、東北ラウンドアップのこと。
山形でのラウンドアップは、実に11年ぶりだと言う。当時の実行委員長や中心メンバーはは裏方に回り、新しい仲間たちの手で作られたのが今回のラウンドアップだ。
新しい仲間たちの企画力、実行力に心からエールを送りたい。

最初にチラシを見た時にはプログラムらしいプログラムもなく、正直少し不安になった。
でも当日は分散ミーティングなど、しっかり時間割が決まっていた。
混乱もなく、中だるみすることもなく、盛会のうちに終了。新しい仲間、古いメンバー、みなそれぞれに得るものが大きかったと思う。

2日目の芋煮会はとても美味しかった。
今回はお店が用意した食材&鍋釜・燃料で、メンバーがDIYで芋煮を作るという形。実に10鍋が用意されていた。
里芋とこんにゃくはあらかじめ鍋に入れてある。水から煮て、芋に箸が通るようになったら牛肉を入れる。醤油と砂糖で味付けをして、食べる直前にネギを入れて一煮立ち。
うまそうだ!
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近い鍋から人が群がって行く。
ぼくはもう一人、グループの先行く仲間と共にいちばん遠い鍋を担当。
取り掛かりが遅かったので、あまり人が集まってこない。
まぁ、でき上がるころにはみな集まってくるだろう。と思ったら。

誰も集まってこない・・・・。
ムリだから。これふたりで食べるとか、ぜったいムリだから。
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余りまくるわれわれの芋煮。あああ。せっかく美味しくできたのに。美味しく煮えたのに。
ほとんど芋煮が消費されないまま、フライング気味にシメのカレーうどん化に移行。それでも誰も寄ってこない。ううむ。
ぼくはがんばって3杯は食べたけど、それ以上はさすがにムリ。しかし山形の芋には美味い。死ぬほど美味い。

帰りがけに山形県観光物産会館でラフランス・ソフトクリームを食べて、楽しいイベントは無事に終了したのでした。
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来年の東北ラウンドアップは青森だそう。
楽しみにしています。

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2011年9月12日 (月)

山形のラウンドアップは楽しかったが

山形のラウンドアップ、無事終了!
楽しかった。良い話もたくさん聞けた。TCO関連の話し合いで夜のミーティングには出られなかったが、色んな人と会えて、色んな話ができた。
楽しかった。

・・・のはいいんだけど、はしゃぎ過ぎたせいか、帰ってきてから高熱が。
39度の熱が出てあっけなくダウン。
ううむ・・・トシかも・・・。
きょうは(きょうも)早く寝るベ。おやすみーん。

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2011年9月10日 (土)

青空ミーティング

青空ミーティングです。
30分ほど山道を登って来ました。
疲れたけど気持ちがいい!

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山形ラウンドアップ到着!

山形ラウンドアップ、会場到着。
これから分散ミーティングです。
プログラムの紙が凝ってるんだ。
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2011年9月 9日 (金)

あすから東北ラウンドアップに

あすから東北ラウンドアップに参加してくる。
場所は山形。
ぎりぎりまで日程が確保できるか分からず、主催の仲間には迷惑をかけてしまった。
何とか宿泊の都合をつけてくれて、感謝である。

今回は、なんと毎年恒例の芋煮会との合体イベントである。
2日目は早々にさようならミーティングを終え、芋煮会場に向う予定になっている。
楽しみだぜ!
しかし、旅館のしっかりした朝食を食べて、お昼に芋煮を食べられるのかと言うギモンが。
新しい仲間の食欲に、年齢を感じるきょうこのごろ。
がんばって喰いまくってやるぜ!

・・・それはともかく。
また新たな出会い、新しい発見があるんだろうな。
何年経っても、ラウンドアップの前日は期待と緊張を感じる。
大きな分かち合いが得られますように。

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2011年9月 7日 (水)

ロジックボード交換でプラグイン再登録トラブル

久しぶりにDTM関連。
最近はDTM関連にまったく時間が取れない。たまにLiveやLogic Proを起動しても、ちょっとプラグインをいじったりギター練習用のトラックを作っては保存せずに終了したり、その程度。
で、この前MacBook Proを修理して、ロジックボード交換になったんだけど、その後がたいへん。

多数のVSTやAUユニットのプラグインが、再オーソライズしないと動かなくなった。
iLokなどのUSBデバイスで認証してあるプラグインはいいんだけど、近ごろはどういうわけかチャレンジ&レスポンス式が多い。
で、だいたいが「チャレンジ&レスポンスは3回まで。それ以上はサポートにメールしてくれ」と言うサポートページに書いてある。
プラグインの数だけサポートにメールを出すのはたいへんだ。
しかも、対応がうーんな感じのところがある。

Yellow Tools社は2回メールして1週間以上経ったけど返事なし。オーソライズも「規定回数超えてるからできません」表示のまま。うーん。
仕方ないので、これからサポートフォーラムに書き込んでみる。

アクティベーションは3回までと言う縛りは、どこのプラグイン会社も同じようだ。
「それ以上必要だったらメールしてね、すぐ再アクティベーションするから」ってサポート態勢も同じだけど、実際レスポンス悪いと精神衛生に悪い。
だいたい、パソコンを買い替えたりOSをアップデートしたりすれば、規定の3回なんてあっという間に越えてしまう。
IK Multimedia社のSampleTankなんて、2005年ごろから7年も、マシンもOSバージョンも乗り換えて使い続けている。3回の認証なんてとっくに越えている。再認証リクエストをサポートにメールしているが、ここも今回は返事が来ない。

ネット経由で認証形式でも、ほとんどストレスがかからないところもある。
AASは、プラグイン再インストール後にダイアログボックスが出るので、それをクリックすればおしまい。
プラグインの認証は、iLok形式か、AAS形式にしてもらえると良いのになー。
逆に、良い評判のプラグインでも認証形式がチャレンジ&レスポンス式だと、購入をためらう。
Yellow ToolsのIndependence Proもチャレンジ&レスポンス式と聞いてイヤな予感がしていたけど、案の定だった。今後ここの製品を購入することはないだろう。

ソフトウェア製品はメリットも多いんだけど、こういうトラブルも多い。しばらくまたハードウェア優先になりそうな予感。
ううむ。

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2011年9月 5日 (月)

13キロジョグ

きょうの朝ラン、13キロ。1時間13分。1キロ5分45秒くらいのペース。
がんばっていつもより速いペースを目指したが、思うように上がらない。
夏場はペースも距離もさっぱり伸びなかったからなー。
走力を上げるにはうんとがんばらないといけないのに、ちょっとサボると下がるのはあっという間。
年齢的にも、走力を向上させて行くのはきつい。
「走力を上げること」を目標にするのではなく、「下げないこと」あるいは「下げ幅を極力少なくすること」に目標を置いた方が良いのかも知れない。

夏場のランで分かったのは、スピード走をやると、たしかに足は強くなる。しかし、故障も多くなる。
スピード走→ちょっと速いペースで走れるようになる→でも膝が痛くなってしばらく休み→元の木阿弥
てなパターン。

鈍足でも、長く走れなくても、とにかく続けること。走ること自体を楽しむこと。サボっても雨で走れなくても気に病まないこと。
大会は、完走できたらそれで良し。ハーフで2時間オーバーだろうがフルで5時間越えようが、気にしない。
生涯ファンランナーで行くぜ。

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2011年9月 4日 (日)

須賀川翠ケ丘GのOSM

きょうはAA須賀川翠ケ丘GのOSMに行ってきた。
「つながる」-アルコール依存症者とその周縁-と言うテーマで、サブテーマは家族との絆、社会の中での回復、と言うことのようだ。
興味深く聞いた。スピーカーはAAメンバーだけでなく、家族の方も入っていた。こう言うのは大賛成である。
OSMと言うと、とかくAAメンバー本人が自分の回復の物語を話して終わり、と言うパターンが多い。
それはもちろんすばらしいことで、何の異論もない。
でも、さらに一歩、そこから進んで、家族や社会との調和も考えて行きたい。われわれはAAの中だけで生きていくわけにはいかない。回復を目指す中で、家族や社会の中で役割を担い、周囲と調和の取れた暮らしを打ち立てて行くことが大切だ。そして、そういう暮らしを実践する中で、AA以外の物事に費やす時間や労力も増えて行く。
AAプログラムを、AA以外の暮らしで意識的に使って行かないと、感情のソブラエティを保てない。
AAミーティングに来れない中で、ステップや伝統を使って行く。
今までは、そう言う話はあまり語られなかった。語ったとしてもあまり共感されなかったように思う。
今回は、そこに焦点が当てられていた。
主催の仲間にエールを送りたい。

ある意味、AAの中でAAプログラムや回復を語るのはたやすい。
でも、われわれはいずれAA以外の、リアルな実生活との関わりを増やして行かなくてはいけない。AAはこころ休まる場所だけれど、ずっとゆりかごに留まり続けるわけには行かないのだ。
そしてAA以外の場所でAAのやり方を貫いて行くには、仲間の力、フェローシップの力だけでは足りない。
ステップを、本当の意味で、生きるための道具として使えないとやっていけないのだ。

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