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2011年7月19日 (火)

審査会が目前に

いよいよ例の資格審査会があすに迫った。
すでにPowerPointファイルは本部に提出済み。あとは7分の制限時間をオーバーしないよう、あすのプレゼンをがんばるだけである。
14年間、本部に通い続けた成果が判断される。

難敵の存在は、気が重い。不可を出されたら、再提出の道はとてもとても険しい。そして不可を出す確率は、この審査員長がいちばん高い。

恐れが湧き上がってくる。言い様のない予期不安。
こういう時こそステップ11である。審査員側の問題は、ぼくにはどうしようもない。彼を呪っても恨んでも何も問題は解決しない。かえって自分の中の恐れが膨れ上がって行くばかりだ。

恐れはぼくの側の問題だ。祈ったところで恐れがたちどころに消えるわけじゃない。それでも、自分の側の問題を取り除いてもらうようぼくは祈る。
自分の欠点からの解放を祈り、手放すよう求めれば、いつかは健康な心に戻してもらえる。

二つの道がある。
審査員長を恨み、呪い、彼が担当に当たった我が身の不運を嘆き、自己憐憫に浸るか。
あるいは自分の恐れや恨みや自己憐憫を取り除いてもらえるよう神に祈り、与えられた状況を受け入れ、試練を乗り越えようとするか。

子どものころから、ぼくは他者評価の奴隷だった。他人の顔色を窺い、いつも他人から良い評価をもらえることを期待した。ほめられるために努力した。そして、絶えず移ろいゆく他者評価に囚われ、心の平穏を失っていた。
いつもぼくは、他人の目に自分がどう映るかばかりを気にして、少しでも周囲の顔色がすぐれないと気持ちが安らがなかった。

皮肉なもので、まさに他者評価によって、それもよりによっていちばん厳しいひとに、自分の14年間の成果物を判断される。
そう言う意味ではこれもまた恵み、だね。
悪い評価を受けようが、それは相手の側の問題。そもそも結果がどうなるかなんて、やらないうちに分かるわけがない。
ぼくは、自分がやるべきことをやったのなら、それで良し。恐れることも恨むことも惨めに感じる必要もない。受け入れて、手放して、がんばりましょう。

どーれ、帰ったらも一回リハーサルだい。

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