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2011年5月17日 (火)

批判はなぜつらいのか

批判を受けるはつらい。
今回、自分の成果物を数十ヶ所も不備不足を指摘された。
いまその記録を見ながら訂正を行っているが、山のような指摘事項リストを見ていると気持ちがくじけそうになる。

もちろん、批判した側に悪意があったわけではない。彼らは自分の役割に従い、不備不足を指摘しただけだ。多少行き過ぎた表現があったにせよ、ぼくの人格を傷つけることが目的だったとは思えない。
何の批判も受けずに世に出された成果物に、価値があるわけがない。クリエイティブな分野でもビジネスでも、世に出されて評価を得ているものは、一定の批判を受け、それをクリアしているものだけだ。
逆に言えば批判は、作品をブラッシュアップして価値を高めていくためには必須のことなのだ。

批判は、成長の糧なのである。

そうは言っても、批判を浴びると誰でも立ちすくむ。自分の作品や成果物には誰だって感情移入する。それを批判されると、あたかも自分自身を、人格を批判されたように感じる。傷つく。グサッと来る。そうではないことが理屈では分かっているのに。

だから問題は、批判をする側ではなく、自分の中の怯え、プライド、過剰なナイーブさにある。
それを少しでも取り除くことができれば、批判の怯えから解放されて、作品のブラッシュアップに集中できるのだ。問題は批判する側ではなく、ネガティブな感情にとらわれている自分自身にある。

歳を取れば取るほど、社会の中でそれなりのポジションを得れば得るほど、批判からは遠ざかる。批判される側から、批判する側になっていく。傷つかない位置に身体が逃げる。
でも、成長し続けたかったら、やっぱりつらくても批判なり批評を受けるのは必要だと思うのね。

ブライト「殴られもせずに一人前になったヤツがどこにいるものか!」
アムロ 「もうやらないからな! 誰が二度とガンダムなんかに乗ってやるものか!」
ってことだね。
ああ、アニメオチになっちゃった・・・残念。
しかしアムロの中二っぷりは、ホントわれわれの姿そのまんまだね。

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コメント

一発勝負の検定とは違い、宿題が出されて再審査なんですね。検定会の場合は「また来年(冬)~」
気楽なもんです。

投稿: ボンジ | 2011年5月18日 (水) 21:08

ボンジさん

コメントサンクスです。
おお、検定会は一発勝負なんですね。その方がよりプレッシャーでしょう。
ぼくの方は審査会でボロクソに叩かれて「いま言われたこと2週間で全部たたき直してこいゴルァ」です。
厳しいと言えば厳しいですが、リトライのチャンスがあるだけマシかも。
今夜もひたすら作業あるのみです。トホホ。

投稿: カオル | 2011年5月18日 (水) 21:50

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