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2011年5月11日 (水)

失恋したきみへ

失恋したんだって?
そりゃあキツイね。しんどいだろう。ひどい気分だろう。
ぼくも昔ひどい失恋をしたことがある。
泣いた。もう朝から晩まで、わんわん泣いた。体中の水分がみんな涙になって干からびちゃうくらい泣いた。体中がばらばらになって心も粉々に砕け散ったみたいに思った。
来る日も来る日も、泣いて泣いて泣き続けた。痛みを消そうと酒を夜昼なく浴びるように飲み続けて、結局アル中になっちゃったくらいだ。

きみもいま、ひょっとしたらそんな気持ちかも知れないね。
あるいはきみは怒っているのかも知れない。相手に腹を立てて、自分に腹を立てて、相手と自分の交際も、一緒に過ごした日々も、ひどくむなしくて無価値なことのように思えるかも知れない。
きみは言う。自分がやってきたことは、自分の人生は、何の価値もなかった、って。

ぼくは趣味でマラソンをやっている。
もう何年もやっているのに、タイムが上がらない。自分なりに一生懸命努力しているけど、フルマラソンのタイムはひどいもんだ。サブフォーどころか、5時間切りがやっとだ。
人と比べないように気をつけてるけど、でも若いひとが初マラソンで3時間半とか聞くと、正直うらやましい。
でも、ぼくはぼくに与えられた能力でやっていくしかない。
余分な肉はすぐつくし、筋肉はすぐに衰える。体が固くなってすぐ膝や腰を痛める。それでもそういう自分と折り合いをつけてやっていくしかない。
大会が決まったら、練習目標を決めて、努力する。計画通りに行かなくても、やれるところまではやる。それでタイムが悪くても、人生を少しだけ前に進めたんだって思える。
何ごとも結果はだいじ。だけど、結果に至る過程でどれだけ成長できたかってのもだいじだ。

ぼくの失恋も、あのころはひどい痛みとしか感じなかった。早くその苦痛を終わらせたかった。
いま思い返すと、その経験を通じて、ぼくはこころの痛みと言うものを自分なりに理解できた気がする。
もしあの体験がなかったら、ぼくはひとの痛みなど気にしない、ひどく傲慢な人間になっていた気がする。

いまきみは、とてもそんなふうには思えないかも知れない。
でも、覚えていてほしい。
きみがパートナーを愛したこと、彼女と理解しあおうとしたこと、彼女との関係を育てようとしたこと。
それは、とてもとても貴重で、すばらしいことだ。
別れるって結果でも、きみも彼女も、関係を育てようとして努力したことは、かけがえのないことだ。
いずれきみが、いまのことを振り返って、すばらしい成長の糧だったと気づけるといいね。

きみが無価値だったと思えば、それは無価値だ。
きみが成長をしようと思えば、それはすばらしい資産だ。

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