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2011年4月 6日 (水)

フジロックとサマソニに思うこと

フジロック出演アーティスト、第3まで発表になった。

フジロックフェス

知っているアーティストがいない。燃えない。
何だろう、この小粒感。
海外勢だけでなく、国内勢も何とも言えない感じ。サマソニのXジャパン起用とは比べるべくもない。
やっぱり、地震や原発の影響かな。海外アーティストはそう言うのに敏感そうだもんな。まぁ、フジらしいといえばフジらしいラインナップだ。

サマソニだと、ぼくは目当てのアーティストを目指して次々とステージ間を移動する。フェス飯を食べている間も、体力、移動効率やタイムロスをじっと考えている。ステージの途中で次のアーティスト目指して移動することもしばしばだし、2曲くらい見てつまらないと感じたらすかさず移動を開始する。フェス自体は千葉マリンスタジアムと幕張メッセと言う、まさに「ハコ」であり、ステージの収容物でしかない。
まさにショーケースである。

フジは、下手するとステージをほとんど見ないまま半日が過ぎる。オレンジの土手でまったりとし、アヴァロンの草地の斜面で昼寝をし、ところ天国で靴を脱いで川遊びをする。気がつくと遠くから聞き覚えのある曲が聞こえてきて、ああそう言えばこのアーティストを見る予定だったっけ、と思い出す。雨が降れば雨に打たれ、泥にまみれながらみな踊っている。

ロープウェイでヘヴンに登ると、ロックフェスだか何だかもうどうでもいい、ひたすら自由でアーシーな空間が広がっている。遊ぶ子ども。「だるまさんが転んだ」や長縄跳びに打ち興じる大人たち。ギターパンダ。ロックフェスという名の、でっかい休日。

ポピュラーミュージックのショーケースとして巨大化・先鋭化するサマソニと、フェスと言う空間と時間を楽しむフジロック。アーティストのラインナップだけを見て善し悪しを判断することはできない。
とは言え、フジロックもまったくアーティストがふるわないのは寂しい。このままだと、アタリ・ティーネイジ・ライオットとケミブラで燃え尽きるしかないじゃないか。ロック勢とテクノ勢、追加を期待したいところ。ケミスツかPaul Van Dykかハードフロアあたり来ないかな。

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