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2011年3月 8日 (火)

初めに必要なこと

先日BBを読んでいたら、こんな一節が飛び込んできた。

「初めに必要なのは、自分の意思で突っ走ろうとする人生は、うまく行くものではないと受け入れることだ」
(p87)

今まで何度も読んでいたところなのに、いまの自分にとってなにか特別な印象を持った。
ジョー・マキューの本でも、最初に必要なのは自分のやり方ではうまく行かないことを認めることだ、と書いてある。釘打ちの例に例えた話だ。

そんなことは分かっている。12ステップを受け入れた時に、そのことは認めたはずだ。
でも、それなのに。
「その時に分かった」と言うことと、「いま現在分かっている(実践できている)」と言うことは、まるでちがう。
日々の暮らしの中で、いつの間にかまた自分のやり方で突っ走ろうとしている。かつて失敗した方法を、また使おうとしている。そう気がつく。

逆説的反応、と言う言葉がある。
うまく行かないと分かっていても、失敗すると分かっていてもその行動を取り続ける、と言う、人間の行動パターンのことだ。
動機付け面接の本には、こんなことが書いてある。

アルコール・薬物問題を持つひとは、多大な個人的苦痛や喪失にも関わらず、その習慣を続けようと固執する
ウィリアム・R・ミラー「動機づけ面接法 基礎・実践編」

さらにこう続く。
ひとは個人的な自由を侵害されたと感じると、問題行動に魅かれ、その行動を行う頻度が上がる。

われわれアルコホリクは、恨みや怒りで容易に他人の言動に反応する。反応するということは、怒りや恨みを判断の根拠にしてしまうということだ。
ぼくは酒が止まって9年になるけど、いちど怒りや恨みが判断基準になると、あっという間にそれが判断の根拠になってしまうことがよくある。歯止めがかかりにくい。そこのところの自己規制力がすっぽり抜けていることに気がついて、しばしばガクゼンとする。
普通のひとは怒りを抱いても、それはそれ、行動や言動の判断はまた慎重に、と言うひとも多い。ぼくにはそれがなかなかできない。
オレばかりが不利な目に遭わされている。誰もオレのことを分かってくれない。
そう感じるのは致し方ないとしても、それをそのまま行動や判断の根拠にしてしまうと、あっという間に自我が暴走し始める。
暴走とまでは行かなくとも、少しずつ、少しずつ、間違えた根拠による間違えた判断を積み重ね、かつての利己的で不正直な生き方に戻っていく。

自分の意思で突っ走ろうとする人生はうまく行くものではない、と受け入れる。
何度も何度も、そのことを気づき、受け入れていく。
ステップは、勉強して一度やればそれでいい、と言うものじゃない。繰り返し繰り返し、日々の実践の積み重ね。
ステップを使って生きるってことは、そういうことなんだと思う。

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