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2009年5月18日 (月)

三宅伸治、ラストワルツ

きのう三宅伸治のライブを見てきた。
郡山のラストワルツ。移転・再オープン記念ライブ。
旧丸井裏の、もともとバンブーンというエスニックの店があった地下のスペースだ。

地下へ降りる入口にはRCのシングル「ステップ!」のジャケットが貼ってある。
店に降りると、ステージの後ろには清志郎の、RCの写真が飾ってある。
マスターのIさんも清志郎の死を悼んでいるんだろう。
しかしこの環境、三宅氏はだいじょうぶなんだろうか。

ライブが始まる。
移転前のコンクリート打ちっ放しのアーバンな雰囲気とは正反対に、オーガニックでやさしい雰囲気の店だ。
三宅の声が響き渡る。
途中で後ろを振り返り、清志郎の写真を見つめて「・・・ボスが見てます」と微笑む。
なんかもう、その笑顔を見ているだけでじんと来る。

清志郎の話を交えながら、いつものセットリストで行くんだろうな。
そう思っていたが、RCや清志郎(と三宅の共作)も交えてステージは進む。
ラグタイムバージョンの「君が僕を知ってる」。君にだけわかる言葉。OH!BABY。デイ・ドリーム・ビリーバー。
しかしOH!BABYは不思議なコード進行だ。メロディーメーカーとしての清志郎の秀逸さを再認識。
それ以外にも、ディランのIf not for youのカバーをやったり。
相変わらず多彩。曲も多彩だし、楽器も多彩。ドラムマシンを入れてディストーション・ギターを弾いたり、アコギでしっとりと聞かせたり。多彩なんだけど、三宅伸治のテイストでうまくまとまっている。
「月がかっこいい」で盛り上がったあと、次の曲ではなんと、ギターを弾きながら店の外に出て行ってしまう。喜んで付いていくわれわれ。店の外で大いに盛り上がり、弾きながらまたステージに戻っていく。カッコイイ。大いに盛り上がったあと、最後は「雨上がりの夜空に」を客と大合唱。

そうだよな。こうでなくっちゃ。
くよくよしたってしょうがない。清志郎のいちばん近くでプレイしてきた男が、ここまで豪快にロックンロールを弾くんだ。からっと行こう。立ち上がって前に進むんだ。

そう言うメッセージを、三宅のライブから受け取った気がする。
サンキュー三宅伸治。
打ち上げを楽しみにしていたんだけど、Iさんによれば、今はまだファンと話ができる状態じゃないんだそう。機材を片付けてそのまま宿に引き上げたらしい。
それもよし。
いいライブだった。三宅伸治という男の魅力がまたひとつ輝いた夜でした。

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コメント

みんなが悲しみを胸に秘めて頑張っているんですね。
土曜日に会った泉谷もそうでした。
いつもの通り、毒舌を振りまきながら、心の中ではやりきれない
思いを抱えて。
人はそうして生きていくんですね。

投稿: haco | 2009年5月18日 (月) 22:46

hacoさん

三宅伸治、最後の曲が終わったあと、数分間頭を深く垂れたまま動かなかった姿が印象的でした。
いつもならすぐ着替えてきて、CDにサインしたり写真を撮ったりとファン交流があるのですが、今回はナシ。
ファンを大事にする人なので、よっぽど堪えているんだろうなぁと思いました。
それだけに、ライブの笑顔、気合いの入りっぷりはすばらしいと思いました。
これもロックンロール、三宅の生き方なんだなぁと。
hacoさんは池袋で泉谷に会ったんですね。
彼が今後どう成長し、どんな音楽を作っていくのか、楽しみです。

投稿: カオル | 2009年5月19日 (火) 22:47

清志郎がこの世に存在しないことを受け止められずに
毎日を過ごしています。
10代のころ、親の価値観に疑問をもち、自分はどんな風になっていくんだろう・・気持ちのコントロールがうまくつかない日々。RCのライヴは衝撃でした。清志郎は「そのままの自分でいいよ」といつも語りかけてくれているようで、救われました。
いまは、なにも考えられない、なにも手につかない・・・気づくと泣き崩れてしまってます。

この十年 子育てや家のことで昔のようにRCや清志郎を
聞いてこなかった。
清志郎とまだまだ同じ時代を過ごしていけると信じきっていました。

三宅さんの様子を読みました。
清志郎のそばでずっと清志郎と歩んできた三宅さんが気丈に日々を送っているのですね。
 
そうですね。
泣いていては清志郎は喜びませんね。

メンフィスでのレコーディング風景を見ました。
清志郎は最後に最高のアルバムを私たちにおくってくれました。
「あいつの口笛」の清志郎がまた語りかけてくれます。

きっと元気になります。

投稿: ミッキー | 2009年5月21日 (木) 16:19

はじめまして、ミッキーさん。
コメントありがとうございます。
自分と似たようなRC体験で、つい微笑んでしまいました。

「ソロになってからの清志郎を、われわれはきちんとフォローしてこなかったのではないか?」という思いは、ぼくだけでなく、かつてのRC世代に共通している思いなのではないかと思います。
でもそれは彼を忘れてしまったわけではなく、RCや清志郎から受け取ったメッセージをわれわれが実際に生きようとしてきたからではないでしょうか。
ニューアルバムを聴かなくてもライブに行かなくても、われわれの中には清志郎からもらったメッセージが息づいていたんだと思います。
近年のアルバムの売り上げが1万枚に満たないのに、葬儀式には4万人以上が訪れる。それはそう言うことなんじゃないかと思うのです。
精神的な支えだったんですね。

ファンとの交流を大切にする三宅が、CDのサインもせずに引き上げざるを得ない状態。相当にしんどい状態だと思います。
それでも豪快にロックンロールを演奏する。そこに三宅の意志と、清志郎から受け継いだものとの両方を感じました。
清志郎のように、三宅伸治のように、ぼくも誇り高く生きよう。そう思いました。

投稿: カオル | 2009年5月21日 (木) 21:17

カオルさんへ

「・・でもそれは彼を忘れてしまったわけではなく、RCや清志郎から受け取ったメッセージをわれわれが実際に生きようとしてきたからではないでしょうか」
カオルさんの言葉に癒されます。

清志郎を聞いてこなかった10年間をうめるように
清志郎を聞いています。

エキセントリックだけど、普遍的なことがとても大切。

ライブはあんなにパワフルなのに 普段は寡黙に内に内にパワーをため込み、はちゃめちゃやってる風なのに ストイックに楽曲作り・・・・・相反することなのに
すべて清志郎なんですよね。そして 清志郎のそういうあり方が私の軸でした。

ほんとに精神的な支えですね。


「会いたくなるのさ 君のぬくもりに」
まるでこの状況をわかっていたかのような清志郎の詩。

亡くなったあとも私たちも気持ちをすくってくれるのですね。

三宅さんのソロ活動を知らずにいました。
仙台でライブがあるときは是非いきたいです。

投稿: ミッキー | 2009年5月21日 (木) 22:26

ミッキーさん

youtubeで大量に清志郎の映像が出ておりますが、どれもほんとうに清志郎らしくて、ロックで、泣けてきますねー。
三宅はちょくちょくソロで東北にも来ますので、ぜひライブに足を運んでください。かっこいいですよ、ほんと。

投稿: カオル | 2009年5月21日 (木) 23:59

気持ちを共有できるかたたちがいらっしゃること、とても力になります。

これからも時々おじゃまします。
よろしくお願いします。

投稿: ミッキー | 2009年5月22日 (金) 08:12

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