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2009年1月16日 (金)

マイ・ブルーベリー・ナイツ~ワンデイコインを集め続けた男の話~

マイ・ブルーベリー・ナイツを見た。
仕事でアパートを開けている間に妻がレンタルビデオ店から借りてきた。
ノラ・ジョーンズ主演だという話はおぼろげに憶えていたが、それ以外はまったく事前情報なし。あまり期待せずに見始める。

冒頭。
ノラ・ジョーンズ演じる主人公はパートナーと別れ、ジュード・ロウ扮する主が経営するカフェに入り浸る。傷心のノラと一瞬恋が芽生えかけるが、恋に臆病な彼女は黙ってニューヨークを離れ、あてどない旅に出る。
次第に、この映画はアメリカ各地を転々としながら彼女が出会うさまざまな人たちを描写したロードムービーだということが分かる。
ある町で彼女はウェイトレスの仕事をする。食事も出す大きめのバーだ。
そのバーにひとりの中年男が入り浸っている。いつも泥酔し、閉店まで粘った挙げ句ふらふらの千鳥足で帰って行く。彼はひどく傷ついている。若い妻が浮気相手のところに出て行ってしまったのだ。
ある晩。いつものように飲んでいると浮気相手が店を訪れる。殴りかかろうとした彼は逆にぼこぼこにされる。
深酒におぼれていく彼に、ノラはカウンター越しに話しかける。酒をやめようとは思わないのか?と。
彼は酔った目でじっとノラを見つめ、やがて無言でポケットに手を突っ込む。何かをつかんだかと思うとカウンターの上に持って行き、こぶしを開く。
カウンターの上に無数のコインがけたたましく散らばり落ちる。きらめくコインがアップになる。瞬間、「AA」の文字がちらっと読み取れる。
酒をやめるために「ある集まり」に行ったのだ、と彼は話す。そこでこのコインをもらったのだ、と。酒をやめた一日目の記念に、このコインをもらったのだ、と。
そのコインが無数にある。つまりコインの数だけ酒をやめることに失敗したのだ。
ポケットいっぱいのそのコインを常に持ち歩いていたと言うことは、つまり彼は酒をやめようと思っていたのだろう。そうじゃなければそんなコインを持ち歩くはずがない。
ノラはコインを彼に返そうとする。でも彼は押しとどめる。カウンターに散らばったコインをすべてノラに委ね、彼は千鳥足でねぐらに帰っていく。
酒をやめようとしてやめられなかった男が、長年持ち歩いたであろうコインを手放す。
男の絶望が伝わってくる。
やがて男は浮気をやめようとはしない妻とバーでケンカを始める。大勢の客の前で彼を侮辱した妻に対し、彼はバーのど真ん中で拳銃を抜く。でも引き金を引けない。去っていく妻。
その晩、男が運転するクルマが町の真ん中で事故を起こす。彼は死ぬ。

彼が亡くなったその場所で、妻とノラが話をする。
妻は長年飲酒の問題がひどく、彼と出会ってようやく酒が止まったのだ、と言う。
彼の愛が重荷だったのだと語り、そして7年の断酒を続けてきたにも関わらず、ついにウォッカを飲み干す。彼と同じバーで、彼と同じように泥酔する妻。

悲しい話だ。
これはこの映画の複数の逸話の一つに過ぎない。
その中で一番こころに残ったエピソードである。それはぼくがアルコホーリクスだからなんだろう。
彼が感じた絶望は、ぼくが長い間ずっと抱えてきたものと同じだ。
ぼくは失恋がきっかけだった。
ある女性を好きになったが、好意を打ち明けると彼女は去っていった。それまであった温かく親密な何かはあっという間に失われ、二度と戻らなかった。ぼくはそのことに耐えられなかった。
酒をやめることもできない。飲み続けることもできない。生きることがどうしてもできない。深い絶望と喪失感。自分の中の大切な何かはとっくに死んでしまって、自分は抜け殻だという感覚。愛する人を自分の手で深く傷つけてしまったという、死にたくなるほどの罪悪感。酒が原因だと分かっているのに、その痛みを逃れるには酒で感覚を麻痺させるしかないという絶望。

鎮痛剤のことを英語でpainkillerと言うそうだ。ペインキラー。痛みを殺すもの。
ぼくにとって、彼にとって、人生は痛みそのものだった。生き続けることそれ自体がつらく、痛みにあふれた営みだった。だからその痛みを殺す何かが必要だった。痛みを殺してくれる薬物が必要だった。楽しいから、旨いから飲み続けたわけではないのだ。
たかが失恋、たかが妻の浮気。
そう言ってしまうのは簡単だ。でもそれがどれだけ痛みを伴うのかは、その身になってみないと分からない。

ぼくはAAにつながりようやく酒が止まった。深酒が始まってからAAに出会うまで13年かかった。生きてここまで来れたのは、僥倖という他ない。
AAに足を運んだからといって酒が止まるとは限らない。実際、AAにつながりきれなかった仲間はたくさんいる。ワンデイコインを何枚ももらった挙げ句に姿を消す仲間も数え切れない。
マイ・ブルーベリー・ナイツのアル中男は、ぼくの町、あなたの町、世界中のどこにでもいる存在なのだ。
この映画で描かれている悲劇はいつもどこかで現実に起きている。

AAミーティングに行こう。新しい仲間に話をしよう。
自分は無力だけど、ひょっとしたら誰かの役に立つかも知れない。
我々にできるベストを尽くそう。あらためてそう思った映画だった。
それにしても淡々と抑えた中にアル中の痛みがひりひりと伝わってくる、いい映画でした。

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コメント

お久しぶりです!こんにちわ。

カオルさんのお酒が止まるまでの 自分ではどうすることもできなかったキモチ痛いほど伝わりました。
今、わたしのダンナさんは4回目の入院中です。AAに繋がりつつも 数え切れないほどのスリップ…
カオルさんと同じです。、決して飲みたい訳ではない、飲まずにはいられない痛みを持っているのでしょう。
彼の生き辛さをわかれば分かるほど、わたしも違うところで苦しくなってしまう。
でも、彼の進む道をわたしが代わって歩く事はできない。彼の道を 仲間と共に歩ける日がくればとおもいます。


ただ今の私にとっての救いは、飲んでいてもAAに行きたいと言っていた事です。彼はもう気付いているとおもいます。

投稿: ミック | 2009年1月17日 (土) 13:21

ミックさん、こんばんは。
飲酒をやめたいけれどやめられない。
飲み続けて生きることも酒をやめて生きることもできない。
何ともツライ状態です。
ご主人もきっとそんな気持ちでスリップを繰り返しているのでしょうね。
AAに行きたいとおっしゃってるとのこと、何よりです。
仲間は、AAは、いつでも待っています。
どうかご主人がミーティングにつながりますように。
たとえスリップを続けていても、ミーティングに来続けていさえすればかならず状況は好転します。ぼくも先輩たちにそう言われてきたし、じっさい何とかなりました。
何回スリップしたかじゃなく、あきらめずにミーティングに足を運び続けられるかどうかが勝負どころです。
そばで見ているミックさんも相当につらいことと存じます。
ミックさんご夫婦に回復の喜びが訪れることを、こころから祈っています。
ネバー・ギブアップ!

投稿: カオル | 2009年1月17日 (土) 22:52

カオルさんありがとう!

実は少し弱気になっていました。彼がお酒をやめたいと言ってる限り あきらめてはダメですよね!ネバー ギブアップ!


ずっと病院へは行けなかったけど、明日は彼に会いに行くことにします。

投稿: ミック | 2009年1月18日 (日) 00:02

カオルさん、お久しぶりです。
ブログ、ちょくちょく読ませていただいてました。
マイ・ブルーベリー・ナイツに書かれた記事は何回も何回も繰り返し読みました。

アメリカ映画にはアルコール依存症をテーマにしたものと出会うことがありますね。
突然AAが出てくる場面に出くわすこともありました。
(日本じゃアルコホーリクスや関係者じゃないと理解できない場面だと思いますが)
映像の中のAAでも回復しているアルコホーリクスの姿は輝いています。

>ミックさんのご主人もまたAAに繋がりますように。

投稿: 齋藤 | 2009年1月27日 (火) 03:01

齋藤さん

お久しぶりです。
映画じゃないんですが、ハードボイルド小説でマット・スカダーシリーズというものがあります。アル中の探偵が過去の傷を負いながらアル中になり、AAにつながって回復する過程が描かれています。
ぼくが飲んでいるアル中真っ盛りのころ、このマット・スカダーが好きで良く読んでいました。
本の主人公と自分が同じような人生を送るようになるとは思っても見ませんでした。
米国では日本とは桁違いにAAが浸透しているんでしょうね。
AAが登場する興味深い作品があったら、ぜひ教えてください。

投稿: カオル | 2009年1月27日 (火) 23:36

マイ・ブルーベリー・ナイツ観ました。
男の妻が、酒代を支払ったのが印象的でした。

私が興味深いと思う映画は「マイ・ネーム・イズ・ジョー」です。
「トラフィック」「28DAYS」も面白いと思います。
トラフィックは麻薬の話ですが、アル中の人物も出てきて、
依存症の会が何回か出てきます。
アメリカドラマの「ダーク・エンジェル」にアル中の人物が出てきます。
ファーストシーズンの終わり頃に、AAもちょこっと出てきます。

マット・スカダー、読んでみます!
小説にもAAが出てくるんですね。興味深いです。

投稿: 齋藤 | 2009年1月30日 (金) 00:31

齋藤さん

そうです、妻は最後に男のツケを払っていったんですよ。
印象的な一場面でしたね。
マイネーム・イズ・ジョー、トラフィック、28デイズ、いずれも未見です。
ぜひ今度見てみます。
ありがとう!

投稿: カオル | 2009年1月31日 (土) 22:37

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