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2008年8月28日 (木)

ある仲間の死

最後にあった時は、彼は元気そうだった。
ミーティングの会場で椅子に座り、くつろいだ様子だった。
何かのカタログを開き、隣の仲間と型番がどうのとか話していた。
いまは趣味どころじゃないだろう、と苦々しく思ったことを覚えている。
それでも彼の屈託のない笑顔を見ていると、何も声をかけられなかった。

その日のミーティングで、彼に順番が回ってきた。
話の中で、それとなくぼくのことを言っていた。感謝している、いつか改めてお礼を言いたい、と。
戸惑いを感じた。本気で言っているのか。当てこすりなんじゃないのか。
ミーティングが終わった後、声をかけなかった。複雑な気持ちがあった。
彼も、ぼくに何も言わなかった。
出口に向かう彼の背中を見ながら、もう少ししたら、いずれじっくり話そう。腰を据えてアルコール依存症と、回復の話をしよう。ぼく自身、彼自身、もう少し落ち着いて話せる時が来たら。
そう思っていた。

一ヶ月後。彼の自宅を訪れた。
呼び鈴を押すと、彼の母親が出てきた。まあ。よくいらっしゃってくれました。あの・・・・。
言葉が続かない様子だった。
葬儀屋が忙しく立ち働く中、彼は横たわっていた。
顔を覆う布を、母親がそっとめくってくれた。
日焼けした浅黒い肌。やんちゃで生意気そうな目、眉。少し笑ったような、はにかんだような表情。
最後に見た時と何も変わっていなかった。
息も鼓動もしてない、と言う点を除けば。

それから彼の最後の1週間の様子を聞いた。
壮絶な、絶望と自殺願望とアルコールの1週間。
彼がどれほど絶望し、孤独に陥り、誰かの助けを必要としていたか。
時間厳守のクリニックの勉強会に遅刻した時、どれほど絶望したか。この世界のどこにも自分の居場所がないと感じたか。
死にたい、死にたい、死にたい。
果てしない連続飲酒の中、そう言い続ける一方で、母親にすがり、そばにいてほしいと懇願したか。
お母さん、ぼくはもう死にたい。もうダメなんだ。お母さん、ごめんね。こんな息子でごめんね。ぼくを許して。助けて。助けて。助けて・・・。
母親の話は涙と嗚咽で遮られ、彼の死の時点までたどり着かなかった。

ほんとうに、残念なことです。なんと言っていいやら・・・
ぼくは壊れたテープレコーダーのように、その言葉を繰り返した。それ以外の言葉が出てこなかった。
ほかに何が言えたろう。
そんな有様なら電話をくれれば良かったのに、とか?
どうしてクリニックに相談しなかったんですか、とか?救急車を呼ばなかったんですか、とか?
何の意味もない。家族を傷つけるだけだ。でもそれ以外にはぼくの頭には気の利いた言葉は何も浮かんでこなかった。

アルコール依存症。
飲酒に対するコントロール喪失。破滅的な飲酒欲求。死に至るまで飲み続ける。
一度コントロールを失ったらもとに戻ることはない。酒をやめることはできても以前のように飲めるようにはならない。
再飲酒をする。最初はうまくいくかも知れない。一杯飲んだからといってすぐに死ぬ訳じゃない。何だ。飲めるじゃないか。そう安心して多くの仲間が最初の一杯に手をつけた。
そう、最初の一杯はうまくいく。ラッキーなら二杯目も。三杯目も。次の日も。次の月も。ひょっとしたら1年後も。
でも、いずれあの連続飲酒発作がやってくる。あの恐ろしい、昏倒と離脱を繰り返す連続飲酒発作。自分が何を考えているのかも分からない、苦しくて苦しくて次の一口を飲むこと以外は何も考えられない、アルコールの奴隷。
最初の連続飲酒発作はラッキーにも乗り越えられるかも知れない。でも次は分からない。次にブラックアウトから目覚めた時に生きているかどうかは神のみぞ知る、だ。そもそも連続飲酒の奴隷になっている時には、生きていたいとさえ思わない。
ぼくに分かるのは、その先には死が待っていると言うことだけだ。遅かれ早かれ。

これは紛れもなく死に至る病だ。簡単な事実。飲めば、死ぬ。

帰り道、ぼくは頭の芯が痺れたようになっていた。車を止めた場所が分からなくなって、しばらく周囲をうろついていた。涙さえ出てこなかった。
どうにもたまらず、仲間に電話した。仲間は言った。彼はあなたにメッセージを残したんだ。彼はあなたに死の意味を託したんだ、と。

あれから4日経った今も、その会話の意味を反芻している。
でも気がつくと、彼のことを考えている。
彼の声。小生意気な口調。屈託のない笑顔。母親の嗚咽。
ぼくと彼を隔ててているものは何だろう。
彼が何に絶望したか、ぼくはよく分かる。ぼくもかつて連続飲酒の果てに無断欠勤を繰り返し、そのたびに果てしない罪悪感と孤独を感じた。
アルコールのもたらす罪悪感は強烈だ。恥辱。おまえは最低の人間だ。クズだ。社会の害虫だ。いますぐ死んで世間様にお詫びしろ。呼吸をするだけで犯罪だ。この世の大損害だ。
そんな風に無限に自分をののしる中、寂しくて寂しくて、誰かにすがりたい気持ちで胸が張り裂けそうになる。この世にもう何も自分に残されていない気がして、孤独のあまり涙が止めどなく流れ落ちる。誰かの優しさを恵んでもらわないと今すぐ死んでしまいそうな気持ちになる。
誰か、誰か助けて。誰かぼくを助けて。ぼくを抱きしめて。どこかに飛ばされないように。死の谷に吹き飛ばされないように。
それを共依存、というのはたやすい。
でも無限の罪悪感の中で感じるあの強烈な孤独は、そうでもしないといられないものだ。
彼が感じたこと、母親に言ったことは、ぼくが飲んでいたころに母親や妻に言ったこととまったく同じだ。彼は死に、ぼくはまだ生き残っている。でもその分水嶺は、ほんのちっぽけなものでしかない。
ぼくはミーティングを大事にし、ミーティングで正直になろうと心がけた。仲間の話に耳を傾け続けた。スポンサーを見つけてスポンサーシップを利用した。職を失わずにいられた。良い伴侶に巡り会えた。
でもそれがなかったら、いまあそこに横たわっているのは間違いなくぼくだったろう。

The future's uncertain, and the end is always near.
未来は不確かで、死はいつも傍らにある
-Jim Morrison

さよなら。Y。
ミーティングのドアを開けると、おまえが座っているんじゃないかって思うよ。
不敵な笑顔で、おまえが肩越しに振り返るんじゃないかって。
昨日もそう思ったよ。たぶん、次のミーティングも、その次のミーティングもそう思うだろう。
この文章を書きながら、やっと俺は悲しいという感情にたどり着いたよ。
Y。おまえが死んで俺は悲しいよ。とてもとても悲しいよ。つらいよ。俺はおまえが好きだったんだよ。覚えているか、おまえと並んで祝った1年のバースデイのことを。まるでつい昨日のことのようだよ。もうこれっきりさよならだなんて、たちの悪い冗談にしか思えないよ。

そうだな。こんなことを書き連ねてもしょうがないな。いつかまた会おう。
どこか気持ちのいい風の吹く丘の上で、並んで腰を下ろして話をしよう。
その日を楽しみにしている。
また会おう。Y。

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コメント

本当の内容の5%位は理解したつもりだよ。
それでも逃げずに最後まで読んだよ。
そんな自分にご褒美…「僕はえらい!」
そして仲間の死をどんっと受け止めてる君は「盆爺の次にエライ!」

投稿: 盆爺 | 2008年8月28日 (木) 16:24

bonziさん

読んでくれてありがとう。
身近な方が亡くなるのは、何ともやるせないものです。
最後まで読んでくれたこと、感謝します。
bonziさん、えらい!

投稿: カオル | 2008年8月28日 (木) 18:42

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