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2008年5月 7日 (水)

ミドリ・屹然たるアイコン

2008年の荒吐ロックフェス。ぼくのベストアクトはミドリだった。
ミドリ。
何とも形容のしがたいバンドだ。ウィキペディアにはその音楽性をハードコアパンクと形容されているが、あきらかにパンクとはルーツが異なる。フリージャズ。インプロバイゼイション。どちらかといえばそんな言葉で表現した方が近いだろう。一般受けしないジャンルだ。インダストリアル。アバンギャルド。ノイズミュージック。キャッチーなサビがあるわけではない。音楽的なカタルシスともほど遠い。従来だったら「奇矯な女性ボーカリストを擁したアバンギャルドバンド」としてシーンの底辺で存在をささやかれているような位置づけだったろう。

しかし2008年現在、ミドリは立派なメジャーバンドである。
若いオーディエンスがモッシュし、ダイブし、ボーカリスト後藤まりこの一言ひとことにダイレクトな反応を示す。アバンギャルド系にありがちな、オーディエンスが戦慄しつつパフォーマーを遠巻きに見守る図式とはほど遠い。客は踊り、突進し、こぶしを振り上げて熱狂する。そう、ミドリはロックバンドなのである。

去年の荒吐で見た時は、ミドリは奇矯な女の子ボーカルが売りのバンドだった。セーラー服を着た美人ボーカルが、下着もあらわに過激なパフォーマンスをするらしい。そう言うウワサが先行していた。2ちゃんねるの荒吐スレでもパンツが見えたとか見えないとか、そう言う書き込みが目立っていたように思う。そしてウワサに違わず、後藤まりこはセーラー服のスカートを振り乱し、マイクを何度も頭に叩きつけ、PAスピーカーによじ登っていた。歌詞の大半は聞き取りにくく、ベース、ドラム、キーボードはただひたすら轟音を奏でていた。何か新しいものが生まれつつあるのかも知れないという予感と、ただ単に目新しいだけで終わってしまうようなあやうさの、言い様のない際どさがあった。

それから1年。
荒吐1日目、鰰ステージ。ミドリに押し寄せた客は、去年とは比べ物にならないほど数が増えていた。周囲の若者たちからは、暴れる気満々の雰囲気が漂っていた。演奏前、バンドメンバー本人たちがサウンドチェックを行う。後藤まりこが一言しゃべるたびにオーディエンスが沸き立つ。彼女もメンバーもひょうひょうとしている。緊張している様子はない。「もうちょっと待っててね」と言い残し、いったんメンバーが引っ込む。過剰なほど沸き立つ観衆。

周囲は今にも爆発しそうな予感に満ちている。期待と熱気が蒸気のように空気を満たしている。5分。10分。演奏開始を告げるジングルが鳴ると、歓声とともに一斉にモッシュピットの客が前方に詰めかける。曲が始まる。速いテンポのドラム。荒れ狂うベース、キーボード、そしてギターをかき鳴らして後藤まりこが叫ぶ。早くもステージ前方ではダイブ、モッシュが始まっている。音の密度が去年とは段違いだ。目に付くのはボーカルのパフォーマンスだが、バンド全体からエネルギーを感じる。
曲が進むに連れて、客は少しずつ落ち着いてくる。それとともに周囲の期待がよりいっそう高まってくるのが分かる。熱い注目がボーカルに集中している。客はみな期待しているのだ。後藤まりこが何かをやらかしてくれるのを。破滅的なパフォーマンスを披露してくれるのを。下卑た期待だ。予告自殺を待ちわびる野次馬たち。ビルの上の自殺者を見上げる群衆。だがその期待感こそ、バンドをいまのポジションに押し上げてきたのも間違いない。どうする後藤まりこ。

彼女はオーディエンスの上にダイブし、その上に立ち上がった。人波に支えられて客の上に立った。客やスタッフを挑発するようなセリフを連発する。客がケガするくらいだったら自分がケガする。そう言ってマイクで自分の頭を叩き始めた。
それから、かなり苦労してPAスピーカーの上によじ登った。いったん外周のフェンスに上り、そこからスピーカーを登る。落ちるんじゃないかとはらはらしたが、いくつかの障害物を乗り越えてスピーカーを登っていく。
ついに高さ5メートルはあろうかと言う3段積みスピーカーの上に彼女は立ち上がった。両手を腰に、微動だにせず、曇り空を背にオーディエンスを睥睨している。興奮した客たちが彼女に向って叫び、手を差し伸べる。アイコンと言う言葉が頭をよぎる。轟音。スラップベースの打音とめちゃくちゃなピアノの音。オーディエンスの絶叫。空を背に一点を凝視したまま動かない後藤まりこのセーラー服のスカートだけが風にはためいている。スピーカーの上では時間が静止したかのようだ。そしてその下では異様な熱狂が会場に満ちている。
いったんスピーカの端に腰かけ、彼女はステージ下の誰かに両手をかざした。何度か甘えるように首を振ったあと、彼女はそのまま地上に飛び降りた。
興奮するオーディエンス。しばらくしてまりこは何事もなかったかのようにステージに戻り、フィードバックの轟音を残してミドリのステージは終わった。

荒吐が終わってから2ちゃんねるを見ると、賛否両論飛び交っている。キワモノ。目立ちたいだけ。中身がない。何がいいのか分からない。

ネガティブな感想が並ぶ。それだけミドリはエネルギッシュでエモーショナルなバンドだと言うことだ。エルヴィスもドアーズもストーンズもピストルズも、みなまったく同じことを言われた。ミドリはオーディエンスの中の何かを激しく揺さぶる。好きも嫌いも、両方の感情を強く呼び起こすのだ。

PAスピーカーの上に仁王立ちした後藤まりこは瞬間、間違いなくロックのアイコンだった。
優秀なアジテータ、ロッカー、パフォーマーだけが創りうる無二の瞬間がそこにあった。
ブルース・スプリングスティーンが「I'm just the Prisoner Of Rock'n'Roll!」と絶叫した瞬間。イギーポップがガラスを叩き割り、その上を転げ回った瞬間。ドアーズの最良の時期のライブ。ジミ・ヘンドリクスのモンタレーのライブでギターに火を放った瞬間。破滅型のロックンローラーが破滅と引き換えに何かを伝えようとした時の、ありったけのエモーション。
ロックでしか表現しようのない何か。ロックとしか表現しようのない何か。
セーラー服をなびかせて空の上に立つ後藤まりこ。恐ろしいような、美しいようなその姿は、いまも焼き付いている。

自分はいま新しい何かを見ていると言う予感が、確信に変わる。
このバンドはこれからどうなっていくのだろう。破滅的なパフォーマンスとアバンギャルドが融合したこのロックバンドは。

その日の午後、津軽ステージのうつみようこ終演後。
客が退けてしばらくしてから、ステージ袖出てくるミドリのメンバーに出くわした。後藤まりこもいた。ついでに佐藤タイジもいた。あれだけの高さから飛び降りたにも関わらず、後藤まりこはケガをしている風もなく、ふつうにすたすた歩いていた。おそるべし。

ミドリというバンドが何を伝えたいのか、いまだにぼくにはよく分からない。
言いたいことなんて何もない。伝えたいことなんてどこにも見当たらない。でもそれがどうした。愛だの平和だの自由だの、ありきたりのテーマを表現しなくっちゃいけないなんて誰が決めた?
そもそも何を表現したいかなんて、表現者自身分からないことが大半じゃないのか?
ただやみくもな表現欲求、ワケの分からない衝動やメチャクチャなエネルギー。そんなものがロックを動かしてきた原動力ではなかったか。いつの時代も若者の胸を揺さぶってきた力ではなかったか。
後藤まりこがCan you hear me?と叫び、観客が絶叫で答えた時。PAスピーカーの上に屹立した時。両手を広げて飛び降りた時。
何か分からないけれど、バンドもボーカルも、何かを伝えようと、表現しようとした渾身のエネルギー。そのカタマリは確実に胸に届いた。
つまり、一言で言えば、こういうことだ。

ロックンロール。


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コメント

%の続きが気になるお年頃。

投稿: otama | 2008年5月 8日 (木) 00:04

otamaさん

ご指摘ありがとうございます。スミマセン。テキストエディタで書いてコピペしたんですが、どうしたワケか文章が途中でちぎれてしまったようです。うーん。

投稿: カオル | 2008年5月 8日 (木) 06:47

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