マンガ「ぼくらの」の衝撃
ここ1,2年、アニメ界は豊作続きである。NHKにようこそ、コードギアス、涼宮ハルヒなどなど。
またひとつ衝撃作を見つけた。
鬼頭莫宏「ぼくらの」。
もともとはコミックで、最近アニメ化されている。
ぼくはアニメ化の記事を見て原作を知った。
夏休みの臨海学校に来ていた15人の少年少女たちが、ナゾの人物に出会う。
ナゾの人物に導かれてナゾの巨大ロボットに乗り、15体の敵と戦って地球を守る。
ロボットアニメお決まりの、陳腐で退屈なおとぎばなし設定。気が遠くなるほど使い古されたパターン。
この作品はそこから出発して、とんでもない場所へ読者を連れて行く。
少年少女たちは次々と死んでいく。ばんばん死ぬ。死を否定しようと何らかの形であとに残そうとしようと、意味があろうとなかろうと、機械的に順番に、彼らは死んでいく。
乾いた白い絵が、よけいに怖さを引き立たせている。
主人公たちは読者を道連れに、必至に生きようとし、必至に最良の選択肢を探そうとする。死が不可避なら、それまでになせる最良の行動とは何か。死が数日後に決定しているなら、いま何を考え、どう生き、どう死ぬべきか。
他者の命を奪って生きるとはどういうことか。自分に他者の命を奪って生きる価値があるのか。他者と自分を隔てるものは何か。自分と他者との間に本質的な差異が存在しないなら、彼らの死と自分らの死は等価ではないか。
古今東西、さまざまな表現作品が扱ってきたテーマに、「ぼくらの」は古典的ロボットアニメの形態を借りて挑戦している。
いじめ、リストカット、拒食症、引きこもり、暴力、などなど、ネガティブな現代的/普遍的テーマをちりばめながら。
死について/生についての多層的な考察を読者に突きつけながら、物語は15人の死に向って進んでいく。
SFとしても心理劇としてもとても優れた作品だと思う。
このお話は、とても凄惨で美しい。作者の力量はすごいものがある。
切江編は泣けたッス。
戦争や特攻隊を美化する映画の薄っぺらい自己陶酔センチメンタリズムから100万光年も離れて、「ぼくらの」は胸に迫ってくる。
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