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2006年5月31日 (水)

ミーティングに行けた

きょうは何とかミーティングに行けた。
テーマはステップ4。
仲間と本を回し読みしているうちに、つい眠ってしまいそうになる。
イカンイカン。
先週からこの方、やたら忙しい。せっかくミーティングに出たんだから、仲間の話にしっかり耳をかたむけねば。
自分の番が来たら、ついテーマとは関係ない話をいろいろしゃべっちゃった。
きょうの会場は、ぼくがはじめてAAミーティングに出た思い出の場所。
ここを使わなくなってしばらく経つ。
久しぶりに足を踏み入れたその公民館は全面改修が行われて、あのころのさびれた雰囲気はなくなっていた。
考えてみたら、ぼくがAAに足を踏み入れてから5年以上が経つ。(ソーバーは5年弱だけど)
あっという間のような、長い時間が経ったような。
まだまだ回復していないし、課題はたくさんある。
でも、あのころのどうしようもない孤独感やこころの渇きはずいぶん少なくなった。
これからも、仲間とともにこの道を歩いて行けますように。
そんなことを考えたミーティングでした。
とにかくミーティングに行けて、仲間に会えてヨカッタヨカッタ。満足な一日だったス。

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2006年5月30日 (火)

マツケンのAWA踊り、感想

見ましたよ、マツケンのAWA踊り。
相変わらずですね、マツケン。いつも通りのB級なゴージャス感。目が割れるような強烈な色彩の浴衣。
アヤしい腰元ダンサーズのお姉さま方。
どこまでも突き抜ける能天気さ、もとい、ハッピームード。
ぜひがんばって、マツケンサンバ2を越えるヒットになって欲しい。

しかし、聴いていて若干の懸念が湧いてきた。以下の点で、やや不満が残る。
・最初に聴いたときの印象がやや散漫。
別にメロが悪いとかノリが悪いとかじゃなく、構成がやや複雑なのが原因だと思います。
歌メロが、サビを入れると5パターンもある。Aメロ、Bメロ、Cメロ、サビ、サビ2、か。構成が冗長なのは歴代のマツケンサンバの特徴でもあるんだけど、それにしても長い。
・ダンスソロがない。
いつも振り付けの真島氏とマツケンが中心となった中盤のダンスが楽しかったんだけど、今回はナシ。
Cメロとかサビその2は削ってでもダンスソロは入れて欲しかった。ざんねん。
・真島氏、いるのか?
ビデオを見る限り真島氏は見当たらない。おおぜいの男性ダンサーに紛れているのかも知れないが、マツケンサンバで一躍スポットが当たった彼の姿が見えないのは残念。
そもそも今回はパパイヤ鈴木氏の振り付けで、真島氏ではないんだとか。
おお、どうしたのか真島。

ネガティブなことを書いてしまったが、毎回マツケンサンバを職場で踊っている身としては非常に期待している。
ぜひヒットして欲しい。
がんばれマツケン!!

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2006年5月28日 (日)

マツケンのAWA踊り

マツケンのAWA踊りのCDを買った。
マツケンサンバの第3弾である。
別にマツケンのファンなわけではない。
うちの職場で、今年は盆踊り大会でもマツケンをやろうという話があって、マツケン部長からCD購入を命じられたのである。もちろん自費だ。トホホ。
ジャケットには、目の覚めるような青い海の上で、竜巻に乗ったマツケンが写っている。
今回の衣装は海の青。波しぶきっぽい模様だ。
空にはカモメが舞っている。ああマツケン。どこまでもマツケンワールド。

どうもうちの支社トップが「盆踊りでもマツケンやりませんか」とマツケン部長に持ちかけたらしい。
まぁ、おもしろそうだからやっても良いんだけど若干問題が。
1.マツケンサンバ3がコケたあと、果たしてこのマツケンAWA踊りは世に受けるのか?
世間の誰も知らないキテレツな踊りを踊るハメになるのでは?
2,練習する時間が取れるのだろうか?昨年末のマツケンサンバの練習、かなり日程がタイトだった印象が。
3.有志一同が、かなり疲れてきている気がする。ぼくにはよく分からないんだけど、事務部門の方でマツケンに参加するしないでいろいろもめたらしい。そのあおりで、参加してくれたスタッフがやっかみを喰らってしんどい思いをしたとか。うーん。

まぁとにかく、見てみないと始まらないね。
いま、夜中の職場。
これからそっとマツケンAWA踊りを見てみます。
きっとまた、ぶっ倒れそうなくらいノーテンキなんだろうなー。

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MacBookほしいなー

しばらく前からアップルのノートが欲しい欲しいと書いてきた。
ここにきて、iBookの後継機種となるMacBookが登場。
Intel Core Duo2.0GHz。解像度1280 x 800ピクセルのディスプレイ。2.36kg、現ラインナップ最軽量の重量。
スペックとしては上位機種のMacBook Proとくらべ、ごくごく僅差だ。
主な違いは、グラフィックカードの性能。あとビデオメモリを専用に持っているかメインメモリーと共有しているかどうか。かな。
細かい違いはいろいろあるが、ExpressCard/34スロットの有無とかバックライトキーボードとか、まぁなくてもとくに不便はないと思う。
できればUSBスロットが3基ある17インチMacBook Proがいいなーとも思うが、しかし値段が35万円と、ほぼ倍だからなぁ・・・。

でも、気になることが一点だけ。
ディスプレイの性能はどうなのか。
妻がiBookを使っているが、どうしても自分のPowerBookとくらべ、液晶の品位が低いような気がする。
慣れれば気にならないんだろうけれど、毎日ながめてるものだし。
この辺、現物を見てみないと何とも分からない。
いずれ店頭で実物を見て、それからだね。

それにしても、Native Instruments社はいつになったらuniversal版を出してくれるのだろうか。
ここのソフト群のuniversal版が出てくれないとIntelMacに移行する踏ん切りがつかないんだけどなー。

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2006年5月27日 (土)

忙殺の日々

サンボマスターですがすがしい気分になったのもつかの間。
金曜は夜中まで残り番で、土曜の朝から月曜の夕方まで宿直。
ほんとうは火曜の朝までだったが、さすがに上司が代わってくれた。ホッ。
どうやら月曜にはミーティングに行けそうだ。

AA、家庭生活、音楽、本部の仕事に支社の仕事、プラスもろもろ。
すべてをやろうとしてももちろんできない。
でも、どれもあきらめたくないんだ。

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2006年5月26日 (金)

サンボマスターのライブに行ってきた

きのう、サンボマスターのライブに行ってきた。
わが地元にも近ごろ割にメジャーなアーティストが来るようになった。めでたいことである。
サンボマスター、先日の荒吐ロックフェスで見ていたが正直言って演奏が荒い、と言う印象が否めなかった。
ひたすら音程を無視してがなるボーカル、開放弦を左手で鳴らすだけのギターソロ。
アルバム「サンボマスターは君に語りかける」がファンクからソウルミュージック、パンク、叙情派フォークまで幅広い音楽的バックボーンを消化していただけに、爆音で速いテンポの曲を繰り出すだけの演奏にはやや違和感を感じたのだ。
が、今回はソロライブだ。ハコも小さい。
サンボマスターの、ふだんのライブが聞けるにちがいない。

しかし、やはり爆音。
やはり絶叫調のボーカル。
でもね、楽しかったですよ。なんというか、爆音の必然性と言うか、ボーカル山口隆が伝えたい何かを伝えようとするため、必然としての爆音だなと感じました。
客層は、あんまりロックロックしたひとはいなかった。ホント、ふつうの若者たち。金髪もいなければビジュアル系っぽいひともいない。ジーパンにTシャツ、首にタオル、スニーカーの若者たち。
そのふつうの若者たち、おどるおどる。はねるはねる。
客席前方は、最近はモッシュって言うんですか。押し合いへし合いで異様なエネルギー。ぼくも年がいも無くモッシュに参加。先頭から3〜9列目くらいのところを、人並みに押されながらもキープ。なんたってパンク系ライブだもんね。
ダイブも続発。頭上を何度かひとの足が横断していく。

なんて言うかね、モッシュの中に入ると、後方では味わえないような高揚感を感じるのね。
ステージの上のアーティストが感じるものとすごく似ている感覚。
爆音と絶叫でサンボマスターは客をアジテートし、客はモッシュとダイブでそれに応える。そんなコミュニケーションを感じた。
だから自分と客を煽るために、爆音も絶叫も必要としてるんじゃないか。

それでも荒吐ロックフェスほど絶叫続きではなく、ちゃんと歌う曲もたくさんあった。
ボーカル山口隆、やっぱ歌うまい。
客も暴れる一辺倒ではなく、聴かせる曲のときはしっかり聴いていた。
「手紙」では客、大合唱。みんなしっかり大きな声で歌っている。聴いているとやけに胸が熱くなってくる。

2回のアンコールも含め2時間ちょっと。
やはり爆音、やはり絶叫、やはりちゃんとしたギターソロなし。
それでも山口は思いのたけを語り、大まじめに愛と平和と叫ぶ。
いいライブだった。

しかし動いた動いた。踊った踊った。
こんなに体を動かしたライブは久しぶり。昔スターリンを見たとき以来かも。
終わって外に出たら、Tシャツもズボンもバケツで水をかぶったようにぐしょぐしょだった。
なんせサウナの中で2時間踊ってたようなものだからねー。

ちょっとおもしろかったこと。
ふしぎと、ボーカル山口に似た体形の人が多かった。
体脂肪率高目のひとが多かった。
同様に、メガネ率も高かった。
ふしぎなり。

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2006年5月25日 (木)

あやめも終わりに

あまり気がつかなかったが、花ってあちこちに咲いているんですね。
同じ道なのに、いままであまり気がつくこともなかった。
いつものジョギングコース、道端にアヤメが咲いている。
Ayame


花が咲いている。朝日を浴びて色づいている。
美しいと思う。
なんかもうそれだけで、うれしい気分だよ。

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2006年5月23日 (火)

無事な一日

火曜日は某所で、毎週プレゼンだ。
去年一年は勢いだけで話ができた。が、今年は何だか調子が悪い。
去年と同じ資料を使って同じような話をしていても、自分でも消化不良気味のままあっという間に話し終えてしまう。
話が自分の中で膨らんでいかない。
どうやら自分の中に、スマートに話したい、体系的に、じょうずに、アカデミックに話したいと言う下心があるようだ。
さらに言えば、ソンケーされたい、知識と経験を備えた人物として見られたい。そう言う気持ちがどこかに潜んでいるような気がする。
要するに、見栄を張りたいのだ。ああヤダヤダ。

自縄自縛。
スマートにプレゼンしなくっちゃ。豊富かつ高度な内容を平易に、豊富な例を出して伝えなくっちゃ。そう思えば思うほど負担感が増して、準備にへとへとになる。
その割に内容は空疎になり、資料は単語の羅列になる。自分でも平面的にしか理解できていない単語やパラダイムを引っ張り出してきては、自分で脂汗を流す羽目になる。

上手に話したい。それはそれで悪いことじゃないとは思うが、スマートにこなそうと思えば思うほど、いちばん伝えたいことが抜け落ちていくような気がする。
教科書や物の本に載っている知識を、自分にとって意味のある、生きた知識に翻訳して伝える。
現場の例を出して、教科書的な知識が現場でどう生かされるのかを、できればダイナミックに伝える。
ぼくにできるのはそういうプレゼンだけだ。
アカデミックな内容をアカデミックに、サイエンティフィックに話すのは、どうやらぼくには向いていないようだ。

きょう、本部の先輩から良いサジェスチョンをいただいた。
ぼくはぼくにできる話をしよう。
アカデミックでハイレベルな話はどこか別の専門家にまかせよう。
背伸びせずに、自分に出来る話を自分の言葉で話そう。

自分の言葉で、自分に出来る話を。
そうすればきっと何かしら伝わるものが、記憶に残るものがあるはずだ。

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2006年5月21日 (日)

市内のOSM

きょうは市内のAAグループのOSM(オープンスピーカーズミーティング)があった。
市内ではいちばん古い、老舗のKグループだ。
去年は事情で開催できなかった。ことしは1年のブランクを置いての開催になる。

市内だけでなく、各地のいろんな仲間の話が聞けた。
女性、男性、20代前半の仲間、60代の仲間。
生まれも飲んできた環境もちがうけど、みなお酒を飲まない生き方をめざしてAAに足を運び続けている。
最初はちょっと緊張して座っていたが、仲間の話に耳をかたむけているうちに、ああ、みんな同じ仲間なんだなと思えてくる。

きょうのテーマはしらふ。
素面で生きていても、いろんなことが人生には起きる。
酒浸りだったころには人間関係も壊れ切っていたし、そもそもアルコールで頭がマヒしていた。
酒が止まれば、否が応でも社会の中でのひととの関わりが増えてくる。社会の役割が増えてくる。
それに素面で対峙しなくてはならない。

「飲んでいた方が楽だった」
疲れ切って、ミーティングでそう語る仲間の姿をときに目にする。
それでも飲まずに一日を耐えミーティングに通い続ける仲間の姿に、共感と尊敬を感じる。
そうして仲間とともに一日一日を積み重ね、仲間とともにソブラエティを伸ばしていく。

OSM終了後、仲間達と連れ立ってお茶を飲みに行く。
こちらはぐっとくだけたムードで、馬鹿話に花が咲く。
いやはや、OSMのちょっと緊張したムードがほどけて、楽しかったですよ。
ぼくは途中で帰ったけれど、あのあともずっと話に花が咲いていたんだろうな。


仲間たちといっしょに成長し、日々は過ぎていく。
そうありたいものです。

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2006年5月20日 (土)

マンガ喫茶の作法が分からない

きょうは夕方から本部関連のプレゼン。
本部・支社の面々が集められ、それぞれの部門の業務内容を新人に説明する集まりだ。
午後2時から夜の8時までノンストップと言う、ちょっとクレージーな企画。
ぼくの出番は夕方5時からだ。早めに行きたくない。
で、会場の手前のマンガ喫茶で仮眠を取ることにした。

でね。
イヤ、結局マンガ読んじゃって、仮眠は取らなかったんですけどね。
あのう、マンガ喫茶って、利用の作法とかあるんでしょうかね。
基本的に各人がブースを与えられ、そこでマンガを読んだり仮眠をとったりご飯食べたりプレステやったりPCをいじったりするわけです。
マンガや雑誌は、何冊までブースに持ち込んでいいのでしょうか?
きょうはリクライニングブースをもらったので、靴を脱いでゆっくりマンガを読むわけです。
で、1冊読むごとに革靴を履いて本棚まで行くのは面倒なわけです。シリーズ物など、できればまとめてブースに持ち込みたいわけです。
が、自分が大量に持っていってしまうと、ほかのひとに迷惑が。
じっさい、きょうはかなりの人数がそのマンガ喫茶に滞在していたにも関わらず、本棚からシリーズ物がごっそりと抜き取られている痕跡はなかったです。
ううむ・・・。
結局、岩明均の「ヒストリエ」1〜3巻をブースに持って帰り、読み終えたところでマンガ喫茶をあとに。
3巻持ち込み。これがマンガ喫茶のマナーに違反していないと良いのだけど。
マンガを取りに行ったあと自分のブースがわからなくなったり、すみっこにハードなエッチ本コーナーを見つけたり、いやはや、マンガ喫茶は奥が深いですね。

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2006年5月19日 (金)

メガネを新調した

メガネを新調した。いままで使っていたものは、前の職場に勤めはじめたころに買ったものだ。
かれこれ10年くらいは使っていたことになる。
しばらく前から新調したいと思ってはいたのだけど、いま流行の小さいメガネはあまり好きじゃないのだ。
オシャレではあるが、その分視野がせまい。
何度かメガネ売り場で装着したことがあったが、視野のせまさゆえに購入は見送っていた。
しかし、現在のメガネがあまりにも傷が多くなり、ついに新調せざるを得ない状況に。
とぼけた手品師がCMに出ている、何を買っても2万円の店に行ってみた。
案の定、小さいメガネばかりである。レンズの大きいタイプはいきなりオサーン臭い。
いままで使っていた丸メガネで視野の広いタイプを希望するが、なかなか良いものがない。
結局、やや視界は狭まるものの、デザイン的にはいままでとほぼ同じものにした。
メガネを変えると、何だかそれだけですごく自分が変わったような気がする。
今風のメガネをかけると自分もそれなりにイマドキのひとになったような気がする。
おお、いいぞいいぞ。

が。
職場でもAAでも、誰ひとり気づいてくれず。
ま、そんなもんよね。ぼくだってひとがメガネを変えたの、けっこう気がつかないもんなー。
新調して一週間経つけど、気付いてくれたのはひとりだけ。
トホホ。

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2006年5月17日 (水)

ジョー・ストラマー「レッツ・ロック・アゲイン」

GWに観た映画その2。
元クラッシュのジョー・ストラマーが亡くなる直前の映像を捉えた、彼の最後のバンドの映像だ。
クラッシュ解散後の長いブランク。本人に言わせれば、11年ぶりだそうだ。新しいバンドを率いて活動を再開し、2002年には日本ツアーを行う。その前後の映像がこの映画である。その年の12月、彼は心臓発作で不帰の人となった。享年50歳。
思えば、何をやっても「元クラッシュの」と頭に付けられてしまうのが、彼の不幸だった。
あまりにも鮮烈な、時代の象徴だったバンドのフロントマンであったため、その巨大なマスイメージに囚われてしまうのだ。
彼がステージに立てば、かならずファンは「ホワイト・ライオット」や「ロンドン・コーリング」といったクラッシュ時代の代表曲を望む。しかしジョー・ストラマーがそれに応えたとしても、結局はそれは過去の名曲の焼き直しでしかない。
ファンは、マスコミは、時代のカリスマであり、世界をアジテートしていたころの彼を、彼のサウンドを望む。どれだけそれが過ぎ去った過去のことであっても。どれだけそれがファンの記憶の中にしか存在しないサウンドであっても。

それでもジョー・ストラマーはキレたりしない。
来日の映像では、相変わらずファンと肩を組み、オバカなポーズでいっしょに写真を撮る。
飛び込みでプロモートに訪れたラジオ局では「おれ、ジョー・ストラマーって言うんだけど・・・」と言ってもさっぱり通じず、揚げ句インターフォンを切られてしまう。それでも彼は怒らない。怒らないし、あきらめない。
「そういうもんさ」と言う風にちょっと眉を上げ、淡々と事態に対処していく。

ある町では、手書きのフライヤーをせっせと何枚も作り、路上で通行人に手渡していく。もちろんジョー自らだ。
が、どれだけ熱心に手渡そうとしても、誰も受け取ってくれない。みな明らかにうさんくさいものを見る目で彼を見、ジョーを敬遠する。
あのクラッシュの、あのジョー・ストラマーである。U2やレッチリはじめ、世界中のミュージシャンから今なお最大級の賛辞の言葉を捧げられている、あのジョー・ストラマーである。世界中でおおぜいの若者の生き方を変えた、ロックの偉人である。そのジョーが、あの雑誌やアルバムのインナーで何度も見かけた、ファンなら誰でも知っているあの手書き文字。その直筆フライヤーを御大自らが路頭で配っているんである。
でも、誰も受け取らない。
それでもジョーは淡々と、「よし、次はもっと積極的に渡そう」「いまのは失敗だったな!次はこんな風に渡そう」とつぶやきながら、あきらめることなくチラシを渡し続ける。
あきらめない。へこたれない。ヤケにならない。愚直に、エンエンと、やると決めたことを貫徹する。
過去がどれだけ遠く過ぎ去ってしまっても、その背中は誰もがあこがれた、あのクラッシュのジョー・ストラマーにほかならない。

クラッシュとジョー・ストラマーにまつわる美談は多い。
ほとんど他人みたいな、友人の友人に仕事の世話をした。
寝るところのないものには自宅のソファを提供した。
ライブ終了後、エンエンとファンにサインをしたり写真をいっしょに撮ったりした。
アルバム「ロンドン・コーリング」は二枚組にもかかわらず一枚分の値段でリリースし、バンドは赤字を被った。
そう言うことを続けていれば、きっとイヤなことも山ほどあっただろう。
それでもジョー・ストラマーは、やっぱりジョー・ストラマーなのである。
人情が厚くてひとにやさしい、人生と他者に優しい視線を送り続ける、何とも言えない味のある男なのである。

映画はおおきなストーリーの起伏もなく、淡々と進む。ジョー・ストラマー&ザ・メスカレロスはステージをこなし、時にはレコード店の店頭でキャンペーンライブを行い、淡々と次の目的地をめざす。

映画の終盤、ふと思い出したように彼は映画のタイトルになった言葉をつぶやく。
「レッツ・ロック・アゲイン」と。
そのやさしい笑顔を見たとき、ぼくはもう、何とも言いようのない気持ちになった。
そうだね、ジョー。もういちどロックしよう。
20代を過ぎても、30代が終わっても。
時代遅れになっても、オッサン呼ばわりされても、ギターがさっぱり上手くならなくても、最新ヒットチャートの曲がひとつも分からなくても、それでももういちどロックしよう。ロックし続けようじゃないか。

「ネバー・ギブアップ」そして「レッツ・ロック・アゲイン」。
あなたらしい別れの言葉だよ、ジョー。

80年の来日公演。NHKで放映されたライブ番組で、ジョーの言葉がいくつか紹介されていた。
そのひとつに「パンクとは、アティテュードだ」というのがあった。
どれだけ負けが込んでいても、あきらめない。くじけない。ユーモアを忘れない。
最高のパンクロッカーでした。

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2006年5月16日 (火)

カオルの夢

夢。
飲んでいたころ、ぼくの夢は「アル中が治ること」だった。
毎年毎年、初詣ででは何分間も手を合わせ「ことしこそこの病気が治りますように」と祈っていた。
でも、何も解決はしなかった。飲酒はどんどんひどくなり、無断欠勤と隠れ酒の日々が続いた。
何とかがんばって酒を飲まないようにする。あるいは少しだけ飲んで無理やり寝るようにする。
欠勤せず、定時の1時間前に出勤する。妻とケンカしないようにする。感情を押し殺して暮らす。
1日、2日、3日、何とか大丈夫。
1週間、なんとか節酒。でも、そこまでだった。せいぜい10日が限界だった。
連休前の土曜日がくせ者だった。
うっ積していた感情が、積もり積もった飲酒欲求が、連休前の週末に一気に押し寄せる。
ウォッカ、ジン、安ウイスキー。
飲み始まると、あとはもう断片的な記憶しか残らない。何もかもが幻影のようにうつろで他人事のように思える。断片の、途切れ途切れの記憶。そして連続飲酒のジェットコースターが終わったときには連休はとっくに過ぎ去っていて、週の後半になっている。
激怒する妻に隠れてどうやって飲み続けられたのか。
職場には何と説明したのか。あるいは説明していないのか。
外が薄暗いのは夕暮れなのか早朝なのか。
何も分からなかった。分からなかったし、どうでもよかった。
連続飲酒が終わったあとに残るのは、どうしようもない不快さ、そして「また飲んでしまった」という巨大な敗北感。そして連続飲酒が始まる前以上の渇き。

初詣で祈りながらも、こころのどこかでは「もう二度と酒が止まることはない」とあきらめていた。
この病気と心中するか。さもなくば自分の手で人生を終わらせるか。どちらかしかないと思っていた。
でも、このまま死んでしまうのはイヤだった。こわかった。
死ぬことがこわかった。飲み続けて生きることもできなかった。飲まずに生きることはもっともっとむずかしかった。
死ぬことも、生きることも、前に進むことも、後に戻ることもできなかった。

いまぼくは、こうしてお酒が止まっている。
夢はかなったのだろうか。
あまり実感が湧かない。日々の些末なことがらに苛立ち、イヤなこと、思うように行かないことの連続だ。
酒が止まったからといって人生がバラ色になったわけじゃない。
それでもやっぱり、少しずつ夢はかなっているのだと思う。
飲まずに生きる。
困難に出会っても、自分自身を振り返る。仲間の声に耳をかたむけ、自分の過ちを正直に認める。
その繰り返しの先に、いまよりましな自分がかならずいるんだと思う。
自分を、他人を、ゆるせるようになろう。こころを開いて生きていこう。

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2006年5月15日 (月)

夏の集いの下見

きのう、夏の集いの候補地の下見に行ってきた。
山の中腹に位置する、高原のキャンプ地だ。広い敷地にコテージやキャンプサイトがある。
いずれも森に包まれるように、自然に溶け込むように配置してある。

Cottage


妻と仲間2名といっしょに行き、施設担当の方から話をうかがう。
食事はケータリングもできるし、バーベキュー用の具材を販売してもらって、自分たちで調理することもできると言う。
ビジターセンターは木の匂いがする木造作り。広い温泉も併設している。
道路を挟んですぐとなりにユースキャンプ場があり、そこでのキャンプファイアーも可能だ。
イイ感じだ。
予算的にも、例年開催していた会場よりも少ない参加費でまかなえそう。
ことしはぜひここでやりたいと思った。
あとは仲間と相談して、どうするかだね。

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2006年5月14日 (日)

バースデイミーティング

きのうはホームグループのバースデイミーティングだった。
うちのグループでは、手づくりのバースデイケーキをケーキを作るのがトレンドだ。
2時間ほど早くに有志の仲間が集合し、スポンジケーキを切り、フルーツをスライスし、生クリームをかき混ぜる。
すでにこの自作スタイルが始まって5,6回目になるだろうか。ぼくも参加しようしようと思いながらなかなか早めに会場に行くことができなかった。が、今回は何とか間に合った。

過去数回の間に、仲間たちはずいぶんケーキ作りが上達してしまったようだ。いまやごく短時間で、数種類の異なったハイクオリティな生デコレーションを作成できるレベルに到達してしまった。
おそるべきアル中の熱中癖である。
ぼくも負けじと、ケーキ作りに参加する。
まだグループに来てまもない女性の仲間がケーキ制作部長担当である。
ぼくは部長の指示にしたがって、いちごを切り、フルーツをスポンジに並べる。
はじめは
1.部長がクリームを塗る。
2.ぼくが具材を並べる。
3.部長がその上にクリームを塗る。
4.上段のスポンジを乗せる。
と言う順番で作っていた。が、この方法だと3の段階がなかなか上手く行かない。具材の上にクリームを塗ろうとしても、なかなか均等に塗り付けられないのだ。
その後、別の女性の仲間が参加し、上段のスポンジの裏面にあらかじめクリームを塗っておき、それをかぶせる方式を披露。
ううむ、いろんなひとがいろんな知恵を持っているものだ。

Birthdaycake


今回のバースデイは長老格のYさん、そして実年齢がぼくと同じ女性、Nさん。
いつものように、おおぜいの仲間とケーキを作り、食べ、順番に話を回し、飲まない人生の節目を祝う。
AAに来るまでは、誕生日をこんなに大勢で祝うことなんてことは、小学校以来なかった。
ほんとうの誕生日とは別の、もうひとつの誕生日。
ぼく自身、いまはこっちの誕生日の方がうれしく感じる。
Yさん、Nさん、バースデイおめでとうございます。
これからもともに仲間であり続けましょう。
分かち合い、回復の道を歩き続けましょう。

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2006年5月13日 (土)

ジョギング再開の巻

荒吐ロックフェスで体力を使い果たし、その後ジョギングは中断したままだった。
ジョギングをする気力もなかったし、ジョギングとロックフェスでかなり体力がついたような気がしていたからだ。
だがしかし。
体力が衰えるのは早い。


先日、ジャスコを1時間半ほどウロウロしただけで足がつらくなっている自分にガクゼンとする。

広いショッピングセンターとは言え、たかが買い物である。日用品である。ほんの90分である。

昔はこうではなかった。どれだけ不摂生をしてても「衰え」などとは無縁だった。学生時代はバス代を浮かすため、アパートから5キロくらい離れた山奥の学校まで歩いたことも何度もあった。疲れはしたが、筋肉痛だとか足がだるいとかそう言うことはなかった。
村上春樹が「歳を取るとがく然とする体験が多くなる」と言うようなことをエッセイで書いていた。
まさにその通りである。ロックフェスから2週間足らずで体力が低下してしまうとは。

と、嘆いていても仕方がない。問題があるのなら、その問題を解決しよう。改善するよう努力しよう。さっそくきょうからジョギング再開だ。
Morninglandscape02

小雨の降る中、国道沿いをリズムをつけて走っていく。
朝の国道はクルマもまばらだ。朝6時だと言うのに、もうすっかり明るい。夏が近いのだ。
初夏の匂い、朝の匂い、夏草。
どれだけ夏がめぐってこようと、過ぎていこうと、夏が近づいてくるときのあの気持ちは変わらない。
変わっていくものと、変わらないもの。

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2006年5月12日 (金)

フィッシュマンズ「ザ・ロング・シーズン・レビュー」

GW中、何本か映画を観た。そのうちの1本がこの「ザ・ロング・シーズン・レビュー」だ。
これはフィッシュマンズと言うバンドの映画である。フィッシュマンズは、佐藤伸治と言う個性的なソングライター/ボーカリストがフロントマンだった。
99年に彼が亡くなったのと同時に、フィッシュマンズは解散した。
しかし昨年、突然フィッシュマンズは再結成する。ボーカルにUAやハナレグミの永積タカシ、クラムボンの原田郁子、山崎まさよしなどの豪華メンバーを加え、ライジングサン・ロックフェスなどでライブを行った。
この映画はその再結成ツアーの映像を中心に、フィッシュマンズの過去と現在を織り交ぜて構成されている。

言うまでもなく、この映画の主題は「佐藤伸治の不在」だ。
全曲の作詞作曲を手がけ、個性的な作品世界を構築した佐藤。ゲストが歌い、ドラムがテクニカルなフレーズを連発する。でもその中心には、その魅力的な作品を作り、歌った男がいない。
ステージのメンバーが豪華で人数が多いだけ、よけいにその不在が浮き彫りになる。

ドラマー、茂木欣一。現・スカパラのドラマー。
過去のフィッシュマンズの作品で聞く彼のドラムは、どこか頼りなく、力の抜けた感じだった。そしてそれがフィッシュマンズのここちよいダブ/レゲエサウンドに溶け込んでいた。
いま聞ける彼のドラムワークは、ひたすらタイトでアグレッシブだ。手数がやたらと多い。ドラマーとして成長したとも言えるし、佐藤伸治の影を振り払おうともがいているようにも見える。
それでもやっぱり、彼がタイコを連打すればするほど、このバンドの中心人物がいないことにリスナーの意識は行ってしまう。

映画はライジングサン・ロックフェスの映像から始まり、バンドとゲストボーカリストが奏でるフィッシュマンズの名曲の数々を映していく。しかしなぜか、どの曲も中途半端なところで映像が切り替わってしまう。佐藤伸治が生きていたころのオフショット映像も入るが、きちんとしたライブ映像はほとんど出てこない。佐藤とバンドメンバーの醸し出す、イイ感じにゆるんだ日常っぽい空気。
唐突にアニメーションが混じり(よしもとよしとも)、パソコンアニメが入り、そしてふたたび再結成ライブに映像は戻っていく。

この映画は、何も説明しない。
フィッシュマンズを説明しない。佐藤伸治を説明しない。その死を説明しない。再結成のいきさつもゲストについても説明しない。
フィッシュマンズについて何も知らない人が見たら、バンドをテーマにした中途半端な実験映画だと思うだろう。
それでも、いやそれだからこそ、この映画は佐藤伸治を、フィッシュマンズを、その楽曲の優秀さを表現している。
優しくてあたたかい、独特のメロディと言語感覚にあふれた歌の数々。
フィッシュマンズの曲を聴くと、いつでも少しさびしいような、あたたかいような、ホッとした気持ちになれる。
それは佐藤が亡くなろうが、ドラムのテイストが変わろうが、ゲストボーカリストが歌おうが、やはり変わらない。
そしてぼくは相変わらず、きょうもフィッシュマンズを聞いている。「いかれたbaby」や「ベイビー・ブルー」を鳴らしながらクルマを走らせる。
フィッシュマンズの音楽だけがかき立てる、不思議なエモーション。
佐藤伸治の歌だけが揺らすことのできる、こころの中のちいさくてやわらかい部分。
10年経ったって20年経ったって、きっとこの気持ちは変わんないよ。

Fishmans
THE LONG SEASON REVUE

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2006年5月11日 (木)

ねむい

もーダメ。
ひたすらねむい。
会議中も人と話していてもただただねむい。
おやすみなさひ。。。

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2006年5月10日 (水)

山下達郎と言われた日

いやさ、きのうのことなんです。
火曜日はプレゼンを中心にやっておるのですが、きのう始まる前、突然フロアのひとりが話しかけてきたんですよ。
「○○さん(ぼく)って。山下達郎みたいですねー」
おお、達郎。山下達郎・・・。
何の前触れもなく、唐突に達郎と呼ばれるこの世の不思議。
おお、おお、おお。
何と言う驚き。驚愕。

山下達郎は、おおいに尊敬するミュージシャンのひとりだ。
一般には「クリスマス・イヴ」がヒットしたポップスのひと、と言う認識だと思う。
が、長い不遇時代、「FOR YOU」のヒット後のプレッシャー。
渾身の力作「クリスマス・イヴ」が収録されていたのにもかかわらずアルバム「melodies」は、最初はまったく売れなかった。
そういったエピソードにも関わらず、彼は変わらぬクオリティの楽曲を作り、レコーディングのノウハウを地道に勉強し続け、音楽に情熱を捧げ続けた。
音楽に対する真摯な情熱、常人には想像すらできないほどの努力は、称賛に値するものだと思う。

しかし。
ルックス面ではどうか。
一般に達郎のルックスが人の口に上るときは、けっこうアレな感じではないか。
ううむ・・・。

その後も彼女は、プレゼン終了後も重ねて「山下達郎みたい」を連発してくれた。
彼女にしてみれば、ほめ言葉だったのだと思う。
もしもこれが楽器の演奏なり音楽関連の話であれば、とてもうれしいおほめの言葉だ。
しかし、ルックスを指して「山下達郎みたい」と連呼されるのは。。。
ま、深く考えるまい。
有名人に例えてくれたのは、親しみと敬意を表現してくれたのだと素直にとらえよう。
ちなみに、50代半ばくらいの女性でした。うーむ。
自分ではまったく山下達郎とは似ても似つかないと思うんだけどなぁ。
しかし人生ってほんと分からないものですね。

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2006年5月 9日 (火)

連休のあと

ことしのGWは、例年になく休みをもらえた。
で、休みのあとはアタマを仕事に切り替えるのが一苦労。
きのうはわりとスローペースで仕事を再開できたものの、きょうの人前で話す仕事はしんどかった。
はやく仕事モードに切り替えねばとアタマでは思うものの、うちでゴロゴロしていたい気持ちがどうしても湧き上がってしまう。
ううう、イカンなー。
あすからは完全に通常体勢だ。
いつまでも休みボケのままではかえってしんどい。
がんばりまっしょ。
ああ、でも荒吐の日々がつい頭をよぎってしまふ・・・。

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2006年5月 8日 (月)

夏の集いの相談

きょうのAA(Alcoholics Anonymous)ミーティングは、わがホームグループのビジネスミーティングだった。
6月にステップセミナーを予定しているので、その計画など。
その他、8月に予定している夏の集いの相談等々。
うちのグループが主催する夏の集いは、年々参加人数が減っている。一昨年は7人。去年はたしか3人だったか5人だったか。まぁ、去年はぼくもsummersonicに出かけて不参加だったんだけど。
人気がない理由は、何と言っても料金だと思う。1万4千円。もっと安い参加費にしておおぜいの仲間に参加してほしいが、ホテルがお盆価格になるため、どうしても高めの値段になってしまう。
きょうのビジネスで、職場の近隣の村にあるオートキャンプ場を提案した。
妻の母が良く利用するところで、キャンプ場とは言え、コテージはかなり快適らしい。きれいなログハウスに板張りの床、ウッディなテーブル・イス。外の森がよく見える大きなテラスと窓。
たしか以前、新幹線の各座席に備え付けてある雑誌に、オトナの隠れ家宿みたいな特集で掲載されているのを見たことがある。
ここに泊まって、夜はキャンプファイアーを囲んでミーティングができたらいいな、と思った。
問題は食事。
キャンプ場だけあって、食事は自炊が基本。
自炊して後片づけをするのは、人数にもよるけどちょっとたいへん。
いっそふもとの村から仕出しを取るか。
しかしせっかくの自然の中なのに、仕出しも味気ないか。
いっそ屋外でバーベキューをするか。しかし雨が降ったらどうしようもないし・・・。
とりあえず案内に電話して聞いてみよう。
キャンプファイアーミーティング。いいと思うんだけどなー。

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2006年5月 7日 (日)

新グループ誕生に思う

AA(Alcoholics Anonymous)。ぼくの住む市に、新しいグループが誕生することになった。
市内では6つ目のグループだ。
うちひとつは先月活動休止ないし解散してしまった。ので、これで市内に5つのグループが共存することになる。
中心になるのは、ぼくよりもずっと先輩格に当たる仲間だ。最近あまり姿を見かけないと思ったら、新グループ設立だったのか。

ぼくはいまの市内のAAグループに満足している。新しいグループを発足する意図がイマイチつかめない。
でもそれはぼくの視点だ。
立ち上げた仲間には、なにか相応の動機があるのだろう。
既存のグループの枠にとらわれずに発展的なことをしたい。新しいグループで、気分を刷新して分かち合いを深めたい。既存のグループの体質への不満。

でも理想であれ反動であれ、AAプログラムでアルコール依存症から回復をしたい、仲間の回復を助けたいと言う気持ちがあれば、それはAAグループだ。
仲間の新しい旅立ち、応援したいと思う。
でも、最初のミーティングはホームグループのイベントと重なっているんだよなぁ。
ううむ。

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2006年5月 6日 (土)

ゴールデンウィークは模様替え

荒吐ロックフェスで今年前半の最大イベントは終わった。
が、イベントは終わっても人生は続く。
GWの連休。
ことしは奇跡的に連休がもらえた。きのうときょうは、部屋の片づけとDIYで過ごす。
ホームセンターで組み立て式の棚というかラックを買ってきて組み立てる。
カラーボックスも同様に組み立てる。
パソコンデスクも組み立てる。
設計図を元に、パッケージの内容物をネジやナットで組み上げていく。なかなかおもしろい。犬小屋とか作っちゃうお父さんの気持ちがよく分かる。
棚を作ると、何か収納したくなるからふしぎだ(当り前か)。
さらに、部屋の掃除や模様替えもしたくなるからふしぎだ。
パソコンデスクはいままで、メタルラックを組み上げたものを使ってきた。が、何度組み直してもなかなか棚板が水平にならない。それどころか、使っているうちにどんどん前に傾いてくる始末。
最近はまるでピサの斜塔のように傾いてきていた。地震が来たら崩壊しそうであぶないし、見た目にも気色悪い。
思い切って今回、メタルラックを解体して大きめのパソコンデスクと入れ替えた。
これがまー、非常に快適。
部屋の印象もずいぶん明るくなった。
無機的なメタルラックを廃して木目調のデスクにしたことで、模様替えしたかのように部屋の印象が変わった。
いいねーいいねー。

しかし、みな考えることは同じようで。
夜のミーティングに行ったら、部屋の大掃除をしたと言う仲間が何人かいた。
ううむ。なぜひとは大型連休になると掃除や模様替えをするのか。
ナゾなり。

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2006年5月 5日 (金)

DIYないちにち

きょうは平和ないちにちでした。
ホームセンターでパソコンデスクを買ってきて、ちいさなチェストも買ってきて、組み立てて。
ミーティングにも行けたし、平和ないちにちでしたよ。

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2006年5月 4日 (木)

荒吐ロックフェス、キャンプ総括

荒吐ロックフェス。
オトナになってはじめてのキャンプ体験でもあった。
装備にかなり不安があったが、実際に役に立ったものと立たなかったものをまとめてみよう。

役に立ったもの
・帽子、首にかけるタオル
これがあるのとないのとでは雲泥の差が。
・百均で購入した子供用ざぶとん
入場待ちや後方で座って聞く時に重宝した。
Sn340001


・ゴアテックスのトレッキングブーツ
舗装されていない箇所は下生えや落ち葉が厚く、栗のイガも多数落ちていた。
今回足にマメが出来なかったり足に痛みを残さなかったのはこのブーツのおかげ。
雨が降ってもまったくしみなかった。
・ゴアテックスのレインスーツ
最後のブルックシアターのライブはかなりの雨。でもゴアのレインスーツは雨を通さず、体を動かしても蒸れもせず。レインスーツの下で服が乾いていく。快適。

役に立たなかったもの・不要だったもの
・水2リットル
会場内に水はふんだんにありました。
・電動空気入れ
乾電池で動く空気入れ。エアマットの準備・撤収に役立つかと思って購入。
が、あまりにもひ弱過ぎ。口で膨らませた方が100倍強力。
単1乾電池4本+本体はかなりの重量だったが、何の役にも立たなかった。今回、役に立たなかった部門第1位。ショボン。
・パイプイス2脚
イスに座っているヒマなんてありませんでした。ええ。
・ミニテーブル
テーブルを使って何かするヒマもありませんでした。ええ。
・電池式ランタン2ヶ
ランタンは1コで良かったです。単1乾電池を使用する機器は極力少ない方が。
・よけいな衣類
衣類はかさばる。必要かつ十分な分だけ精選した方が良い。
・ガムテープ、ウェットティッシュ、流せるティッシュ、干しヒモ
あちこちのサイトで必要性が強調されていたため夫婦でそれぞれ持っていったが、考えてみたらティッシュ類はかさばる。ていうか一泊二日でポケットティッシュ10コは不必要だろう。フツー。ガムテも干しヒモも使わなかった。
・キャリーカート
役には立ったんですよ。でもひ弱なものを選んでしまったせいか、荷物の運搬でパイプが曲がってしまいました。

あると良かったもの
・ミニ懐中電灯
小型・軽量のものが各自あればランタンはイッコでよかった。
・しっかりした冬用のアウター
キャンプファイアーライブは吐く息が白くなる寒さ。ダウンジャケットかMA-1あたりのしっかりした防寒ジャンパーがないとつらい。疲れと寒さで曽我部恵一は見れなかった。残念。

荒吐は夏の暑さと冬の寒さの両方が体験できる、ある意味貴重なフェス。
それなりの体力と装備が必要だと痛感しました。
あと、当り前だけど重装備で行けば運搬も撤収もそれだけ労力が増える。体力も消耗する。次の行動に移るときに時間がかかる。不用品は切り詰めて、最小限のコンパクトな装備を心がけるべし。って自分のことだけど。
単1乾電池は重い。泣きたくなるほど重い。衣類とティッシュはかさばる。ホントーにかさばる。
それが分かっただけでも貴重な体験でした。
ああ、アホな教訓しか学んでないなぁオレ。。。

でも、ほんとうに楽しい二日間でした。また来年も行きたいな。
入場問題が公式BBSや2ちゃんでも取り上げられているけれど、それさえなければ文句の付けようのないいいフェスだもの。

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2006年5月 3日 (水)

荒吐で下山淳を見た

荒吐ロックフェス06で期待していたバンドのひとつが、ROCK'N'ROLL GYPSIESだ。
ルースターズ解散後、同じメンバーが終結して作ったバンドだ。ぼくは当時、ルースターズの熱心なファンではなかった。が、ルースターズ解散後の花田裕之や下山淳のギターワークはあちこちで耳にした。
タイトなロックギターを奏でる花田。ディレイを使ったりテンションノートをふんだんに取り入れたり、変わった音使いが特徴的だった下山淳。
泉谷しげるのバンド、シオンのアルバム。遠藤ミチロウのソロで聞ける、疾走感と透明感にあふれたスリリングなギター。
80年代後半から90年代初頭、下山淳の演奏は強く印象に残っている。
誰にも負けないオリジナリティを持つ、すばらしいギタリストだと思う。

夕暮れのステージで彼らの演奏が始まる。長身にES-335を抱えた花田がマイクの前に立つ。タイトでスリリングなベースとドラム。そこに花田のギターが乗っかる。うねるようなサウンド、エネルギー。
MCもなく、ひたすら曲が続く。
かっこいい。ムチャクチャかっこいい。
が。
下山淳。痩せててガイコツのようだ。異様な迫力を感じる。向かって左側に陣取り、ギターを弾く。弾くんだけど、音が前に出てこない。聞こえてくるのは花田のギターだけ。その向こう側に、耳を澄ますと下山のギターの音がやっと聞き分けられる。なぜだ。PAのせいか。
彼自身、何となく精気がないように見える。コード進行が心もとないのか、いちど押さえたコードをすぐに変えたりする。ピッキングも弱い。ほとんどなでるようだ。
途中、演奏が思うように行かないのが歯がゆいのか、ソデにいたスタッフに苦笑いして見せた。
ステージの後半になってからはリラックスしてきたのか、体も動かして、ギターの音も少し輪郭がはっきりした。
これからかな?と思ったところで時間終了。

下山淳。。。
彼の実力はこんなモンじゃないはずだ。
理論派というよりは天才肌のギタリストのような気がするし、調子の善し悪しが激しいのかも。
次回見る機会があったら、ぜひ彼のギターを堪能したい。
それにしてもROCK'N'ROLL GYPSIES。
タイトでソリッドなサウンド。荒吐で若手ギターバンドが終結する中、異彩を放つ「ロック」のにおい。
80年代のバンドの大半が解散しているいま、ぎらつく夜の匂いがぷんぷんするこのバンド、ぜひ解散せずに続けてほしいものだ。
もちろんCDを買って帰りました。

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2006年5月 2日 (火)

胸いっぱいの愛を

いやさ、荒吐ロックフェスでラブサイケデリコが出たときにね。
.「LADY MADONNA〜憂鬱なるスパイダー〜」の途中で、レッド・ツェッペリンの「Whole lotta love」をやったのよ。
「おお〜ツェッペリンやるかぁ〜」と思ってちょっとドキドキしながら見ていたのね。
で、客席を見ると、明らかに若いひとたちは戸惑っている風なの。何の曲か知らない風なの。
だって、ツェッペリンだよ。「胸いっぱいの愛を」だよ。ハードロックの始祖だよ。
そうか。ティーンのみなさんにはなじみがないか。
こーゆーことを書くとおじさん臭いかも知れんが、ロックファンが大挙して集まっているロックフェスで、その大多数がツェッペリンの代表曲を知らないっぽいというのは、時代の流れを感じました。
まーそういう自分だってビートルズやストーンズでまだ聴いてない曲もあるし。
90年代後半以降の洋楽ロックシーンはサッパリ分からないし。
でも、そうか。みんなツェッペリン知らないか。そうかそうか。ブツブツ。

という話をデリコが終わってから妻にしたら。
「あたし、ビートルズだって有名なのしか知らないもん」
そ、そうか、そうだよな、みんながみんな有名な曲を全部知ってるわけじゃないもんな。
ひとの知識の多寡をうんぬんしてはイカンよな。
それにしても、しみじみと想ふ。昭和は遠くなりにけり。

そうだ!いっそ「昭和ロックフェス」なんてのはどうだろう?
ルースターズ、スターリン、INU、フリクション、ウィラード、パパイヤ・パラノイア、ラフィン、プリプリ、ZELDA、吉野大作&ザ・プロスティテュート、マルコシアス・バンプ、たま、EP-4、ゴーバンズ、有頂天、筋肉少女帯、リザード、アナーキー、ヒカシュー、P-MODEL、ジューシー・フルーツ、Phew、裸のラリーズ、サンディー&ザ・サンセッツ、泯&クリナメン、ソドム、ゴメス、非常階段、一風堂、ヤプーズ、パール兄弟、ARB、ザ・モッズ、スライダース、


ああ、いくらでも出てくる。

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2006年5月 1日 (月)

荒吐、帰ってきました

荒吐ロックフェスから帰ってきました。イヤー良かったですよ。ホンマ。
思い出深い2日間でした。
見たバンド
一日目
サンボマスター(客大騒ぎ。山口の歌は絶叫中心で歌メロがよく分からなかった。でも勢いはすごかった)
堂島孝平(歌うまい。曲もいい。センス良し。人がよさそう。いちどちゃんとしたライブが観たい)
音速ライン(演奏は良かった。熱心なファンも多数いた。がんばれ!)
うつみようこ(うう、80年代。メスカリンドライブ。熱い演奏だった)
rock 'n' roll gypsies(これまた80年代、元ルースターズのみなさん)
忌野清志郎(スゴイ盛り上がった)

キャンプファイアーライブ
山口洋
古明地洋哉
Akeboshi
二日目
風味堂(ハッピーでハートウォーム。CD買おうか迷った。買わなかったけど)
銀杏BOYZ(最高でした。今回のいちばんの収穫)
勝手にしやがれ(1曲だけ聴きました。まったくノーチェックだった金管楽器たくさんバンド。自分的には東京中低域の方が)
Unkie(ベーシストtokieのプロジェクト。きもちよくて、後方でシート引いて聞いていたんだけど寝てしまった)
スガシカオ(夜空ノムコウ、聞けるとは思わなかった。歌うまいなー)
CHABO BAND(チャボらしいハートウォームでオトナなサウンド)
向井秀徳アコースティック&エレクトリック
BOOM BOOM SATTELLITES(これまた衝撃的な打ち込みロック。打ち込みの人はどのパートをどこまで打ち込んで、どこまでその場で演奏(?)しているんだろう。ナゾなり)
ラブサイケデリコ
川内太鼓
荒吐スーパーセッション

多賀城東小学校BRIGHT KIDSは、楽しみにしたんですが、キャンプの受付がえらく混んでいて、受付を終了してキャンプサイトに移動した時点で演奏が終わっていました。
残念なり。

花吹雪が散る中、いろんなテイストのバンドが思い思いに演奏して、客も思いっきり楽しんでて。
ロックファンが大挙して集まっていると、それだけでなんかもうワクワクした気分。
まさにロックのお祭り。
ほんとうに楽しい二日間でした。

終演後に値下げした屋台ラーメンを食べつつゆっくりして、それからテント撤収にかかる。
その時点で、さっきまで山ほどいた客がほとんどいなくなっているのに気がつく。いっぱい立っていたテントも、われわれ以外はひとつも残っていない。
どうやらわれわれが最後の客っぽい。場内のラジオ放送も終了した。撤収スタッフ以外誰もいない。なんとなく心細い気持ちでゲートをくぐり、かなり遠い駐車場まで荷物を引いて歩く。
と、その途中から仮設の電灯もどんどん消えていく。
周囲には民家もまったくない文字通りの山の中。その真っ暗い中を、はっきりと覚えていない駐車場までたったふたりで歩いていくのはおっかなかったです。

マイベストライブは、何といっても銀杏BOYZ。
アイデン&ティティの主演だった峯田。彼はカリスマがあると思います。破滅型のアジテーター。
客を挑発し、予定調和をぶっ壊す。
メロディアスな曲で、大勢で手を振り始めた客たちに「手なんか振るな!」と怒鳴りつけ、予定調和的な展開をひたすら拒み続ける。
客が怒ったりイヤな雰囲気になってもおかしくない展開。でも何というか、とても惹き付けるものがある。放っておけない何かがある。カリスマがある。ひょっとしたら大ブレイクするかも。

それから、うつみようこ〜rock 'n' roll gypsiesもよかった。
80年代の、ロックがまだおっかなかったころ、ロックがまだ怒っていたころ、危険で夜の匂いにあふれていたころのテイストが漂っていた。この世代のアーティストが消えてしまったら、この何とも言いようのない雰囲気はなくなってしまうんだろう。

印象に残る一コマ。
・モンゴル800のボーカル。清志郎のステージにゲストで呼ばれたのに、雨上がりの夜空が、歌詞カードを見ても歌えなかった。前の方の客が大合唱していたのにゲストが歌えないというのは・・・。
・チャボがMCで、前の日に出演した清志郎が電話をかけてきてわざわざ会場に桜が咲いていたことを伝えてきた、としゃべっていた。RCが解散してずいぶん経つけれどこうして互いに仲がいいっての、いいよなー。「けさオレの古い友だちが電話をかけてきて・・・」って、すこし照れながらしゃべっていたチャボ。いい笑顔だった。
・エルレガーデンのTシャツを着たひとが大勢いた。そんなに人気なのかエルレガーデン。知らなかった・・・。
・なぜか懐かしいラモーンズのTシャツを着たひとたちも、これまた大勢いた。なぜいまラモーンズなのか。いいバンドだったけど・・・。
・タワーレコードブース。3400円のCDを購入した。オマケはタオルだけだった。妻が350円のキットカットを購入した。タオルのほかにパスケースもプレゼントされた。
こっちの方が10倍高額なのに・・・。
・スーパーセッションに出てきた松雪泰子。ものすごく美人だった。歌もうまかった。今回の女性アーティストの中で、いちばんきれいな声だと思った。ピッチも安定していた。
・ラブサイケデリコのギター。一曲ごとにギターを取り換えていた。レスポールジュニア(もしくはスペシャル)、ゴールドのレスポール、テレキャス、グレッチ、オベーション。ギターコレクション大披露って感じだった。オベーションのエレアコ以外は、出音はどれも同じようなもんだった。
・1日目のキャンプサイト受付は地獄のようだった。巨大な荷物を背負ったまま、真夏のような太陽の下を何時間も立ったまま並んだ。体力の半分くらいをここで消費した。

とまぁいろんなことがあったけど、とっても楽しい二日間。
ああ、荒吐が終わっちゃったなんて・・・。
職場には「荒吐ロックフェスに行ってきました」クッキーを買ってきた。これをつぶさずに持ち帰るのには多大な労力を費やしたんだけど、あんまり有り難がられなかった。
トホホ。Sn340006


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