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2006年3月22日 (水)

ラスベガスをやっつけろ〜うつろなジャンキーのリアルな悪夢〜

アル中のほとんどがそうであるように、ぼくもさまざまな離脱症状に苦しめられた。
離脱症状。禁断症状といった方が感覚的には近いかな。
アルコールが慢性的に体内を回っている状態だと、その濃度が下がってくるととても苦しくなる。
動悸、冷や汗、どうしようもないイライラ。立っていても座っていても気持ちが落ちつかず、無限の吐き気と今にも死ぬんじゃないかという根拠のない、でもとてもリアルな不安が心の底から沸き上がってくる。
その時点でアルコールを摂取できればよし。
さもなくば、さらに恐ろしい事態が待ち受けている。

ぼくが体験したいちばん恐ろしい幻覚は、何度目かの入院中だった。
入院するまでのいきさつも悪夢を見ているようだった。
身体も心も苦しいのに、どこか無感覚にそれを傍観している自分が別のところにいる。傍観する空中の視点と化した自分の目の前に、医者や家族や看護婦やさまざまなひとが入れ替わり立ち替わり現れて、いろんなことをわめきたてて、ぐにゃぐにゃになった自分の身体をあっちこっちに引っ張り回す。
ぼくはそれをどうすることもできない。傍観する視点となって見つめ続けるだけだ。
そして、入院したその夜。
浅い眠りと覚醒が断続的に続き、自分が寝ているのか起きているのかも判然としなくなっていた。
メモ紙にその時思いついたことを殴り書きしていたのだけど、書いたはずのことが書いてなかったり、書いた覚えのない言葉が書き連ねてあったり。完全に悪夢と妄想、現実世界との境界が溶けていた。
そして、当然のように無数のちいさな恐竜が現れた。
ペンギンくらいの大きさの、血走ったいやな目つきをした獰猛な肉食竜。初めは1,2匹だったが、しだいに数が増えてきた。
3匹、4匹。
数を増し、鋭いくちばしでベッドの傍らの壁を壊して食べ始めた。
奴らは飢えている。そう、腹を減らしている。
ぼくは彼らの視界に入らないようヒッシで息を殺し、毛布をかぶり続けていた。でもダメだった。奴らの一匹がぼくに気がついた。血走った目がぼくを見て、血に飢えたほほ笑みを浮かべた。
ぼくは恐ろしさのあまり、ぎゅっと目をつぶった。そしてそのまま気を失った。

次に目が覚めたとき、もちろん恐竜たちはいなかった。食い荒らされた壁も、元に戻っていた。
「幻覚だ。禁断症状の悪夢だ。これは現実じゃないんだ」ぼくはそう言い聞かせた。でもおそろしいことに、幻覚の世界と現実の病室は何のちがいもなかった。
壁もベッドも照明もドアも、恐竜と食い荒らされた壁以外は幻覚世界とまったく同じだった。
壁の一点を見つめる。
そうすると壁と自分との距離がだんだん分からなくなってきた。壁の色が暗い色なのか明るい色なのかも。そうこうしているうちに、壁の一点がだんだん集中的に暗くなってきた。異次元に通じる穴だ。直感的にそう感じた。
やがてその壁の穴からなにか赤黒いものが吹き出してきた。見るとそれは、信じられないくらいの量のひき肉だった。ひき肉は病室にあふれ、やがてベッドの高さに達した。天上に届き、病室に充満するのは時間の問題だった。
冷たいひき肉の手触りをぼくははっきりと感じることができた。それがパジャマの中に潜り込む不快な感触をたしかに感じた。やがてひき肉の海の中にぼくは没し、そこでまた意識が途切れた。
そしてまた目が覚めたとき、そこは同じ病室だった。ひき肉はあとかたもなかった。でもひき肉がないという点以外は、病室はまったく同じだった。

恐ろしいことに、それらの一連の出来事の間に時間の感覚はあとかたもなく消えうせていた。それらの出来事が一晩の間に起こったことなのか、数分なのか、何週間も経っているのか、まったく分からなかった。時間の感覚は引き伸ばされたコピーのように歪み、意味を成していなかった。

現実と妄想と幻覚が混じり合い、時間の感覚が消滅した悪夢の異次元世界。
それがジャンキーの離脱症状の世界だ。

テリー・ギリアムの映画「ラスベガスをやっつけろ」。
きのうひさしぶりにこの映画を見た。
笑っちゃうくらい、この映画は「リアル」だ。この映画ほど正確にジャンキーの世界を描いた映画はないんじゃないか。監督はホンモノのジャンキーなんじゃないか。そう思えるくらいこの映画の妄想世界はリアルだ。
何と言っても、筋書きらしい筋書きも、意味を成した会話もほとんどないところがいい。そして時間の感覚がマヒし、主人公たちは現実と幻覚の狭間をのたうち回る。
ぼくが見た恐竜の悪夢も、しっかりこの映画では出てきていた。そうそう、アレだよアレ。あの感覚だよ。
いちおう、60年代ヒッピームーブメントの終焉やアシッド文化についての考察なども出てくる。でも、テリー・ギリアムにとってそんなものは付け足しに過ぎなかったんじゃないか。監督が意図したのは、ただただひたすら、ジャンキーの奇妙な悪夢の中に観客を引っ張り込むことだったんじゃないか。そう思う。
この映画を見て、ぼくはただ苦笑いし続けるしかなかった。だって、この主人公のいた悪夢世界にぼくもかつてはどっぷりひたっていたんだもの。
もちろんぼくはドラッグじゃなくてアルコールだったし、悪夢世界(現実もだけど)はこんなにきらびやかじゃなかったけどね。

そう言えばかつて、封切りの時に映画館でこの映画を見た。
その時は全然ピンと来なかった。当り前だ。そのころぼくは、骨の髄までアルコール中毒にどっぷり漬っていたんだから。
いまは酒を飲まず、離脱も悪夢も見ない。そして、この映画を客観的に楽しむことができる。
やれやれ。あのころには二度と戻りたくないよ。
それにしてもジョニー・ディップ演じる主人公。ハゲでヘロヘロのイカレポンチ役。
ハマっていたなー。

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コメント

カオルさんの文章力ってホント高いですよねぇ。としみじみ思いました。
私は幻覚は見たことがないけれど、夢の話を何度か書こうとして挫折しました。

ジョニー・デップのジャンキー役はちょっと見てみたいし、テリー・ギリアムは結構好きなので、今度その映画見てみることにします。:)

投稿: otama | 2006年3月26日 (日) 22:34

こんばんは、otamaさん。
はじめてこの映画を見たとき、まさか主人公がジョニー“シザーハンズ”ディップだとは気がつきませんでした。
どこぞのオッサン、ハゲでヘロヘロの3枚目俳優だとばかり思っていました。
幻覚はね、見ない方がイイですよ〜おっかないですよ〜。
むかしAAメンバーで「ちゃんと筋書きのある、楽しい幻灯劇」を見たという仲間もいましたが。大半は悪夢世界です。
文章をほめられると照れちゃいますね〜。
でもとってもうれしいです。
ありがとう!

投稿: カオル | 2006年3月26日 (日) 22:49

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