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2006年1月31日 (火)

エミネム、再婚

ラッパーのエミネムさん。再婚するそうだ。
ほほう。
お相手は、別れたもとの奥さん。
むー。

お写真はこちら

たしか、別れた奥さんのことをクソミソに罵倒した曲があったような・・・。
曲中で罵倒されながらも再婚とは、ちょっとスゴイ。共依存か?
まぁ、エミネムは本気なのかアーティストとしての自我の部分の話なのか分からないけど、「自分には3つの人格が同居している」と、以前から述べている。
このへん、「罵倒していたのは凶暴な人格部分だから、本体のぼくじゃないよ」って言うことにしているのかなー。
それにしてもふつうに考えれば、曲と言うのはアーティストの魂でありおまんまのタネであり、オフィシャルなステートメント。
そこで罵倒するほどの相手と再婚すると言うのは・・・。
はっ?
イカンイカン。
ひとのしあわせに疑念を抱いたりしてはイカン。
エミネム、過去を清算し、掛け違ったボタンを戻してしあわせな家庭を築こうとしているのかも知れない。良く知りもしないでネガティブなことを言ってはイカン。
がんばれエミネム!かわいい娘をしあわせにしてやってくれ!

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2006年1月30日 (月)

UFOとジョン・レノン

しばらくUFOという言葉を耳にしていない。
一時期はあれほど騒がれたUFO。空飛ぶ円盤。
TVでの異星人ネタも80年代、90年代より少なくなってきたような気がする。
特撮がSFXに代わり、センス・オブ・ワンダーな映像が世にあふれている昨今、コピーのコピーみたいなピンボケ写真に想像を膨らませるのはむずかしいことなのかも知れない。
ぼく自身は、UFOを見たことはない。
小学校のころはクラスに何人か「UFOを見た」というものがいた。
あるものはあきらかに「うそ」や「言い張り」だったが、中には話を信じざるを得ないようなのもあった。
彼らはほんとうにUFOを見たんだろうか?

ちなみに、ジョン・レノンもUFOを見たそうだ。
が、悲しいことに、周囲は誰も信じてくれなかったらしい。で、「心の壁、愛の橋」のアルバムジャケットにわざわざ「オレはUFOを見た」と書き記したんだそうだ。
on the 23rd Aug.1974 at 9 O'clock I saw a U.F.O.(1974年の8月23日の9時にぼくはUFOを見た)
わざわざアルバムジャケットに書き記すところが無邪気と言うかおちゃめと言うか、ジョンらしいですね。
ちなみに心理学の始祖ユングによれば、乱れたこころがふたたび調和を取り戻したとき、心理的な統合を得たとき、円や方形、曼荼羅などの調和の取れた図形パターンがこころの底から浮かび上がってくるんだそうな。
ふーん。
目を閉じてみても何の図形も浮かんでこないワタクシ。
ゼンゼンこころの調和が得られてないってことですね。ガク・・・。
それにしてもUFO見たい。
見たからどうってこともないと思うけど見たい。
UFOブームが去ったいまだからこそ見たい。
見たい見たい見たい〜。

こういうしょうもないことをエンエンと書いているのは、そうです。きょうはネタが何にもないんです。
淡々と業務を終え、ミーティングに行き、帰って奥さんとご飯を食べていちにちの出来事を話し、眠くなって寝る生活。おだやかな日々。
それにしてもUFO。。。。

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2006年1月29日 (日)

きのうはジム、きょうは・・・

きのうから妻は研修会だとかで仕事にかかりっきり。
きのうは午後からひとりでジムに行った。
またしても2時間、みっちり体を動かす。帰ってきてシャワーを浴び、1時間ほど仮眠。
それからホームグループのミーティング。
で、きょうは朝から猫魔に行く予定だったんだけど・・・。

やっぱりトシかねー。
あさメールチェックのついでに2ちゃんねるを見始めたら止まらなくなっちゃって。
そのまんま、ボーッと2時間が経過してしまった。
猫魔に行くにはもうおそ過ぎる。途中の道路はすでに激コミのはず。
ああモッタイネ。
ふだん時間がない時間がないってブツブツ言っている割には、いざ時間が出来たときに有効に使えない。
なさけなし。
2ちゃんなんて見るんじゃなかった・・・おもしろいけど・・・。
せめて残りの時間を有効に使おうと、掃除機をかけ、洗濯機を回し、干しっぱなしの洗濯物を取り込んでたたむ。
ギターの運指トレーニングをきっちりやる。
音楽PCのiTunesを最新版にする。
ああ、それにしても猫魔。行っておけば良かった・・・。
それでもまぁ、きのうもきょうもミーティングに行けたからよしとしましょう。
平和な休日に感謝。

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鍼のあと

その後の鍼。
たいへん気持ちが良いです。肩が上がるようになりました。
別にいままでも肩が上がらなかったわけじゃない。でも鍼のあと、いままでよりももっと上がるようになった。
関節の可動域が拡大した感じ。
氷河が溶けて、ぎしぎししながらも動き出した感じ。
頚の痛みもほぼ完治。ときどきパソコンを同じ姿勢でいじり続けていると頚の痛みの予兆のようなものを感じるけれど、姿勢を変えたり数分間休憩したりストレッチをすればなくなってしまう。
ううむ・・・。
まさかここまで効くとは・・・。
まぁ自分でも暗示にかかりやすい方だとは思っている。「鍼を打ったから良くなるにちがいない」と自己暗示にかかっているだけかも知れない。
でもいいの。
調子がいいんだから。
先生、またこの次、ぜひお願いします。
次回はうちの奥さんもぜひ、と申してます。よろしくお願いします・・・。

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2006年1月27日 (金)

極端から極端へ

またアルコホーリクの多くは、熱狂的である。極端から極端に走る。
Many alcoholics are enthusiasts.They run to extremes.

ALCOHOLICS ANONYMOUSより

クリニックに通っていたころ「白黒思考」という言葉を教わった。依存症に特有の、白か黒かどちらかでしか考えられない極端な思考の形式を指す。
習ったときに「なるほどなー」とひどく感心したのを覚えている。まさにぼくは白黒思考のカタマリだった。
職場で自分の飲酒に関することをちょっと言われた→こんな職場やめてやる
バンドで自分のアイディアをボツにされた→こんなバンドやめてやる
ほんと、こんなことばっかりだった。
相手の意見を取り入れ、オタつかず、吟味して建設的な方向に事態を進める。そういうことはまったくできなかった。
ちょっとでも批判されたりネガティブな意見を言われたりすると、いきなり沸騰した。
そういう自分を振り返ることなく、他人の欠点ばかりに囚われ、自分で自分をイヤな気持ちにしていた。
そのくせ毎夜の飲酒でロクに日常業務さえこなせなかった。

いまは少しばかりそういう考えからは遠ざかっていられる。
けど、ときどきふと気を抜くと相変わらず白黒思考でものを考えている自分に気づく。
あいかわらず職場の拘束時間が長い。
やっと取れた休日に、妻が別の用事を入れてしまったりしている。
その日は空けておいてって言ったよね。その用事とぼくと、どっちを取るのよ。ついそう言いそうになっている自分に気づく。ていうか言っちゃってる。
いかんねー。
白黒思考、白黒思考。ゴメン、妻よ。許してくれ。
取り除いて欲しいって思いますよ。性格上の欠点。ホンマの話。

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2006年1月26日 (木)

さよならウィルソン・ピケット

ウィルソン・ピケットさんが亡くなった。

livedoor ニュース - ウィルソン・ピケット、心臓発作で死去

ウィルソン・ピケットといえばソウルミュージックの大御所。重鎮。
代表曲は「In The Midnight Hour」。ほかには、えー、えーと、よく知らないんですが、とにかくミッドナイトアワーのひと。
RCサクセションのライブアルバム「ティアーズ・オブ・クラウン」の1曲目がこの曲のカバー。清志郎がすごく伸びやかに歌っているのと、演奏が生き生きしているのがとても印象的な曲だった。ファンキーなリズム。ごきげんなギターのカッティング。これからハッピーな夜が始まるワクワクする感じがぎゅっと詰まっている。そんな素敵な曲だった。
のちにウィルソン・ピケットのオリジナルを聞いたけど、さすがご本家、最高にノリのいい曲だった。
そうですか、お亡くなりでしたか。。。
えらいお歳かと思ったら、享年64歳。ボブ・ディランと大差ない。若かったんですね。
ご冥福をお祈りします。
それにしてもリンク記事中にある「婚約者と4人の子ども」っていったい・・・?

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2006年1月25日 (水)

ジムと献血とヘアカット

きのうはいちにち本部の日。
本部に行ってみたら同じ班のメンバーがそれぞれ所用があって来れないと言う。
おお!突然の半日休が発生!やった!
こうしてはいられない。
まず本部の最低限の業務を急いで終える。周囲に午後は所用で外出直帰と伝え(帰るとは言わない)、まずはジムにゴー!
たっぷり2時間、ダンベルとエアロバイクに集中する。
ダンベル、しばらくサボっていたせいかゼンゼン上がらない・・・。
平日の昼間、町営体育館の隅っこのちいさなトレーニング室。ほかに誰も利用者はおらず、たっぷりマイペースで体を動かす。隣にほかのひとがいると、気が小さいせいかつい隣のペースを意識してしまうのね。こういう貸切りの日はなかなかない。心ゆくまで体を動かす。
次いで自宅アパートのある市に戻り、駅前の献血ルームへ。こちらもずいぶん久しぶり。年末に献血センターから献血の呼びかけの電話が何回かあったけど、忙しくて行けなかった。それから一ヶ月近い。いまだに献血需要があるのか分からないけど、何はともあれ成分献血。
センターで問診表を提出すると、出てきたのは今にも朽ち果てそうな老先生。ゆっくりゆっくり血圧を測り、ゆっくりゆっくり問診表を確認する。渡航歴の欄に、去年のモルディブ行きを記入した。老先生、そこをしきりに突っ込む。
「モルディブ、モルディブ・・・はて?モルディブ?」
何やら資料を取り出し、世界地図でモルディブを確認し始める。地図をたどる指先が、中東あたりを指している。おおーい!インドの南だと言うことを老先生のプライドを傷つけないようにさりげなく助け船を出すが、なかなか納得なさらない。ようやく危険地区ではないことを確かめ、献血のゴーサインが出る。ここまでで約30分。な、長い・・・。
で、最初にカンタンに検査のための採血をする。が、ここでもまたデータを見て老先生のストップがかかる。運動直後だったからどこか異常値が出たのかも知れない。
老先生から熱を計るようにとのご指示。熱あるわけないじゃん、こんなにぴんぴんしているのに・・・。
36度1分。あらためて老先生からゴーサインが出る。ここまでで40分。
ようやく成分献血が始まるが、なかなか血が出ない。直前まで運動してて水分を補給していないから、水気が足りないのかも知れない。献血が終わってからもかなり長時間、安静を指示される。
結局、献血に2時間以上かかる。で、本部を出る前に予約しておいた理容店に行くが、1時間の遅刻。担当の理容師さんが空くまでさらに1時間待ち。そこからさらにヘアカットに1時間半。
でも、出来上がりは満足。待っている間も壁面のプラズマTVでMTVを観ていると飽きない。
いちにち、予定したことができてよかった。
ささやかだけど、満足のいく半日休でした。

帰ってから献血ルームの手土産セットを検分していたら、「○月○日までにもういちど献血すると、さらに1ポイントサービス!」と書いた紙が。
商店街じゃないんだから・・・。

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2006年1月24日 (火)

ハリを打ってもらった

頭痛がひどい。
頭痛と言うか、肩から後頚部、後頭部にかけて筋肉が硬直している感じ。硬直がひどくなって拍動性の頭痛になっている。ずきん、ずきん、ずきん。
先週の金曜日がピークだった。もー痛くて痛くて痛くて、仕事にならない。業務をしていてもひとと会っていても「いかにクビが痛くない姿勢を探すか」ばかりに意識が集中してしまう。
ジムにマメに行っていたころはすっかり消えていたのになー。近ごろ体動かしてないしなー。それにしても痛い。
痛い痛い痛い。痛いったら痛い。
で。
いろいろあって、ハリを打ってもらいました。
ハリ。正確には「鍼」ですか。
クビの後ろ、肩など数箇所に鍼を打ってもらう。想像していたほどハリは太くない。髪の毛くらいの細いハリ。
うつぶせになって打ってもらうが、打ち方が上手なせいかまったく痛みを感じない。
「あ、なんか突かれたかな?」と思うくらい。
効果を見ながら慎重に打ってもらう。小一時間くらいだろうか。
これがね、アアタ。
効くんですよ。
正直、東洋医学ってどうなのよ?という気持ちがないでもなかったけど、効いちゃったのよこれが。
効くんだから仕方がない。
打った直後も「かなり軽くなったな」と思った。
が、効果は翌日に来た。
昨日までの頚と肩の強張りが取れて、気持ちすっきり。
いや〜。
ハリ、いいっすよ鍼。
まずはあんまり頚が固まらないように肩のストレッチをやる。でもあんまりひどいときは迷わず鍼だ!

鍼の先生、どうもありがとうございました。ほんとうに助かりました。
おみそれしました。またこんど、ぜひ電気をかけるのとかやってください。
ぜひぜひ。ぜひぜひぜひ。
それにしても先生・・・。

先生:このへん(肩ね)ずいぶん固いですね〜
ぼく:そ、それは筋肉質ってことですか?

先生:(即座に)いえちがいます。

瞬殺かよ・・・。

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2006年1月23日 (月)

U2のチケット・・・

先日の金曜、20日の深夜0時。いつもならとっくに寝ている時間だが、この日ばかりは違う。
U2のチケットのプレリザーブとやらがある日なのである。
今回は悩んだ。
3月の22日・24日にはローリング・ストーンズの来日公演もある。
4月7日にはCOLDCUTが登場するZEN TVなるイベントもある。
日程が近接している。そうそう仕事は休めない。体力的にもきびしい。どれかひとつに絞るしかあるまい。
ZEN TVはクラブ系のイベントだ。その手のイベントにはまったく行ったことがない。夜10時スタートというのもツライ。興味はあるんだけど、これはパス。
さて。ではストーンズかU2か。
迷った末に、円熟期のU2に決定!ストーンズは、きっとあと1回くらいは見るチャンスがあるだろう。
で、チケットぴあ。
ネットのプレリザーブが0時開始とある。うぉーしソッコーで取得して寝るぜ!
と思ったら。
いくらリロードしてもつながんないの。おお、さすがU2。
感心している場合じゃない。なんとしてもチケットをゲットしなければ!
が。
いくらページをリロードしても、ゼンゼンつながらない。やっと座席確認ページまで行ったと思ったら「セッション切断」のメッセージが出たり、いきなりトップページに戻されたり。
2時半までトライするが、結局つながらない。ううむ〜。仕方がない。こんばんはあきらめるか。

・・・で、朝になってもう一度トライしたら、あっさりプレリザーブ終了。
これ、どうなんだろう?
早い時間に手続きすれば良い席が取れるわけではない、とヘルプには書いてある。抽選になる、とも。
それでは0時からのあの大混雑はいったい?抽選なら、なにも受付開始と同時に殺到しなくてもいいのでは?
それともぼくのように、プレリザーブを理解していないひとが大勢いたからなのか?
ううむ、ナゾなり・・・。
あとは2月1日の抽選発表を待つだけ。これでダメだったら一般発売にトライするのみ。
見たいなー。U2。

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2006年1月22日 (日)

We will meet again.

近ごろはノーテンキなキャラクターが身に付いてしまっているが、もともと自分ではシリアスな性格だと思っている。ホームグループのおかげで、どうもお祭りっぽい性格が後天的に形成されているようだ。む。
AAにつながったばかりのころはしんどいことが山ほどあった。

AAにつながって1年になるころ、当時つきあっていた女性と別れた。
共依存の関係だった。たがいを縛りあう苦しい主導権争いが続いていた。
これ以上彼女と生活を共にしていたら、互いを傷つけあうだけだ。ふたりともプライドと意地で関係を続けているだけ。紆余曲折あって、ぼくは彼女の家を出た。

最後の酒からわずか3ヶ月目のことだった。
それまでにも何度も何度もスリップをくり返した。酒をやめられる自信なんてこれっぽっちもなかった。
また飲んでしまうにちがいない。仕事もクビになるだろう。AAでだって、これだけスリップしてもまだ酒がやめられない、だらしのないやつ。そう思われるに決まっている。自分で自分が信じられなかった。卑屈な気持ちだった。
彼女の家を出たのはいいが、ひとりでまっくらなアパートにいると、言いようのない虚しさと落ち込みに襲われた。
頼るべき相手がいない。孤独を埋める埋め草がない。ひとりっきりだ。この広い世界で、ぼくはこころを開く相手がだれもいない。たったひとりだ。
夜、革靴を毎晩時間をかけて磨いた。ぼろTシャツとブラシで汚れを落としては磨き、シューローションと靴クリームを塗り、また磨き上げる。そうやって時間をつぶさないと、孤独と落ち込みに押しつぶされそうだった。手を止めると、さびしくて悲しくて涙がこぼれそうだった。

仕事にも身が入らなかった。早く仕事を終えてミーティングに行きたかった。トラブルや同僚の急な都合でミーティングに行けなくなると、例えようのない不満がつのった。イライラした。同僚や上司をこころの中でなじった。
そしてミーティングに行ったら行ったで、まったく仲間の話に集中できない。仲間の話が自分の考えが違うと、怒りやイライラが顔を出した。いつも頭の中に気難しい批判屋がいるようだった。
仲間の話を頭の中で批判しているだけで、得るものは何もなかった。よけいにイライラして落ちつかなくなった。そういう時期がしばらく続いた。

どうして飲まないでいられたのか、自分でも分からない。
あたたかいスポンサーに見守られていたから。それもある。
きびしい仲間のきびしい言葉に助けられたから。それもある。
でも、いまにして思えば、スポンサーやきびしい仲間のうしろには、何も言わないおおぜいの仲間がいた。
何も言わなかったけど、彼らはぼくが回復の道を歩けるよう、見守っていてくれた。
少しずつ、ほんとうに少しずつ、ぼくはAAメンバーに守られているような、ふしぎな感覚を覚えた。
こころに残る思い出深いミーティングを何度も体験したのもそのころだ。
話しかけてくれる仲間。あえてそっとしておいてくれる仲間。
遅れていくと黙ってうなずいて見せる仲間。下を向いたままイスの背を引いて、隣に座るよう勧めてくれる仲間。
ぼくが気づかなかっただけで、仲間はずっと見守っていてくれた。

「あのころ、死んじゃうんじゃないかと思って。あすまたミーティングで会えますようにって祈っていたよ」
何人もの仲間からそう言う話を聞かされたのは、ずいぶん後になってからだ。

だからぼくも祈る。
新しい仲間が、どうかつらい時期を乗り越えますように。
いまの苦しみが成長の糧になりますように。
若い回復したてのアルコホーリクにつきものの、あのヒリヒリするような痛みを何とか乗り切りますように。
いつの日かいまのことを振り返って、みんなで笑える日が来ますように。
何があっても、どんなにつらくても、命だけは失いませんように。
ぼくだけじゃない。仲間はみんな、そう祈っている。だからぼくも、仲間とともに祈る。

われわれはそれを愛と呼ぶ。そう。それはね。愛って言うんだよ。
つらくてもいい。話なんていくらパスしてもいい。途中で帰ったっていい。
また会いましょう。あしたも、あさっても、例え会えなくてもそのつぎに、そのつぎも、ずっとずっと、ずっと。

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2006年1月21日 (土)

イカスぜ!寺内タケシ!

きのう職場でテレビを見ていたら、NHKの朝の番組に寺内タケシさんが出ていました。
そう、寺内タケシとブルージーンズの寺内タケシ。
日本のエレキブーム、テケテケブームを作ったあのひと。
ギターの神さまと言われ、よく分からないが恐れ多いひと。
こわもてでちょっとすごみのあるひと。ほたてのおじさんとか内田裕也さんとか、そっち系の香りのするひと。
「ヘタなことを聞くと怒られる」「ひとから持たされたギターをへし折った」など、伝説の多いひと。
その寺内タケシさんが、「生活ほっとモーニング」などという善良な、教養っぽい番組にお出ましになられておる。だ、だいじょうぶなのか・・・。
なんでも、近ごろはあちこちの中学校に出前ライブを披露しておられると言う。スタジオのご本人の話とその映像が交互に映し出され、番組は進んでいった。
寺内さん、のっけから明らかに台本にないセリフで司会の二人組を凍りつかせながらも、順調に進行。
中学校でのライブ風景もあわせて進んでいく。
で、そのライブ風景。
中学生にセッティングを手伝わせたり(楽しそうだった)、お母さん方がきゃあきゃあ言ったりしながらライブは進行。ダイアモンド・ヘッドやパイプラインと言ったベンチャーズの名曲に加えてSMAPの世界にひとつだけの花なども演奏する。途中でハデハデなゴスロリ衣装のおねえさんが出てきてタンバリンを叩いていたりする。
ライブもいよいよクライマックスにさしかかる。
盛り上がった寺内タケシさんはマイクを握り、中学生たちに向かって燃え盛るロケンローな思いを語る。

いいかっ!・・・理屈なんかじゃねぇんだっ!・・・これだけは言っておく!!きょう来てくれたオマエたちに、これだけは言っておくぞっっ!!!

ギターは弾かなきゃ音が出ない。

分かるかっ?!オレが言いたいことがっ!理屈じゃないんだぞっ!オレが言いたいのはっ!

おお・・・。
おお。おお・・・。
ギターは弾かなきゃ音が出ない・・・・。
何と言う熱いメッセージ・・・感涙・・・。
さすがは寺内タケシ先生!「ギターは弾かなきゃ音が出ない」!その通りだぜ!ちょっとへ理屈っぽい気もするが、そんなこたぁどうでもいいぜっ!
言ってるイミがよく分かんない?それも枝葉のモンダイだぜっ!

ただ最後に「いかに自分のギターが速いか」をご説明されておられましたが、超絶速弾きギタリストが世にあふれている昨今、160BPM前後の16分テケテケでは誰も驚かないかと・・・。
でも正直な話、フレーズを歌わせているという点ではさすが上手だなと思います。メロが生き生きしているんですね。テケテケも単弦ではなく複数弦にまたがって下降フレーズを弾きながらのテケテケで、こう言うのもありかと驚きました。大胆なフォームで力強いピッキングながらもミスることなく安定したプレイで、非常に勉強になりました。
発言もプレイも生き様も豪快!
これぞ寺内タケシ!うーんロケンロー!

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2006年1月20日 (金)

ableton Live5はいち早く

ableton Live5はいちはやくIntel Mac対応のアップデートをリリースするそうな。

ableton

High resolution(日本代理店)

IntelMac対応のLive5.2へのアップデートには49ドルかかるけど、これは次回「6」へのバージョンアップのときに払い戻されるとのこと。優待価格が設定されるってことでしょうか。
今回のIntelMac対応版を出すに当たって、アップデート料金を設定するソフトが多い。ユーザにとってはハードの乗り換え費用に加えて各ソフトのアップデート料金が加わるから、こういう価格設定はうれしいところ。
49ドルを払って「5.2」に乗り換えたのちに「6」へバージョンアップしても、少し待って「5.2」はパスしてIntelMac対応版の「6」に乗り換えても料金は同じ。選択肢の幅があるのはいいこと。
あとはcubase、Reason、それにNative InstrumentsのVST/VSTi群が早めに対応してくれるとうれしいんだけど。
・・・って、イカンイカン!すっかり乗り換えるつもりになっている!
まだまだ。
まだまだ様子を見るのだ・・・。

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2006年1月19日 (木)

ミーティングの波

先週末から今週にかけて、地元のAA(Alcoholics Anonymous)ミーティングに続けて参加できている。
仕事が混んでいて近ごろ思うようにミーティングに出られないことが多かった。
「このまま業務量が増えていってミーティングが減ってしまうのかな」と思うこともしばしばだった。
ミーティングに出ていると、たしかに自分の時間は減る。でもその代わり、気持ちが安定する。
思うようにミーティングに出られない時期は、どこか気持ちの中にイライラの種が居座っている。気持ちが穏やかだと思っていても、仕事のちょっとしたことで揺れたりする。
ミーティングに出て仲間に会っていると、どういうワケかそれがない。まるっきりAAのことを忘れているふだんの生活でも、ふしぎと気持ちが平らかでいられる。

先行く仲間がこんなことを言っていた。
「ミーティングに出られる時期、出られない時期、両方ある。出ても仲間の話がスッと入ってくるときもあればゼンゼン入ってこないときもある」と。
でもとにかくミーティングに出ていれば、たとえ気持ちが揺れていても仲間の輪に加わっていれば、何とかなる。悪い時期はやり過ごせる。きっと。かならず。

ミーティングに出られる時間をたいせつにしよう。
そしてミーティングに出られない時期でもあせらず、また時期がめぐってくるのを待とう。
良いときばかりじゃない。でも悪いときだってそう長くは続かない。
あせらず揺れず波風立てず。
ミーティングのひとつひとつをたいせつにしよう。
かけがえのない仲間を、その話を、たいせつにしよう。

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2006年1月18日 (水)

Intel Mac、あしたはどっちだ?!

で、IntelのCPUを搭載したMacintoshのノート、MacBook Pro
デュアルコアだしIntelだし、G4PowerBookの4倍速をウリにしているのですが。
不安要素として、いままでのOSXのソフトはRosettaというエミュレーションモードで動作するらしいんだけど、このRosettaベースで、期待した快適性を出してくれるのかどうかと言う点。
propellerhead社のreasonに関して、こんな発表が。

Propellerhead製品のIntel Mac対応状況について

>ReasonはRosettaにより動作しますが、パフォーマンスはG3クラスのMacで動作させた場合に相当するまで低下します。

ががーんっ!
じ、G3以下・・・。
ReasonはDTMソフトの中では動作の軽さがウリ。そのReasonにしてさえその程度なら、もっと処理の重たいDAWソフトやソフトシンセなどは使い物にならないのでは・・・。
ただ、続く記事ではこんな記述も。

上記のパフォーマンスはIntel Macの正式な出荷時には改善されている可能性もあります。ただし、まだ私たちの元ではテストが行われていません。

Intel Macに最適化されたUniversal Binaryバージョンの製品については、現時点でまだ公開できるものはありません。ただし、PropellerheadではMac OSプラットホームでの開発を継続していくことをお約束します。

ホッ。
はやくuniversalバージョンが発表されて、Macユーザの不安が払拭されますように。

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2006年1月17日 (火)

温水洗浄便座、最後の戦い

新しいアパートに越してきて1年2か月が経過した。
最初は慣れなかった新しい住まいも、1年以上も住んでいればさすがに慣れてくる。
が、ひとつだけ手を付けていなかった分野がある。
トイレだ。
新しいアパートのトイレには、便座の横のパネルに数種類のボタンが配置されている。
いままでごく限られた環境でしか目にすることがなかった、そのスイッチ類。
そう。
温水洗浄便座である。ウォシュレットと呼んでしまいたいが「ウォシュレット」はTOTOの商標登録だそうなので、ここではあくまで「温水洗浄便座」と表記する。
washlet

ぼくはかつて、いちどだけこの装置を使用したことがある。
悲惨だった。
いつ、どこでその体験をしたのか思い出せない。たしか、温水洗浄便座が一般に普及し出したころだったと思う。
とあるトイレで、はじめてぼくはその装置に出会った。
後先のことをまったく何も考えず、ほんの気まぐれでぼくはそのスイッチを押した。
ぼくの想像では、洗浄水はやさしく、あたたかく、春の小川のせせらぎのようなやさしさで触れてくれるはずだった。
でも現実は違った。
その流水は硬く、アグレッシブだった。消防隊がビル火災で用いるかのごとき強烈な水圧が、容赦なく身体のいちばん柔らかい部分を直撃した。
洗浄水がしかるべき箇所をヒットした瞬間、ぼくは反射的に体をよけた。よけるしかなかった。突然あの攻撃を喰らって、それ以外の行動を取ることはできなかった。
中腰で振り返ってぼくが見たのは悪夢のような光景だった。
それは、便座から噴出する水流がアーチを描いて空中高くほとばしり、トイレの床をびしょびしょに濡らしている場面だった。

どうやってその場を逃れたのか、いまとなっては記憶もおぼろげだ。
あれから幾星霜。
時は流れた。温水洗浄便座は普及し、いろんな場所でその装置に出会うようになった。
ぼくは温水洗浄便座に遭遇した際は、最大限の注意を払ってそのスイッチに触れないよう努力してきた。
スイッチを不用意に押しさえしなければ、便座はただの便座だった。その暴力的な水流が牙をむくことはなかった。あたかも満腹で昼寝をしているライオンのように、穏やかにうずくまっているだけだった。
ぼくはライオンを起こさないように、その装置を用いない古典的な方法で案件を済まし、そっと立ち去るようにしてきた。

その装置。
その装置が、うちのアパートに堂々と陣取っているのである。
まぁいい。
触らなければどうということはない。飛べない豚はただの豚だ。

しかし。
妻がついに、その装置に触れてしまったのである。
おとといのことだ。
AAのセミナーから帰ってきたあと、荷物をほどいてほっとするまもなく、トイレから妻の悲鳴が聞こえてきた。
何が起きたか、瞬時にして直感的に知覚することができた。まちがいない。妻があの装置に触れてしまったのだ。眠れるライオンのしっぽを踏んだのだ。
脱兎のごとき勢いでトイレに駆けつけると、予想にたがわない惨状が広がっていた。
肩を落とし、唇を噛む妻。噛んでいたのはなぜか上唇だったが。

許すまじ。
許すまじ温水洗浄便座。
そうまでして我らに牙をむくのか温水洗浄便座。われわれが何をしたと言うのか。ただただ世間の片隅でひっそりと生きていきたい。それさえも許さぬと言うのか。
AAは戦わない生き方を説くが、ときとしてひとには立ち上がらなければならないときがある。
いまがその時だ。
意を決し、トイレに向かって立ち上がる。
頭の中ではエンニオ・モリコーネ楽団の”さすらいの口笛”が鳴っている。「荒野の用心棒」のテーマ曲だ。
さいわい、時も満ちている。
ついにいま、決着をつけるときが来た。

まずは案件を済ませる。
そしてスイッチに手を伸ばす。まさかこのスイッチにふたたび手を伸ばす日が訪れようとは。
かつての苦い思い出が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
万感の思いを胸に、ついにスイッチを押す。


痛っ!痛痛痛っっっ!!!痛い痛い痛い!いだだだだっっっ!!!

激痛が下から上にほとばしる!
た、耐えるのだ、耐えるのだ。
ここで体を引いてしまってはすべてが敗北に帰す。耐えるのだ。
が、5秒経ち、10秒経っても、水流は一向にやまない。ど、どうしたことか。まさか温水洗浄便座が意志を持って我に刃を向けていると言うのか!
さらに5秒。15秒。ニクタイの限界。そう言う言葉が脳裏をよぎる。意志と相反して、苦痛にさいなまされて腰が浮き上がろうとしている。温水洗浄便座の嘲笑が聞こえてくるようだ。な、なんとか逆転せねば・・・。
激痛に痺れるアタマでとっさにパネルに目をやる。グリーンに輝く洗浄マーク。これだ!
ボタンを押すのと同時に、水流が止まった。
あとには水の流れる音が響くだけだった。あっけなく、戦いは終わった。
勝った。
かろうじてだが、勝利を手にすることができた。かつてない強敵であった。
だが、これが最後の温水洗浄便座とは思えない。
かならずや第2,第3の、より凶悪な温水洗浄便座がわれわれの行く手を阻むにちがいない。
その日のために、われわれは日々の鍛練を怠ってはならないのである。
どこをどう鍛練するのかはともかく。

今回のきょうくん。
いち。水流は自動で止まるとは限りません。止まらない場合はスイッチを押して水を止めましょう。
に。デフォルトの水圧はかなり強いです。初心者の方は「弱」からはじめるとよいでしょう。
さん。びっくりして腰を上げないようにしましょう。

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2006年1月16日 (月)

蝿の王様

きょうはホームグループのステップミーティングだった。
うちのグループのミーティングは毎週月曜と土曜。それに加え近隣のグループのミーティングが水曜、金曜、日曜に開かれる。いままではほとんど全部出られたのだが、近ごろはホームグループのミーティングさえままならなくなってきた。
で、きょうのミーティングは・・・

・・・という文を書こうとしていたのだけど、いまスカパーの録画を見ていたらANGIEの「蝿の王様」という曲をやっていて。
♪銭ゲバ〜銭ゲバ〜♪
というリフが頭の中でこだまして、ほとんど何も考えられまひぇん。
おそるべし80年代ロック・・・。

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2006年1月15日 (日)

オープンスピーカー

同じ県内のAA(Alcoholics Anonymous)グループが主催するオープンスピーカーズミーティングに行ってきました。
仲間のクルマに5名ほどの相乗りで、1時間ちょっとの道のり。
いや、楽しかったです。
お酒を飲まないで生きる。自分の生き方を振り返る。正直さと謙虚さを持つ。
欠点を認め、修正する勇気を持つ。
その他、いろんなことを考えました。
気持ちがお腹いっぱいでうまく書けないけど、休日を費やす価値のあるイベントでした。
終了後、主催グループの仲間とファミレスでお茶を飲み、帰ってきて地元のミーティング。
AAざんまいのいちにち。
こころが元気になったス。
きょうはぐっすり眠って、またあすから仕事を頑張ろう。
仲間に感謝。

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2006年1月14日 (土)

雨の猫魔

やりたいことはたくさんあるのに、とにかく時間がままならない。
きょうは午前中は仕事だけど、なんとしても午後からはボードに行くのだ。
そう決めて、しゃにむに午前の仕事をこなす。ひたすらこなす。こなすったらこなす。
どうにか午前中で切り上げてクルマに飛び乗る。めざすは猫魔。
高速を飛ばし、1時間で猫魔に着く。おお、やったぜ!
・・・が。
雨でした・・・。

びそびそと降りしきる雨。ゲレンデはおろか、例年であれば根雪が解けることはない途中の路面でさえもアスファルトの地肌が露出している。あやや。。。
しかたなし。
とりあえず妻と二人、ゲレ食を食べる。
猫魔名物、ネコまんま。
nekomanma
昔はネコまんま単品でメニューに載っていたそうだが、いつの間にかなくなってしまった幻のメニュー。今シーズンからラーメンセットの一品として復活。
実はぼくもはじめて食べる。どんぶりご飯の上に削り節がたっぷりかかっており、その中央にシラスがトッピングされている。これにお好みでマヨネーズを回しかけて食べる。
美味しい・・・。
要するにかつお節ご飯なんだけど、この素朴さがたまらない。がしがし喰ってがしがし滑る。キアイの入ったボーダー向け(?)の一品である。素朴さをカバーするためにばかでかいチャーシューが3枚乗ったラーメンがセットされているが、これは余計かも。

で、ご飯を食べ終わってもなお雨は降りしきる。
腹をくくってゲレンデに出る。
雪面はしゃりしゃり。春スキー状態。あちこちに雪玉がごろごろ転がっていて、ちょっとスピードを上げると突っかかりそうになる。おまけに雨がじゃんじゃん降ってきて、2,3本滑るうちにウェアがずぶ濡れになる。濡れたウェアが重たくて邪魔っ気な感じ。
それでも猫魔。キアイの入った斜面をキアイを入れて滑って(転がって)いると、猫魔に来た実感がふつふつと湧いてくる。
まわりを見ると上級ボーダーがごろごろ。ただでさえツワモノぞろいのゲレンデ、この雨の中を滑っているのはさらに猛者ばかり。彼らの滑りを見ているとチャレンジしようという意欲が湧いてくる。
nekoma
写真は猫魔のてっぺんから下界を見下ろしたところ。
(クリックで拡大)
ふもとの雨と霧が、まるで雲海のようにたなびいている。
なんだか現実じゃないみたい。わずか数時間前まで仕事をしていたのが嘘のように思えてくる。

結局、ずぶ濡れになりながら終了時刻まで滑ってきました。
きょうはそのあとミーティングにも行けたし、いい一日。
また近いうちに戻ってくるぜ、猫魔!
・・・でもきょうの雨で、ゲレンデのコンディションは・・・くくぅ・・・。

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2006年1月13日 (金)

U2、来日〜ロックンロール・ファンタジー〜

U2が来日するそうだ。
4月4日、日産スタジアム。
1月21日からチケットを売り出すらしい。
チケットぴあ、U2
ううむ。行きたい。
数年前にいちどライブ映像を見たことがある。
ライブ会場、ステージの延長の通路が客席に延びている。
歌いながらゆっくり客席の方に歩いていくボノ。ふと立ち止まり、客席に手を伸ばす。
熱狂的に手を差し伸べるファンたち。
やがてボノがひとりの若い女性の手をつかむ。ここまではよくある光景だ。
そしてなんと、ボノはそのままその女性をステージ延長の通路に引っぱり上げてしまう。そしてその女性を横たわらせ、ボノも寄り添うようにその女性のそばに横たわる。
歌いながら女性の目をまっすぐ見つめ顔を近づけるボノ。
やがてふたりの唇は触れあう寸前まで・・・。

こう書くといかにも陳腐なイメージを想像するかも知れない。
でも楽曲の美しさと相まって、その光景はとても輝いて見えた。少なくとも、ぼくのU2に対する見方を変えた瞬間だった。
それまでは、U2といえば「サウンドはクールだけど、ライブではシャカリキに旗を振ったりしてどっかあかぬけないバンド」というイメージがあった。でもそのライブ映像からは、彼らの音楽に対する真摯なアティテュードを感じた。
もちろん観客の女の子をステージに上げて耳元でささやくなんてまやかしだ。絵空事のファンタジーだ。
でも、あこがれのロックスターがステージから手を差し伸べて自分を光り輝くステージに連れていってくれる。そんな想像をしたことのないロックファンのティーンエイジャーがいるだろうか。
ティーンエイジャーのファンタジーをまじめに実現し、あっさりやってのけちゃう。
それはとっても素敵なことだとぼくは思う。
少なくともその女の子の信じられないといった喜びの表情は、とても輝いていた。見ているこちらをファンタスティックな気持ちでノックダウンするほどに。
ロックンロールだよ。そういうのって。

それにしても4月4日。火曜日。平日かぁ。
夜行バスで帰ってくればなんとかなるか。まさか翌日の仕事は穴を開けられないし。ううむ・・・。

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2006年1月12日 (木)

体力が低下しておる

近ごろ体力が低下している。
疲れやすい。
朝起きるといきなり疲労感を感じる。たっぷり睡眠を取ったはずなのに。
一時期はなくなっていた後頭部の頭痛もまた再燃してきた。
ぼくの場合、疲れていると精神的にも不調になってくる。人に優しくできなくなる。ちょっとしたことで感情が波立ってしまう。
これはイカン。
理由は。そう。近ごろあまり運動をしていないせいだ。職場でもフロアを回る以外はデスクワーク中心。筋力は低下するのに勧められるままお菓子なんか食べちゃったりしてるし。
イカンイカン。
ボードに行く時間がなかなか取れないなら、せめてジムには行かなければ。
そう思い、きょうは久しぶりにジムに行ってきました。最後に行ったのがたしか12月の20日ごろだから、ほぼ1ヶ月ぶり。
久しぶりのジムは人影もなく、完全貸切り状態。秋口くらいには5,6人は夕刻以降に来ていたはずだが。
この冬の寒さのせいか。たしかに、暖房の入っていないロッカールームはとても寒かった。途中の道路にもちらほら雪のカタマリがあった。参加者が少ないのも当然か。
久しぶりにダンベルを上げるが、以前は持てたダンベルが持ち上らない。持ち上げてもすぐに疲れてしまう。
あらためて体力の低下を痛感。
うう、せっかく一時期はそれなりに体力がついてきていたのに・・・ザンネンなり・・・。
ダンベルを40分、設定を軽めにしたエアロバイクを1時間、準備体操と整理体操を合わせて10分ほど。
合計2時間弱、体を動かす。
最初は体がつらく、すぐにやめちゃおうと思った。けれどエアロバイクを30分くらい漕いでいると、しだいに体にスイッチが入るのを実感する。ノってくる。
やっぱりいいね、体を動かすのって。
もちろんミーティングが優先なんだけど、時間が空いたときには積極的に体を動かそう。精神の安定にも欠かせないし、近ごろちょっと油断すると体重計の目盛りがどんどん進んでいくので。
健康がいちばんですよ、やっぱ。

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2006年1月11日 (水)

ついに登場!MacBook Pro

ついにappleから新型ポータブルマシンが出ました。
その名もMacBook Pro。
apple MacBook Pro
ついにIntelチップ搭載。しかもデュアルコア。
コアイッコあたり、従来の2倍のパワー。それがふたつだから4倍のパワー。
もちろん公称だからそのまま鵜呑みにはできないけれど、いままでのG4チップの限界を一気にブレイクスルーしたのにはちがいないだろう。
iLife06も同時リリースされて、appleのサイトも一気に華やかになりました。
購入対象として前向きに検討したいと思います。
いまのPowerBook1GHzは、処理が重くてもう限界。

それにしてもMacBookですか・・・。
慣れ親しんだPowerBookの名称を、ついに捨て去るのかapple。
あたらしいCPU、あたらしい名前。
時代は変わるんですね。いやはや。

それにしても問題は、旧来のアプリケーションがちゃんと動作してくれるかどうか。
DAWやソフトシンセ、VSTプラグインがきちんと動かないとこまっちゃう。
この辺、今後のレポート待ちですね。

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2006年1月10日 (火)

笠地藏は来なかった

笠地藏は来なかったス。
小人も来なかったス。
結局自分でプレゼンをまとめたッス。
つらかった・・・。
でもまぁ、何とかまとまって良かった。自力でまとめなくっちゃイミないものね。
終わりぎわにスタッフのひとりが手づくりのお菓子をみんなにふるまってくれた。神さまがくれたごほうびなのかも。
きょうは久しぶりに妻が実家から戻ってきた。
ご飯を食べて、たまっていたことをいろいろ話す。ためこんでいたNHKの「雪の女王」を何話か視る。
「人魚姫」など、いろんな童話をアレンジしていておもしろい。
いろんなことがあるけれど、しあわせな日々。

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2006年1月 9日 (月)

仕事が終わらない

きょうの休日出勤は楽勝のはずだった。
フロアを一回りして、残りの時間をあすのプレゼンの準備に割けるはずだった。
PowerPointの新しい使い方を研究したりもするつもりだった。
が。ががが。
山ほど仕事が降ってきたよ。。。。
朝8時半から夕方の5時半ごろまで、切れ目ナシ。昼食を取る時間もロクになく、ただただ降ってくる仕事をこなし続ける。
途中で支社トップが顔を出すも、ゆっくり話もできない。みかねて支社トップがフロアの巡回の方をやってくれる。ああ、申し訳ないッス・・・ぼくの仕事なのに・・・。
午後からはだんだん意識が遠のいてくる。顧客としゃべっていても自分が何を話しているんだか分からなくなってくる。何の話をどこまで、どういう順番で話していたか分かんなくなる。
アナタぁダレ?ワタシはドナタ?
あああイッツ・バッドトリップね〜!
5時半ごろにはそれでもなんとか終了。そのまま宿直。昼間の疲れからか頭がしびれる。て言うかアタマが痛い。考えがまとまらない。
いかんいかん。あすのプレゼンの資料をまとめなければ。
そうっとパソコンの画面に目をやる。目の前には1行も文字を入れていないPowerPointのまっさらなファイル。タイムリミットはあすの午前中。
クラクラクラクラ・・・。
そ、そうだ!スキャナで資料の本をOCRして、それをそのままPowerPointに載せちゃえばいいんだ!うぉっし!
が。
勢い込んでみたものの、職場のスキャナはおそろしく古い品物。本1ページをスキャンするのに5分くらいかかる。
ううむ・・・。
で、今度はスキャンした画像をOCRする。
ほ、ほとんど認識していない・・・設定を誤ったか・・・ガックリ・・・。
いかんいかん。きょうはもう寝て、なんとかあすの朝早起きして態勢を立て直すのだ。
つか、この分を書いているいまも眠くて眠くてアタマがもうっとして、ディープトランス状態。
ああ、プレゼン資料・・・。
あすの朝までにどこからか魔法の小人がやってきて、プレゼン資料を作っておいてくれないかな・・・笠をかぶった地蔵でもいいけど・・・。

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2006年1月 8日 (日)

猫魔へ

久しぶりの休日らしい休日。
あれほど待ち望んでいたスノーボード、今シーズンはほとんど行けていないことに気づき、けさは早起きして猫魔に行ってきました。
裏磐梯猫魔スキー場
きょうの猫魔は激混み。
ほかのスキー場の最盛期に比べたら中くらいの混みようかも知れないけれど、ふだんの猫魔に慣れていると、とっても混雑しているように見える。
初心者用リフトは5〜10分待ち。山頂の方の急斜面にもちびっ子スキーヤーやちびっ子ボーダーがあふれている。リフト乗り場、待ち時間が長くて体が冷えてくる。乗ったら乗ったでしょっちゅうリフトが減速運行になったり止まったりする。
寒さに耐えかねて、10本ちょっと滑って下山。
レストランに行くと、食券を買うひとの列が出来ている。おお、猫魔がこんなににぎわっているとは・・・ちょっと感動。いつもあまりに空いているので、このままではこのゲレンデはつぶれてしまうのではないかと思ってしまう。
とりあえずは今シーズンは、このままにぎわっていて欲しい。
なんだかんだ言っても、スキー場にあんまりひとがいないとさびしい。

しかし。
最近ジムにも行けていない。体力がどんどん低下している。きょうの猫魔も、キッカーは一本チャレンジしただけで、あとは体力も気力も調子が上がらなかった。
しっかり体力をつけて上達したいものです。
まずはフェイキーが滑れること、そしてオーリーとノーリーがきちんとできるようになりますように。

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2006年1月 7日 (土)

久しぶりのIさんの店

ミーティング終了後、久しぶりにIさんのお店に行ってきた。
以前にも書いた、ぼくの十代のころからのつきあいのIさんのお店だ。
最後に顔を出してから、もう数ヶ月になる。
毎年、正月が明けるころになじみの客に声が掛かり、鍋を囲んでのちょっとしたイベントがある。すっかり忘れていたが、彼からメールが来てきょうがその日だと知った。
久しぶりの店内は、最後に行った時とまるで変わらない。
薄暗い照明、壁に掛かったアコースティックギター、無造作にカウンターに放り出してある「player」誌。
違うのは、この店にしては珍しく客でいっぱいなことくらい。
この日ばかりはIさんも休むまもなく、鍋の材料を補充したり飲み物を作ったりしている。
お腹いっぱいすき焼きをいただき、彼のいれた美味しいコーヒーをいただく。
店に訪れる回数はめっきり減ったけど、こうしてこの店にいると落ちつく気持ちになれる。

久しぶりに、ヴァン・モリソンの「Moon Dance」を聴いた。
みなが集まったときには、彼は決まってこのレコードをかける。
一曲目、And It stoned me。
しわがれ声の懐かしい曲。
はじめてこの店を訪れたころも、よくかかっていた曲だ。
いかんいかん、ついノスタルジーに浸りそうになる。
いまこうしてふたたび彼の店に来れることを、うれしく感じる。
ほぼ20年ぶりくらいに会えたひともいた。
時間はかかったけど、失ったものをひとつづつ取り戻しているのかも知れないね。

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2006年1月 6日 (金)

つつがなく終了

そういうわけできのうはお通夜、きょうは告別式だった。
ぼくはどうしてもきょうの打ち合わせは休むわけにいかず、通夜のみ参加。
午前中で職場を上がらせてもらい、午後から彼女の実家へ。
彼女の父、兄とともにお棺を自宅から運び出す。
晴れてはいるけれど、0度近い寒さ。
おばあさんは長らく寝たきりで、この30年間は自宅から外に出たことがなかったと言う。
厳粛な空気の中、葬儀屋のクルマにお棺を乗せる。

それから、あっという間にお通夜、通夜ぶるまいが過ぎて行った。
妻や義父母、その親戚たちは斎場の控室に泊まり、告別式を迎える。
ぼくも遅くまで彼らとともに過ごした。
おばあさん、その娘である妻の母、そして妻の子どものころの話に花が咲く。
あたたかい一族だと、あらためて実感する。
そして、ぼくももっと故人と接する時間を持つべきだったと思う。
寝たきりだからと、へんに遠慮すべきではなかったと。

身近な死は、やはり悲しい。
ぼくにできることと言えば、故人が安らかに眠れるようにと祈ることだけだ。
そして、いま自分のまわりにいる人をたいせつにしようとあらためて思う。
おばあさん、長い間おつかれさまでした。やすらかに・・・。

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2006年1月 4日 (水)

仕事始めとロックンロール

きょうは仕事始め。
恒例の支社トップの年頭あいさつがあり、あとはもうふつうに仕事。年末年始はバタバタしているうちにあっという間に過ぎて行った。そのせいか、あまりブランクを感じない。ついきのうまで仕事をしていたかのように、遅滞なく仕事が進む。
夕方は少し早めに上がらせてもらって妻の実家の手伝いに行こうと思ったのだけど、きょうは弔問客も少なく、葬儀の段取りもほぼ一段落したとのこと。
途中の道路が朝晩凍結することもあり、きょうは妻の母が勧めるまま自宅アパートに帰らせてもらう。
妻は忌引をもらい、引き続き実家に詰めている。
しばらくは独身に逆戻りだ。
きょうはミーティングもない。
前から懸案だった、アパート2階部分の整理に着手する。このアパートに引っ越してきてはや1年2か月になるが、いまだに荷物が片づいていないのである。
メタルラックを組み直し、収納部分を何とか増やす。ついでに、レコードプレーヤーをちゃんと聴ける状態にセッティングする。いままでも聴けることは聴けたんだけど、やっぱりデジタルアンプを通すのはなんとなくレコードに失礼な気がする。お蔵入りしていた昔のパワーアンプを引っ張り出してきて、カセットテープとレコードが聴けるように接続する。
作業に没頭していると、だんだん体と気持ちが乗ってくる。
乗ってきたついでに、これまたしまいっぱなしだったジム・モリソンのポスターを引っ張り出してくる。
パティ・スミスの「Horses」(もちろんLP)を聴きながらジム・モリソンのポスターを画鋲で壁に貼る。何だか20年くらい時間が逆戻りしたような気がする。
パティ・スミス、ドアーズ、ポップ・グループ、コックニー・レーベル、ジョニー・サンダース。
十代のころ、なけなしの小遣いを貯めてやっと買ったLPレコードの数々。聴いていると、十代のころとまったく変わらない高揚を感じる。
思えば20代後半から30代前半は、酒を飲みっ放しでろくに楽曲を聴けなかった。聴いても何のエモーションの湧いてこなかった。自分の中の何かが枯れたと思っていた。でもそうじゃなく、自分の感情が酒でマヒしていた。
酒をやめ、社会人になり、家庭を持ち、四捨五入すれば40だ。でもロックに対するあこがれ、ときめき、高揚感はぜんぜん変わらない。むしろいまの方が、十代のころよりもサウンドがクリアに聞こえる。
酒をやめて良かった。そう思う。AAにつながらなかったらきっと、ぼくはマヒしたまんまで歳を取り、きっとそのままほんとうに何かを感じる能力を失ってしまっただろう。
AAのやり方で生きて行こう。きっとそれは、ぼくがロックンロールを失わずにいられるただひとつの正解なんだろうと思うから。
歳を取ったってネクタイ締めたってギターがヘタクソだって音程がフラットしたって、死ぬまでロックンロールだい。

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2006年1月 3日 (火)

引き続き葬儀の手伝い

引き続き、妻の祖母の葬儀の手伝い。
ゆうべはぼくだけアパートに戻ってきて、けさからまた妻の実家へ。
祭壇まわりのお掃除や弔問客の食事の用意のお手伝い、納棺のお手伝い、買い出しなどなど。
長らく病床に伏せっておられた方だから、自宅へ弔問に訪れる人もそうそういないだろう。そういうご両親の予想に反して、数名の方が訪れる。仕出しの手配もしていなかったため、凍結路を飛ばしてお弁当を買い出しに。
葬儀屋さんとの打ち合わせに参加したり弔問に訪れた方のお話を聞いたりこまごました打ち合わせに参加していると、あっという間に一日が過ぎ去っていく。

気丈に振る舞っているが、妻の母はとても悲しんでいる。
亡くなったのは、妻の母の母だ。
長く病床に伏せっていて、妻の母はずっとお世話をしてきた。自分の人生のかなりの部分を介護に費やしてきた。
寝たきりとなった祖母のお世話をし、愛情を注ぎ、寄り添うように、妻の母自身も生きてきた。
その方が亡くなったという事実は、きっと想像もつかないほど重いことだろう。

ふと、もし妻が死んだらぼくはどうなるだろうと考えてみる。
きっとぼくはその事実を受け入れられないだろう。怒りと悲しみと絶望に翻弄されるだろう。
誰かを憎みさえするかも知れない。
そう考えると、妻の母の気丈な振る舞いはとてつもなく立派だ。

当面、妻は実家に泊まって両親のサポート役に徹する。
ぼくは明日から仕事だ。
少しでも彼らの役に立てますように。

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2006年1月 2日 (月)

妻の祖母

妻の祖母が亡くなった。
ゆうべは妻の実家に泊めてもらい、そのままぼくたちは今朝からスノーボードに行く予定だった。
早朝、彼女の祖母は静かに亡くなっていた。

そのあと、めまぐるしくいろんなことが起きた。
救急車、病院、彼女の両親の悲しみ。淡々と事務的に進んでいく葬儀の打ち合わせ。
ひとつ言えるのは、ささやかだけどぼくもそのひとつひとつを妻、その両親とともに過ごせたのはある意味僥倖だったのかも知れないということ。。
ささやかだけど、彼らの役に立てたとしたら、こんなうれしいことはない。

飲まずに生きていけると言うこと。

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2006年1月 1日 (日)

一年のはじまり

年越ミーティング、無事終了。
宿泊22名、当日参加6名、総勢29名。
とても楽しく、有意義なひとときでした。久しぶりにアタマまでどっぷりAAにつかって、あらためて自分はAAメンバーなんだと言うことを再確認。
近ごろAAメンバーとしての自分のアイデンティティが薄らいできたような気がしていたので、とっても力づけられました。
仲間の力、回復のすばらしさもあらためて実感。

そうそう、バンド用に購入したきぐるみが、今回も大活躍。司会の仲間2名がビンゴタイムに着用しておおいに盛り上がる。
夜も仲間とまったりと話をし、ようやく眠ったのが午前4時。もっともっと話したい。話を聞きたい。眠るのがもったいない。
今回は初日こそ寒かったけれど、年が明けてからはそれほど気温も下がらず。
お天気も良く、いい年越ミーティングでした。
first_sunrise
初日の出、さくら湖に登る朝日。
腹が立ったりイライラしたりガックリ落ち込んだりする日々も、この朝日を見ていたら氷が溶けるように流れて消えてゆく。
ひとりじゃ生きられない。
でも、仲間や家族や周囲のひとたちに支えられれば何倍も生きられる。
その分ぼくも、誰かの支えになりたい。いつか、きっと。いやもしかしたらいますぐにでも。
年越ミーティングで得た希望。忘れずに一年を過ごしたいな。

・・・で。
自宅アパートに帰ったのが午後1時。ちょっと仮眠を取り、来ていた年賀状に目を通し、妻の実家へ車を走らせる。
結婚して最初の元旦。あいさつに行かないわけにはいかない。
ただいま妻の実家、妻が育った子ども部屋でこのブログを書いています。
実家の妻の部屋を見るのははじめて。
枕元に、学生時代に妻が友だちと開いたライブの手書きフライヤーが張ってあったりして、なかなか感慨深いです。
このままきょうは実家に泊めてもらって、あすは早起きしてスノボへ。
3が日、あっという間に過ぎ去って行きそうな気が・・・。

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