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2005年11月25日 (金)

NINE INCH NAILS〜孤独と回復と大量のモジュラーシンセサイザー〜

トレント・レズナー。
1965年、アメリカ生まれ。言わずと知れたインダストリアル・ロックユニット、ナイン・インチ・ネイルズのメンバー。メンバーと言うより、彼のソロプロジェクトがナイン・インチ・ネイルズだと言った方が正確か。
無機質なデジタルビート。極限まで歪められて原形をとどめないギターやボーカル、音の断片。シンセサイザーの不気味なうねり。唐突に鳴り響くピアノのメロディ。そして祈りともつぶやきとも咆哮とも言える、トレント・レズナーのボーカル。
ナイン・インチ・ネイルズは80年代末に登場し、あっという間に米国のラウド・ロックシーンにその名を知られるようになった。はじめはインダストリアル系のマイナーバンドに良くある、ユニークでオリジナリティのあるサウンドを奏でているけれど結局はアンダーグラウンドの存在、好事家の興味の対象でしかない。そんなポジションだった。だが、アルバム「ザ・ダウン・ワールド・スパイラル」「ザ・フラジャイル」は一躍トレント・レズナーをメジャーシーンに押し上げた。彼のプロデュースによるマリリン・マンソンが(キワモノ、反キリスト教の邪悪なアイドル、アメリカ社会の良識の敵としてだが)一般社会に幅広く知られるようになったせいもあるだろう。おりしもKORNなどの同形の(表現形態はゼンゼン違うけど)ヘヴィ・ロックバンドの認知度が高まってきたことも相まって、ナイン・インチ・ネイルズはポスト・オルタナティブのリーダー的存在、カート・コバーン亡き後のロックシーンの牽引力として期待されていた。

だが99年の「ザ・フラジャイル」を最後に、トレント・レズナーは沈黙してしまう。
あれだけの荒れ果てた精神世界を表現した後では、エネルギーを使い果たしてしまったか。ついに狂気の縁に追い込まれたか。それともものすごい新作を準備中で、大量のモジュラーシンセを使ってテクノロジーの限りを尽くしての狂った音世界を作りつつあるのか。

今回の新作「ウィズ・ティース」がリリースされたのは2005年。それまでの6年間、アルバムの制作にかかりきりだったのか。そうではない、と彼は言う。

レコーディングのプロセス自体はいつもより早かったと思うんだ。2004年の1月から曲作りに取りかかり、それから5ヶ月の間にアルバム1枚半から2枚ほどの曲を書き上げた。そしてその夏からレコーディング、秋にミックスしたわけだからね。アルバムを作り始めるまでに時間がかかった理由は・・・オレの生活がいわゆる中毒と絶望に見舞われて、厄払いを必要としたからさ

サウンド&レコーディングマガジン2005年9月号より

ネットや各種インタビューを読むと、どうやらアルコール依存症と薬物依存症にかかっていて、沈黙期間の大部分はその問題に取り組んでいたようだ。
この期間、いろんなことがあったようだ。マネージャー兼ビジネスパートナーに巨額の収益をかすめ取られ、さまざまな著作権を奪われていたらしい。ここに書いてあるとおり、トレントはほとんど内容に目を通さずにメクラ判で契約書にサインしていたという。
もともと彼の作る音楽は、ひたすら内面のダークサイドを追究するものだった。
自虐、自滅、不安。世界に対する憎悪と悲しみ。自分自身への憎悪。ひたすら内面の葛藤を表現するライブでの痛々しい姿は大勢の注目を引いた。でもどれほどライブで吠えようと、大量のモジュラーシンセで埋め尽くされたシンセオタクの夢のようなスタジオを作ろうとも、彼の不安や寂しさは満たされなかったのだと思う。そしておおぜいのアルコホーリクがそうであるように、彼もまたどうしようもないやり切れなさと孤独から逃れようとして、アルコールや薬物の海の中に身を落としていったのだろう。

トレント・レズナーがAAメンバーかどうか、ぼくは知らない。もしAAメンバーだとしてもAAの伝統11に従って、彼がメンバーであることを公言することはないだろう。
(伝統11 私たちの広報活動は、宣伝よりも引きつける魅力に基づくものであり、活字、電波、映像の分野では、私たちは常に個人名を伏せる必要がある)
それでも新作「ウィズ・ティース」が従来の自虐路線と決別し、ポジティブな決意表明であることには間違いがない。

どれだけまともに信じてるのか?
飼い主を噛む勇気はあるか?
血が出るまで噛み続けられるか?
立ち上がる気はあるか?
目をそらさない勇気はあるか?
変えていく気はあるのか?


「ウィズ・ティース」からのシングル第一弾、the hands that feeds。イラクの米兵に語りかける形の反戦的な内容だ。
まず、ひたすら内面世界を追求していたこの男が直接的なメッセージソングを作ったことに驚く。ある種の人びとには、形而下的な内容を扱ったことで失望を買うのは間違いない。世俗的で風化しやすい内容を扱いやがって、と。それでも彼はイラクの米兵に向かって、全米に向かって「飼い主の手を噛め、真実に目を向けろ」とアジテートする。
そして次に、これは彼自身にとってもリアルな意思表明なんじゃないかと思う。目をそらさない勇気、変えていく勇気。認めること。信じること。まさに依存症からの回復の道そのものだ。
さらに、この曲はとてもロックだ。
ネガティブの大王だったこの男がポジティブなロックを、これほどかっこよく演奏していることに驚く。何なんだ、このパワーは。
アルコール依存症、薬物依存症にはとても見えない。
もともと線の細い美形のはずが、いつのまにかムキムキのマッチョマンになってるし。

ここからオフィシャルサイト内のhands that feedsプロモがフルサイズで視聴できます。

裁判でも勝訴し、失われた収益と商標権も取り戻せたようだ。
アルバム「ウィズ・ティース」はビルボード200アルバムズ・チャート(5/11付)で27万2,000枚を売り上げ、マライア・キャリーの復帰作を抑えて初登場1位に輝いた。
復帰第1作という点ではマライア・キャリーと変わらない。彼の回復、生命力とエネルギーにあふれたパワーがリスナーに支持されたと思いたい。
サマソニで見たトレント・レズナーは、メディアで見慣れた線の細い内向青年とはまるでちがう、筋肉質でワイルドな男だった。
いもロックフェスティバル

かつてのオレはしらふの状態で創作することに疲弊していたというか、それでうまくいくかどうかに確信を持てず、何かに頼らずにはいられない悲観的な人間だったと思う。しかしドラッグやアルコールがオレの人生に果たしてきた役割の多くがそうであるように、創作においてもそれらは邪魔になることの方が多いことに気づいた。それらを頼りにどこかにたどり着いたとしても、それは現実ではない。

そう、その通りだよトレント。
アルコールに頼ってどこかにたどり着いたとしても、そこは現実じゃない。
そこで何かを得ることもないし、そもそもそこには何もない。まるっきりの空っぽだ。

現実世界に帰還したインダストリアルロックの帝王。
とってもカッコエエです。
公式HPでは歌詞やフルサイズPVが惜しげもなく披露されていて、さらにはableton LIVEやgaragebandフォーマットで曲データまで提供している。ファン思いなんだね。
the official nine inch nails website
しかしサマソニで見たトレント・レズナーはもりもりの筋肉に角刈り。最初本人だと分からなかったス・・・。

回復の力って、ほんとうにすごいと思う。
トレント・レズナー。こころから応援したい。

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コメント

はじめまして。TB有難うございます。
トレント・レズナーがアルコール&ドラッグ中毒や、友人(マネージャー)の裏切り行為など、色んな抱えていたことをようやくクリアにして、このWith Teethを作り上げたんだなと思うと、聴く側にも色んな思いが交差して感慨深いですよね。
今のトレントは何かふっきれたような、明らかに昔とは違う強い人になったように思うし、私もこれからも応援していきたいです。

投稿: いも | 2005年11月26日 (土) 13:22

いもさん、コメントありがとうございます。
トレント・レズナーはほんとうにタフになりましたよね。
新境地「ウィズ・ティース」以降、彼がどこへ向かっていくのかたのしみです。
サマソニも、スタジアムに似つかわしい堂々たるステージでした。
いっしょに応援していきましょう〜♪

投稿: カオル | 2005年11月26日 (土) 22:01

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