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2005年7月27日 (水)

痛みには成長が、成長には痛みが

ある人がこのように言っていた。「痛みはあらゆる霊的進歩の基礎になるものだ」と。私たちAAの人間はこの言葉に心から共感できる。

12のステップと12の伝統より

AA(Alcoholics Anonymous)の書籍「今日を新たに」の277ページから引用。
「12&12」からの引用のあと、文章はこんな風に続く。
感情的混乱のジェットコースターに乗り込んでしまったとき、わたしが思い出そうとするのは、成長とは痛みをともなうことが多いということだ。AAプログラムを続ける中で、たとえどれほど苦しくても、自分が内面から変わらなければならないことを教えられた。それによって、自己中心主義からその反対の方向へ導かれてゆく(後略)

きのう夜中にある仲間から電話があった。
ちょっとした人間関係のトラブルでひどく傷ついてしまった。と言う。
傷つき、混乱している、と。
相手にも腹が立つし、回復できていない自分にも腹が立つ、と。
小さなことにも気をつかう彼が、夜の0時近くに電話をしてきた。そのことだけでも、彼がどれほど混乱し傷ついているのかがうかがえた。
電話の向こうで、彼が下を向いて一生懸命言葉を探している姿が見えるようだった。
ぼくには彼の痛みや怒りが、まるで自分のことのように思えた。

ちょっとした言葉の行き違いや不用意なひと言が、思わぬ波紋を招く。ほかのひとを意図せずに傷つけ、怒りを招くことがある。そして怒りを向けられると、不用意なことを言ってしまった自分がひどく馬鹿みたいに思えてくる。価値のない人間に思えてくる。同時に、そういうことを言ってくる相手にも腹が立ってくる。
そういうことが、ぼくには数限りなくあった。
飲んでいたころにもあったし、酒をやめてAAにつながってからもあった。
正直に言えば、ごく最近もあった。
そのたびに「もう不用意なことは決して口にするまい」と誓った。
でもまたしばらくするとふとしたはずみにおかしなことを言ってしまい、ひどく自分を恥じる。
ほとほと自分にうんざりし、進歩も成長もしていないのがイヤになる。

でも。
それでもぼくたちは成長しているんだと思う。
痛みを感じるということは、成長のためのたいせつな養分なんだと思う。
ただ痛みを感じただけでは成長できない。でも、痛みをきっかけに自分を振り返ることが出来れば、怒りや自己憐憫や感情の大波がおさまったあとに自分の痛みとその原因をキチンと見つめることが出来れば。
そしてそれをAAのやり方で適切に処理することが出来れば。
ぼくは、ぼくたちはかならず成長できる。

なんの痛みがなければ、ぼくはきっと傲慢に押し流されてしまうだろう。
試練もなく、意見の違う人との接触もなければ、自己洞察はなかなか得られない。
痛みを感じても怒りを感じても、その感情に焼き尽くされないこと。
そこから抜け出せるように祈ること。
他人をさげすまず、憎しみから解放してもらえるよう祈ること。

たとえサイアクの土砂降りでも、そこから成長が得られるのなら、その土砂降りには価値がある。その土砂降りには何かしらの意味がある。

心の落ち着きを得たいと思うのなら、過去の感情的混乱とそれに続く感情の二日酔いについてステップを使い、霊的な成長を続けていけることに感謝しなければならない

ほんと、そう思うよ。
なにごとも言うは易し、実践は難し。
仲間とともに成長できますように。

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