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2005年6月10日 (金)

SONEVA FUSHIの沿革

SONEVAFUSHI(ソネバ・フシ)はもともとはちがう名前の島だった。
ここに、ソヌーとエヴァーソンという夫婦が登場する。まだ若さの残照が十分に残っている年代の、白人の夫婦だ。
ソヌーはかねてより、素敵なリゾートへ連れていって欲しいと言う宿題を出されていた。はじめソヌーは、エヴァをインドのゴアに連れていった。
が、そこはエヴァのお気に召さなかったようだ。どこかくつろげる、すばらしいリゾートはないものか。
そこでソヌーはエヴァのために、モルディブにリゾートを作ることにした。
エヴァを満足させることができるなら、きっとそこは素敵なリゾートになるにちがいない。
1980年代の半ばのことだ。
当時のモルディブは、外国籍の個人にリゾート建設の許可を出していなかった。
モルディブの人間か、ごく限られた国際的な業者にのみ許可を出していた。もちろんソヌーに許可は下りなかった。
それでもソヌーはあきらめず、モルディブ当局に粘った。
最終的には−ソヌーがすでにほかにホテルの権利をいくつか持っていたことも幸いし−現SONEVAFUSHIにリゾートを造る許可を得た。
彼らのポリシーはふたつ。
1.完全な快適さとプライバシーが得られること。
ヴィラと呼ばれる家屋にゲストは宿泊するが、この家屋は十分な距離を持って建てられなければならない。ミスターまたはミス・フライデーという従者を通じて、ゲストの望みは速やかに満たされなければならない。またたとえば、スタッフはスタッフ同士で話をするときでも英語をしゃべらなければならない。ゲストに理解できないことばを使うのは「フェアではない」からだ。
2.環境を破壊しない。
特筆すべきことに、彼らはすでに「自然にノー・ダメージでリゾートを建築することは可能である」と言う理念を持っていた。1980年代の半ばにこの理念を抱いていたことは、ぼくは尊敬に値することだと思う。
いまでこそCSR(Corporate Social Responsibility−企業の社会的責任)などと言うことばは当たり前になっており、企業が環境に配慮を払うのは当然の責務とされている。が、当時はリゾートと言えばすなわち環境破壊だった。ソヌーとエヴァは、環境は絶対に破壊しない、という理念を最初から明確に保っていた。
このふたつの理念に基づき、90年代の半ばにSONEVAはオープンした。ソヌーとエヴァの名前を取り、SONEVAFUSHI(FUSHIは環礁の外側にある大きな島、の意)と名付けられたであろうことは想像に難くない。
ソヌーとエヴァの理念は、今も十分に保たれている。
この島で暮らしていると、驚くほどプラスチック系のゴミが出ないことに気がつく。出るプラスチックゴミと言えば、フィルムの包装など、ひたすら日本から持っていったものだけだ。
建物は木と漆喰と葉っぱでできている。道路は土で、その上をスタッフもゲストも裸足で歩く。彼らが持ってくる書類もホチキスは使わず、パンチ穴を開けた紙を細い荷造りヒモのようなロープで結んであるだけだ。ゲストの荷物を運ぶのも運搬用の自転車か、電動カート。さらに自前の農場があり、ここで供される食材のかなりの部分がその農場から生み出される。電気と水はなるべく節約するよう、ゲストにも求められる。電気と水はこの国では貴重品だ。どちらも飛行機を使わないと供給できない。そして電気を抑えた分、SONEVAではまばゆい照明もうるさいBGMもない、ゆたかでしずかな夜の闇を感じることができる。
SONEVAがやっていることは、とてもコストのかかることだ。
コンクリートの巨大ビルディングを建てて集中管理のエアコンにした方が安上がりに決まっている。農場のスタッフの人件費を考えたら、食材など空輸した方が手間もコストもかからないに決まっている。電動カートなどより中古の自動車を買った方が安いに決まっている。じっさい、ここのスタッフは350人ほどだと言う。ヴィラの数が60ちょっとだから、単純にヴィラひとつあたり2人のゲストと考えても、SONEVAがどれだけコストパフォーマンスの悪い施設かが分かる。
にも関わらず、彼らはイージーな方法を選択しなかった。コストダウンよりも環境を選んだ。
これは、繰り返しになるけど、1980年代半ばの企業家の理念としてはたいへん先進的なことだ。
ぼくは彼らの姿勢に共感を感じずにはいられない。この、ヒッピーのコミューンの発展系みたいな自給自足のリゾートで、ぼくたちは思いきり自然を満喫し、取れたての自家製野菜を食べ、快適にハネムーンを過ごすことができた。
ここにいるだけで、ここを造ったひとたちが何を考え、何を望んでいたのかが分かるような気がする。何よりも、P嬢をはじめとしたスタッフの上品で生き生きとした表情や振る舞いを見れば、ここがいかにうまく機能しているかが分かる。P嬢ほか、メインスタッフは24時間住み込みだ。2か月で1週間程度のやすみがもらえるらしいが、それ以外はずっとソネバに詰めている。それでも彼女たちはゲストに献身的なサービスを尽くし、笑顔とユーモアを忘れない。要するに、楽しくやりがいのある職場じゃないとやっていけないはずなのだ。
この文章のもとになった「six-senses cook book」
このほんの表紙見返しに、ソヌーとエヴァの写真が載っている。
SONEVAFUSHIのみどりの小道の木漏れ日で、それぞれ自転車に乗った二人が笑いかけている。40歳手前くらいだろうか。ソヌーは丸い眼鏡をかけて髪がやや後退していて、知的な笑顔を浮かべ、自転車を漕ぐ手を休めている。エヴァはその隣で、白いサンドレスに身を包んで朗らかに笑っている。あざやかな白いサンドレスとおんぼろ自転車の対比がユーモラスだ。
この本は結局購入せずに、SONEVAでいちど読んだだけだ。
それでもソヌーとエヴァ、裕福で屈託が無く、彼らの持てる資産と能力を正しいことに使いたいと願っている善良な白人夫婦。
彼らの笑顔は記憶の中に焼き付いている。

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