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2005年6月 6日 (月)

戦わない生き方

AA(Alcoholics Anonymous)にはいろんな書物があるが、中でも「ビッグ・ブック」と言われている書物は原点と言われるだけあって、AAの精神が満ちあふれている。
著者はAAの創始者、Bill W。
書物のタイトルはずばり「Alcoholics Anonymous」。でも、本の名とグループの名が同じだと紛らわしいから、通常は本の方を「ビッグ・ブック」と呼んでいる。
AAには強制とか命令とか規則とか、そういう制限的な要素は何一つない。
そうそれこそ、酒を飲む飲まないにしても。
AAでは「酒を飲んではいけない」とか「酒を飲んだら格下げ」とか、そういう規則がいっさいない。AAで言われる事はあくまで「提案」であり、提案を受け入れるかどうかはいっさい個人の自由だ。
その精神は、創始者の書いた「ビッグ・ブック」ですでに確立されている。
押しつけがましいことはいっさい書いていない。
自分がいかに酒を飲み、アルコホーリクスになり、そこから回復したか。そしてAAを立ち上げる中で気がついたこと、新しいアルコホーリクスへの提案などが書いてあるだけだ。
それでも、ぼくが知る限り一箇所だけ、「きまり」という、ちょっと強いことばで書かれている場所がある。
第六章「行動に移す」の後半。

「他のひとへの愛と寛大な気持ちをいつも持つことは、私たちの守るべききまりである」
(Love and tolerance of others is our code.)

この部分。ぼくはAAの基礎となる、たいせつな部分だと思っている。
愛。寛容。
どちらも気恥ずかしいことばだ。「他のひとへの愛と寛大」なんてことばはウソ臭く、偽善的な宗教臭さを感じてしまう。
それでもAAメンバーとして時間が経つにつれ、この「きまり」がいかにたいせつなものか、日に日に感じずにはいられない。そう、他のひとへの愛と寛大な気持ち。それを「いつも」持つこと。

そしてこの後、こんな文が続く。
「私たちは何ものとも、誰とも、ましてアルコールとも戦うことを止めた」と。
(And we have ceased fighting anything or anyone - even alcohol.)

戦わない生き方、というものをぼくはAAに来てはじめて知った。初めはウソくさいきれい事にしか思えなかったが、やがてそれがいかにたいせつなものか、ぼくは知った。
戦わない生き方。
たしかに「戦う生き方」と言えばいさましい。が、ぼくの日常で「たたかう」場面なんてどれほどあるだろう?せいぜいが利己的な顧客に自分の意見を伝えるとか、傲慢なスタッフを注意するとか、そんなところだ。
そしてほとんどの場合、それは戦う姿勢よりも、愛と共感の精神でやったほうがうまく行く。何よりも、自分の精神状態がぐらつかない。
怒りを持つということは、戦う姿勢を取ると言うことは、とても消耗することだ。たとえどれほど自分が正しいと思っていることでも、怒りを持ち続けるのは消耗する。ヘトヘトになる。そして物の考え方がいびつになってくる。気持ちがブルーになって孤独を感じる。よけいに傷つきやすく、怒りっぽくなる。少なくともぼくはそうだ。
ぼくはAAで、戦わない生き方を知った。そしてそれがいかに有効に機能するかを知った。
戦わないこと。怒りを持たないようにつとめること。
結局、その方が事態が良い方向に進行したりするんですよねー。ふしぎなことに。

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コメント

AAの精神
と言う表現はおかしいと思います。
BBをよく読んで、ビルが何を伝えようとしていたのかもう少し理解して語っていただければなと、感じます。それとも一方的な日記だから、暖かい歓迎のメールだけがお好みですか。
飲酒をやめてしばらく時間が過ぎているんですよね?
戦う事をやめた・・・・やめて建設的に生産性を考えて行動していくと言う事です。愛と寛容・・・受け止めて・・・だけではありません。

AAのメンバーで一番良くない傾向なのが
大きかろうが小さかろうがそこに問題が発生しているのに、外部の意見を聞き入れないという事です。「外部からの意見を歓迎する」はずであるのに、都合が悪くなると・・・争うのをやめたと宣言してしまいます。
その方法は、AA内の矛盾に気づき、努力しているメンバーに迷惑をかけます。
更に、矛盾しているのが、依存症者は依存的なために地位や名誉にすぐ傾き、その意見は聞きます。
本当に必要なのは、スピリットがどこへ向かう必要があるのか知り、助言を得ていく事です。

投稿: ドロをぬるようで申し訳ない。 | 2005年6月 9日 (木) 23:54

はじめまして、「ドロをぬるようで申し訳ない」さん。
「AAの精神」と言う表現、不適切だったとお感じなったのであれば、それはぼくの表現力の至らなさ、理解不足と認識不足のせいです。
ご指摘、ありがとうございました。
BBの理解にせよぼく自身のソブラエティにせよ、まだまだ中途半端ですし、至らない点のカタマリです。
至らない点は至らないなりに、これからもどんどん書いていこうと思います。
「本当に必要なのは、スピリットがどこへ向かう必要があるのか知り、助言を得ていく事です」
と言う点、ぼくも大賛成です。
そのように生きていきたいものですねー。

投稿: カオル | 2005年6月10日 (金) 12:11

ホントによくわかってないみたいですね。

投稿: ドロをぬるようで申し訳ない。 | 2005年6月21日 (火) 22:34

>ドロをぬるようで申し訳ない。さん
すみません。

投稿: カオル | 2005年6月22日 (水) 20:30

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