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2005年6月30日 (木)

大福に気をつけろ!Watch out! The Big-Happy!

大福に気をつけろ!
大福に気をつけろ!
ソイツが身にまとう、白い粉に気をつけろ!
こぼれ落ちたらunhappy
後戻りできないlonely way

会社のおすそ分け 幸せなコミュニケーションタイム
退職社員が配るオヤツ It's Big Big Big-Happy
エアコンの効いた社内で 食べるおやつ 気がゆるむ
でもヤツは 待ちかまえてるのさ

食べようとしたとたん!
鼻から息が!!ぐぁー!
あたりいちめん!
飛び散る白い粉ぁ!!

大福はBig-Happy
粉が飛び散りゃUnhappy
スラックス前面に飛び散った白い粉
ぬぐいきれないトラウマ
ひとの目が耐えられない!
大福はBig-Happy
逃げたい気持ちはHippy
オレに必要  Therapy
えびばで!大福に気をつけろ!!
ぐあー!!(号泣)

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2005年6月29日 (水)

吾妻ひでお「失踪日記」

吾妻ひでお。
知る人ぞ知る漫画家だ。
古くは少年チャンピオンに「やけくそ天使」を書いていたひと、あるいは「ななこSOS」のひと、と言えばいいだろうか。
「海から来た機械」などのふしぎなテイストの小品で、(アンダーグラウンドな)マンガファンやSFファンにカリスマ的な人気を誇る。キュートな美少女、べたつかないエロティシズム、そして何といってもセンス・オブ・ワンダーな浮遊感がよかった。凡百の漫画家と一線を画す、アタマの片隅にいつまでもこびりつく作品を描くひとだった。
ここ数年はシーンから姿を消し、すっかり「消えた漫画家」と化していたんだけど。

いやー。
最近出た「失踪日記」。
スゴイですよこれ。
スランプにおちいって失踪し、そのままほんもののホームレスになっちゃうというメチャクチャぶっ飛んだ実話マンガ。
お金が尽きて近くの雑木林に入り、寒さの中をぼろぼろのシートをひろってホームレスになっていくくだり、スゴイとしか言いようがない。ゴミを拾い、カビの生えたパンを食べ、ほかのホームレスの食べ物をかっぱらう。
で、次第に生活力(と言うのか?)がアップしてきてホームレス生活が徐々に豊かになっていく描写は、体験したものしか描けないリアルさ。絵それ自体は吾妻ひでおのポップなタッチなので悲壮感はないけれど、内容はとにかくスゴイ。

で、単行本の終盤、彼がアルコール依存症になって精神科に医療保護入院するくだりが描かれる。
その最後の最後の方で、AA(Alcoholics Anonymous)が描かれている。
おおっ!
かつてはその世界(どの世界だよ)で神と言われた吾妻ひでお先生にAAを描いていただけるとはっ!光栄なりっ!
で、内容はっ?!!
・・・。
・・・うーん・・・。
新興宗教チックなAAミーティングと、それになじめずに困っている吾妻先生が描かれております。
すし詰めの会場。
自己陶酔的で良く分からないメンバーの話。
ああ、きっとAAメンバーじゃないひとにとってのAAに対する印象って、こんな感じなんだろうなー。
まー、「神」と言う言葉も出てくるし、抽象的な概念も出てくる。
「酒をやめるのに、どうして神さまの話になるの?メンバーの専門用語もキモい」と思うひともいるだろうなー。
「神」と言う概念を出してくるのは、「そーゆー言葉を持ち出してくるのは新興宗教だ、うさんくさい連中だ」と言う先入観念を取り払ってくれれば、わりとすんなり飲み込める理由があるんですが。

でもとにかくおもしろいですよ、この「失踪日記」。
悲惨な内容を軽いタッチでギャグにしてしまうってのは、なかなかできないことだと思います。
いまはお酒飲んでないみたいだし、またおもしろいマンガを描いてくれるといいな。
ムリせずに、スローペースでいいマンガを描いてくださいね。
応援してますよー。

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2005年6月28日 (火)

Eric Andersen 「愛と放浪の日々」

近ごろ、昔と音楽の聞き方が変わってきたことに気がつく。
10代、20代のころはかじりつくように音楽を聴いていた。スピーカに向き合い、スピーカの向こうにいるであろう音楽の語り手に向き合おうと、じっと耳をそばだてていた。
レコードに針を落とし、針とレコード盤が作るノイズに引き続いて音楽が始まるのを目を閉じて待っていた。
そして次の瞬間に鳴り響く音は、どんなつまらないレコードであれ、ぼくを日常から引き離してくれた。

どうも近ごろはそう言うキアイの入った音楽の聞き方をしなくなった。
カーステレオで新譜を聴く。
アルバムでいちばん力を入れたであろう曲が、前のクルマの割り込みや黄色信号に気を取られている間に過ぎ去っていく。サビに入る直前にボーカルの息を吸う音、素敵なドラムのフィルインや、練りに練ったにちがいないブレイクがあっという間に流れ去っていく。そしてそのままカーステレオは次のCDに代えられ、取り出されたCDは部屋の片隅に積み上げられ、忘れ去られていく。
気がつくと、そんなことばかりだ。
そう言う「薄い」関わりで音楽を聴くことに慣れてしまっている。

エリック・アンダースン(Eric Andersen)のアルバムを買った。
「blue moon」、そしてこの「be true to you」(邦題「愛と放浪の日々」)。
まだ「愛と放浪の日々」しか聞いてないけど、ここには70年代フォークロック/ポップの絶妙のエッセンスがある。
発表は1975年。まさに70年代のど真ん中だ。
たとえば「Ol' 55」(オール55)という、トム・ウェイツのカヴァー。
夜明けにガールフレンドの家を出て、太陽が昇る中ハイウェイを走り、仕事へ向かう男の歌。
ドラム、ベース、スティールギター、アコースティックギター、ピアノ、コーラス。
なんとも言えない、やさしい音がする。
1975年の若者の姿がスピーカの向こうに見えそうな気がする。
デジタルテクノロジーを使っていないレコーディング。やさしく丸い音。

久しぶりにスピーカに対峙するように音楽を聴いている。
エリック・アンダースンは70年代風に優しいサウンドで、70年代風にカッコつけて歌い、70年代風にまっすぐに、スピーカのこちら側に歌いかけてきている。
一生懸命なにかを伝えようとすれば、たしかに伝わる。
時間も場所も飛び越えて、エリック・アンダースンが歌に込めたものは2005年の日本まで届いている。
色あせずに輝きを放っている。

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2005年6月27日 (月)

ボーゼン

セミナーが終わって腰が抜けた。
今日はもう仕事もすっかりやる気なし。
いや、やる気はあるんだけど身体もアタマもついてこない。こんな日にヘンに飛ばすとロクなことがない。
夕方からは虚脱状態で部署のマイデスクでボーゼンとしていた。

イベントのあとは再飲酒しやすくなるという。
イベントの盛り上がり、一種の「酔い」のあとに日常がやって来る。その「酔いざめ」にアル中は耐えられないのだそうだ。疲れやイライラがそれに拍車をかける。で、そのままアルコールに走ってしまう場合があるのだ、と。
そういやある仲間は以前、「イベントスリッパー」を自称していた。
そういうことがあるから、イベントのあとにクールダウンミーティングが開かれたり、その日のうちに通常ミーティングに出席するよう提案されるんだろう。

たしかにイベントのあとは虚脱する。ボーッとする。
イベントの酔いに浸っていたい気持ちと終わってしまったむなしさが、なんとも言えず交錯する。
いやはや、こういう時に限って宿直。
ムリしてでも代わってもらえば良かったよ。
はやく日常のミーティングに戻ろう。
はやく日常の喧騒に戻っていこう。

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2005年6月26日 (日)

無事終了!

てなことでいろいろ心配だったわがAA(Alcoholics Anonymous)ホームグループのオープンスピーカーズミーティング。
無事に終了しました。
あさ会場に到着したら、すでにおおぜいの仲間が手伝いに来てくれてました。
仲間の助けを得て、あっという間にセッティング完了。
荷物を搬入して、会場の集会室のテーブルを並べ替えて、書籍販売のコーナーを作って、お湯を沸かしてお菓子を並べて、ゴミ袋を設置して、垂れ幕を吊るして。
ぼくがウロウロしている間に、すべて手際のいい仲間たちがさっとセッティングを済ませてくれた。
ぼくはもうひとりの司会担当とかんたんに打ち合わせして、段取りの確認をしているともう開始の時間。
オープンスピーカーズミーティングが始まる。
始まってしまえば、あとはものすごい速さで時間が過ぎていく。
途中、かつての主治医の先生のトークが突然入ったりと、楽しいハプニングも。
お昼には仲間の作ってくれたお弁当をみなで食べ、和気あいあいとプログラムは進行していく。
ぼくは司会をやっていたせいかあんまり集中して聞けなかったけど、楽しい話、苦しかった話、いろんな仲間の体験が次々と語られていく、とってもAAらしい、勇気づけられる時間でした。
こう言うのを「分かちあい」って言うんだ。
あらためてそう思いました。

AAのことを表現することばって、適切なのが見当たらない。
「いい」とか「すばらしい」とかの、ありきたりの言葉しか思いつかない。
アルコールに痛めつけられ、身もこころもずたずたになった人間が回復していく。
AAに出会い、仲間と出会い、生きる力と勇気を得る。
もういちど。もういちど何とかなるかも知れない。
そう信じられるようになる。そしてそれが実現していく。
自分ひとりではできなかったことが、仲間と来る日も来る日もミーティングを重ねていくうちに、いつの間にかできるようになってくる。
自己吟味。肥大したエゴの収縮。過去の自分との対峙。
そういう過程をくり返していくと、気がついたら酒が止まっている。ストレスに耐え、酒なしに過ごす日々が積み重なっていく。
怒りやねたみやさげすみが、あたたかい感情に置き代わっていく。
希望。

そんなことを考えていたらどうしてもぼくも話をしたくなり、終盤に時間をもらっちゃいました。
まだまだ自己顕示欲が抑えられないのかも。

うまくまとまらないけど、手伝ってくれた仲間、話をしてくれた仲間、聞いてくれた仲間、足を運んでくれた仲間、もと主治医をはじめとする、休日を費やして参加してくれた関係者や家族の方、そして過去、現在、未来、すべてのAAメンバーに感謝。神さまに感謝。
ありがとうです!
自分を超えた大きなちからがどこかで働いている。そんな風に思えるよ。
ものすごく遠いところで、肩に触れるくらい近いところで。
風が吹く遠い丘で、古ぼけた雑居ビルの谷間で、おんぼろ教会のミーティングに集うアルコール依存症者たちの頭上で。

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2005年6月25日 (土)

オープンスピーカーズミーティング

てなことでわがAA(Alcoholics Anonymous)ホームグループの行事、いよいよあすに迫ってきました。
準備はねー。
うーんとねー。うーんとねー。
地区のミーティング案内は、インクジェットプリンタで60部ほど刷りました。
あと、8月予定のホームグループのイベントの案内も、同じくインクジェットプリンタで30部ほど刷りました。
それ以外は、買い出しも含めてゼンゼンやってない。あ、ココロの準備は別として。
言い訳するようだけど、きのうも帰宅したら11時過ぎだったし、きょうも午後中仕事で買い物に行く時間ゼロ。こういう時に限って、ふだん以上に職場に拘束される。
え?
インクジェットでいつ印刷したのかって?
はっはっは!
空き時間で、職場のプリンタで印刷しちゃいました。
ごめん!職場!
ゆるせ!職場!
残業代ゼロの、せめてものつぐないだと思ってくれ!
つぐないってのもヘンですが。
それにしてもあす、不安だなー。
だいじょぶ!なるようになる!なるようにしかならないっ!
なるようにならなかったらその時はその時!
今夜は早めに寝ようっと。 

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2005年6月24日 (金)

セミナーが近づいてきた

あさって26日は、わがAA(Alcoholics Anonymous)のホームグループが開催するイベントだ。
オープン・スピーカーズ・ミーティング。略してOSM。
おおきな会場を借りてたっぷりの時間を用意し、仲間に過去どうであり、いまどうであるかを話してもらう。
近隣のグループにも参加やお手伝いをお願いし、遠方からの仲間も毎回けっこう集まる。
チラシを作って事前に保健所や医療機関にも送付し、来ていただけるよう呼びかける。
ちょっとした大会ですね。
で、今回はわがホームグループの先輩方が所用で都合がつかない。
ぼくも含め、新しめのひとたちだけでイベント当日を乗り切らないといけない。
うーん。不安だ・・・。
書籍コーナーを設ける。午後からの担当者が決まっていない。釣り銭の小銭もまだ手配してない。電卓などの小物も準備しなくちゃ。
誰に話をしてもらうかもゼンゼン決まっていない。当日、会場にいる仲間を指名して話してもらうつもりだけど、一人も決まっていないのは不安だ。
受付は、ゴミ袋は、紙コップは、お茶やお菓子は・・・。

などと考えているときりがないですね。
たぶん不手際が山ほど出てくるでしょう。
足りない物品が出てきて途中で買い出しに行く事態も発生するでしょう。進行のまずさで滞りが生じるかも知れない。もちろんそういうことがないよう、先輩に相談していっしょうけんめい準備する。それでも、経験不足からなにがしかの不測の事態が生じる可能性はぬぐえない。
でも、これはAAのイベントなんだ。
商業目的じゃない。イベントを作る方も参加する方も、ともに互いの経験と力と希望を分かち合って、ぼくたちの向かう方向を再確認する。そういう場なんだ。手際がいいとか悪いとかの問題じゃなく、良かろうと悪かろうと、仲間とともに体験を共有する。一体性を確認する。それがたいせつなんだと思う。

当日、ぼくと女性の仲間一名とで司会を担当します。
打ち合わせ時間、いまのところ2分。
「何着てくるのー?」
「んー。スーツ」
・・・・打ち合わせ終了。。。。

・・・いやいやいやいや、ももももちろん、こここ、これからきちんと打ち合わせしますよ。
あすのミーティングの前後にですね、きちんと打ち合わせしてソソウのないように、ちゃ、ちゃんとメンミツかつパーペキ(死語)な準備を整えてですね、クールでエレガントでスタイリッシュでラグジュアリーな雰囲気でですね、仲間のみなさんをお迎えできるように・・・
「OSMの準備は済んだのか?」あっ、ハイヤーパワーさま!どうもおひさしぶりです。おしごとおつかれさまでーす!
「まさか準備が済んでない言い訳を、AAの一体性の話とすり替えてごまかしていたりしてねぇべな?」ややややや、めっそうもない!準備はちゃーんと進んでいますよ。どうぞご心配なく。もーカンペキカンペキ。ラクショーですよラクショー。
「スーツとシャツとネクタイと靴のコーディネートだけ決めて、まさかそれで準備が済んだなどと言ってねぇべな?」ぎくっ!!
「仲間が善良なのをいいことに、最初っから好意に甘えるつもりではあんめぇな?」ぎくぎくぎくっっっ!!!
「喰らえっ!さばきのいかづちっっ!!!」うぎゃぁぁぁ〜〜〜っっ!!!

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2005年6月23日 (木)

雪の女王

NHKの雪の女王がイイ感じだ。
中世ヨーロッパの田舎町。
貧しいけど助け合って生きている少年と少女。
ある日、男の子が雪の女王にさらわれてしまう。家族も村の人々も男の子の死を信じて疑わない。女の子だけが彼の死を信じず、彼を探すたびに出る。
いいなぁ。こういうの。
正当派こどもアニメ。ハイジとかラスカルとか家なき子とか、そういう正しいこどもアニメをこの西暦2005年に堂々と作っているのがすばらしい。
監督は出崎統。そう、家なき子、ベルサイユのバラ、あしたのジョー2、宝島、エースをねらえ!ガンバの冒険などの名作アニメの数々を生み出したあのひとである。
太い線。
きらきらひかる透過光演出。
骨太というか大仰というか、めったやたらとドラマチックな演出。
「ごーん!」という効果音とともに画面が劇画調になって止まるおなじみの演出。
いやー、もうこのひとの演出は完成されているよ。なにせ、ベルバラやあしたのジョー2のころとぜんぜん変わってないもの。CGとか使ってても、アニメの質感は70年代のまんまだもの。変わらないのは、変わる必要がないからなんでしょうね。
今回の雪の女王、第一回目は「あれ、出崎演出、今回はちょっとおとなしめかな?」と思いました。
(それでも朝日新聞には「光り過ぎ」と書かれていたんだけど)
でもその後、じわじわと出崎節がにじみ出てきた。
第2話でゲルダ(女の子)のおばあさんが病気になって、カイ(男の子)の父親が吹雪の中、隣町まで医者を呼びに行く。もーあまりの激しい演出に、てっきりお父さんが死んじゃうんだとばっかり思いましたよ。
激しいわ。出崎演出。
webのトップページやオープニング、エンディングに見える銀色の狼、その隣のナゾの人物も期待をそそられる。
以前の出崎アニメに出てきた誰かに似ているような気もするけど(宝島のシルバー?)。
第5回目ではもうお約束とばかりに、ゲルダちゃんがお金を全部なくしちゃいます。
こういうシーンを見ただけでもう異常に感情移入しちゃうワタクシ。
くじけちゃいかんっ!かならずカイに会えるぞっ!
今後も期待大なり、雪の女王。

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2005年6月22日 (水)

ミーティングはおやすみでした

近ごろAA(Alcoholics Anonymous)のミーティングがたのしい。
や、もともとたのしかったけど、近ごろまたすこしちがったきもちで楽しめるようになってきた。
新しい仲間が飲まない生き方を何とかつかもうとしている姿。
打ちのめされたアルコホーリクがもう一度自分を取り戻そうとする姿。立ち上がろうとする姿。
その姿をみて、話を聞いていると、なんとも言えない気持ちが沸き上がってくる。
自分が新しい仲間のために何ができるだろう、いや、なにかしたい、でもまずはミーティングで自分の話をしよう。
でもそこからさらになにか伝えたい。なにか自分にできることはないだろうか。
言葉ででも、言葉以外ででも。
ミーティングが終わる。茶碗を洗う。新しい仲間がすすんでそれを手伝ってくれる。だいじょうぶですよ、と言っても自ら代わってくれる。もちろんよろこんでお願いする。もうそれだけでうれしい。ありがたい。感謝の気持ちがわいてくる。
水仕事を手伝ってくれるって言ってくれるだけでうれしい。
うまく言えないけど、たしかに共感の空気が存在する。
互いに本名も素性も知らない同士。それがAAのミーティングを通して、共感とあたたかみ、思いやりの交流が生まれる。こりゃスゴイことですよ、いまさらだけど。
ぼく自身も含め、自己中心的なアルコホーリクにそういう感情が生まれること自体、ちょっとした奇跡じゃないかと思う。けっして共依存でももたれ合いでもない、距離と節度を保った共感。

ってなことできょうもミーティング。
駅にほど近い某公民館が会場だ。職場から持ってきたおまんじゅう二箱も忘れずにしっかり持ってきた。
行くぜ!
おまんじゅうを分かち合うぜっ!!
・・・と思ったら。
会場の明り、まっくら。
駐車場には一台もクルマがない。
ああ。。。きょうは。。。お休みの日でした・・・・。
ミーティングの予定、しっかり確認しておけば良かった・・・。
ちょっとシュンとしつつアパートに帰ったのでした。
それにしてもおまんじゅう二箱、どうしようか。食べきれるものでなし。
アパートに帰ったら、妻がさらに同じおまんじゅうを二箱持って帰ってきていましたとさ。
わっはっはっは(泣)。
どうしよう、このおまんじゅう。。。おまむぢう。。。

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2005年6月21日 (火)

musical batonが来ました!

otamaさんからmusical batonが回ってきました。
はてなダイアリー musical batonとは
へー。知らなかった。いま流行っているんですねー。
要は音楽に関する自分の好みや傾向を述べて、それを次の人に回していこうって試みですね。
好きですワタクシ。こーゆーの。
otamaさん、ご指名をいただきたいへん光栄です。うれしいです。
ありがと!
ええっと今回は質問5の回答にあたり「2000年代の曲」に限局しました。じゃないとドアーズ、ストーンズ、ディラン、ジャックス、バウハウス、ピストルズ、クラッシュあたりで終わってしまいそうなので。
それでは能書きはこの辺にして、さっそく行ってみよう!

Total volume of music files on my computer (コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量)
音楽ファイルの容量は38ギガバイトでした。でもこれはサンプラーなどの音楽ソフトのライブラリ、音ネタが大半。曲としてはiTunesファイルに入っている8,07ギガバイトです。もっとたくさん入っていたけど、あまり聴かない曲はガンガン削って、容量を節約しています。

Song playing right now (今聞いている曲)
Sheryl CrowのIf it makes you happyでした。その前はクルマでラヴィロフというバンドのアルバム「ラヴィロック」を聞いていました。70年代ぽいいかしたブルースロックです。

The last CD I bought (最後に買ったCD)
高田渡、ごあいさつ。お酒の好きな人だったそうです。いま聞いてみると新鮮ですね。「生活の柄」という曲が聴きたくて買いました。

Five songs(tunes) I listen to a lot, or that mean a lot to me (よく聞く、または特別な思い入れのある5曲)

moby、Porcelain。繊細さと透明感。よく聞くわけじゃないけど、忘れられない一曲。
スピッツ、ガーベラ。「三日月ロック」の一曲。きれいな曲です。
rikuo、パラダイス。年にいちどやって来るリクオのライブは、一年分の音楽の力を分けてくれるような気がします。その中でもとくにポジティブなエネルギーを与えてくれるのがこのパラダイス。
それから、サンボマスター。月に咲く花のようになるの。サンボマスターは君に語りかけるのラストを飾る一曲。ロックとリリシズムの融合。
ああそれとやっぱりこれは、これだけは。2000年代じゃないけど、スターリン「ロマンチスト」。
いま聞いてもものすごい破壊力を持つナンバー。ミチロウはいまは生ギター一本でがんばっている。昔と変わらぬすごみと迫力。

Five people to whom I'm passing the baton (バトンを渡す5人)
ああ、ゼンゼン思いつかない・・・。
石垣ゆいさん
・よく見せていただいている歌唄いメセナさん
・こちらもふだん、よく見せていただいているJたかはしさん。
今日こんな・・・(Jたかはしの遊び場)
あとは・・・ぜんぜん思いつかないッス。これが限界。ああ自分の交流のせまさが恥ずかしい。
ご本人たちの知らないところで一方的にお名前を載せてしまいました。すみません。ファンレターだと思って許してください。
あ。仲間の何人かにメールで聞いてみようかなー。
でもこれ「ブログで」ってのがミソなんでしたよね。
ま、いいですか。

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2005年6月20日 (月)

イカスぜ!東京ボブ・ディラン

626
東京ボブなるアーティストのCDを借りた。
「ミッドナイト・スペシャル」というアルバム。
東京ボブディラン
いやー、スゴイです。
ボブ・ディラン、クリソツ。
これ、質のいいディランのブートレグとして流してもじゅうぶん通用するんじゃないかな。
曲はトラディショナルフォークのタイトル曲「midnight special」から始まり、ディランのカバー曲が多数。「百万ドル騒ぎ」から「天国の扉」から「love minus zero」から「forever young」などが聞ける。セレクトも、「like a rolling stone」など代表曲ど真ん中はあえて避けて、やや渋め、でもちょっとディランを突っ込んで聞いているならかならず知っているナンバーが並んでいるのがいい。
いやー、もうほんと、ディランが歌っているとしか思えない。バックも異様に渋い。抑えに抑えたジミな演奏が光る。いやもういぶし銀。渋過ぎ。それを東京ボブさんのディランそっくりの歌声が包み込む。
この「東京ボブ」さん、いったいいかなる道を通ってこの「ボブ・ディランそっくり」道を歩むようになったのか。
「ボブ・ディランに影響を受けました」というアーティストは山ほどいる。
ほんとうに山ほどいる。
で、ふつうは「ディランに影響を受けて、自分で曲を作ったり詩を書いたり家を飛びしたりパフォーマンスしたり、なにがしかの自己表現を開始する」と言うのが常道だろう。
しかしおそらく東京ボブさんの場合は「ディランに影響を受けて、ディランの物まねをはじめる」という、ちょっとふつうには発想できない方向を選んだ。
オリジナリティではなく、あえて物まね。なりきり。
しかし、結果はどうか。
凡百の「ディランもどき」を飛び越えて、東京ボブは圧倒的なクオリティを聞かせるではないか。
これを物まねと言うなかれ。
東京ボブは物まねのレベルでは語れないクオリティの高い音楽を奏でている。
ぜひともこのまま、東京ボブ道を突き進んでいってほしい。
ぜひいちど見てみたいアーティストです。客の平均年齢、すっげぇ高いんだろうなー。
渋いポイントで渋くウケたりするんだろうなー。

このCD、例のIさんからお借りした。
彼は帰り際、こんなことを言っていた。
「東京ボブだけじゃない。それ以外にも、大阪ニールがいる」と。
大阪ニール。。。大阪のニール・ヤング・・・。
ううん、世の中は広い・・・。

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2005年6月19日 (日)

OZONIC、音が出なかった・・・

宿直ではあるがヒマ。
と言うワケで新品に交換してもらったOZONICをさっそくいじってみました。
おお!パネルのシールがなんとも言えぬ新品感をかもしだしているよ。
おお!!本体には擦り傷ひとつないよ!とくに傷とかこだわらない方だけどさすがに感動するよ!
などと外観にカンドーしつつ、FireWireケーブルを接続。
どれどれ、音を出してみるか。
まずはLive4を起動して、と・・・。
・・・。
音が出ないよ・・・。
おおおおちつけおちつけ。
落ちついて原因を精査するのだ。まったく音が出ないワケではない。インストゥルメンタル入力に差したギターはダイレクトモニタでちゃんと聞こえる。DAWの音だけがなぜか聞こえない。
Live4をいったん終了、iTunesを起動。こちらも音が出ない。
OZONICのドライバを立ち上げる。おお、パソコンからの出力が、ちらりともフェーダーに反映されていない。どうしたことか。コントロールパネルの設定がいけないのか。
本体をリセットしたりドライバの設定をいろいろ変えてみるが、ほとんど変わらず。一度だけチラッと音が出たけど左チャンネルがまったく聞こえない、おかしな状態。
オーディオ信号は出ないものの、MIDI信号はしっかり送信されている。どういうことか。
2時間以上いじりまくるが解決せず。
ううむ・・・。
まさか今回も不良品か・・・。しかし、不良品の交換として今回の新品が送られてきた。いくら何でも動作チェックはしているはずだ。こちらの環境(MacOS 10.3)も伝えてある。いやいや、ここまでして動かないのはやはりおかしい・・・。
ん?
待てよ?
本体の不良なら、コントロールパネルのフェーダーはちゃんと動くはずだ。それが動いていないと言うのは、ドライバの作動不良?
そこではたと思い出しましたよ。
ドライバをダウンロードしたときに「とりあえず最新版なら間違いないだろう」と考え、OSのバージョン対応をしっかりみていなかったことに・・・。
M-AUDIOのサイトをチェック。ああやっぱり、やっぱり。OSのバージョンに適合しないドライバを入れていたよ・・・。
新しいドライバをダウンロードし、以前のドライバを削除したのちインストール。
あれほど苦労したのがウソのように、まったくふつうに音が出た。
やれやれ・・・。
DTMはこういうトラブルがつきもの。音が出るまで半日がかり。まー仕方ないか。
しかしこういうことに労力を割いていると、音楽をやっているんだかなんだか分からなくなってきますね。
とりあえず音が出たし経験になったからよしとしましょうか。

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2005年6月18日 (土)

ソウル・キッチン

ぼくがその店にはじめて足を踏み入れたのはまだ中学生のときだ。
まだオープンして日が経っていないその喫茶店は、早くもたばこの煙で壁の色は茶色みを帯び始めていた。
ぼくをその店に連れていったのは、そのころ少しだけつきあいのあった一学年年上のSと言う男だった。
Sはぼくの知らないニューヨークパンクや60’Sのバンドにやたら詳しかった。
口がうまく、いかに自分が高邁な理念を持ったバンドを作りたいかをとうとうと話していた。
彼の口車に乗せられ、その後20代の半ばまでさまざまなトラブルに巻き込まれるんだけど、それはまた別の話。

とにかくSに連れられてその店にはじめて入り、マスターのIさんを紹介された。
Iさんは小柄な男性で、にやけた表情でひょうひょうとした話し方をする。
SにしろIさんにせよ、ぼくから見れば博識で世渡りに慣れたオトナだった。いま考えればIさんはその当時まだ29歳で、まだじゅうぶん若者であったはずなんだけど。中学生のぼくから見ても、苦労して世の中を渡ってきた「オトナ」であろうことは想像できた。
そのウッディな喫茶店は、日が暮れるころになるとIさんがちょっとしたつまみを作り始め、ビールやお酒を出していた。昼夜を問わず、Iさんのコレクションの古いブルースやソウル、フォークソングが、でかいスピーカから流れ続けていた。
エルモア・ジョーンズ、サム・クック、オーティス・レディング、O・V・ライト、バディ・ガイ、アルバート・コリンズ、ティム・ハーディン、ボブ・ディラン、ヴァン・モリソン。
ぼくの耳にはどれも同じにしか聞こえなかった。けれど、いままで聞いてきたパンクロックとは明らかに異なる種類のエモーションを持つ音楽だと言うことはうっすらと感じた。
それからぼくはちょくちょく、学校の帰りにI氏の店を訪れるようになった。
Iさんの音楽の趣味に共感したわけじゃない。単にコーヒー一杯で何時間居座っても怒られず、あわよくば外のお客に出した料理のおすそ分けにありつける、それが目当てだった。

やがて高校に入って、その店はぼくの通学路の途中になった。ぼくとぼくの数少ない友人たちは、ますます彼の店へ出入りするようになった。学生かばんを開いているイスに積み上げて内輪の話に興じるぼくたちを、Iさんは注意することもなく、にやけた目で見ているだけだった。ときにはまだ看板も出していないうちから押し掛け、彼の昼食を分けてもらうことさえあった。出入りを制限されても文句は言えないくらいだったけど、彼はひたすら好意的だった。食事を分け与え、コーヒー一杯で粘っても追加注文を迫ることはなかった。なぜ彼がそこまで親切にしてくれたのか、いまだに分からない。
親となじめず学校でも孤立しがちなぼくに、なにかしら相通じるものを感じていたのかも知れない。ただ単にヒマだったから、変わり者の学生をかまっていただけだったのかも知れない。
店にはIさんのギターが何本か置いてあって、ほかに誰も客がいないときにはギターを弾いた。
ぼくが簡単なコード進行を弾き、彼がアドリブでソロを弾く。興が乗ってくると彼の歌も飛び出した。
歌うのはディランの曲だったり友部正人だったり武蔵野たんぽぽ団だったりした。当時のぼくには良く分からなかったがそんなことはどうでも良かった。世界に対する憎悪とやり場のない怒り、自分へのいらだちを抱えていたぼくにとってそれは日常から逃れることのできる、ほとんど唯一の場所だった。
Iさんはよくディランの「shelter from the storm」をかけていた。嵐からの避難場所。

そのころIさんとはいろんな話をした。店には昼間は(夜もだけど)ほとんど客が入っていなかった。ぼくも彼も、時間は刈り取って売るほどあった。
彼はあまり自分のことを話さなかったが、東京で大学生をやっていたこと、店をはじめる前はレコード店に勤めていたことなどを話した。ぼくはほとんど自分の話をしなかったように思う。自分が周囲とどうしてもなじめないこと、高校にも親にも違和感しか感じないこと、昼休みには誰とも口をきかずに1時間あまりじっと下を向いていること、世界がイヤでイヤでたまらないこと、何よりもそこで震えているだけの自分に耐えられないこと、そんなことをどうやって伝えたらいい?
でも彼は詮索したりはしなかった。
「好きなようにしたらいいよ」と彼は言っていた。「誰かのために生きているわけじゃない」と。
「その代わり、自分のことは自分で責任をとる。そういうもんだよ」と。

Iさんにはいろんなことを教わった。ピックの持ち方。ギターの構え方。たばこの吸い方。マスコミを信用しないこと。世の中には雑誌やTVにほとんど露出しない音楽家が山ほどいて、さまざまなアーティストがさまざまな音楽を作っていること。自分の目と耳で感じたことをたいせつにすること。それは彼の属する世代の共通感覚なのかも知れないし、社会の隅っこのところを渡ってきた彼の処世訓なのかも知れない。
ぼくはそんな風に彼に影響されながら、十代の半ばから二十代、彼の店を根城に過ごしてきた。ぼくの常識や物の考え方は、大半がこの店で形作られた。少しばかり考え方がいびつなのは、きっとそのせいなんだと思う。

きのう、久しぶりに彼の店を訪れた。
前の店は畳んで、新しい名前で別の場所でやっている。でもIさんの店であることには変わりない。
薄暗い明り、ウッディな店作り、壁にぶら下げられたLPレコードのジャケット。
いまだにカセットテープとレコードプレーヤーが現役でがんばっている。棚一面のレコード。そしてボブ・ディランの歌声。
最初に出会ったときにはまだ29歳だった彼も、いまはもう52歳かそこらだ。でも多少髪が後退したくらいで、彼ははじめてあったときと何も変わらない。彼の入れるコーヒーの味、でかい缶の灰皿、木のカウンターと壁のギター。
店を訪れる機会もめっきり減った。酒を出す店でもあり、AAにつながって最初の何年かはまったく足を向けなかった。いまはそもそも、彼の店に立ち寄る時間そのものがない。
それでも扉を開けると彼はにやっと笑い、「来たな」と言う。ハイライトのフィルターを噛みつぶしながら。
いつの間にか会話の内容も、昔話が増えてきた。それでも薄暗い昭明の下でギターの話をしたり共通の知人の話をしていると、最初に彼と会ったころに気持ちが戻っていく。
ソウルキッチン。
そんな言葉が浮かんでくる。
まちがいなくぼくのソウルキッチンはここなんだと、そう思う。

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2005年6月17日 (金)

忙しいいちにち

きょうは死ぬほど忙しかったです。
出勤するなり新規の対応。
その対応をこなしながらもいつもの現場AだのBだのCだのDだのをグルグルと回る。
気がついたらあっという間に5時過ぎ。
でもゼンゼン終わらないの。くすん。
5時半からは社内総出で個人情報保護関連の対応策の集まりが。
ああもう何だってこんなにいろんなことがいちにちに集中するのか。。。

とは言え。
ヒマ疲れとどっちが良いかと言えば、アクティブに過ごしている方が良い。
いまの支社に来た当初は、ほんとうに仕事がなかったもの。
ヒマ疲れ。ヒマ疲れ。
がらんとした部署の自分のデスクに座って時計の針が過ぎていくのを待ち続けているのはとてもつらかったです。
西日の差すデスクに座り、集中できないテキストの文章をなんども目でなぞり。ため息をついては時計に目をやり。
いまは仕事があって、よけいなことを考えずに集中できる。いかに良い仕事ができるかに専念できる。
そしておそらくは、ストレスに耐える力がついてきた。のだと思う。
これもやっぱり、AAにもらったものだ。
感謝しなくっちゃね。
おお、あすから月曜までまたまた宿直じゃよ。
感謝、感謝、・・・ううむ・・・。

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2005年6月16日 (木)

鉢植えは何とか

新婚旅行から帰ってきて心配だったのは、鉢植えがはたして生き残っているかどうか、でした。
前泊も含めると9日間。
いくらたっぷり水をやっていたとは言え、果たして枯れずに生きているかどうか。
が。
なんと、鉢植え6つとも無事。
ちょっとイキが悪くなっていたり花がしおれてしまっているのはあったけれど、とりあえず全員生存。
いや、生命力と言うのはスゴイと言うかおそろしいと言うか。
ぼくも日々の雑事にぶうぶう言っていないで、鉢植えの生命力を見習わなくちゃ。
きょうも無事にいちにちが終わる。
きょうは市内のミーティングがない日。
仕事も定時で上がれたし、帰ってきて妻の作ってくれた夕食が食べられる。
ありがたいことです。
願わくばいまの穏やかな日々がずっとずっと続いていきますように。

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2005年6月15日 (水)

OZONICその後(エライぞM-AUDIO!)

以前書いたM-audio社のMIDIキーボート兼オーディオインターフェース、ozonic。
喜んで使っていたんだけど、どーも様子がおかしい。
ヘッドフォン端子から出力してモニタで聞いていると、左のチャンネルが鳴らない。
本体の傾きを変えたりするとときどき元に戻るんだけど、しばらく経つとまた左のチャンネルが鳴らなくなる。
オマケにノイズが入る。
入力端子に何もつないでいなくても「じーっ」と言うノイズが入る。空耳かと思ったけれど、DAWで録音して確認できるんだから確実にOZONICのノイズだ。
うーむ。
これがウワサの初期不良か・・・。
まぁ店頭展示品を格安で購入したんだから文句は言えないか。でも困った。ノイズは作業環境によって入ったり入らなかったりだけど、左チャンネルが鳴らない現象は再現率100パーセント。
悩んでいても仕方ない。明らかに初期不良なり。
これは思いきってメーカーに連絡だ!

で、メーカーであるM-audioのサポートにメール。
動作チェックをしてもらうことになりました。
送料着払いで送ってくれ、と言う。おお太っ腹!
で、待つことしばし。

な、なんとっ!
明らかなハードの問題が見つかったとかで、まっさらの新品を送ってきてくれた!!
修理や部品交換ではなく、本体交換なりっ!
おお〜〜っっ!!
エライぞっM-audio!ビバM-audio!!
到着したパッケージを開いてみたら、ほんっとーにまっさらの新品が入っていました。
パネルには透明シールが貼ってある。
スライダーやツマミの周辺にあった擦り傷もない。
ほ、ほ、ほんとうに新品だよ・・・じーん・・・。
うーん、良心的なりM-audio。
アウトレットなのに新品に交換してくれるとは。今回の対応、非常に好感を持ちました。
これからも応援するぜ!
レッツ!M-audio!

M-AUDIO JAPAN

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2005年6月14日 (火)

不確かだけど確かななにか

宿直明けでフラフラになりながらも朝から本部へ。
本部はクルマで1時間ほどの隣市に位置している。
新婚旅行で本部の出向日を2回やすんでいるため、仕事がたまっている。
それでも支社とはちがった雰囲気で、リフレッシュできる。むかし本部で研修を受けたころにはそんな風には思わなかったのだけど。仕事でリフレッシュと言うのも、考えてみたらおかしな話だ。
夕方から別の場所に移動し、プレゼン。
新婚旅行ですっかりアタマがなまっている。まったくアドリブが利かない。資料をなぞるように読んで説明するのが精いっぱい。
ふぅ。
で、そのまま本部のある隣市のAA(Alcoholics Anonymous)のミーティングに参加する。
新婚旅行から戻ってきて以来、ミーティングの回数が増えている。増えていると言うか、ミーティングに行く時間やタイミングが、なぜかピタッと予定にフィットしてしまう。
何となく、ミーティングに行くことを運命の歯車で予定されているような気がする。これも神さまのおぼしめしかも。
きょうの隣市のミーティングも、なぜかぴったり予定がはまった。気がついたらミーティングに間に合う時間に、会場の近くをクルマで走っていた。
久しぶりの隣市のミーティングは、こころ温まる雰囲気だった。
教会の一室、せまい小部屋。膝を突き合わせるように10人前後の仲間が集まり、自分のこころの深いところに降りていって、過去どうであり現在はどうであるのかを話す。
仲間はそれを無言で聞き、沈黙の共感が部屋を満たす。
おそらく何十年前か昔もそうであっただろう、そして何十年か先も同じであろう、AAミーティングの風景。
たとえ「神」と言うことばがいちども使われなくても、たしかにその場に、自分を超えた大きな力が存在すると感じることがある。
たとえ仲間がAAで言う「ハイヤーパワー」をよく理解していなくとも、ひょっとしたらまだ信じられずにいても。
自分に正直な話をし、無力を認め、強迫的飲酒から解放されたい、とらわれから抜け出したい、仲間とともにAAの道を歩いていきたい。回復したい。仲間のために手助けをしたい。
そういうこころからの願いを仲間の口から聞くとき、例えそれがAAに来てまだ1ヶ月も経っていない仲間であろうと、たしかにここには「なにか特別なもの」があるって感じる。
形容し難い、なにかを感じる。
満たされた、おだやかななにか。誰にも見えないけれど、誰もが感じるなにか。
不確かであると同時に、確かななにか。
うまく言えないけれど、たどり着いた、と感じるんだ。
ぼくはここにたどり着いた。
ずっとずっと長い間、自分自身を損ない続けた。でもやっと、たどり着くことができた。
この感覚を忘れずにいたいな。

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2005年6月13日 (月)

南の島でゴロゴロしたい

sonevafushivilla01
旅行から帰ってきてまだ一週間も経たないのに、SONEVAが懐かしくなってきた。
思えばひたすらゴロゴロしている日々は最高のぜいたくでありました。なんせ、1日10時間近く寝ていたもんなぁ。
ほかのゲストが8時を回っても食事に来ないのを見て「みんなゆるんでるなー」などと思っていたら、最後の方はぼくたちがいちばん遅く朝食を食べていた。11時ぎりぎりにレストランに来て、駆け込みで朝ご飯。
ヴィラに戻ってゴロゴロ。昼寝。またゴロゴロ。昼寝アゲイン。さすがに飽きてきて適当な時間に起きて自転車で島を回っているとあっという間に夕暮れ。暮れていく太陽を眺めてヴィラに戻り、適当な時間に晩ご飯を食べる。
で、いちにちがおしまい。
ザッツ、シンプルラーイフ。
そうそう、よもや使うことなどないだろうと思いながら持参した懐中電灯。非常に役に立ちました。
日が暮れてからの移動は非常にあたりが暗く、おまけにときどき道々の照明が途絶えているところがあって、かなりスリリング。真っ暗なジャングルの中、懐中電灯の明りを頼りに自転車を転がしていくのはとっても非日常な体験。考えてみたら、真っ暗やみなんて日ごろ体験できることじゃないもんなー。
あー。
何だかもう2年も3年も前のことのような気が。
思い出が遠ざかって行くぅぅぅっ!
南の島、カムバーック!
あいわなゴロゴロえびーでーっ!ゴロゴロゴロゴロおーるでいろーんぐっ!

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2005年6月12日 (日)

地区委員会でした

AA(Alcoholics Anonymous)の地区委員会でした。
地区委員会と言うのは、同じ地区のグループの代議員が集まって地区のいろんなことを決める集まり。うちの地区の場合、2か月にいっぺん開催されます。
ぼくはホームグループの代議員を仰せつかっているにも関わらず、ここ2,3回は仕事だの結婚式の準備だので地区委員会に出席できなかったのです。きょうは久しぶりの代議員のおしごと。
久しぶりだったせいもあって、何だかとっても新鮮な感じ。
議事も建設的な、AA的な雰囲気で、充実しながらもおだやかに進行。
3時間半の長丁場で、しょうじき疲れました。けど、ここちよい疲労感で満ち足りた気持ちになりました。
夜は市内のミーティングに出て、AAざんまいでいちにちが終了。
以前だったらAAでいちにちが終わるなんてスゲーもったいない気がして、わだかまりを感じていたものです。
AAにつながってずいぶん自分が変わったなぁとあらためて実感。

こころの壁がすこしずつ溶けていく。
孤独やさびしさ、ねたみや怒りがどれほど自分を損ねていたかに気がついていく。
恋愛だとばかり思っていた感情のほとんどが、自分の寂しさを埋めたい気持ちだったことに気がついていく。
AAにつながっていなかったら、酒が止まっていてもぼくの気持ちはいびつでゆがんだままだったろう。

などととりとめなく考えながら議事録をタイプしていたら、後半おろそかになっちった。
ありゃりゃ。人間の集中力には限界があるんだねぇ・・・。
(と一般論にしてみる)

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2005年6月11日 (土)

Maldivesでさすがに考えた

maldiveslandscape01
モルディブから帰ってきて、さすがに環境について考えましたよ。
左の写真をクリックして、拡大して見てみて。これはSONEVAFUSHIじゃなくて、ピクニックで行った別の島なんだけど。
もしも海面があと1メートル、いやあと50センチ上昇しただけできっとモルディブの国土の大半は水没してしまうでしょう。水没しないまでも、この素敵なSONEVAFUSHIはいまの形を失ってしまう。
Maldivesでのわずかな滞在中、出るゴミはひたすら日本のプラスチックゴミだった。
フィルムの包装。お菓子の包装。二重、三重の中袋。われわれはいつからどうして、こんなにもプラスチックやビニールのフィルムにパッケージされていないと気が済まなくなってしまったんだろう。生活できなくなってしまったんだろう。
モルディブでは水と電気は貴重品だ。そして、そんなには水も電気も必要ない暮らしを実践している。しようとしている。ぼくは日本で歯を磨いている間にも水をじゃんじゃん流し、コタツやエアコンを消し忘れて仕事に出かけたりする。化石燃料の消費。
ちょっとは環境を考えなくっちゃ。10年後、20年後、またモルディブに行きたい。その時にモルディブがなくなっているような世界は悲しい。
そう思って、帰ってきてからはプラスチックゴミをちゃんと分別することにしました。いままではぼくの住んでいる自治体が割と分別に甘いこともあって、プラも燃えるゴミで出していたんですね。でも、ちゃんとプラはプラで分けることにした。当たり前のことをやっていなかった自分が情けないけど、このまま気がつかないまま生きていくよりずっといい。
分け始めて分かったんだけど、生活ゴミの大半はプラスチック系なんですね。CDのフィルム包装、パンの包装ビニール、100円ショップの小物のパッケージ、ダイレクトメールのプラスチック封筒、町で配られているポケットティッシュの包み。何でもかんでもビニールとプラスチックに包まれていることにあらためて驚きを感じました。
ついでに、電気もなるべくコマメに消すことにした。買い物に行くときには袋を持参することにした。もちろん電気は貯められない。ぼくが電気を使おうが使うまいが日本の電力消費量は変わらないだろう。レジ袋だって、ぼくが節約してもほかの誰かが使うだろう。
でも、これは実利がどうこうと言うよりも、アティテュードの問題なんだと思う。自分は害を為さない方の一派でありたい。そう言う意思表示なんだと思う。
そして最終的には、アティテュードや意思表示、祈りや希望が寄り集まって問題を解決していくのだとぼくは思う。
ちょっと外国に行ったくらいでにわかエコロジーかよ。そう思っていただいてもゼンゼンかまわない。だってぼくは真剣に考えたことがなかったんだから。だってぼくはほんとうに、10年後、20年後にモルディブで、同じ海と同じ太陽で、同じ楽しい時間を過ごしたいんだから。
そしてまずできることと言えば、リサイクルゴミの分別や袋持参くらいしかないんだから。
できることから、まずやろう。世界は美しい。ピース。なんちて。

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2005年6月10日 (金)

SONEVA FUSHIの沿革

SONEVAFUSHI(ソネバ・フシ)はもともとはちがう名前の島だった。
ここに、ソヌーとエヴァーソンという夫婦が登場する。まだ若さの残照が十分に残っている年代の、白人の夫婦だ。
ソヌーはかねてより、素敵なリゾートへ連れていって欲しいと言う宿題を出されていた。はじめソヌーは、エヴァをインドのゴアに連れていった。
が、そこはエヴァのお気に召さなかったようだ。どこかくつろげる、すばらしいリゾートはないものか。
そこでソヌーはエヴァのために、モルディブにリゾートを作ることにした。
エヴァを満足させることができるなら、きっとそこは素敵なリゾートになるにちがいない。
1980年代の半ばのことだ。
当時のモルディブは、外国籍の個人にリゾート建設の許可を出していなかった。
モルディブの人間か、ごく限られた国際的な業者にのみ許可を出していた。もちろんソヌーに許可は下りなかった。
それでもソヌーはあきらめず、モルディブ当局に粘った。
最終的には−ソヌーがすでにほかにホテルの権利をいくつか持っていたことも幸いし−現SONEVAFUSHIにリゾートを造る許可を得た。
彼らのポリシーはふたつ。
1.完全な快適さとプライバシーが得られること。
ヴィラと呼ばれる家屋にゲストは宿泊するが、この家屋は十分な距離を持って建てられなければならない。ミスターまたはミス・フライデーという従者を通じて、ゲストの望みは速やかに満たされなければならない。またたとえば、スタッフはスタッフ同士で話をするときでも英語をしゃべらなければならない。ゲストに理解できないことばを使うのは「フェアではない」からだ。
2.環境を破壊しない。
特筆すべきことに、彼らはすでに「自然にノー・ダメージでリゾートを建築することは可能である」と言う理念を持っていた。1980年代の半ばにこの理念を抱いていたことは、ぼくは尊敬に値することだと思う。
いまでこそCSR(Corporate Social Responsibility−企業の社会的責任)などと言うことばは当たり前になっており、企業が環境に配慮を払うのは当然の責務とされている。が、当時はリゾートと言えばすなわち環境破壊だった。ソヌーとエヴァは、環境は絶対に破壊しない、という理念を最初から明確に保っていた。
このふたつの理念に基づき、90年代の半ばにSONEVAはオープンした。ソヌーとエヴァの名前を取り、SONEVAFUSHI(FUSHIは環礁の外側にある大きな島、の意)と名付けられたであろうことは想像に難くない。
ソヌーとエヴァの理念は、今も十分に保たれている。
この島で暮らしていると、驚くほどプラスチック系のゴミが出ないことに気がつく。出るプラスチックゴミと言えば、フィルムの包装など、ひたすら日本から持っていったものだけだ。
建物は木と漆喰と葉っぱでできている。道路は土で、その上をスタッフもゲストも裸足で歩く。彼らが持ってくる書類もホチキスは使わず、パンチ穴を開けた紙を細い荷造りヒモのようなロープで結んであるだけだ。ゲストの荷物を運ぶのも運搬用の自転車か、電動カート。さらに自前の農場があり、ここで供される食材のかなりの部分がその農場から生み出される。電気と水はなるべく節約するよう、ゲストにも求められる。電気と水はこの国では貴重品だ。どちらも飛行機を使わないと供給できない。そして電気を抑えた分、SONEVAではまばゆい照明もうるさいBGMもない、ゆたかでしずかな夜の闇を感じることができる。
SONEVAがやっていることは、とてもコストのかかることだ。
コンクリートの巨大ビルディングを建てて集中管理のエアコンにした方が安上がりに決まっている。農場のスタッフの人件費を考えたら、食材など空輸した方が手間もコストもかからないに決まっている。電動カートなどより中古の自動車を買った方が安いに決まっている。じっさい、ここのスタッフは350人ほどだと言う。ヴィラの数が60ちょっとだから、単純にヴィラひとつあたり2人のゲストと考えても、SONEVAがどれだけコストパフォーマンスの悪い施設かが分かる。
にも関わらず、彼らはイージーな方法を選択しなかった。コストダウンよりも環境を選んだ。
これは、繰り返しになるけど、1980年代半ばの企業家の理念としてはたいへん先進的なことだ。
ぼくは彼らの姿勢に共感を感じずにはいられない。この、ヒッピーのコミューンの発展系みたいな自給自足のリゾートで、ぼくたちは思いきり自然を満喫し、取れたての自家製野菜を食べ、快適にハネムーンを過ごすことができた。
ここにいるだけで、ここを造ったひとたちが何を考え、何を望んでいたのかが分かるような気がする。何よりも、P嬢をはじめとしたスタッフの上品で生き生きとした表情や振る舞いを見れば、ここがいかにうまく機能しているかが分かる。P嬢ほか、メインスタッフは24時間住み込みだ。2か月で1週間程度のやすみがもらえるらしいが、それ以外はずっとソネバに詰めている。それでも彼女たちはゲストに献身的なサービスを尽くし、笑顔とユーモアを忘れない。要するに、楽しくやりがいのある職場じゃないとやっていけないはずなのだ。
この文章のもとになった「six-senses cook book」
このほんの表紙見返しに、ソヌーとエヴァの写真が載っている。
SONEVAFUSHIのみどりの小道の木漏れ日で、それぞれ自転車に乗った二人が笑いかけている。40歳手前くらいだろうか。ソヌーは丸い眼鏡をかけて髪がやや後退していて、知的な笑顔を浮かべ、自転車を漕ぐ手を休めている。エヴァはその隣で、白いサンドレスに身を包んで朗らかに笑っている。あざやかな白いサンドレスとおんぼろ自転車の対比がユーモラスだ。
この本は結局購入せずに、SONEVAでいちど読んだだけだ。
それでもソヌーとエヴァ、裕福で屈託が無く、彼らの持てる資産と能力を正しいことに使いたいと願っている善良な白人夫婦。
彼らの笑顔は記憶の中に焼き付いている。

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2005年6月 9日 (木)

SONEVAFUSHI RESORT ニュースも靴もない国

モルディブで、SONEVAFUSHI RESORTと言うところに泊まってきた。
首都マーレに着いたのが深夜。
そこで一泊し、翌早朝に水上飛行機でSONEVAに出発する。
1時間ほどでSONEVAに到着。
モルディブはどこも、基本的に一島一リゾートになっている。SONEVAもその例にもれず、その島丸ごとひとつが「SONEVAFUSHI RESORT」になっている。
水上飛行機からボートに乗り換えて島へ向かう途中、布の袋を渡される。
「NO NEWS NO SHOES」。
この島にはニュースも靴も必要ありませんよ、ニュースも届かないし靴も履かない、現実と隔絶した生活を送ってください。この施設のコンセプトを象徴するフレーズ。
われわれはボートの中でその袋の中に靴を封印し、以後、じっさい靴を履かなかった。
ゲスト一組に対してひとりの執事がつく。
この島はロビンソー・クルーソーを意識して作ってあり、ロビンソンの従者になぞらえて「ミスター(またはミス)フライデー」と呼ばれる。
われわれにはPさんと言う、若い女性の執事がついた。
以後、食事の案内や各種アクティビティの手配など、すべて彼女に頼むことになる。
またとくに頼むことがなくとも、顔を合わせるたびに「たべものはどうですか?」とか「あすは天気が良いと良いですね」とか、なにくれとなく話しかけてきてくれる。異国で萎縮しているわれわれにとって、彼女の存在はとても大きかった。

SONEVAはシーズンオフのせいもあり、とても人が少なく、静かだ。
わずかに数名のゲストもひっそりと滞在しており、顔を合わせることはほとんどなかった。メインレストランで1〜2組のゲストに出会ったが、われわれと顔を合わせるとあいさつをかんたんに交わすものの、それ以外は自分たちのテーブルでささやくように会話しているだけだった。
この「ささやくように話す」というのがこの島の流儀らしい。
ウェイターもルームアテンダントも上品に微笑み、ささやくように英語を話す。
静かな島。
静かなスタッフ。静かなゲストたち。
唯一の例外がミス・フライデー(ゲスト・リレーションズ・オフィサーと言うのが正式な役職名らしい)のP嬢だけで、彼女だけは元気いっぱいに話しかけてきた。
途中で音楽の話になると、「わたしのCDを貸してあげる」と言ってヒンディー・ポップのCDを貸してくれた。
それからしばらくは、部屋のCDデッキでメランコリックなそのCDを聞き続けた。

部屋はゲスト一組につき一家屋になっている。
「ヴィラ」と呼ばれる、木と漆喰とヤシの葉っぱで作られた住まい。ソファとクッションがあちこちに置いてあって、目の前の砂浜と海が見える。裏手は半屋外のシャワーとバスタブになっていて、太陽の光の中で入浴ができる。
この島はほんとうにしずかだ。
鳥の声、沖を行く船のモータの遠いうなり。風と波の音。
それ以外にほとんど物音は聞こえない。
TVをつけるが、もちろん番組なんて映らない。ここのTVはDVD視聴用だ。TV番組なんて映らない。
ニュースも靴も必要ない国。
目を閉じると、太陽が降り注ぐ音まで聞こえてきそうなくらい。

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2005年6月 8日 (水)

帰ってきました!

maldives_morning01
かえってきました!
いやー。モルディブ。
いやー良かったです。どこがどう良かったのかうまく説明できないくらい。
青い空。白い雲。
チンプな表現だけど、エメラルドグリーンとしか形容のしようのない海。
気が遠くなるくらいきれいな朝の海、だれもいない浜辺で寄せてはかえす波の音。
ほんとうに、生きてて良かった・・・。
ちなみに、行ってきたのはこちら。

SONEVA FUSHI RESORT

思うこと、考えることはいろいろありました。
詳しいことはまたあす以降。
それにしても時差ボケ。
あすの仕事はだいじょうぶなのか。ううむ。

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2005年6月 7日 (火)

鉢植えの生存可能性

この記事を書いているのは5月28日。
6月7日に帰国の予定だ。
心配なのは、部屋に置いておいたいくつもの鉢植え。
結婚式の時にもらったのがいくつか、2年のバースデイと3年のバースデイの時にもらったサボテンがそれぞれひとつづつ(Tさん、ありがとうございました)。
今回の旅行では、たっぷり水を上げて日当たりのいいところに置いておいた。
さてさて、帰ってきたときにはどうなっていることやら。
どうか枯れていませんように。
それにしてもよく旅行をするひとって、こういう鉢植えのたぐいは一体どうしているんだろう?
だれかに預けるにせよ、あまり数が多いとたいへんだろうし。
自分の家に来て水をやってくれ、と頼めるひともそうそうはいないだろうし。
ひょっとしてなにか、便利なグッズがあるのかも知れない。
自動給水マシーンとかね。
でも複数の鉢植えに自動給水なんてできるんだろうか?
分からん。分がりゃん。世界はナゾに満ちているよ・・・。

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2005年6月 6日 (月)

戦わない生き方

AA(Alcoholics Anonymous)にはいろんな書物があるが、中でも「ビッグ・ブック」と言われている書物は原点と言われるだけあって、AAの精神が満ちあふれている。
著者はAAの創始者、Bill W。
書物のタイトルはずばり「Alcoholics Anonymous」。でも、本の名とグループの名が同じだと紛らわしいから、通常は本の方を「ビッグ・ブック」と呼んでいる。
AAには強制とか命令とか規則とか、そういう制限的な要素は何一つない。
そうそれこそ、酒を飲む飲まないにしても。
AAでは「酒を飲んではいけない」とか「酒を飲んだら格下げ」とか、そういう規則がいっさいない。AAで言われる事はあくまで「提案」であり、提案を受け入れるかどうかはいっさい個人の自由だ。
その精神は、創始者の書いた「ビッグ・ブック」ですでに確立されている。
押しつけがましいことはいっさい書いていない。
自分がいかに酒を飲み、アルコホーリクスになり、そこから回復したか。そしてAAを立ち上げる中で気がついたこと、新しいアルコホーリクスへの提案などが書いてあるだけだ。
それでも、ぼくが知る限り一箇所だけ、「きまり」という、ちょっと強いことばで書かれている場所がある。
第六章「行動に移す」の後半。

「他のひとへの愛と寛大な気持ちをいつも持つことは、私たちの守るべききまりである」
(Love and tolerance of others is our code.)

この部分。ぼくはAAの基礎となる、たいせつな部分だと思っている。
愛。寛容。
どちらも気恥ずかしいことばだ。「他のひとへの愛と寛大」なんてことばはウソ臭く、偽善的な宗教臭さを感じてしまう。
それでもAAメンバーとして時間が経つにつれ、この「きまり」がいかにたいせつなものか、日に日に感じずにはいられない。そう、他のひとへの愛と寛大な気持ち。それを「いつも」持つこと。

そしてこの後、こんな文が続く。
「私たちは何ものとも、誰とも、ましてアルコールとも戦うことを止めた」と。
(And we have ceased fighting anything or anyone - even alcohol.)

戦わない生き方、というものをぼくはAAに来てはじめて知った。初めはウソくさいきれい事にしか思えなかったが、やがてそれがいかにたいせつなものか、ぼくは知った。
戦わない生き方。
たしかに「戦う生き方」と言えばいさましい。が、ぼくの日常で「たたかう」場面なんてどれほどあるだろう?せいぜいが利己的な顧客に自分の意見を伝えるとか、傲慢なスタッフを注意するとか、そんなところだ。
そしてほとんどの場合、それは戦う姿勢よりも、愛と共感の精神でやったほうがうまく行く。何よりも、自分の精神状態がぐらつかない。
怒りを持つということは、戦う姿勢を取ると言うことは、とても消耗することだ。たとえどれほど自分が正しいと思っていることでも、怒りを持ち続けるのは消耗する。ヘトヘトになる。そして物の考え方がいびつになってくる。気持ちがブルーになって孤独を感じる。よけいに傷つきやすく、怒りっぽくなる。少なくともぼくはそうだ。
ぼくはAAで、戦わない生き方を知った。そしてそれがいかに有効に機能するかを知った。
戦わないこと。怒りを持たないようにつとめること。
結局、その方が事態が良い方向に進行したりするんですよねー。ふしぎなことに。

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2005年6月 5日 (日)

The doors〜まぼろしの世界〜

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コッポラの映画「地獄の黙示録」を父親に連れられて見に行ったのは、11歳のころだったろうか。
おそろしい映画だった。
何よりも恐ろしかったのは「オチ」がないことだった。
カーツ大佐が抹殺されてもウィラード大尉が王国を脱出しても、悪夢が終わらない。
何よりも恐ろしかったのは、その悪夢がスクリーンのこちらにも伝染してきたことだった。
そしてその悪夢の中で、ドアーズの「ジ・エンド」が執拗に鳴り響き続けていた。
いっしょに行った父親は完全に退屈しきっていた。「リアルでスカッとする戦争映画」を期待して行ったのに、この映画には何のカタルシスもなかったからだろう。
そしてぼくの頭の中には「ジ・エンド」のサイケデリックなオルガンとジム・モリソンの地獄のような詩のつぶやきと、切断される水牛の首と木に吊るされたいくつもの死体と笑い続ける戦場カメラマンとナパーム弾の爆炎がぐるぐる回り続けていた。
コッポラの意図が観客を戦場の真ん中に置き去りにすることだったのなら、その意図はたしかに成し遂げられた。
ドアーズの「ジ・エンド」は、まるであの映画のために作られたかのように映像と一体化していた。

「strange days」(邦題『まぼろしの世界』)は1967年にリリースされたドアーズのセカンドアルバムだ。
ファーストアルバムは、狂気と美しさとリリシズムと疾走感が散乱し、レイ・マンザレイクのオルガンとクールなビートが鳴り響く、あやういバランスの上に成り立った傑作だ。
だけどこのセカンドは、ファーストに比べてインティメイトな感じがする。
個人的で、親しい感じがする。
もちろん「Love me two times」はジムの不安感、孤独感に満ちたシャウトが胸をかき立てるし、「when the music is over」は「ジ・エンド」に次ぐサイケデリックの大作だ。
それでも、「アンハッピー・ガール」や「月光のドライブ」は、若者らしいナイーブさとときめき、ロマンティシズムに満ちている。
ジム・モリソンとドアーズのメンバーはこのあとものすごい勢いで、狂気としか言えないような60年代のロックのスターダムにのし上がって行く。ジムの精神は壊れ、ロックスター、アイコンとしての自分と、ナイーブな詩人とのギャップに引き裂かれていく。
詩人であると同時にアジテーターであり、グラビアアイドルであり、夜ごとのライブのフロントマン。
常に才能を要求され、周囲から常に気の利いたひとことを期待され、観客からはつねに最高のパフォーマンスとハプニングを期待される。
引き裂かれてしまう前のジムの少年ぽさ、ナイーブでリリカルな面がこのアルバムには詰まっている。

ぼくはジム・モリソンになるのが夢だった。
破滅型の天才。
それ以上にすばらしいものはない。そう思っていた。
バンドで歌を歌い、酒を浴びるように飲み続け、でもジム・モリソンにはなれなかった。
ジムも生きていたら62歳。
62歳のジム・モリソンなんて想像できない。永遠のセックスシンボル。反逆と自由の象徴。
以前に購入したジム・モリソンのポスターは、丸めたまま開いてもいない。
でも丸めたままのポスターを見るたびに、ジムと彼の生き方を考える。
ストレンジ・デイズ。ジムの生きてきた日々はまさに奇妙な日々、まぼろしの世界だったのかも知れない。
彼と彼の残したアジテーションを考える。
ストレンジ・デイズ。

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2005年6月 4日 (土)

タイムズ・スクエア、ロックな生き方について

times_square01
中学生のころ、両親や兄妹が寝静まったあとの深夜はワクワクするような時間だった。
足音をしのばせて階下に下りる。
そうっと茶の間の扉を閉め、音が漏れないようにする。
父親の両切りのピースに火をつけ、台所の流しの下から清酒を一杯、茶碗に注ぐ。
テレビをつけ、小林克也の「ベスト・ヒット・USA」や「ラット・パトロール」を見る。
家族が寝静まったあとの、たったひとりのパーティ。
ぼくが唯一、酒を楽しんで飲むことができた時代だ。
ベストヒットUSAから流れる最新鋭のビデオクリップにはいつでも魅了された。
シーナ・イーストン、ジョーン・ジェット&ザ・ブラックハーツ、デビッド・ボウイ、プリンス、プリンスの秘蔵っ子のシーラ・E、「スティル・ライフ」を発表したばかりの脂の乗ったローリング・ストーンズ、レオタード姿で「フィジカル」を歌うオリビア・ニュートン・ジョン、魅惑的なカルチャー・クラブ、デュラン・デュラン・・・数えたらきりがない。
80年代アメリカ。TVから伝わってくるその世界は夢の国、ぼくのあこがれそのものだった。

タイムズ・スクエアは、そんなある日の深夜映画で見た。
冒頭、ロキシー・ミュージックの「セイム・オールド・シーン」が流れ、不良少女が夜の街を歩いていく。ゲイ。ポルノ。ホームレス。暴力。彼女の目にニューヨークのアンダーグラウンドカルチャーが流れては消えていく。曲に合わせ、路地裏で少女はギターを弾き、ギターをガラスに叩きつける。
ニューヨークの空気と夜の繁華街のネオン、ロックンロールと反逆、行き場のない憤りとフラストレーションと不安。そのドキドキするようなヤバイ感覚が数分で伝わってくる。
地方都市のかたすみで劣等感にさいなまされているぼくにとって、それは魔法のように素敵な映像だった。
何のためらいもなく目の前のオトナにむかってギターを叩きつける少女に、例えようもない共感を覚えた。
その映画のタイトルは、一瞬で脳裏に焼き付いた。
「タイムズ・スクエア」。

それ以来、機会あるごとにその映画を探し続けた。ビデオ店、マイナー映画館のリバイバル特集、中古CDショップのワゴンの山。けれど「タイムズ・スクエア」は見つからなかった。
去年、アマゾンでやっと「タイムズ・スクエア」を見つけた。じつに22年ぶりにその映像を見ることができた。
ネット社会って、こういうときはものすごく便利だなと思った。

22年前の記憶と寸分たがわぬ映像に、まず懐かしさを感じる。
登場人物の80年代ファッションが楽しい。肩パット、女の子のやたら太いまゆ毛、ピンクやスカイブルーといったパステルカラーの取り合わせ。そうそう、こう言うのがオシャレだったんだよね。ああ鈴木英人。
そして22年ぶりに再会した主人公二人組は、ありったけのロックンロールだった。
精神病院から逃げ出しバンドを結成する女の子二人組。廃虚の倉庫の片隅に部屋をつくり、ラジオ局を乗っ取ってオリジナル曲をライブ演奏したり(ものすごくカッコいいの。いま見ても)の日々。
で、やがて二人は現実にどう向き合うかで対立し、ケンカ別れする。
そしてタイムズ・スクエア屋上で、ラストライブを決行する・・・。

この映画に描かれているのは夢だ。
絵空事だ。ありもしない絵物語だ。
こんな生き方ができるわけがない。病院を脱走したティーンエイジャーがまともに生きていけるわけがない。せいぜい体を売るかドラッグの売人に成り下がるのが関の山だ。
でもそれがどうした。絵空事で何が悪い?
この映画にはロックが象徴するもの、自由であることのすばらしさ、自分にとっていたいせつなものをたいせつにすることのたいせつさ、に満ちている。
時が流れ、この映画がどれほど過去に押し流されていこうと、胸の高鳴り、ともだちといっしょに走り出す気持ち、挫折、ときめきとあこがれ、ここに描かれた青春の輝きは色あせない。
70になっても80になっても、ぼくはこの映画と、この映画が描こうとしたものに共感する。
これは、ある種の人間にとってはこころを揺さぶられずにはいられない映画です。

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2005年6月 3日 (金)

MacOS10.4 Tigerは買いか?

appleから新OS、MacOS 10.4、通称Tigerが発売になりました。
買うべきか買わざるべきか。
一介のMacファンとしては買いたい。買った方がいいに決まっている。
が、しかし。
イマイチ魅力を感じないのはなぜ?
トキメキが薄いのはなぜ?
新機能その1、spotlight
ファインダーウィンドウの片隅にある検索欄にキーワードを入力すると、1文字打つごとに関連ファイルのリストがどんどんリストアップされるという機能。
ま、便利だ。便利に決まっている。
が、この機能、そもそもOSXのファインダーシステムのウリだったんじゃなかったっけ?
そりゃTigerみたいに内容も含めたメタ検索じゃない。でも「1文字打つごとにリストが変化していく」は今に始まったことじゃない。て言うか、リスト名だけの検索ではあるけれどすでに同じ機能があるし、いまのところそれで十分間に合っている。
新機能その2,dashboard
ファンクションキー一発でデスクトップが整理。便利だ。便利だけど。

その他の機能も含めて、どーも「革新的」とまでは言えないような気がするのはぼくだけ?
マイナーアップデートで間に合うような内容だと思うのは?

最大のギモンは、このパッケージのデザインが映画「X-MEN」の主人公チームのマークに見えて仕方ないことだ。
こんなの
ちと子どもっぽいぞスティーブ・ジョブズ!
appleブランドのデザインコンセプトとは明らかにちがうぞスティーブ・ジョブズ!
さては以外に戦隊もの好きだなスティーブ・ジョブズ!
自宅で「エックスメーンっ!」とか「オーエステーンっ!」とか叫んでいるに違いないぞスティーブ・ジョブズ!

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2005年6月 2日 (木)

throbbing gristle テクノと呪詛

throbbing gristle。
スロッビング・グリッセル。ふるえる軟骨。
このバンドをはじめて聴いたのは中学3年のときだった。
当時愛読していた「宝島」や「Fools Mate」で、やたらと神格化され、絶賛した記事が載っていた。
「あの」とか「伝説の」とか、やたら仰々しい形容詞で飾られた伝説のバンド。

公式サイト?

ちなみに当時の「Fools Mate」はいまのようなビジュアル系バンド中心の音楽雑誌ではなく、かなりマイナーな洋楽、特にニューウェーブやインダストリアル・ミュージック、ノイズ、前衛が多く取り上げられていた。また記事もどちらかというとインタビューよりは評論が多く、取り上げられる素材もアート・パフォーマンス(ああ、なつかしい響きだよパフォーマンス)や絵画、ネオアカ哲学、ジョン・ケージやらローリー・アンダーソンなど多岐にわたっていた。
当時北村昌志と言う編集長がいて難しい批評文などを書いていたけれど、のちにYBO2と言うバンドを結成してFools Mateの表紙を飾ったりした。骸骨のように痩せていて目がギラギラしててかっこよかったです。

それはともかくthrobbing gristle。
昔から宣伝文に左右されやすいワタクシは、とにかくレコード屋を探し回った。そのような伝説のバンドなら何はともあれ聴かねばならない。しかし国内盤は一向にリリースされず、「何かスゴイカリスマバンド、アート集団らしい」と言う期待ばかりが膨らんでいた。
そんなある日。忘れもしない、1981年の1月。
市内に唯一の洋盤屋にTG(と略するらしい)のレコードが入荷した。しかもボックスセット。ロゴマークの缶バッヂつき1万円。
悩んだ。
中学3年生の小遣いで1万円のボックスセットは買えない。いや、もらったばかりのお年玉をはたけば買えることは買える。しかし評論文の合間に見えてくる彼らの音楽は
・前衛的(分かりやすいメロディとか曲構成は期待できない)。
・反復性、催眠と覚醒何たらかんたら(曲の展開がない)。
・音楽とパフォーマンスの融合(音楽だけ聴いても理解できない)。
などなどの特徴。
ううむ。
こういうバンドに1万円を費やしてもいいのか。しかしFools Mateかぶれの中学3年生としては、何としても押さえておかなければならないバンドだ。そして何よりもロゴマークがカッコいい。TGの缶バッヂなどつけて歩いているひとを見たことがない。ステイタスだぜ。
ここは買うしか!
悩むことほぼひと月。結果的に買いました。レジで一万円札を渡すとき、ものすごく後戻りのできないことをしでかしているような気がしました。後悔とスリルの入り交じった、フクザツな気持ちでした。

・・・で、期待に胸を膨らませ、レコードプレイヤーに盤を乗せる。針を落とす。
・・・。
・・・むむぅ・・・。
ぽこぽこ。ぽこぽこ。
ぺこぽん。ぺこぱこ。エンエンとくり返されるリズムボックス。ふつうだったら4小節なり8小節なりに「たかたかとってん」とかフィルインが入るものだけど、それさえもない。チープなリズムボックスの音がずーっと鳴っている。その後ろで「ごー」とか「がー」とか言う効果音がときどき鳴る。ボーカルのジェネシス・P・オリッジとおぼしき男性のくぐもった声が何か英語でぶつぶつと聞こえる。メロディはない。コードもない。コード進行もない。曲構成もない。無機的なビートかエフェクタでゆがませた効果音がどこまでも鳴り響く。
ねむい。
たいくつだ。
例えて言うなら、「幽霊の声を録音したテープ」。
で。
それがボックスセット1コ分。アルバムにして5枚。
あたしゃ泣きましたよ。
恐ろしく期待していたのに、悪い方の予想が当たってしまった。やっぱ前衛だった。いや前衛でもいいんだけど、自分には理解できない音楽だった。なおかつそれに小遣いのありったけをつぎ込んでしまった。
あああぁぁ・・・。
ちなみに期待していた缶バッヂは、付いていませんでした。「缶バッヂ付き」と書いてあったのは洋盤屋さんの手書きの紹介文。ボックスセットの英文には「缶バッヂ付き」というような記載はいっさいなし。洋盤屋さんの勘違いだったか、誰かが抜いてしまったか。

その後、高校に入ってから懲りもせずにTGのメンバーのアルバムを購入する。ジェネシス・P・オリッジひきいる「サイキックTV」。こちらはTGに比べるとまだメロディがあったりわかりやすいビートがあって、多少は聴きやすかった。

sasha+john digweedの曲を聴いていて、ふと「これってTGじゃないか」と思った。21世紀のダンスミュージックと80年代アングラの奇妙な一致。
考えてみたら、TGが目指したものは「無機的な反復ビートと解体した音楽、メロディや音響が散乱するかのごとくに散らばった音楽。トランス状態と覚醒」じゃなかったか。で、それって90年代以降、テクノとかハウスミュージックが目指したものじゃなかっただろうか。
フィルインのないビートがえんえんと続き、引き裂かれたような効果音がゆっくり左から右へ流れていく。曲の味付けはループにかけられたフィルターの変化のみ。それってTGが試みた手法じゃなかっただろうか。
精神性や方法論で語られることの多かったTGだけど、彼らの文章やインタビューでは肉体にこだわった点も多かったように思う。精神性や方法論、前衛の中で、それでも彼らはダンスミュージックを作りたかったんじゃないだろうか。踊りたかったんじゃないだろうか。ただ当時の彼らの音楽は、呪詛のことばに満ちた、忌むべき音楽としてとらえれていたけれど。
久しぶりにTGを聴いてみようかな。
今度は踊れるかも知れない。

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2005年6月 1日 (水)

スゲェよサイクロン掃除機!

ええっと、結婚式ではほんとうにおおぜいのみなさんからプレゼントをいただきました。ありがとうございます。
その中で素晴らしかったもののひとつをご紹介。

National サイクロン掃除機、MC-F300XG

大学生時代の掃除機をずっと使っていたんだけど、とくに今まで不具合を感じていませんでした。
もちろん、
・重い
・掃除機をかけていると疲れる
・腰が痛くなる
・掃除機をかけたはずなのにゴミが残っている
・細かいところにノズルが入らず、綿ぼこりが残ったまま
などの不便さはありました。でも村上春樹風に
「そういうものだ」
と自分を納得させて使い続けていたんですね。ただ、やっぱり重いし疲れるから、掃除機をかける頻度はかなり少なくなっていました。だってたいへんなんだもん。

で、このニューマシン。
近ごろの掃除機はかなり進化しているとは聞いていました。欲しいとは思っていた。けど、まだ使える掃除機を処分して新しいものに買い替えるにはいたらず。もったいないものね。
で、結婚式でもらったニュー掃除機、とりあえず出初め式。
電源オンっ!おおっ!こ、これは・・・?!
手元のスイッチが何だかいっぱいある!
スイッチ好きのぼくにはたまらん(笑)!!
まずは緑のスイッチを押して始動。おお、か、軽いっ!部屋を転がしても(それほどは)重くないっ!
それにしてもノズルが小さい。これでは何往復も掃除機をかけないとゴミが取れないのでは・・・と思ったら、そうではなし。
たしかに広いところはノズルの横幅が広ければ楽だけど、それだと細かいところに先端が入らない。このノズルの横幅はその点広過ぎずせま過ぎず、ジャストな大きさなり。
なおかつ、ノズルが足のつま先でワンタッチで着脱でき、さらにせまいところの吸い込みも可能。
本体が小さいので、立て掛けても場所をとらない。
おおお〜〜!いいじゃんいいじゃん〜!
さすが21世紀のマシンだぜ〜!!

この「サイクロン式掃除機 MC-F300XG」デビュー以来、掃除機をかける回数が増えました。
て言うか、電源のそばに立てかけておいて、電源は入れっ放し。ちょっと綿ぼこりを見かけたらかるーく掃除機をかけてまた立て掛ける。その一連の作業がストレスなく行える。
良いことです。

思うんだけど、「ストレスなく行える」って言うのはとってもたいせつではないでしょうか。
CDも近ごろはiTunesに全部放り込んで、PowerBookからステレオに出力して聞いている。
DVD/CDプレイヤーもあるんだけど、CDを棚から探して取り出し、プレイヤーのトレイに乗せる、と言う作業がかなり面倒くさい。ダラクと言えばダラクなんだけど、いちどラクを知ってしまった以上はストレスに感じてしまう。
手間が減った結果、部屋がきれいになったり音楽に接する機会が増えるなら、それは良いことじゃないかと思うワケなんですよ。

それにしてもニューマシンの登場により、旧型掃除機はすっかり出番がなくなってしまいました。
ううん、場所も取るし、どうしようかなぁ・・・。

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