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2005年3月 1日 (火)

溺れる人

さきほど、溺れる人というテレビドラマを見た。篠原涼子演じる主人公がアルコール依存症に陥り、そこから回復していく話だ。
アルコール依存症の半分くらいは描けていたかな、思う。半分もよく描けた、と言うべきか、半分しか描けていない、と言うべきか。
主人公がアルコール依存症になり、家庭が崩壊していく。不幸な家庭に育ったワケではない。夫が人でなしだったワケでもない。酒を飲まずにいられないような心の傷、深い痛手があったわけではないのに、主人公の飲酒はひどくなっていく。隠し酒、満足にこなせない育児、反社会的行動。やがて夫が精神科に連れて行き、何度目かの連続飲酒の果てに精神科に入院し、保護室への入室を余儀なくされる。禁断症状に苦しみ、幻視、幻聴が現れてくる。
この辺の描写は良く描けていると思う。
そう、われわれアルコール依存症者に「飲むべき理由」などない。
家庭が、母が、父が、夫が、妻が、無理解な職場が自分を傷つけ、飲酒へ走らせた。そう言うことはわれわれのほとんどが一度は言い訳にしたことがある。でも、まいにちまいにちボトルを何本も空にするほどに充分な理由などない。
われわれが口にする「飲むべき理由」は、100%自分に都合の良い言い訳だ。
飲んだのは、飲み続けたのは、病的な飲酒欲求があったから。そしてそれを認めることができなかったから。
孤独とプライドが、自分を惨めなアル中だと認めることを許さなかったから。
その辺のことは、このドラマはとても良く描けていると思う。
が。
主人公は精神科に入院して離脱症状を乗り切り、家族のあたたかい支えで酒をやめる。
原作者の言葉でも、そんな内容が語られている。
うーんうーん・・・・。どうなんでしょうか・・・。
この辺、すくなくともぼくとはちがう。ぼくは家族の温かい支援があっても酒をやめることができなかった。むしろ家族が暖かく守ってくれればくれるほど、それに甘えて酒がひどくなっていった。
ぼくの場合、それを止めることができたのはAA(Alcoholics Anonymous)だけだった。
どうなんでしょう、自助グループこそが回復だというのは、いまや定説なのですが。。。。
今回、自助グループの話はゼンゼン出てこなかった・・・・。

でも、この作者の方が酒をやめて、いまは自己実現を目指してがんばっているのはすばらしいことだと思う。
この作者の方の回復の仕方はぼくとはちがう。が、同じ病気であり、そこから回復を目指して努力をしているのはまったく同じだ。がんばってほしいと思う。
アルコール依存症者としてマスコミに顔を実名を出すのはたいへんだろう。応援と誹謗中傷、両方が舞い込むだろうと思う。
それでも、飲まない生き方を続けて欲しいです。いや、飲んじゃってもいい。
くじけてもいい。
生き続けて欲しい。うまく言えないけど・・・。
ぜひ第2弾も書いて欲しいなー。できれば「自助グループ編」希望。
応援してますよ〜!

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