夜の高速
夜の高速を走らせている。高速はあまり好きじゃない。神経がささくれる。ぐったり疲れる。でも今夜、Diana Krallを聞きながら高速を走らせている。オレンジ色の灯りが、やってきては過ぎ去って行く。ベースのうなりとドラムのブラシのささやき。ピアノの音が足もとに絡み付く。ギターの音色が頭の芯を揺さぶる。いら立った神経が賦活されていく。落ち着いているのでもなくかき立てられるのでもない、おかしな気持ち。独りで夜中の高速を走らせるのはずいぶん久しぶりだ。このまま地元のインターチェンジを過ぎてしまおうか。そんなおかしな気持ちになっていく。地元のインターを過ぎて、高速の突き当たりまで行って、また乗り換えて。いったことのない町まで行ってしまえば誰も追いついてこない。追いかけてこない。トラックを追い越して。また次のトラックも追い越して。ハンドルを握る手を、オレンジの灯りが照らしては過ぎていく。夜の山間部の暗闇を越えて、いくつものサービスエリアの標識を越えて。
どこかへ消えちまえ。どこかへ消えちまおう。しがらみなんて知ったことか。Diana Krallはそうささやいているようだ。早く、早く、どこかほかの場所へ。ここじゃない場所へ。行ったことも聞いたこともない町へ。誰も追いついてこない場所へ。早く早く、もっと早く。でも気がつけば地元の町のインターチェンジを降りている。なじみの国道へ車を向け、アパートのある方向へウィンカーを出している。かき立てられるような、ぞくぞくするような狂おしい気分は消えている。いや、消えているんじゃない。まだ胸の中にある。旅へ出ろと誘っている。でもぼくはそうはしない。この町で眠り、この町で目覚め、またいつもの日常に戻ろうとしている。
ぼくはこの町に踏みとどまり、ここで暮らしていく。
この町でまたいつもの日常に戻っていく。
これでいい。これでいいんだと思う。
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