ゆうべ、職場の帰りにラーメン屋に立ち寄った。2年ほど前にできたこぎれいなラーメン屋だ。くどすぎずあっさりし過ぎず、とても美味しい。接客もていねいでお店も清潔。控えめな音楽がかかっていて厨房の物音もしずかで、店員が絶叫していない、静かでさりげないお店だ。
ぼくが行ったときは遅い時間でもあり、客は少なかった。初老の夫婦がいるだけだった。
で、その夫婦がカウンター席に座り、ぼくがそのすぐ後ろのテーブル席に座った。二人連れがカウンターに座って独り者がテーブルというのもヘンだけど、お店のひとがそういう風に案内してくれたので。
きれいな木目の書棚からタウン誌を取り出し、やわらかい照明の差しこむテーブル席で読み始める。
古いソウル・ミュージックが小さな音量で流れている。良く聞くとマービン・ゲイの「grapevine」だ。
良い雰囲気だ。ラーメン屋にしておくのがもったいないくらいだ。
と。となりの夫婦のところにラーメンが到着。それまでぽつぽつと二言、三言しか会話していなかった夫婦だが、ラーメンの到着とともに夫が饒舌になり始める。
これが、ですね。
説教なんですよ。せっきょー。
会話と言うよりも、夫の方が一方的に話し、妻はただ黙ってラーメンを食べ続けている。夫はお構いなしに、ラーメンを食べる箸を止めたまま妻に説教し続ける。
内容は良く聞き取れない。が、口調から説教であるのは明白である。
「え。だから言っただろう。○○は○○だから。さいしょっから分かってんだから。言ったとおりになるのは分かっていたんだから。どうしてそうしなかったの。え」
妻は慣れているのか耳に入っていないのか、あるいはうちひしがれて顔も上げられないのか。ひたすら丼に視線を落としてラーメンを食べ続けている。夫は妻の左側からエンエンと説教を続けている。
「そういうことはですよ。やっぱり最初に言ってもらわないと。え」
具体的になんの話をしているのかは分からない。分からないだけに「せっきょーされている」というネガティブなムードだけが伝わってくる。となりで聞いているだけで、けっこうつらい。
だいたいこの夫婦、さっきまでほとんど会話を交わしていなかったのに、話しをはじめたと思ったら説教とはいったいどういうことじゃ。脈絡がないではないか。妻も妻でいっさい反論しないのはどういうワケか。ひたすら夫のねちっこい説教に耐えている、そういう夫婦関係なのか。
ぼくとしてもなすすべがないまま(あるわけないんだけど)じりじりと耳をそばだてていると、そのうちぼくのラーメンも到着した。となりの夫婦の妻の方には申し訳ないが、食事に専念させてもらうことにする。
ずるずる。
ずるずる。
半ばまで食べ進んだところで、再びとなりの夫婦に注意を向ける。夫はさすがにラーメンが冷めてはいかんと思ったのか、説教は尻すぼみに終了し、ひたすらラーメンを食べている。で、今度は妻の方が何か夫に話しかけている。
おおっ!!ついに初老妻、反撃かっ?!言え!言ってやれ!暴君野郎にガツンとかましてやれっ!!
「・・・野菜がねぇ。近ごろだんだん値段が落ち着いてきてねぇ」
おおおおっっ!!
なんと言うことだっ!先ほどまでのねちっこい説教などまるで存在しなかったかのように、まったく、まーったく違う話を初めているではないかっ!それもスゲーおだやかに、楽しそうにっ!なんでだっ?!!
夫もラーメンをすすりつつも、うんうんとそれをうなずいて聞いている。ううむ、どういうことだ・・・。
やがてその初老の夫婦はラーメンを食べ終わり、すぐに席を立って行ってしまった。立ち上がるときも会計のときも、ごくごくふつうの、仲が良すぎることも悪すぎることもない60代の夫婦であった。
分からん・・・。
ちなみにぼくは、せっきょーダメです。するのもされるのも大嫌い。頭ごなしに何かを言われるのは、怒りはしないんだけど思いっきりへこむ。へきえきする。しばらく立ち直れなくなる。
だからひとに何か意見や意図を伝えるときには、けっして頭ごなしにならないよう、最大限建設的な言葉を選んで話すようにしている。これはこれで疲れるんだけど。例の女性の同僚に話をしたときにも、とてもとても気をつかって話をした。相手の立場にわずかでも傷を付けないように、気を付けて気を付けて、この上なく気を付けて。でもダメだったけどね。
この初老の説教夫婦の話を彼女にした。どう思う?
「説教っぽく話すのがふつうの会話なんじゃないの、そのひと」
そ、そうスか?
「あいさつするときも説教なんだよ、きっと」
そ、そうスか???
「朝から晩まで説教口調で話しているから、奥さんの方も慣れっこになっちゃったんだよ」
うーん、言われてみれば何となくそう言う気も。説教口調とまでは行かなくても、ねちっこいしゃべりのひとっているからなー。これはその極端バージョンか。
ぼくはけっして、奥さんにせっきょーをカマすような夫にはなるまい。せっきょー夫、けっしてはた目に美しいものではなかったもの。
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