« やれやれの日々 | トップページ | 音が出ない »

2005年1月28日 (金)

さいごのM公民館

奇跡的に夜勤の人が早めに来てくれて、M公民館の最後のミーティングに参加することができた。M公民館はぼくが最初にAA(Alcoholics Anonymous)ミーティングを訪れた、思い出の場所だ。最後のスリップ直後に復帰した、再スタートの場所でもある。きょうがそこの最後のミーティングだと聞いてはいたけれど、きょうになるまですっかり忘れていた。仕事が終わるころにメールチェックをしたら、仲間から「きょうがM公民館の最後だよ」というメールが来ていて、それでやっと思い出した。
最初にこの公民館を訪れたとき、ぼくはここが人生の終着駅だと思った。仕事もクビになる寸前だった。奥さんも出て行き、ぼくは年上の女性の家に転がり込んでいた。酒が止まらなかった。入院、退院。また入院。上司に「クリニックに行って治療を受けるか仕事を辞めるか、どちらかにしてくれ」と最後通牒を言い渡されていた。クリニックに行けば自助グループに行けと言われるのは分かり切っていた。アル中の集まりなんて行きたくなかった。アルコール依存症者。だらしない、自分の意志では酒をやめることのできなかったひとたち。そんなひとたちの寄り集まりに行っていったい何が得られるというのだろう。ましてやその人たちの中で新参者として扱われるなんて、プライドが許さなかった。ムリヤリ自分を卑下した悲惨な話を強要されるのか。意に沿わない説教を呑まされるのか。茶碗を洗わされるのか。頭の中には、親族のじいさん連中の新年会のイメージしかなかった。こんなところに来るまでに身をやつした自分がイヤでイヤでたまらなかった。でも、クリニックのドクターからはAAに参加することを強要されている。行かなければ次の診察で最後通牒を言い渡される。職場にも「主治医の治療に逆らっている」と知れる。行くしかない。
思い切ってドアを開けた。地味な服装の人が多いなぁ。それがAAの第一印象だった。そして意外だったのは、若い女性がかなり多かったと言うことだ。少しホッとした。
最初のミーティングは、それ以外のことはほとんど憶えていない。でも、初めての時から「受け入れられている」という感覚があった。たしかに年齢の高めの人もいる。強面そうに見える色の黒い中年男性もいる。でも、ぼくはそこで何一つ強要されなかった。説教されなかった。最後までいろだとかここに座れとか言うことを聞けだとか、そう言うことはいっさい言われなかった。物静かで落ちついたひとたち。何を話しているのかよく分からないけれど、クリニックのドクターがそう言うのならばもう何回か続けて参加してみよう。
そして、次のミーティング。その次のミーティング。紳士的で礼儀正しい人たちの集まり、と言う第一印象は変わらなかった。このひとたちがアルコール依存症だなんて信じられなかった。彼ら・彼女たちは落ちついていて、控えめで親切なひとたちだった。緊張しているぼくにお茶やお菓子を勧めてくれたが、けっして押しつけがましいところはなかった。ぼくは最初の一ヶ月近く、名前を名乗らなかった。でも彼ら・彼女たちはぼくに名前を問うことはなかった。ただ率直に、自分が過去どうであったか、現在はどうであるかを抑制の効いた口調で語るだけだった。「このひとたちはひょっとしたらアルコール依存症でもなんでもなくって、医者にそう言われたからミーティングに来ている、ただの良い子ちゃんたちなんじゃないのか?」そう思ったことも一度や二度じゃない。でも彼らの体験を聞いていると、彼らがまぎれもなくアルコール依存症であること、そしてそこから回復して自分自身を取り戻していることに疑いの余地はなかった。
M公民館はそう言う、思い出の場所だ。会場はそのころと何も変わっていない。安っぽい薄地の茶碗。コーヒーセット。畳敷きの和室、薄っぺらい座布団。暗い蛍光灯。はじめてここを訪れたのがつい昨日のような、そんな錯覚さえしそうなくらいに何も変わっていない。ふすまを開ければ、あのころの自分の幻影に出会える、そんな気までしてきた。でももちろん、あれから4年の月日が経っている。4年も経ったんだ。あっと言う間の4年間。ぼくはその間に何回もスリップし、年上の女性と修羅場の末に別れ、いまの彼女と出会った。飲まない日々が積み重なると同時に職場でも少しずつ信頼されるようになり、またストレスも増えた。いろんなことがあったけど、AAミーティングから離れることはなかった。
気がついたら、あのとき会場にいた仲間はもうかなり少なくなっている。亡くなった仲間もいる。それでもきょうまでぼくはミーティングに通い続け、飲まない生き方を少しずつ歩くことができた。それは自分の力なんかじゃなく、まぎれもない、AAの持つパワーだ。共感と思いやりと温かみと希望。それはひとが何かからはい上がろうとするときに必要な、人間本来のパワーなんじゃないかと思う。M公民館はきょうでおしまいだけど、ぼくはまだまだ仲間を、AAを必要としている。
いつかまた、この公民館で仲間とミーティングをやりたいな。そのときにはどんな気持ちで、はじめてつながったころの自分を思い返すんだろう?

|

« やれやれの日々 | トップページ | 音が出ない »

コメント

こんばんは。
カオルさんお久しぶりです。
以前tukijiにいて今年からnanpeidaiにホームグループを移したfumifumiです。もちろんAAではfumifumiなんて名乗っていないのですが、僕は実際の名字でミーティングに出ているもので、こういうところに書くときになんて名乗ったらいいのかちょっと迷ってしまって。
大学のときの親友にはfumifumiと呼ばれていたので、こんな名前で書き込んでしまいました。

ご結婚されるそうで、おめでとうございます!
すばらしいですね!仕事もAAもちゃんとやってると、やはり幸せになれるんですね…。

M公民館は、ぼくにとっても初めてのミーティング場でした。
ひどく暗く、落ち着かない気持ちで会場に座っていたのを覚えています。

司会者にワンディ・メダルを渡されるときに、「俺が渡すとなぜかもたない人が多いんですよね」といわれたのですが、言ってる意味がわからなくて落胆もしませんでした。

自分ではそんなつもりなかったのですが、なんだかいつもものすごく暗い顔をしてミーティングに出てたらしく、一年ぐらい経ったときに「あんたは話しかけたら飲むんじゃないかと、怖くて近づけなかった」といろんな仲間に言われました。

カオルさんの文章を読んでたらそんなことを思い出しました。

今日は高円寺のミーティングに出てきました。

うちに帰ってパソコンに向かっていたら、突然「カオルとぼくと仲間たち」という言葉が頭に浮かんできて、思わずここまで来てしまいました。

またお邪魔します。

おやすみなさい。

投稿: fumifumi | 2005年2月11日 (金) 22:26

おおっ!fumifumiさん、こんにちは!このブログを見てくれて、どうもありがとうございます。fumifumiさんのことは、いまでもときどき仲間から話を聞きます。最初はたいへんだったけど、良いソブラエティを得ているとか。そうですか、M公民館、fumifumiさんも初めての会場でしたかー。古い建物で、ぼくも初めて行ったときにはかなり飛び込むのに勇気がいりました。それがいまでは思い出深い場所になっているんですから、ふしぎなものですよね。各種イベントの集合場所になったり、思い返すといろんなことがありました。また復活しないかなー。
このブログは写真もリンクも少なく、ほとんど字ばっかりのジミなところです。でもfumifumiさんはじめ、いろんな人が見てくれていると思うととっても励みになります!良かったらまた読んでくださいね〜。書き込みもないに等しいので(笑)、どんどん書いてくださいませませ。感想など書いてくれると、とってもうれしいです!それにしても、このブログのタイトルを憶えていてくれるとは・・・感激〜。

投稿: カオル | 2005年2月12日 (土) 22:47

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/35048/2729279

この記事へのトラックバック一覧です: さいごのM公民館:

« やれやれの日々 | トップページ | 音が出ない »