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2005年1月16日 (日)

ブラックアウトとタイムマシーン(3)

宿直で、ゆうべからずっと職場にいる。
午前中はバタバタ忙しかったけど、午後からは一段落。
PowerBookG4に小型のスピーカをつなぎ、iTunesで音楽を聴いている。
外は雪。
Ray Charlesの「You Are So Beautiful」を聞いていると、窓の外の汚れた雪まみれの国道も、何となく情景的に見えてくるから不思議だ。

昔から、夏よりも冬が好きだった。
冬の寒い日に、白い息を吐きながら外を歩くのが好きだった。
子どものころは肥満児で、体型がはっきり分かる夏よりは冬の方が、劣等感を感じなくてすんだ、と言うこともある。
冬の寒い日に襟巻きをして冬枯れの道を歩いていると、肥満児であることやクラスでバカにされていること、運動がまったくできないことなんてどうだっていい気がした。
街路樹の枯れた枝に雪が積もっていくのを見るのが好きだった。降り積もった粉雪が風にふかれて飛び散るのを見るのが好きだった。表通りを行き交うクルマが立てる、タイヤチェーンのりんりんという音が好きだった。
冬の静かな風景のなかを、靴がぐしょぐしょになるのもかまわずに歩いていくのが好きだった。

飲んでいたころの雪の記憶は、あまりない。
ぼくの飲酒がいちばんひどかった時期は、ちょうど結婚していた時期と重なる。仕事はしていたけれど、それ以外の時期の大半を飲酒に費やしていた。妻に隠れて酒を飲むためにあらやる努力を惜しまなかった。夫婦の関係はめちゃくちゃになり、ほとんど口をきかないようになっていた。
それでもそれなりに、関係を修復する努力はしていたつもりだった。でもたとえば、こんな冬の日に妻とどんな風に過ごしたか、いま考えてもまったく思い出せない。何か口実を作って、2DKのアパートの一部屋に閉じこもって酒を飲んでいたんだろうか。それとも入院していたか。そう、入院。結婚していた3年間、自分でも数えられないくらい何度も入院した。外科。内科。最後には外科の医者にさじを投げられて、内科に泣きついていた。飲んでからだがどうしようもないくらいにつらくなると、そのたびに病院に駆け込む。検査をすれば、当然肝臓はボロボロ。もくろみ通りに入院させてもらえる。で、しばらく点滴をしていると、1週間くらいで信じられないくらい身体がラクになってくる。退院。またディスカウントストアに走り、安いウォッカをしこたま買い込む。連続飲酒。再入院。冬場はとくにそんなことを繰り返していたような気がする。

結婚生活は2年と9ヶ月くらいしか持たなかった。
と言うか、最初から破綻していたと言ってもいい。妻はもともと精神的に不安定なひとで、ちょっとしたことでノイローゼ気味になるきらいがあった。ぼくはひどい酒飲みで、結婚前の半年くらいからどんどん、飲んだときとそうでないときのギャップが激しくなってきていた。妻がアパートに来ているときには酒を飲まないでそれなりに穏やかに接することができたが、いちどひとりきりになるとあっと言う間に連続飲酒に落ちた。風呂にも入らず、食事も取らず、ひげも剃らず着替えもせずにただただアパートのソファにひっくり返って酒を飲み、スーファミをやり続けていた。ブラックアウトの合間合間にゲームを進めるものだから、目が覚めたときにはゲームがどこまで進行していたかなんてまったく覚えていなかった。誰にも飲酒をじゃまされたくなかった。わずかに飲酒の合間にピーナツやヨーグルトを口にするだけで、あとはひたすら酒だけを流し込み続けていた。電話にも出なかった。誰かがじゃましに入ってこないように、ドアチェーンをかけっぱなしにしていた。そのたびに彼女はヒステリックになり、あるときは真夜中に何時間もドアをたたき続け、あるときはドアチェーンを破って泣きながら駆け込んできたっけ。

ひとりでおいておくと何をするか分からない。結婚していっしょにいるしかない。そうすれば馬鹿な飲み方も収まるだろう。結婚すればすこしは大人になって、馬鹿な学生時代の悪癖も修正されるだろう。

彼女とその両親はそう考えた。ぼくの両親もそう考えた。誰もその飲酒が病気で、性格だの結婚だので改善する問題でないとは思わなかった。始末が悪いことに、ぼく自身、結婚すればどうにかなると信じ込んでいた。アルコール依存症であることはとっくに感づいていたにもかかわらず。

結婚披露宴の夜が、結婚して最初のブラックアウトだった。二次会だか3次会だかの後半から、ぷっつりと記憶がとぎれている。そしてそれはほんの始まりに過ぎなかった。

新婚旅行はイタリアだった。飛行機に乗って数時間。機内サービスも一段落し、客の大半は毛布にくるまって眠りはじめた。ぼくは体中から汗をふきだしていた。手が、恥ずかしいくらいにぶるぶる震えている。動悸がする。ずきんずきんと眼球の裏側に拍動を感じる。目玉がいまにも飛び出してきそうなくらい。吐き気がする。ひどく気持ちが悪い。居てもたってもいられない。最後に酒を飲んでから12時間くらいが経過している。典型的なアルコールの離脱症状だ。傍らに眠る妻におそるおそる聞いてみる。
「スチュワーデスさんにワインを一本もらってもいいかな?」
「ダメ!」
ビックリするくらいの声で叱責が飛ぶ。仕方がない、あきらめてこのまま時間が過ぎるのを待つしかない。前方のテレビ画面を見る。イタリアまであと12時間。このまま脂汗を流し、狭いエコノミーのシートでふるえ続けるしかない。

離婚したのは平成12年の夏だ。妻がいなくなったアパートは、実に静かだった。それまでのつかみ合いの修羅場がウソのようだった。ぼくは心おきなくウォッカのビンを並べ、飲み始めた。もう酒瓶を隠すこともない。妻が寝静まるまで酒を渇望しながらふるえていることもない。好きなときに好きなだけ飲める。

アルコール依存症にしあわせな飲み方なんてない。とくに病気が進んでからは。飲めば飲むほど乾いてくる。飲むことは苦痛しかもたらさない。ブラックアウト、信じられないくらいのだるさ、手足を動かすことも寝返りを打つこともできないくらいの衰弱。飲むことは苦痛しかもたらさない。気持ちよく酔えることなんてもう二度とない。それでもわれわれアルコール依存症者は次の一杯に手を出さずにいられない。

AA(Alcoholics Anonymous)につながるのはもう少し先の話。
雪の夜は、過去がすぐ近くに感じられるよ。

かくしてわれわれは、絶えず過去へ過去へと押し流されそうになりながらも、流れに逆らう船のように、力の限りこぎ進んでいく
スコット・フィッツジェラルド「華麗なるギャツビー」

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