スノーボードとわたくし(2)
気が変わらないうちにと、急いでスポーツ用品店に走った。おお、まさか自分がスポーツ用品店でスポーツ用具を購入するとは・・・。自分で自分でおどろいている間に、気がついたらウェアを購入していた。ウェアは高価だった。さらに気がついたらゴーグル、手袋、発熱下着、インナー、ビーニー(ニット帽のこと)なども購入していた。この時点で、ただの一度もゲレンデに立っていないにもかかわらず、かなりのお金が吹っ飛んでいた。
むむぅ。すでに後戻り不能。
何が何でもモトを取らねば。
初回はゲレンデで板とブーツをレンタルすることにした。スポンサーはいずれボードを指南してくれると言っていたが、彼といっしょに行く前に多少なりとも心得を身につけておきたい。そう思って、スポンサーには「先に一度くらい行くかも知れません」とだけ告げておき、彼女とふたりでゲレンデに向かった。
で、クルマを運転し始めたとたん。メールが入った。「スポンサー:ゲレンデで待ってる」。ど、どうして分かったの・・・・。とりあえずムシしてクルマを走らせていると、またもやメール。「リフト下のゲストハウスで待っている」あ、あのう・・・。さらに10分も立たないうちに3本目のメール。「まだなの?はやく」あああ・・・・・。
ゲレンデに到着し、ボードのレンタル手続きを済ませる。直後、マイスポンサーが満面の笑みを浮かべながら近づいてくる。にこにこにこにこ。「きょうは良い日だ(なにが?)。てっぺんに行こう」そう言うが早いか、有無を言わせずにゴンドラに乗り込む。あわててあとにくっついていくぼくと彼女。何せこの時点で、板のはき方も滑り方も分かっていない。ネットで軽く下調べして「木の葉落とし」という技を最初にマスターしなければいけない、ということしか知らない。引きつりながら笑っている間にマイスポンサーはいろいろ心得だのゲレンデの楽しさだのを話してくれているが、まったく頭に入らず。
やがてゴンドラがてっぺんに到着する。板を持って降りる。
そこは断崖絶壁。はるか下方には日本で三番目に大きな湖がきらきらと輝いて見える。つい先ほどまであの湖の縁を通ってきたはずなのだが、いまは米粒のようだ。おお。おお。「じゃ、ぼくはちょっと先まで降りてるから。カオルもついておいで」陽気な口調でそう言うが早いかあっと言う間にスキーを履いて滑っていってしまうマイスポンサー。あとに残されるぼくと彼女。落ち着け落ち着け。ヒッシで自分に言い聞かせる。落ち着け落ち着け。おつつけ・・・おけけつ?
自分でも何がなんだか分からないままボードを装着。まずはかかとエッジでずりずりと降りる練習だ。が、これがむずかしい。想像できるだろうか。急斜面に両足のかかとだけでバランスをとって立つのが、どれほどむずかしいことか。5センチほど滑る。ころぶ。5分かけて立ち上がる。また5センチほど滑る。ころぶ。1時間ほどやっているうちに、だんだん転ぶのがマゾヒスティックな快感に変わってきた。
あのね。スノボで転ぶの。そうすると後頭部を強打するの。昼間なのにお星さまが見えるの。天使さんたちが頭の上で手をつないで踊っているの。ちーたったちーたったって、ぐるぐる笑いながら踊っているの。それが良いことなのか悪いことなのか、だんだん分からなくなってくるの。
先に滑っていったはずのスポンサーさんが、何度も何度も上からやって来るの。カオルーカオルーって楽しそうな声がするの。とっても不思議なの。
リフト乗り場のあたりまで降りてきたのは、開始後3時間以上経ってからであった。途中、雪だまりにつっこんでまったく身動きが取れなくなった。アリ地獄に落ちた昆虫の気持ちがよく理解できた。ウェアがぐっしょり濡れているのは汗なのか雪なのか。ずぶぬれで、へとへとだった。でもみじめではなかった。中学や高校で感じた劣等感はみじんも感じなかった。マイスポンサーはほめ上手だ。上から降りてくるごとに、「うん!うまくなった!」「すごく筋が良いよ!」「良く初めてでそれだけできるようになったね!」などと、数限りない賛辞を送ってくれた。結局、足の使い方がどうだとかよりも、ほめてもらったことがものすごーく力になった。スポンサーにほめられると、なぜだかとっても勇気が出る。
そんな風にぼくのスノーボードは始まった。
この冬で3シーズン目になる。どの程度上達したのか?よく分からない。
何とか中斜面でショートターンをこなすことができるようになった。ちょっとだけワンメイク(キッカーでジャンプすること)ができるようになった。
でもまだまだ下手くそだと自分では思う。コブが回れない。斜度がきつくなってくると連続ターンにならない。途中で止まっちゃう。スポンサーは相変わらず、うまいうまいとほめてくれるけど。
今シーズンは何とかフェイキーをマスターして、ワンエイティを決めたいなー。
それにしても、まさか自分がスノーボードをやるようになるなんて。3年前には夢にも思わなかったよ。
これも回復の一過程なのかも知れないね。
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